盤石の守護神・矢鋪 翼(BC・石川)のボール、その驚異の回転数とは《2019 ドラフト候補》
■球速より回転数で勝負
「150キロ超え連発だ!」「160キロが出た!」―。
数字はわかりやすい。だから注目を集める。話題に上る。
投手の最高球速はどんどん更新され、今や150キロを超える投手はザラにいる。そしてとうとう163キロを出す高校生まで現れた。
そんな中、140キロ台前半の球速でも、簡単に打ち取る投手もいる。
石川ミリオンスターズのクローザー・矢鋪翼(やしき つばさ)がそうだ。
彼の武器は球速ではない。球速では表せない「ボールの質」である。たとえば回転数。最近はテレビの野球中継でも紹介されることがあるので、その指標はご存知の野球ファンも多いだろう。
石川ではラプソードというボールの速度や回転数、回転軸などを計測できる測定器を所有している。
回転数というのは、投手から放たれたボールが捕手に届くまでの間、1分間あたり何回転するかという指数だが、回転数が多いほどストレートは揚力が高く、打者が感じる手元での“のび”や“キレ”につながる。変化球はより変化する。
矢鋪投手の回転数はストレートが2500回転、スライダーだと3000回転近くになるという。
NPB投手のストレートの平均回転数は2200回転といわれている。つまり矢鋪投手の数値はNPBでも一流投手クラスに相当する。
選手の体を預かる片田敬太郎フィジカルパフォーマンスコーチも「この回転数はちょっと図抜けている。だから140キロ台でもまっすぐでファウルが取れる。スライダーは2段階曲がるからね」と舌を巻く。
「だからこそ、後ろを任せられる」。チームにとって、矢鋪投手のクローザーは納得の配置だという。
■回転を意識すること、日々の遠投、フォームのマイナーチェンジ
金沢向陽高校から石川に入団して5年目だ。過去4年の成績を振り返っても、これといった目立った数字は見当たらない。それでもなんとか少しずつ成長しながら続けてきて今年、とうとう大きく花開いた。
なにがそうさせたのか。ヒントはシーズン前の合同自主トレ中の時期にあった。
折しもNPBは春季キャンプに入っていた。連日、スポーツニュースでその模様が流れだすと、矢鋪投手は熱心にテレビの前に陣取った。ブルペンでの投球や練習にじっくり見入り、またインタビューにも必死で耳を傾けた。
すると「キャッチボールひとつにしても、回転を気にしたり、体を使ってしっかり投げないといけない」という言葉に惹かれた。そこで自身も意識してやってみることにした。
「それまでは下半身を使ってっていうくらいで、ボールの回転とか気にしてなかった。でも意識したら全然違ってきて…」。
まずオープン戦でバッターの反応が変わった。
「まだ指にしっかりかかってなかったのに、それでも球速以上に手元で伸びてるなって。バッターが差されてる感じがした。まっすぐで押せるって感じた」。
こんなに変わるとは…!自分でも驚いた。
さらにもうひとつ、昨年から地道にやり続けてきた“あること”が結果として顕れてきた。
片田コーチから「どんどんしなさい」と課された遠投だ。
「ほんとは嫌いだった(笑)。遠い距離(を投げるの)はしんどいから。でも片田さんからは『きつくても低い弾道で投げろ』って言われて」。
パートナーは一昨年から有吉弘毅投手だ。「有吉さん、肩が強くて、どんどん離れていくんで、届かせるのがやっと。『やめてくださいよ~』って言いながら、ワンバンで低く強い球を投げようと意識している」と、日々鍛えられてきたおかげで球速も上がった。
「遠投でも1球1球、回転を気にしながらやるようにした。しっかり人差し指と中指の2本で切れたら、きれいなバックスピンがかかる。ちょっとでも手首が折れたらシュートしちゃう。そういう細かいところを気にしながら投げている」。
片田コーチは「0から100に力を伝えるということを習得した」と、うなずく。
フォームにもマイナーチェンジを加えた。「松本航投手(埼玉西武ライオンズ)の動画を見て、いいなと思って試したら、すごくしっくりハマった」。
昨年までは上げた左足をそのまま下ろしていたが、今年は上げてから一旦、伸ばす。そのとき、右足にしっかり体重を乗せて投げるようにしているが、この間によってバッターもタイミングをズラされているようだ。
■失敗が成長につながった
オープン戦ではイニングまたぎやロングリリーフをこなして、今季の開幕を迎えた。
ベンチのボードには、選手の背番号が書かれたマグネットが貼ってある。打順や投手の投げる順番などを示しているのだが、九回の位置に自身の背番号16があることに矢鋪投手は気づいた。
「あれ?今年はここでいくのか?」
そこまで自信や手応えがあったわけじゃない。なので抑えだからと特にテンションが上がるというよりも、「任された位置をやりきろう」とだけ考えたという。
実は武田勝監督も迷っていた。そもそも“来る予定だった外国人”が来なくなったことで、計算が狂っていた。クローザーとしてアテにしていた助っ人だったのだから。
そこで、代役は右の矢鋪か左の有吉かというところに絞った。
「最終的にはやっぱりコントロール。どんな場面でも自分のゾーンの中で勝負できるっていうのは、矢鋪のほうが上回っている」と、“守護神・矢鋪翼”が誕生したのだ。
なぜそこまでコントロールがよくなったのか、武田監督はこのように明かす。
「力がないのに四球で逃げなかった。打たれても打たれてもストライクゾーンで勝負していたから」。
打たれたことで、自分の中にその情報がインプットされた。どの場面でどのボールをどのコースに投げることがベストなのか、データの蓄積ができた。それは四球で逃げていては、できなかったことだ。
だからこそ、コントロールに悩むことなく投げられているのだという。
