19歳ルーキーが正捕手への第一歩を踏み出した―山本祐大選手(横浜DeNA)、初の1軍出場!
■“その日”は突然やってきた
「まさか」といっては失礼か。いや、やはり「まさか」のできごとだった。
5月24日。日本野球機構の公示、その出場選手登録の欄に記された「横浜DeNAベイスターズ 山本祐大」の文字。19歳のルーキー捕手が、ペナントレース序盤のこの時期に1軍昇格したのだ。本人はおろか周りも誰も予期していなかった。
キャンプ中から足繁くファームにも足を運んでいたラミレス監督は山本選手のその素質を高く評価し、3人目の捕手として呼び寄せた。「沖縄のときからいい選手だと思っていた。機会があれば試合に使ってみたい」。そう頷いた。
ただ、本人はドタバタだった。その吉報を受けたのは当日、横須賀スタジアムに“出勤”してからだ。「急に言われたんで、最初はビックリしたんですけど、あんま実感わいてなくて…」。練習をしてから慌ててタクシーで横浜スタジアムに移動し、シートノックに間に合わせた。
目の前には初めて見る光景が広がっていた。「筒香(嘉智)さん、チャモ(ロペス)さん…この人たちとプレーできるんや!すごいな」。そしてスタンドを見渡すと、ファームでは考えられないくらいの大勢のお客さんが声援を送ってくれている。「シートノックひとつでこんだけ違うのか…」。その独特の雰囲気に山本選手は目を輝かせた。と同時に、これまで味わったことのない緊張感に包まれた。
そして1軍の試合をベンチから見て、「そこでやっと頭の整理ができました。あぁ、1軍に上がったんやなぁって」と、ようやく実感がわいた。
初めての1軍ベンチは刺激だらけだった。「すごく雰囲気がよかったです。もちろんファームもそうですけど、勝つために全力でやっている。お客さんもいっぱいで。アドレナリンが出ますね(笑)」。興奮が抑えきれない。
その日、出番は訪れなかったが、ベンチでは精一杯声を張り上げた。「なんかしら1軍にいることで存在感を出したかったんで。プレーで存在感といっても1軍レベルになったら所詮、(自分にできることは)知れてる。試合にも出てないし。だから声だけでもアピールしようと思って。必死でした」と、緊張の初日を振り返った。そして「明日も全力出します!」と誓った。
■緊張の1軍デビュー
待望の出場機会はその翌日、やってきた。カードがかわり、神宮球場での東京ヤクルトスワローズ戦だ。前日の僅差勝利とは一転して六回までに4点リードしていた。
「点差も開いて七回裏か八回表くらいに光山さんから『九回、(ピッチャーと)セットでいくかもしれんぞ』と言われたので、しっかり準備しにブルペンに行って。そしたら八回表にまた4点取ってもらって、『九回表、ピッチャーのとこ代打でいくぞ』と言われて代打の準備してて…」。しかし投手の打順まで回らなかった。
九回裏、いよいよ出番だ。14-5の大量リードとはいえ、試合の最後を締める大事なイニングだ。翌日に向けても、相手を勢いづかせることはできない。この回からマウンドに上がったのはファームで何度もバッテリーを組み、故障明けで前日ともに昇格した国吉佑樹投手だ。
その緊張感たるや半端なかった。なんと投球練習で国吉投手のストレートを顔面に受けてしまったのだ。「カットボールだと思って…サイン違いでした。これまでサインミスなんてしたことないのに、やっぱめっちゃ緊張してフワフワしてたんで、それでだと思います」。
しかしこれが幸いした。「それで落ち着けた。慌てた姿を見せてすぐに抹消とか嫌だと思ったし、どうせ(1軍に)いるなら食らいついときたかったんで。こんなことしてたら次は使ってくれないと思ったら、それで頭が冷静になった」。しっかりと冷静さを取り戻してゲームに入ることができたという。
このあたりの根性の据わり方が、並みの19歳とは違うところだ。
「国さんには『点差も点差なんで、変にかわすより国さんの持ってるものドンドン出していきましょ』って言ったら、ボンボンきてくれましたね。ファームではまだ152(キロ)くらいだったのが、156(キロ)投げてたし。絶対にアドレナリンですね(笑)」。
国吉投手も「あいつ自身、1軍で初マスクの機会。ボク自身もケガからの復帰初戦。お互いいいイメージで終えようと話した。最初は緊張してたみたいだけど、バッターが誰でもやることは変わらない、やってきたことをそのままやればいいと言った」と、いい形でデビュー戦を飾ってやりたいと考えていたという。
■山田、青木、坂口を抑えてウィニングボールをゲット!
