方向転換と大松尚逸の加入で好転!福井ミラクルエレファンツの逆襲がはじまる(BCリーグ)
■田中雅彦監督の“秘策”
福井ミラクルエレファンツがようやく苦境から脱した。5月に入り16日現在、10試合を5勝4敗1分けと勝ち越している。ナインにも活気が戻り、生き生きとプレーしている姿が印象的だ。
昨年は片山雄哉捕手(現 阪神タイガース)、松本友内野手(現 東京ヤクルトスワローズ)を擁して西地区(ADVANCE-West)王者に輝いた。ひときわ元気なチームで、乗りだすと手がつけられないほどの勢いがあった。
就任1年目だった田中雅彦監督は、ひとりでも多くの選手をNPBに送り出すことに主眼を置きつつ、チームを優勝に導くことに成功した。そして念願叶って3選手をNPBに輩出することもできた。
2年目を迎え、新たなことに挑戦した。ところがその結果、4月は1勝8敗(5月1日にかけて7連敗)、首位と最大7ゲーム差という現実を突きつけられた。
「甘く見すぎていた。ほんと痛い目に遭った」。そう声を絞り出す田中監督。
昨年と何が違うのか。そしてそれをどうやって好転させたのか。その“種明かし”をしてくれた。
■「新人を育てながら勝つ」ことを目指した
これまでの選手たちだけを使って「勝ちだけを目的にガチンコでやったら、そりゃ勝つ」とわかってはいるが、田中監督のやろうとしていることはそうではなかった。
田中監督が今年の目標に掲げたのは「新人選手を育てながら勝つ」ということだった。
中でも坂本竜三郎選手(鯖江高校)と上下大地選手(津田学園高校)は地元・福井出身である。高校を卒業したばかりのこのご当地選手たちを一人前に、やがてはNPBに送り出したいとスタメンで使い続け、その中で勝っていこうと勝負に出た。
ところが、だ。なかなか思うようにいかない。記録に表れないミスなどが続く。
「守備の乱れからピッチャーもリズムが狂って…というのばっかり。それでガクーッとなってしまって四球が絡んで、さらにエラーも伝染して…みたいな感じで」。
育てながら勝つということの難しさを痛感させられた。
■バランスが大事だと気づいた
もう限界だ―。
6連敗したあと田中監督は考え、手を打った。自身の禁を破ってベテランを投入し、守備位置を変更することにしたのだ。
すると、てきめんに違いが顕れた。
「試合が引き締まって、全然変わった。こんなに変わるんかっていうくらい。ちょっと僕も怖さがわかった」。
もちろん育てるためにはゲームに出して経験を積ませねばならない。しかしそれがすべてではないということだ。
「負けが込んでしまうと育成にならないなと感じた。やっぱり勝ちながら育てないと。緊迫したゲームの中で捕れるようになったり打てるようになったりしてこそ、選手の成長につながる」。
新人選手はついこの間まで高校生だった。こんなに毎日が野球漬けなのも、連戦も、すべてはじめての経験だ。ましてや高校生とは投手の球も打球の質も野球のレベルも違う。周りも年上ばかりで、気だって遣う。
「今、気持ち的にもけっこうきてると思う。今まで味わったことのないような屈辱も感じてると思う」と思いやる。「もともと打撃が得意な、打撃が大好きな選手なのに、打のほうにも影響が出ている」。
それもあって、試合に出すだけではなく、ベンチから勉強させることも必要だと考えた。
「育てていかなきゃいけない新人選手と、締めてくれるベテラン選手のバランスが大事。バランスを見ながら使ってあげることが、選手のためになる」。そこに気づけた。
負けが込んだことにより、ほかの選手たちも自信をなくしていた。
「10対0で負けてて『打席に集中せい』と言われても、やっぱり人間できない。エラーも連鎖するし。そういう状況で選手は育たないっていうのをつくづく感じた」。
しかしトライしたからこそ、身をもって知ることができたのだ。
「勝ちながらいい雰囲気でやる試合と、どんよりした雰囲気でやる試合じゃ、選手も目の輝きが全然違う」。
あらためて実感した。「育てながら勝つ」のではなく、「勝ちながら育てる」のだ。
