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ジェーン・スーとは何者か―― 自由で寛大な対話呼ぶ「蹴伸びサクセス」

2017/03/04(土) 08:19 配信

オリジナル

「代弁ではなく、言語化なんだと思います。モヤモヤして、どのように言葉にしていいか分からないことを言語化するのが、人より若干得意なんだろう、とは思っています」
「とりわけ女性の声を代弁されていますが……」との聞き手のありきたりな前振りに、ジェーン・スーは素早く切り返してくる。ラジオパーソナリティ、コラムニストとして活動し、作詞家、音楽プロデューサーの顔も持つ。何をやっている人なのかと問われても、一言では答えられない。「何者かと問われても、はっきりしない自由度をこのまま持ち続けたいですね。ただし、自分の言葉で話す人ではありたいと思っています」と語る。その一方で「本名の自分が“ジェーン・スー”をプロデュースしている感覚がある」とも言う。見えそうで見えない、その正体を探った。(文:武田砂鉄/Yahoo!ニュース編集部/文藝春秋)

動画:ジェーン・スーって何者?ラジオの現場で聞いた(75秒)

仕事は何をやるかではなく、誰とやるか

30年間続いたTBSラジオの長寿番組『大沢悠里のゆうゆうワイド』を引き継ぎ、昨年4月から『ジェーン・スー 生活は踊る』を担当しているジェーン・スー(43)。毎週月曜から金曜、11時から13時までの生放送が続く。放送開始40分ほど前にTBS入りし、すぐさま打ち合わせが始まる。その日の流れを順序立てて説明するスタッフの話を遮るように、スタッフの髪の毛を指差して「ねえ、後ろのところが跳ねてるよ」と突っ込む。「えっ、ホントですか」と髪型をしきりに気にする様子に、スタジオが笑いに包まれる。2時間分の打ち合わせは、10分とかからない。

番組の打ち合わせは、10分程度で切り上げてしまう

会社員を経て、旧知の構成作家から声をかけられラジオにゲスト出演したことをきっかけに、2011年からTBSラジオ『ザ・トップ5』でレギュラーパーソナリティを務めた。2014年から2年間、土曜夜の『週末お悩み解消系ラジオ ジェーン・スー 相談は踊る』を担当し、人気を博す。平日昼の帯番組を担当してほしいと告げられた時、真っ先に感じたのは「私かあ……他にいないのかなあ」だったという。「でも、サラリーマン時代、先輩から繰り返し“仕事は何をやるかではなく、誰とやるかだ”と言われてきた。信頼しているスタッフから“できる”と言われたので、“ならば、できるはず”と覚悟を決めたんです」。

打ち合わせ後、新品のコーヒーメーカーの使い方をめぐってスタッフと談笑するジェーン

「スペシャリストではなくジェネラリストなんです」

打ち合わせを終えたジェーンが、スポンサー広告の原稿を読み合わせしている。「ねえ、2017年の“7”って、“しち”かな、それとも“なな”がイイのかな」と誰にともなく問いかければ、別の部屋にいたその日のパートナーである蓮見孝之アナウンサー(35)から「しち、だと、1(いち)と聞き間違えるから、“なな”がイイんじゃないかな」と返ってくる。

「 “7”って、“しち”かな、それとも“なな”がイイのかな」―放送前、原稿を見ながら発声練習

レコード会社の宣伝担当、メガネ販売会社など、転職を繰り返してきたジェーンは、好奇心のままに身を置く場を選んできた。ラジオパーソナリティになりたかったわけでも、コラムニストになりたかったわけでもない。「どちらかと言えば、スペシャリストではなくジェネラリストなんです。いや、単に集中力が持たないってだけなのかもしれないけど」。その集中力をいかんなく発揮するのが人生相談だ。初の冠番組となった『週末お悩み解消系ラジオ ジェーン・スー 相談は踊る』を引き継ぐように、昼の番組『生活は踊る』でも毎日リスナーからの相談に乗り続けている。

現在の番組を開始して、もうすぐ一年が経つ。毎週月曜から金曜、11時から13時までの生放送だ。オファーされた当初は「私か!思いきった人選をしたなと他人事に思ったところもあった」と語る。

同行取材したこの日の相談は、「これまで誰とも交際したことのない女性が、初めて男性から告白されたものの、告白を受け入れるべきか迷っている。しかも、男性はSNSに『誰でもいいから付き合いたい』などと書き込んでいる、と友人から聞いた」という相談。ジェーンはすぐには答えを出さない。「情報が多い。まずは情報の整理が必要でしょう」と口火を切る。なるほど確かに情報が多い。代弁ではなく言語化。ズバリ答えるのではなく、ひとまず整理をする。

いかにもテレビ受けしそうな、「○○しなさい!」と喝を入れることはしない。相談に対する答えを提示する、というより、質問者とコミュニケーションをはかりながら答えを探し当てていく感覚がある。
「対話でありたい、という思いが常にあります。もっとズバッと答えてよ、ってムードを感じることもありますが、そうしたくない。元々、自力で考える力のある人と話すのが好きなんです。私の話を聞いて、ただただ頷いて信じるのではなく、あなたはどう思う、って聞いた時に、やっぱりビックリさせてほしいって思っちゃう。ほら、喫茶店でコーヒー1杯飲みながら、ああだこうだ話して時間が過ぎていくのって楽しいじゃないですか。リスナーの皆さんとも、そういう関係でありたいなと思っています」