最初のバッターは山田哲人選手だ。山田選手といえば、山本選手にとってはそのバッティングスタイルを模倣するお手本だ。そんな生きた教科書を“特等席”で観察できるまたとない機会だったが、「キャッチャーのときは、どういうスイングするのかなという程度しか見てない」と、まずはリードに集中した。
しかし「今、(山田選手のフォームを)モノマネ的な感じでやってるんですけど、それが初めての打者っていうのは、なんか縁があるなって思いました」と、感じるところはあったようだ。
その山田選手を空振り三振に、続いて青木宣親選手、坂口智隆選手をそれぞれ一ゴロ、三邪飛とみごと三者凡退でゲームセットを迎えた。
いずれも球界を代表する打者たちだったが、「ん〜、それはなんも思わなかったですね」と涼しい顔。たいした強心臓だ。「いや相手チームより、1軍に上がってまず筒香さんとかチャモさんとかとプレーできるすごさを感じてたんで。もうその感覚に慣れてきてたんで大丈夫でした(笑)」。自軍の偉大な先輩たちで“免疫”がついていたようだ。
試合後のハイタッチでは安堵した表情が見られた。「普通にハイタッチしてたんですけど、あとで写真とか出てくるじゃないですか。その写真見たら、すごいなと思って(笑)。すごいとこでハイタッチしてたなと思ったら、嬉しかったです」。ここは初々しい感想を口にする。
このとき、手にはウィニングボールが握られていた。キャッチャーが自身のヒットやホームランのボールでなく、試合のウィニングボールをもらうことは非常に珍しい。しかも初出場、初勝利の一生に一度の記念球だ。
「国さんから渡してもらいました。粋な計らいですよね(笑)。1軍のボールにはNPBの下にハンコかな?日付が入ってるんです。『5.25』って」。先輩の気持ちがたまらなく嬉しかった。ボールは現在、大切に部屋に飾ってある。
■首脳陣の評価は・・・?
結果的に出場はその試合だけで5月30日に抹消されたが、ラミレス監督の評価は非常に高い。
「キャンプからすごく明るくて元気があった。キャッチングもいい。いい選手だ。チャンスがあればと思っていたが、3人(捕手が)必要なときがきたので呼ぼうと思った。一度1軍の雰囲気を経験すると、プレーが違ってくるから」と、あらためて昇格理由を話した。
そしてその1軍でのプレーに目を細めた。「ベリーグッド!1イニングだけだったけど、あそこで経験できたことは大きい。1試合しか与えてあげられなかったし、打席を与えてあげられなかったけど、バッティングもポテンシャルがある。彼は若くて学んでいるところ。これからに大いに期待したい」。
光山英和バッテリーコーチも「とにかく肩が強い。コントロールも正確さがある。なかなか楽しみ」と笑顔を見せる。「BCリーグから下位指名で入ってきたとは思えないね。打つのも悪くないし」と讃えた。予想以上のインパクトだったようだ。
「キャッチャーは経験なんで。とりあえず今は下で試合に出て、経験を積んでね。可能性は十分にあるよ」。近い将来、正捕手争いに割って入るよう期待を込めた。
藤田和男バッテリーコーチは、そのスローイングの素晴らしさに感嘆したという。送球練習で自身がピッチャー役を務めたときのことだ。「ボクの真横を通っていくボールの軌道がとてもいい。落ちない」。山本選手の送球を最も間近で見ての感想だ。
「ゲームでも、緊張はしただろうけど堂々としていてよかった。元気もあった。元気はまず必要だから。そういうのは普段の行動から出てくる。また何かあって3人目が必要なとき、不安はないなといういい印象はある」。現時点での最大級の褒め言葉だ。
■素の自分を出せるチームの雰囲気
プレーでもポテンシャルでも存在感を出せたが、そのほかの部分でも“らしさ”を発揮した。ベンチでの声と円陣での声出しだ。ファームでも見せてきた笑いを取りつつ盛り上げるという“芸風”を、1軍の円陣でも披露した。
「入団したころはそこまでじゃなかったけど、だんだん弾けるようになった。できない選手は一生できないもの。キャンプ当初からブルペンでも声を出していたしね」(万永貴司監督)、「いつもチームの輪の真ん中にいる。出たがりで、円陣でも自ら出てくる(笑)」(新沼慎二バッテリーコーチ)とファーム首脳陣も認める“声出し力”だ。