「ほんと最近、やっといい試合をやりだして、こんな単純なんやっていうくらい選手が変わった。目の色もそうだし。あぁ、こういうふうにしないとダメだなって、ほんと勉強になった」。
若き指揮官はまたひとつ、引き出しを増やした。
■今年の投手陣
そんな中、チームの形も整いつつある。まず投手陣は先発ローテーションの柱である濱田俊之投手が磐石だ。
「安定して、ずっといいピッチングをしてくれている。ピッチング自体をわかっているし、見ていて安心」と田中監督も全幅の信頼を寄せる。
そこに投手キャプテンの三染真利投手が続く。「ピッチャーの中でもひときわ目が輝いていて、頑張ってる子」と、そのガッツを買っている。
さらにドラフトで獲った若い仲里翔貴投手を「合間合間に投げさせて育てていく」というプランを立てる。
ブルペンは、田中監督がもっとも高く評する原田宥希投手が中心で稼働する。
「ウチで一番いいピッチャー。こいつが投げずに負ける試合はもったいない。去年は岩本(輝=現 オリックス・バファローズ)をここに置いてたでしょ」と、基本は八回に置く。
九回には高橋康二投手を配するが、本当の意味での“防波堤”の役目は原田投手に任せている。ただ、シーズン序盤にチーム事情から酷な場面で使ってしまい、やや調子を落とし気味なのが心配だという。
「実績あるピッチャーで、頼りにされてるのもわかってるから、『オレがしっかりしないと』って。その力みから、ちょっとフォームのバランス崩したりしている」。強い責任感によるものだ。
しかし「何があってもそのポジションは原田でいくつもり」とセットアッパーは不動だ。
期待の新鋭・小澤将伍投手には七回を任せる。
「勝ってるときはもちろん、負けてても1点差2点差、まだ全然わからないよ、捨てられないっていうとき」は小澤投手だ。
小澤投手に関しては「むちゃくちゃいい」と、田中監督も目を細める。「この前は連戦で頭数が足りなくて先発させたけど(5月6日、6回を無失点で初勝利)、そのときもテンポよくポンポン投げてくれた」。ニンマリだ。
■野手陣は?
野手に目を移そう。
トップバッターには澤端侑選手を据える。松本選手のあとに続けとばかりにNPB入りを有望視している遊撃手だ。
「魅力を感じる内野手。野球選手の嗅覚というか、そういうのは一番期待できる。毎日試行錯誤して頑張っている」。
加えて須藤優太選手、石井建斗選手など、田中監督をして「なんとかしてあげたい」と言わしめる、能力の高い打者がひしめく。
そこに、ベテランの清田亮一選手兼任コーチや荒道好貴選手が打線に顔を並べ、新人の上下選手や坂本選手をうまく使いながら成長を促す。
正捕手は確定していないが、「確実に竜は日々成長している」と坂本選手への期待は日に日に高まっている。
最初は、高校生とは打球の質が違うからか「キャッチャーフライも捕れなかった。キャッチャーフライの“戻ってき方”も知らなかった。フライを打っても、とんでもない落下地点にいる」と驚くばかりだった。しかし徹底的にキャッチャーフライの練習をさせ、ゲームでも捕れるようになった。
「キャッチャングもまだ上から捕っちゃうけど、日に日に捕りにいかなくなってきた。キャッチャーに必要な、ピッチャーが投げる前の“予備動作”もできるようになってきた」。
乾いたスポンジのように、教わったことをぐんぐん吸収する愛弟子に、田中監督も愛情を注ぎ込む。
■ミスしたら自分で取り返せ
2年目を迎えた田中監督の基本的な考え方は、昨年からブレはない。
「ミスして、下向いたら代えるぞ」と選手には伝えてある。ミスしたから即、代えるということは決してしない。ただ、その後どうするかを考えるようにと、口酸っぱく言う。
「そりゃミスしたくてするやつなんていない。その後『よし、じゃあ絶対に取り返したろ』っていう気持ちで向かっていくかどうか。そこで下向くようなら、もう代えようかなとは思ったりする。選手もわかっている。僕は『取り返せ!』しか言わないんで」。
監督の思いは選手たちも理解している。