「対話でありたい、という思いが常にあります。もっとズバッと答えてよ、ってムードを感じることもありますが、そうしたくない」

“好きって手強い”と思ってきたからこそ、それを伝えたい

ラジオでの相談にしても、刊行されてきたエッセイ集にしても、万事に対して過激な答えを出さずに、実直な問いや回答を重ねていく。「世間一般では」「常識的には」なんて使わない。あくまでも自分の経験則から探り出す。
「持論って経験則で形成されるものです。恋愛についての相談やコラムが多いですけど、自分だって恋愛については毎日指差し点検、気をつけなければいけないことだらけです。でも、好きっていう気持ちが、他の全ての感情より尊いとか、好きを最上級に置けば他の物を犠牲にできる風潮に対して、本当にそうだろうか、とは思っていて。“好き”って、足をとられやすいじゃないですか。自分が足をとられた時、“好きって手強い”って思ってきたから。ならば、それを伝えないと」

刊行されたエッセイのいずれもタイトルが特徴的。デビュー作が『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』、講談社エッセイ賞を受賞した2作目が『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』、最新作が『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』。説明的なのに、耳に残りやすいタイトルが続く。エッセイのタイトルにしても「私はオバさんになったが森高はどうだ」「男女間に友情は成立するか否か問題が着地しました」など、声に出して繰り返したくなるような日本語ばかり。文章も、音読したくなるテンポの良い表現・文体が続く。ラジオで話すことと文章を書くことに、どのような差を感じているのだろう。

「ラジオは、スタートしたら終わりに向かってとにかく走っていく瞬発力が求められます。文章は、後から編集ができるからこそ、考えながら喋るような感覚があります。テンポを整えることができる。頭の中で何度も読んで、テンポを良くする作業を繰り返していきます。文章を書いていて、降りてきた、みたいな感覚を持ったことは全くなくって、探して探して探しまくって書いています」

ラジオも著作の文章も、耳に残りやすいテンポの良い表現・文体が持ち味だ

「蹴伸び」感が呼び込む自由で寛大な対話

自分のことを、東京しか知らず、一人旅にも出かけられない「東京ジャイアン」と呼ぶ。以前、友人から「東京のローカルタレント」と言われたこともあるという。「誰なんだアイツは」と言われ続けるかもしれないが、「どこかで、まぁ、なんとかなるでしょ、と思っているフシがある」と語る、その性格が功を奏したのか。

「これまで、壁にぶつかって逃げ出した、なんて記憶があるわけでもないんですが、そこそこヘビーな岩石が落ちてきた感覚はあります。その岩石を何とか動かして先に進めてこられたんだな私、って振り返れるようになったのが30代後半。とはいえ、40歳を超えた今、見晴らしが良くなったわけではない。むしろ、見晴らしはずっと悪いんです。ただ、自分の前に岩が落ちてきたとしても、この岩が一生ここで私を苦しめるわけではない、と思えるようになったんです」

自らを「未婚のプロ」と呼んだり、「東京ジャイアン」と称したりと自身を客観視する語り口も印象的だ

水泳で、プールの側面を両脚で蹴り、両腕を伸ばし浮いたまま前進することを「蹴伸び(けのび)」と呼ぶ。水を掻くこともバタ足もせずに、最初に蹴った余力だけで前に進む。「私、蹴伸びで来られる最大限のところまで来たと思っているんです。“蹴伸びサクセス”って感じ(笑)。あいつ、蹴伸びなのにすごいぞって言われているはず。私自身、そう思っていますから」

ジェーン・スーとは一体何者なのか、との問いへの返答は、インタビューのやり取りの中で唐突に浮上したこの“蹴伸びサクセス”との言葉が的確なのかもしれない。もやもやした状態に付き合わず、すぐに強い言葉で答えを出してしまう社会において、ジェーンの「蹴伸び」感は、いくつもの自由で寛大な対話を呼び込んでいる。

「だから私、鳥人間コンテストみたいなものなんですよ。ほら、低空をずーっと飛行しているあの感じ」などと、次々と新たな言語化が加えられていく。突出した才能がないから蹴伸びをしている、と本人は謙遜する。しかし、この蹴伸びこそ才能に思える。要らぬバタ足で水しぶきを上げて自分を大きくみせる話者が多い中で、ジェーン・スーは蹴伸びのまま、ゆっくりと付き合ってくれる。その姿を見て、今日もまた誰かが相談を吹っかけるのだ。

「私は、ある種の架空人物感ありますからね。ジェーン・スーは」


ジェーン・スー
東京生まれ、東京育ちの日本人。2000年代にmixiで使っていたペンネームをそのまま使用している。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。音楽クリエイター集団agehaspringsでの作詞家としての活動に加え、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」でパーソナリティを務める。著書に『私たちがプロポーズされないのには101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『ジェーン・スー相談は踊る』(ポプラ社)、『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋)があり、『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。


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