「とばさん(戸柱恭孝捕手)が声を出せる雰囲気を作ってくれた。とばさんがいたから全力でやれた」と同じポジションの先輩に感謝する。戸柱選手はファームでの姿をよく知ってくれているのだ。
「ファームで円陣やれって言われて、野手で一番年下やけど同級生(大河選手、細川成也選手)がシャイなんで自然とボクがやるようになって、一発やったら評判よくて(笑)」。
「人見知り」であると自己分析する山本選手だが、会話をすることに関しては初対面の人とでも何らためらいはない。この“本性”をなかなか出せないところを指して「人見知り」と思っている。
しかしベイスターズでは「先輩たちが上下関係なしに同じところで野球をやってるって雰囲気で、のびのびやらせてくれる」そうで、今では立派ないじられ役として、“本当の自分”がさらけ出せている。
1軍でも梶谷隆幸選手に指名され、「交流戦の初戦に(円陣の声出しを)やらせてもらった。そんなん(ルーキーが)なかなかさせてもらえないのに。その試合勝ったから、また次の試合も。もう抹消されてたけど、やらせてもらった(笑)」。(その試合はその後、雨天のため中止になった)
人見知りだが、一旦さらけ出すと「バカになれる」。“新ネタ”も考えたりするなど、やりやすい環境に感謝しつつ自分なりにムードを盛り上げようと腐心している。
■クローザー・山崎投手と1軍でバッテリーを組める日に向けて
こういった姿に感心していた選手がいる。守護神・山崎康晃投手だ。「彼のそういうとこ、知らなかったから意外な一面を見たな」と、ニヤリとする。
「円陣は見られなかったけど、積極的にブルペンに来て声出して、みんなのムードメーカーとして頑張っていた。キャッチャーだから内に秘めるタイプかと思ってたけど、『この子、こういう一面もあるのか』と驚いた(笑)」。
実は山崎投手とは縁がある。3月6日、チーム本隊はオープン戦で関西に遠征中だった。侍メンバーの山崎投手は豪州戦直後だったため、帯同せず残留していた。そのとき、ベイスターズ球場・室内ブルペンでの投球練習で、山崎投手の球を受けたのが山本選手だった。奇しくもファームの練習試合が中止になったのだ。
「誰に受けてもらおってなったとき、新沼(慎二)コーチから推薦があった。すごく目がキラキラしてる。苦労してきたのも聞いてたし、野球に対して貪欲。必死さ、執念を感じる。ボクももっとやんなきゃって刺激を受けた」。
さらにその後、食事会も開き、「普段は野球の話をしないんだけど、いろいろ質問してくるからボクも真剣に答えた。ほんと1軍のキャッチャー陣も安心してられないなと思ったよ」と、そのときの様子を語っていた。
稀有な体験だ。通常なら1軍の主力投手の球を19歳のルーキー捕手が受けさせてもらえる機会など皆無といっていい。タイミングが重なり、そして山本選手もまた、コーチに推薦したいと思わせるものを備えていた。
山本選手も感激しきりで、「普通なら、やすさんが(ファームに)調整しに来ることもない。プロ野球選手みんなすごい球投げてくるんですけど、なんか人とは違うっていうか、自分の意志や考えを持っている人。そういうところで3年連続20セーブ挙げてきた選手。どんだけすごい球を投げてても、さらにその先にいこうとしているってところが尊敬できるし、話をさせてもらって勉強になりました」と、物怖じせず聞けるならなんでも聞こうと、貪欲に懐に飛び込んでいったことを明かす。
そんな縁もあり、山本選手のデビュー戦は山崎投手も見る目に力が込もったという。「出番の直前、ブルペンに受けにきたとき、ものすごい緊張してて。なんとか力に変えてほしいなと見ていた。彼にとって最初の試合、いいチャンスになればいいなと思ってね」。
そして1軍から降格するときも「またここで一緒にできるようにね」と声をかけたそうだ。「ボクも彼には情があるんで。なんとか上がってくれるよう、願っている」。チームの守護神がここまで言って期待を懸けてくれている。
いつの日か山崎投手とも1軍の試合で組めるよう、さらなる修行を積むためにファームに向かった山本選手。この1軍経験をきっかけに山本祐大選手は様変わりする。
(続く)
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