就任1年目にして3人の選手をプロへ輩出した田中雅彦監督(BCリーグ・福井ミラクルエレファンツ)
■ドラフト会議で2選手が指名される
ふたりの愛弟子が指名され、福井ミラクルエレファンツの田中雅彦監督'''(千葉ロッテマリーンズ―東京ヤクルトスワローズ)はホッと安堵の表情を見せ、小さくひとつ息を吐いた。
10月25日のNPB(日本野球機構)のドラフト会議で、捕手の片山雄哉選手が阪神タイガースから育成1位で、内野手の松本友選手が東京ヤクルトスワローズから育成2位でそれぞれ名前を呼ばれた。
就任1年目にしてNPBのドラフトで2人もの選手を送り出せる。これは素晴らしい快挙だ。しかし田中監督にとっては必然でもある。着任以来、明確な意思をもって舵を取ってきた。そしてそれを選手にもしっかりと伝えてきた。だから、その意思を受け止めた選手たちが着実に成長し、最高の結果を見せてくれたことが心から嬉しかった。
「あいつら、指名会見で最初に周りの方へ感謝する気持ちを言葉にして言ったでしょ。それが僕はなにより嬉しい」。そう言って目尻を下げる。それは田中監督が口酸っぱく言ってきたことだ。
「まず野球選手の前に人としてちゃんとしていないと。この世界で長くやるには、人間的にしっかりしていないと」。就任以来、野球選手として、いや、人としてもっとも大切なものは何かを懇々と説いてきたのだ。
■もっとも大切な人間力
指揮官を引き受けたときの目標が「チームとしては優勝、個人はひとりでも多くNPBに送り出したい」だった。前期優勝し、続いて西地区(ADVANCE―West)優勝にも導いた。
そしてもうひとつの目標についても、7月の岩本輝投手のNPB復帰(オリックス・バファローズ)、この度のドラフト指名の合計3名を輩出することができ、自身で設定したハードルをクリアした。
強いチームを作ることとドラフト候補に挙がる選手を作ること―。これを同時に進行することは容易ではない。田中監督がまず徹底したのは人間力を高めることだ。グラウンドではもちろんだが、グラウンド外でも意識しなければならないと力説する。
「技術的な話はもちろんするけど、それ以外の部分が大事。真面目というより、やるべきことをしっかりやらないと評価もしてもらえないし、魅力ある選手にならない」。
実はこれは自身がかつて指導者に教わってきたことだ。「普段の生活をちゃんとしてないと、いざっていうときに出る。『大事なときに、その人間が出る』と言われた。どんなに能力が高くても、ちゃらんぽらんな生活や態度をしている選手は、試合のここっていう場面でそれが出てしまう。自分も身に沁みて実感してきたし、指導者の立場になってからもそういうのは見てきた」としみじみ語る。
■片山雄哉捕手
「以前の片山は、そういうところが目立った。素材的には藤井さん(彰人=2016年、阪神タイガースからの派遣コーチ、現在はタイガース1軍バッテリーコーチ)からも『楽しみな選手』と言われていた。すごく魅力がある。ただ、寝坊したり奇抜な格好をしてみたり。そういうのを厳しく言ってきた。でもあいつは自分で気づいたし、自覚もしていた。だから変われた。特に今年は目の色が違って、強い決心をしているのを感じた」。
そこまでの本気度を持って臨む片山選手なら、扇の要としてどっしりと守ってくれると確信できた。
■松本友内野手
「松本は、今年から監督を引き受けるって決まったとき、絶対にプロ(NPB)に行かせたいと思った選手。一番近い選手だと思っていた。だから、プロに行かせるにはどういう起用をしたらいいか考えた」。
昨年の松本選手は外野からスタートしていたが、シーズン途中、故障で離脱した選手に代わってショートに移った。
「外野で使っていてもプロには指名されないだろう。内野でもファーストやサードじゃ無理だ。エラーを覚悟の上で彼をショートとして一人前にしよう」。
NPBを見据えて、ショートとして鍛える方向性が定まった。
■ポリシーは選手ファースト
これで重要なセンターラインのふたりが固定でき、その上でチーム編成を考えたという。「能力が高い選手が多かった。清田(亮一)とか人としてもできた子で、自分だけじゃなく周りのことも見れる。自分のことも冷静に見極められる」と片山、松本両選手以外にも優秀な選手に恵まれたと目を細める。
「勝つための野球と育成するための野球は違うって言われるけど、彼らの力を信じた。彼らが本来の力を出してくれれば勝てると思った」。
田中監督が意識したのは、選手たちのモチベーションを引き出すこと、そしてそれをキープすることだ。シーズンを通して、「優先順位は選手ファースト」というポリシーはブレなかった。そして「結果的に求めていた野球はできた」とうなずく。
決して頭ごなしに押しつけたりせず、選手に考えさせる。「こっちが指示を出してそれを受けるのでは成長しない。ノーサインのほうが選手はきつい。でも、選手もこの場面でどうしなきゃいけないかと考える。それを見守るし信じきる。三振するだろうと思っても見守る、信じるというのは、ほんとはしんどいことだけど」。苦笑いで振り返る。
だから極力、送りバントは使わなかった。「送りバントは、我慢できない人が自分を安心させたくて使う作戦」と言いきる。田中監督自身、かなりの辛抱が必要だった。
■NPBで“田中チルドレン”が躍動する
そんな田中監督のもとで戦えたからこそ、ふたりは成長した。それぞれ数字もキャリアハイを達成し、技術的な進歩も実感した。精神的にも強くなり、人間力も磨けた。田中監督としてもNPBで十分に活躍できると自信を持って送り出す。
「このふたりに関しては、とにかく目の色が違った。野球に取り組む姿勢、私生活も意識してきた。本来なら支配下で指名されてほしかったという思いもあるけど、でも育成というのは、この立場から這い上がる、もう一度気持ちを引き締め直して戦っていくということで、悪いことではない。むしろ喜ばしい」。
そして「ここがゴールじゃない。支配下にならないとメシは食えないから」と、“本当のプロ野球選手”になるべくハッパをかける。
「これからもっともっと高いレベルの指導者に教わるし、周りのレベルも高い。でもあいつらなら練習に取り組む姿勢も心配ないし、あいつらの持ってるものなら上(NPB)でも必ずできる。とにかく長くやってほしい。そのためには人間的にしっかりしていないと、すぐにクビを切られる。人に対してしっかり接するとかコミュニケーションを大切にしてほしいし、野球以外のところで足を引っ張られないように気をつけてほしい」。
ふたりのことをいつも温かく見つめ、大事に思い、手助けしてきたアニキのような指揮官だからこその言葉が、次々と口をついて出てくる。
そして「ここまでよく頑張った。逆にあいつらに感謝したい」、そう言って微笑んだ。
プロ野球界という大海原に飛び出した“田中チルドレン”たちは、ステージが上がっても教えを守り、変わらず全力で戦い抜くことだろう。
(撮影はすべて筆者)
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