「武田勝vs岩村明憲」―その勝負のゆくえは・・・?
■ピッチャー・武田勝vsバッター・岩村明憲
見ごたえある対決だった。
8月3日、金沢市民球場で行われた石川ミリオンスターズ対福島レッドホープスの一戦。年に一度しか組まれていないこの試合で、対戦前に“超目玉企画”が開催された。「ピッチャー・武田勝 対 バッター・岩村明憲」という、豪華な1打席対決だ。
同学年のふたりだが、「あっちのが10コくらい上に感じるよね。圧がすごい(笑)」と武田監督が言うとおり、ごつい体格も手伝ってか岩村監督は、すごい迫力を感じさせた。
ホームベース付近に並び、まずは岩村監督が眼光鋭く「できる選手は空気を読める」と牽制すると、「できない選手は空気を読まない」と応じて笑いを取った武田監督。舌戦で“夢の対決”は幕を開けた。
キレのいい球をコントロールよく投げ込む武田監督に対し、岩村監督も思いっきりフルスイングで応える。1球ごとに歓声が上がり、試合前から球場のボルテージは高まった。
そしてフルカウントからの8球目、岩村監督が振り抜いた打球はライト線へ!軍配は岩村監督に上がり、武田監督は涙を飲んだ。いや、“空気を読んで”、遠く福島からはるばるやって来た岩村監督に花を持たせたに違いない。
■武田監督の行動には選手たちへのメッセージが込められている
この対決はもちろんスタンドをおおいに沸かせたが、それ以上にファンを喜ばせたのが対決前、三塁側ベンチ前でのピッチング練習だった。
桑原凌マネジャーを座らせて投げ込む武田監督の球は、そのままゲームに出場しても十二分に通用するであろうキレがあり、見ていたファンはその“お得感”に酔いしれていた。
そしてこれは、見つめる石川の選手たちにとっても垂涎ものだった。矢鋪翼投手に至っては、投球練習後に即、武田監督を質問攻めにしていた。
変化球をどう投げるかとか、配球の意図など、武田監督の答えからはただ漫然と持ち球を投げていたのではなく、練習でありながら1球1球につながりと意味を持たせ、それを選手に見せていたのだということがわかった。
「変化球は真ん中から散らしていくイメージで」「相手の頭にない球を投げられるようにならないと」などと、矢鋪投手は教わったことを明かしてくれた。
いつもおちゃらけているようで、その行動にはすべて意味がある。武田監督がすることには、常に選手たちへのメッセージが込められているということが伝わってくる。
■6点差からの大逆転勝利
さて、本番のゲームは波乱の展開になった。
先発の飯野元汰投手は2回をパーフェクトと素晴らしい立ち上がりだった。だが三回だ。先頭から連打と四球で満塁とし、2本の長打で4失点。
四回に登板した近藤俊太郎投手も4失点(自責は3)で、四回表が終わった時点で2-8と、石川にとっては6点のビハインド。勝利は絶望的かと思われた。
しかし四回裏、3点を返して3点差に詰め寄ると、石川に俄然希望が生まれた。そして七回には先頭からの3連続四球をきっかけに、2本の安打とさらに2つの四球で4得点し逆転。八回にも先頭の四球のランナーをホームに迎え入れて1点追加した。
終わってみれば10―8と石川の大逆転勝利となり、五回から3イニングス投げた新沼大輝投手が初勝利、横山雅弘投手が八回を無失点でクローザーにつなぎ、矢鋪投手がセーブ数を2ケタに乗せてリーグ単独トップに躍り出た。
■初勝利の新沼大輝投手
3回を1安打、1三振、3四球、無失点だった新沼投手だが、初勝利にもそこまで喜びを爆発させることはなかった。
「僕にできることは0に抑えることしかないので、逆転を願うとかじゃなくて、自分にできることをしようと思って投げた」と謙虚に話す。
というのも、前日の苦い思いがあるからだ。「ようやくチャンスを掴んだのに、昨日は手放しかけてしまって…」。前日は簡単に二死を取りながらも、安打と四球に暴投も絡み、長打で2点を失っていた。それでもこうして、翌日すぐに使ってもらえたことがありがたかった。