「コントロールって、意識すればするほど悪くなる。四球出しちゃいけないって思うときほど出したりとか」というのが投手心理だというが、矢鋪投手はそこにハマらず、今やどんなピンチでも勝負できる。
武田監督がいつも口にする「失敗が成長につながる」という、その最良の例だ。
■意識の高さ
シーズン序盤から、投げるごとに0を刻んだ。信頼を積み重ねていった。
はじめて自責点がついたのは6月17日の埼玉武蔵ヒートベアーズ戦で、今季登板16試合目のことだった。
それでも「ショックは全然なくて。投げていればいつかは打たれる。そういう覚悟をもって投げている」と動じなかった。幸いにも点差があり、逆転は許さずチームは勝利した。
「今日は今日で忘れないでおこうというのはあったけど、一度リセットして。自分のためでもあるけどチームのためにも投げているので、次も任せてもらえるなら0で抑えようという気持ちだった」。
これぞまさにクローザーの思考だろう。引きずらず、切り替えて次の試合に臨む。この自責点が唯一で、そのあとも0を重ねて現在リーグ2位の7セーブを挙げている。
「職が人を育てる」とはいうが、勝敗を左右する後ろで投げることで、矢鋪投手もそのポジションにふさわしいよう自身をグレードアップさせていっているのだ。
周りの選手からもよく訊かれるという。「矢鋪、なんでここまでよくなったん?」と。
「これまでと比べものにならない。僕の中でも何がよくてここまできたのかわからなくて。それをずっと考えている」。
おそらくそれは、こうだろう。期待に応えたい、チームの役に立ちたい。そして、もっと野球がうまくなりたい―。
そういう気持ちが矢鋪投手を研究熱心にし、コツコツと練習に取り組ませているに違いない。ただやらされている練習ではなく、そこに自身の意識が存在しているのだ。
NPBのキャンプ放映を見てヒントを掴んだり、NPBの投手の動画を見てフォームに取り入れたり、など貪欲である。
こんなこともあった。阪神タイガースのファームと交流試合をしたときのことだ。タイガースの投手陣のピッチングに真剣に見入っていた。いろんなことを訊きたいと質問も用意していた。残念ながらそのタイミングはなかったが、常に自身が向上するために必要なことを取り入れようとアンテナを張っているのだ。
■困ったときは、あいつしか頼めない
そんな愛弟子の成長を、武田監督は独特の表現で喜ぶ。
「もともと気の優しい子で、2年前までは体もヒョロヒョロな感じだった。最初は敗戦処理で、去年あたりからだんだん成り上がって、本人なりに投げる喜びとか楽しさとか感じているうちに、気づいたら一番任されるようなピッチャーになっちゃった(笑)。5年かかったけど、その5年を一気に試合で顕せるようになった。それくらい精神力がついた」。
そして、その人柄も賞賛する。
「運とか人の好さとか、『矢鋪を残しといたらなんとかなるでしょ』みたいな、“人”で残れてきたところがある。それがプラス野球で結果を残してくれて、5年目に一番信用される選手になっていた。亀のように成長はゆっくりだったけど、実は亀のほうが強いから」。
クローザーとしても全幅の信頼を置き、今季、満塁のピンチを矢鋪投手に託したことが3度にも上る。
「変化球でストライク取れる技術がズバ抜けている。打たれてもいいやと開き直れる。でも、そのかわり100%腕を振るとか、その大胆さが身についている。だからこちらの期待以上の仕事をしてくれる。マイナスをプラスにできるメンタル」。
そしてこう続ける。
「困ったときは、あいつしか頼めない」。
片田コーチも「あいつの一番いいところは周りに左右されないところ。どんなにキツい場面でも、自分のピッチングができる」と口をそろえる。
マウンドからはさまざまなものが目に入る。バッターはもちろんのこと、ランナー、相手ベンチ、スタンドの客、そして自軍の仲間たちも、だ。だが動じない。
「あいつはどんなときも同じように抑えて帰ってこれる」と感服している。
■スピードだけがすべてじゃない
自己最高球速は更新し、現在は143キロだ。
しかしそのボールにバッターは差し込まれてファウルを打たされるし、空振りもさせられる。回転数やフォームにその要因があるわけだが、それが野球のおもしろいところだ。
武田監督も「今、160キロの時代になってるのに、140キロでも空振り取れる選手っていっぱいいる。そこは何かっていうのを見てほしい。僕も120キロくらいで勝っていたので、そういうスピードだけがすべてじゃない時代に戻ってほしい」と願う。
NPBのスカウティングも、どうしても表面的な球速表示で評価されがちだ。もちろん目の覚めるようなスピードボールが大きな魅力であるのは間違いない。
しかし本当に打者と勝負できるボール、また、ピンチでも動じず抑えられる投手とは。
その答えは、この矢鋪投手が体現しているのではないだろうか。
後期に入って快進撃を続けている石川ミリオンスターズ。その最後の砦を守る守護神・矢鋪翼。
「前期と変わらず1試合1試合、腕振って投げるだけなんで」。
その名前がコールされた時点でもう、石川の勝利は確定している。
【矢鋪 翼(やしき つばさ)*プロフィール】
1996年4月26日生(23歳)/石川県出身
183cm・86kg/右投右打/B型
金沢向陽高校→石川ミリオンスターズ(2015~)
《球種》ストレート、スライダー、ツーシーム
《最速》143キロ 《回転数》ストレート2500rpm、スライダー3000rpm近く
【矢鋪 翼*今季成績】
21試合 2勝1敗7S 24・1/3回 被安打19 被本塁打0 奪三振22 与四球5 与死球1 失点5 自責3 暴投0 ボーク0 失策0 防御率1.11
(数字は7月9日現在)
(撮影はすべて筆者)
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