“野球大好き女子”の野球との関わり方―独立リーグ・BC福井でボールを追う女性スタッフ
■ボール拾いにボール磨き…一日中、走り回る
「ほんとよくやってもらってるよ。彼女たちがいないとボクら、試合もできないから」。声の主はルートインBCリーグ・福井ミラクルエレファンツの田中雅彦監督。視線の先にいたのは球団創設当時からボランティアスタッフとしてチームを支える怜香さんだ。
独立リーグは多くの人々の協力によって成り立っている。ボランティアスタッフといってもその業務はさまざまだが、怜香さんにはビックリだ。
試合前のバッティング練習が始まるとグラブを手にグラウンドに飛び出す。そしてグラウンド狭しと走り回り、飛んでくるボールを拾い集める。照りつける日差しの中、実に45分間、動き続ける。選手よりタフである。
なにより危険はないのだろうか。高校野球でも甲子園練習に女子マネジャーが参加して物議をかもしたこともあったが…。
すると田中監督は「女性といっても彼女は普通に選手の打球を捕れちゃうくらいだから。選手も自信なくすよね。あははは〜」と楽しそうに笑ったあと、「ソフトボール経験者だからね」と種明かしをした。
なるほど。“シロート”ではないわけだ。といってももちろん、安全面には十二分に配慮している。田中監督もなんだか誇らしげである。
それにしてもバッティング練習の風景の中に女性がいるだけで、こんなにも爽やかなものなのか。炎天下なのに涼しい風を感じさせる。
いや、それは女性だからではない。怜香さんが醸し出す空気感だ。もちろん暑くないわけはないのに、涼しい顔をしてボールを追う。長い手足とスレンダーなボディで、しなやかに舞うように軽快に、だ。
練習が終わり試合が始まると、また次の任務に就く。試合中のボールの管理とバット引きだ。「最近バット引きは走れる男性に任せることも多いですけど…」と言いつつも、気づくとササッと動く。そしてその手には、ずっとボールが握られている。
NPB(日本野球機構)と違って常にきれいなニューボールで試合ができるわけではない。限られた予算の中から用意されたボールを大切に使用する。怜香さんは試合中、ボールボーイ席でずっとボールを磨いている。
土にまみれ汚れたボールをタオルで丁寧に拭き、消しゴムで白く磨き上げる。簡単なようで、これがなかなか力が要る。長年やり続けている怜香さんの華奢な指には、なんとタコができている。しかしそんなことも厭わず、「受験生よりも消しゴムの減りが早いですよ」と屈託のない笑顔を見せる。
チームにとっては本当に大きな力だ。なにゆえここまでできるのだろうか。怜香さんに話を聞いた。
■野球が大好き
「野球が大好きなんです」。彼女の原動力はこれに尽きるという。
初めて生で野球を観たのは高校生のとき。「親に『(福井出身の)東出(輝裕)さんを観にいこう』って無理やり連れていかれて…(笑)」。福井球場で行われた広島東洋カープ対阪神タイガースの試合だった。
座った席の周りはカープファンだらけ。「後ろにイケイケのお兄さんがいて、目の前の選手に大声で呼びかけてたら手を挙げて応えてくれて…。野球には全然興味なかったのに、それで好きになって野球にハマッていきました」。
それまではむしろ野球のテレビ中継が延長されると、大好きなドラマの時間が繰り下げになって「イラっとしていた(笑)」のに、生で見た選手の姿と呼びかけに応えてくれたことで、いっぺんに魅了されてしまったのだ。
そこで自身も高校2年の秋からソフトボール部に入った。大学でも、1年時はソフトボール部がなかったが2年のときに創部されたので、また続けた。ポジションはおもに外野だったが、部員に初心者が多い年は経験のある怜香さんがファーストに就くことが増えた。
一方、野球にハマりカープにハマり、たびたび球場に出かけるようになっていた。広島にまで足を延ばすこともあった。今はもうない広島市民球場だ。名古屋ドームに初めて訪れたときは涼しさに感激し、それからは名古屋にも足繁く通った。2月のキャンプにも4年連続で宮崎の日南にまで遠出した。
■森笠繁選手との出会い
“運命の出会い”は高校3年のときだ。オープン戦で神戸スカイマークスタジアムに行き砂かぶり席で見ていたとき、カープの森笠繁選手を間近で見て「かっこいい!」とファンになり、それから森笠選手を応援するようになった。
ところが森笠選手がトレードで横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)に移籍してしまい、今度は“ベイスターズの森笠選手”を応援するために横浜にまで出向いた。
「ここぞってときに打っていたのが印象的でした。チャンスで出て、おいしいところをかっさらっていくイメージ」と語る怜香さん。
森笠選手の現役最後の姿は横須賀スタジアムで見たそうだが、なんとそのとき、ホームランを打ったのだ。それは怜香さんにとって、目の前で見た森笠選手の初めてのホームランだった。
似顔絵を描くことが得意な怜香さんは当時、よく描いてプレゼントしていた。1枚ではない。行くたびに何枚も渡したという。森笠選手だけでなくほかの選手にも。これが相当な腕前で、好評を博していた。
