BCリーグ新監督に聞く vol.2―福井ミラクルエレファンツ・田中雅彦監督(元ロッテ〜ヤクルト)
■福井ミラクルエレファンツ・田中雅彦監督
4月7日に開幕した独立リーグ・ルートインBCリーグでは、期待の新星たちが明日のNPB(日本プロ野球機構)入りを目指し、各地で汗を流している。
今季は東西10チーム中、東の1チーム、西の4チームで監督が交代した。トップが代わると指導法や選手との関わり方、戦い方など自ずと変わってくる。新しい指揮官のもと、生まれ変わったチームにスポットを当てる。
「新監督に聞く」シリーズ第2弾は福井ミラクルエレファンツの田中雅彦監督だ。
■グラウンドはオーディションの場
開幕から破竹の勢いを見せた福井。とにかく底抜けに明るく、元気いっぱいだ。若い新監督が選手と一緒になって盛り上がっている。
「今のところ選手のモチベーションは引き出せてるのかな。選手がいいパフォーマンスが出せるようコンディションを整えてあげること、モチベーションを上げてあげることがボクの仕事だと思っているんで。常に声かけと、先頭に立っての声出し。カツを入れながらね」。
人懐こい笑顔は、選手にとっても親しみやすさを感じさせるのだろう。
千葉ロッテマリーンズ、東京ヤクルトスワローズでプレーし、引退直後の昨年は福井でバッテリーコーチとして指導に当たっていたが、今年、内部昇格で監督に就任した。
「BCリーグといえど誰にでもチャンスがもらえるわけじゃない。指導者として勉強させてもらえるし、ありがたい」と二つ返事で引き受けた。
田中監督の方針は明確だ。見ているだけで伝わってくる。
まず練習から選手全員がノリノリだ。グラウンドに明るい声が響き渡り、活気があふれている。セカンドアップもそうだ。アップテンポな曲にノッて手拍子と掛け声で、選手同士で気持ちを盛り立てる。
シートノックでも大声を発してボールに食らいつき、試合に向けての強い意気込みを感じさせる。
そして試合はスピード感にあふれている。どんな凡打でも一塁への全力疾走は怠らないし、常に先の塁へ進もうとする意欲を見せている。攻守交代時にはダッシュだ。また、ベンチでの声出しも最後までボリュームダウンしない。
そういった感想を口にすると、田中監督は我が意を得たりとばかりにニンマリした。
「全力疾走、積極的な走塁、カバー、サインの確認、これは誰もができること。ファインプレーをしろとは言わない。常に気を抜かずにやろう、と言っている」。
簡単にできそうでいて、維持するとなるとなかなか難しい。ときには凡打してシュンとなることもあるだろう。集中力に欠ける日もあるだろう。
しかしNPBを目指す選手にとっては、いついかなるときも気を抜くことがあってはならないのだ。
「ここはオーディションの場」と田中監督は表現する。
「プロのスカウトが見にきている。売り込んでいかないといけない。凡打したあとベンチに帰ってどんな態度か、そういうところも見られてるんだよということを伝えている。打てなくてガクッとなっても緩んじゃいけない。試合は続いているんだから。目に留まるのはなかなかだけど、離れるのは一瞬。隙のないようにってね」。
それでもつい忘れることもあるが、口酸っぱく言い続けてきた。「今じゃみんながやるから、ひとりも手を抜けなくなっている」。しっかりとチームに浸透しているようだ。
■力強いスイングをしろ!小さくまとまるな!