先日、こんなことがあった。試合中、高く上がった打球をある選手が見失い、ボールはその選手の前にポトリと落ちた。ヒットと記録され、それが失点になった。
「取れるアウトを確実に取らないと、野球が締まらない」。怒りたい気持ちを押し殺し、田中監督はその後の行動を見ていた。
すると、裏の攻撃でその選手に回った。二死から打席に立つとボールに食らいつき、レフト前ヒットにした。
「簡単に三振するようなところで頑張って…。あいつの意地だったと思う」。
さらにそこで盗塁のサインを出した。「もちろんピッチャーのクィックも見て、絶対走れるっていうところで走らせたんだけど、そこでめちゃくちゃいいスタートを切った」と讃える。
結果、そこから敵失で得点にもつながった。
「意地を見せてくれた」。田中監督が喜んだのは言うまでもない。
「野球っていうのは7割8割は失敗だから。取り返したろうっていう気持ちがなかったら、ここにいる意味はない」。
己に対する意地や厳しさがなくては上には行けないし、まず野球を続ける意味はないと説く。
■大松尚逸選手の加入による変化
そんな田中監督を支える大きな戦力が加わった。「ロッテ時代から、プライベートでもめっちゃくちゃ仲がいい」という大松尚逸選手だ。
「必ずチームにプラスの効果を生んでくれる選手だから」と、いち早くオファーを出したが、当初、本人はNPBもしくは社会人を希望していた。
しかし縁あって福井に入団することになった。
もちろん田中監督の方針にはブレはないので、大松選手といえど優先的に出場権を与えるというわけではない。あくまでも若手中心というのが基本線だ。
現在、大松選手は膝を痛めて出場を見合わせているということもあり、試合中はコーチャーズボックスに立ち、練習中は熱心に選手の指導をしてくれている。
今年、福井の首脳陣には変化があった。昨年いた小野瀬将紀選手兼任コーチが移籍し、今年から清田選手が兼任コーチになったのだ。
しかし「小野瀬は完全にコーチよりの兼任だったけど、清田は試合に出ながらのコーチだから」と、実は田中監督の実務の負担は増えていた。
それをフォローしてくれ、なによりも選手への指導は願ったり叶ったりである。「ウチには左の若いいい選手がいっぱいいる。澤端、石井…いいものを持ってるけど、僕も左バッターはなかなかうまく教えられないんで。左バッターなんかもうほぼ全員、大松のところに話聞きに…いや、右バッターも聞きにいったりしてる」。
さまざまな経験をしてきた現役選手である。その考え方、打席の中での頭の整理の仕方、バットの軌道など、教わりたいことは限りなくある。
「選手の頭の中はだいぶ変わってきている。打席の中の内容も」。これまでなら確実に三振していただろう打席で、安打を放つ場面も見られる。その変化に田中監督も心から感謝している。
そしてなんといっても、人としての大松選手に惚れ込んでいる。
「むちゃくちゃ人間性がいい。すごく努力するし、引き出しもいっぱい持っている。若い選手たちにプラスにしかならない。あの姿勢を見るだけでも」。
今後については膝の回復具合によるが、「自分が経験したことないことをやって野球を辞めたいって言っている」という大松選手に対して、田中監督もバックアップを惜しまないつもりだ。
■エレファンツの逆襲がはじまる
「チームの状態は間違いなく上がってるし、こうやって最近は戦ってる中で失いかけてた自信を取り戻してきている」。
育てながら勝つのではなく、勝ちながら育てる。そうシフトチェンジしたことで好転した。そこに「大松尚逸」という最強ピースも加わった。
「今は種まきの時期。収穫するまで我慢してほしい」。
一生懸命に蒔いて育てた種が、やがては大きく開花する。その時期もきっと、そう遠くはないはずだ。温かく見守っていきたい。
福井ミラクルエレファンツの逆襲はこれからはじまる。
(撮影はすべて筆者)
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