すると数年後、嬉しいできごとがあった。すでに福井ミラクルエレファンツでボランティアを始めていた怜香さんは、森笠さんと感激の再会をするのである。
BCリーグはしばしばNPBの2軍と交流試合をするのだが、カープ2軍との一戦が組まれた。2010年に引退した森笠さんは、翌年のカープ3軍コーチを経て2012年から2軍コーチを務めていた。そしてコーチとして福井にやってきたのだ。
「モリさん、覚えていてくれて!握手してユニフォームをくださったんです」。こんな嬉しいことはない。野球の神様の粋な計らいだろう。
■球団創設時にボランティアを志願
話は前後するが、福井にミラクルエレファンツが誕生したのは2007年。野球が大好きな怜香さんが、地元にできた野球チームに興味を持たないわけがない。設立されてすぐに練習見学に訪れた。
そんな折、男の子がボール拾いの手伝いをしているという新聞記事を目にした。「これだ!」とひらめき、自ら球団の門を叩いてボール拾いを志願した。
「今から思えばよく行ったな」。思い出して白い歯をこぼす。野球が好きなあまり、「その仕事、誰にも取られたくないって思って(笑)。負けず嫌いなんで」。すでに“自分の仕事”だという使命感が芽生えていた。
「当時はみんなが初めてのことだし、全部が模索していたので、自分のやれる仕事を見つけていこうって感じでした」と振り返り、怜香さんが「自分のやれる仕事」として始めたのが練習中のボール拾いとともにボール磨きだった。
ゲームで使うボールは彼女が責任をもって汚れを取り、磨き、選別して球審に手渡す。「やったりやらなかったりするとボールもちゃんと見れなくなるので、これは自分がやり続けたい」。
ここまでボールに責任をもつ怜香さんにとって、今でも忘れられないできごとがある。NPB2軍のある球団と交流試合をしたときのことだ。まだ不慣れなころで、ボールの扱いもあまりわかっていなかった。
その日は雨が降り、通常より多くのボールを必要とした。しかしボールはいくら雑巾で拭いてもなかなか汚れが取れない。ゲーム用に満足なボールが出せていなかったようで、たまりかねたその球団のスタッフは「お前が仕分けしろ」と自チームの人間に命じた。本来はホームチームがすべきことだが、及第点を得られなかったのだ。
それが怜香さんにとっては非常に悔しかった。「今もまだまだで模索中だけど…」と言いつつ、試合中、彼女の手が休まることはない。その手には常にボールがあり、タコにもめげず奮闘している。そこには「わたしの仕事」という矜持があるのだ。
■さまざまな思い出
福井ミラクルエレファンツは今年で11シーズン目を迎えた。さまざまな喜びがあった中で、怜香さんは特に印象深い思い出として、「やはり高校生のときから応援していた森笠さんと、同じグラウンドで森笠さんのチームとの試合に関われたこと」と「2015年、エレファンツが西地区王者になったこと」を挙げる。
今後に向けては「ひとりでも多くの選手をNPBに送り出せるように。そして福井にもこんな素晴らしい球団があると、多くの人に知ってもらいたい」と語る。
「エレファンツ、BCリーグは選手の頑張りと監督やコーチの熱心さ、ファンやスポンサーの支えに加えて、ボランティアの温かさでできています」。よどみなく溢れ出る言葉から、心底チームを愛していることが伝わってくる。
初年度から見てきただけあって、強いチームかどうかはシーズン前にわかるそうだ。前期優勝した今年のチームも、「強くなりそうだな」という予感があったという。
「まず選手が挨拶をきっちりする。スタッフにも労いの言葉をかけてくれますしね」。今年は田中監督のもと、そういったことが徹底され、チームの雰囲気が非常にいい。
かつて西地区で優勝した年のチームは、試合後にボールボーイの子どもたちとハイタッチをして盛り上がるということもあったという。今年もそれに近い空気感があるようだ。後期に入った現在、苦戦を強いられているが、巻き返しに期待が持てる。
■“野球大好き女子”の活躍の場を広げる
普段は会社勤めをしている怜香さんだが、ホームゲームのない日は「体がなまるのはイヤ」と家族でテニスを楽しむ。また、職場のメンバーでリレーマラソンに出場するなどしたこともある。とにかくアクティブだ。球場で走り回れるよう、常日頃から鍛えているのだ。
「80歳になっても走り回れる健康なおばあちゃんになりたい」とニッコリ微笑む。
そして「年をとっても野球が自分の生涯スポーツであるように、ずっと野球に関わっていきたい」と、褪せることのない“野球愛”を口にする。
試合観戦はもちろんだが、異色ともいえる怜香さんの働きぶりを見に福井の球場を訪れてみるのもいいかもしれない。
彼女の奮闘はなにより“野球大好き女子”に勇気を与え、その活躍のフィールドを広げる一助になるだろう。
(表記のない写真撮影は筆者)
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