指導法もハッキリしている。
「ここに来る選手の目標はNPB。上を目指している選手たち。じゃあNPBに行く確率が高くなる指導法が必要となる。それはどういうことかというと、まずはしっかり振る力をつけましょう、と。試合の中でもちょこちょこ送りバントをするより、しっかりスイングしていこうと」。
当てることはさせない。力強いスイングを求めている。
「ほんとはバントのサインを出したいときもあるけど、極力出さない。その場面で選手がどういうバッティングをするか、どういう待ち方をするのかも見たい。これは選手にとってきついと思う。でもとにかく選手には小さくまとまってほしくない。大きくなってほしいから」と願う。
これは指揮官としても我慢を強いられることだ。
「試合展開によってはもちろん、送りバントやセーフティ、エンドランのサインを出すこともある。勝つためには、流れの中でどうしても1点を取らなければというときがある。そういうときは選手たちも感じてるから」。
意思疎通はできているのだ。
「でも逆に選手が気を遣って考えすぎて犠牲になって打ちにいくこともある。そういうときはしっかりと話す。そんなことを求めてないよ、と。まず強いスイング、そして自分の打率を上げること。だから『思いっきり振りにいってくれ』と常に言っている。体が小さいからと当てるバッティングはしてほしくない」。
体の大小にかかわらず、全選手に強く振ることを求める。
さらに「たとえ10-1で勝ってても、自分の打席は絶対に無駄にするな、と。自分が出た打席は全部ヒットを打つ気持ちでいけと言っている。オープン戦を進めていく中で、選手たちもわかってきたんだと思う」と、それぞれの個人成績を上げるよう指令を出す。
こうした田中監督の方向性をしっかり把握できているからこそ、選手はやるべきことが明確になり、それが結果的にチーム成績に反映されているようだ。
■チーム内での情報共有
試合後、全体ミーティングのあとでキャッチャー陣を集めての個別ミーティングも行う。これは昨年バッテリーコーチをしていたときの習慣が続いているためだが、守りの要であるキャッチャー同士にさまざまな情報を共有させようという狙いもあるのだ。
「バッテリーだけを担当していたときはボクも1球1球細かく見てたけど、今は試合の流れを考えてるから配球の隅々まで見れない。でもキーとなるところはきっちり見て、そのときのキャッチャーの考えなどを聞く。そこで反省をしっかりして、起こったことや感じたことなどをほかのキャッチャーにも共有してほしいと思っている。今は主戦が片山(雄哉)だけど、もし片山がケガしたときにチームが困る状況になってはダメ。出ていないキャッチャーも出ているときのように試合勘を維持できるようにしておきたい」。
調子いい今だからこそ、危機管理も万全にしておこうと考えている。
■選手とのコミュニケーション
現在36歳。BCリーグの中でも2番目に若い監督だ。
「あいつら、ボクのこと監督なんて思ってないですから。『田中さん』って言いますもん」と笑う。きっと選手にとってもアニキのような親近感があるのだろう。
「大事にしているのは常にコミュニケーションをとること。言いたいけど言えないというような環境は作らないようにしている。壁があったら、話しても選手には入っていかないから」。
また、話し方も考える。
「そりゃ、試合中にイライラするときもありますよ。でも感情的に怒ったら『怒られた』しか残らないし、ボクの顔を見てプレーするようになってしまう。だから感情は抑えて語りかけるようにしている」。
エラーをしてもそこで落ち込まず、ビハインド展開でも逆転できるよう、その雰囲気づくりには心を砕いている。だからベンチは「いつもドンチャン騒ぎですよ」と笑いが絶えない。
技術指導に関しても同様だ。
「人それぞれ体の使い方が違うから伝えるのは難しい。ただ大事にしていることがある。なんでも押しつけるんじゃなく話し合いながら作り上げたいと思っているから、『こうしろ』じゃなく『こういう考えもある』と提案したい。それを試して、モノにするのは自分だから。自分で感じないとね。そのために幾通りかの提示はしたい」。
田中監督自身も引き出しを増やす勉強をし、それをコミュニケーションをとりながら伝えている。
かつて自身もそうだったという。
「ボビー(バレンタイン・千葉ロッテマリーンズ)はやりやすい環境を作ってくれていた。そして絶対に選手のせいにしなかった。真中(満・東京ヤクルトスワローズ)さんもそう。勝ってる負けてるで顔色が変わるわけじゃなく、常におおらか。『監督に怒られるから…』とかがなかった。やはり自分が尊敬できる人じゃないと、言われたことをやろうとは思わなかった」。
現役時代を振り返って、自分にとってよかったと思えることはどんどん取り入れていく。
ただ、その“距離感”は模索中だという。
「萎縮させずのびのびできるようにはしたい。でも、のびのびしすぎるのもね。そのへんの境目が難しい。ボクも近すぎてもね」。
若いからこその悩みかもしれない。
しかし「選手がやろうとしてることができたときが一番嬉しい」と一緒になって喜んでくれる監督を、選手も心から慕っている。
■選手の夢を叶えること
「現状のドラフト対象は高校、大学、社会人がメインで、最後に独立リーグっていう位置づけでしょ。でもBCにもいい選手がいっぱいいる」。
さらに独立リーガーというと“落ちこぼれ”のイメージを持たれることもしばしばある。
「そこが悔しいんですよ」と憤る。「いい子ばかり。ボクも『野球選手の前にまずひとりの人間だ』って教えている。人間教育も大事だと思っているんで」。野球の能力だけでなく、人間力の高さも強調する。
「なんとかひとりでも多くNPBに行かせたい」―。かわいい教え子たちの夢を叶えることが、田中雅彦監督の夢でもある。
(撮影はすべて筆者)
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