岩手大から今年入団し、2度の中継ぎを経て5月4日に初先発した。しかし7失点という不名誉な記録を残してしまい、その後、練習生に降格となった。
「入ってからなんの結果も挙げられなくて、チームにまったく貢献できなくて…」。
そこから、もがいた。頼ったのは、同じサイドスローの長谷川潤投手だった。「潤さんのアドバイスを聞いたり、潤さんの動画を見て研究したりして、僕と違うところはどこなんだろうって考えた」。
特に教わったのはグラブを持つ左手の使い方だ。「今まで足を上げてから三塁側に腕を伸ばしていたけど、潤さんはまっすぐキャッチャーに向けて、肩越しにキャッチャーを見る意識だそうで、それをやってみたらうまくハマッた」。
長谷川投手の言う“ターゲッティング”によって制球力も上がり、まっすぐ力を伝えられるようになったという。そのほかトレーニング法なども教わり、2ヶ月半に渡ってコツコツと力をつけていった。
そしてようやく8月1日、登録された。
ただ白星は手にしたが、新沼投手にとっては反省点ばかりの登板だった。
「結果的にチームが勝てて勝利投手もついたけど、内容は…。たとえば先頭のフォアボールを2回出したし、簡単に走られる場面もあったし、勝負どころで甘く入って打ち損じてくれたのもあった。課題はたくさんある」。
次から次へと出てくる。しかしランナーは出してもホームには返さなかった。この3回無失点が味方の攻撃を呼び込み、逆転できたといえる。
そこには新沼投手なりの考え方があるという。
「先頭を出したくはないけど、出してしまったときは、『ヒットさえ打たれなければ2アウト三塁にしかならない。あとはバッターに集中すればいい』って自分に言い聞かせる」。この思考で自身を落ち着かせ、慌てないようにするそうだ。
「大学のときからやってたけど、シーズン序盤はとにかく抑えよう、アピールしようって感じで余裕がなかったので、この考え方もできていなかった」。どうやらここへきて、やや余裕も出てきたようだ。
シーズンも残り約1ヶ月だ。
「投げさせていただけるのであれば、もちろん勝利に貢献したい。投げた回は全部0に抑えるつもりでいるし、野手にリズムを与えられるように、先頭のフォアボールとか2アウトからとか絶対にないようにしたい」。
中継ぎ陣の一角に加わるべく、今後も思いきり腕を振る。
■セーブ数は2ケタ、10コになった矢鋪翼投手
抑えは盤石だ。14日ぶりの登板だが、矢鋪投手はきっちり3人で仕事を終えた。2連続三振のあと、一ゴロでゲームセットになったのはちょっぴり残念そうではあったが。
中盤に入って6点ビハインドだった。クローザーとしては気持ちの保ち方が難しかっただろう。
「途中まで気持ち2割くらい残していて、3点差になった時点で何があるかわかんないなって、気持ちの面でもう一回やり直さないといけないと思った」。
クローザーに固定された今季、スイッチの入れ方は会得した。「自分なりに『ここで入れたら最後までもつな』っていうのがある」と、そのタイミングは肌感覚でわかるようになった。
さらに体力の温存の仕方も心得ている。「暑さ対策が大事。最初からずっと暑いところにいず、ちょっと涼しいところで体温を落として、試合中盤になったら出ていくというようにしている。あとは、こまめに水分をしっかり摂ること」。万全の状態で登板できるよう自覚をもって臨んでいる。
ただ、この日は調子がよくなかったそうだ。
「7月の終わりからちょっと調子を落としていて…。キャッチボールも遠投も全部、いつもの力感で投げてるのに相手に届かないってことがあって…」。
自分の感覚とのズレがあるという。だからこそ、「調子悪いなりに、今日投げてみたいなって思っていた」と、試したかったのもあった。
「コース、高さを間違わずにしっかり腕振って投げようってことと、悪いなりにどういうピッチングをするかを考えて投げた」。
自分でも驚いたのは、自身の感覚より球速も出て、チームメイトからも「よかったよ。球が走ってたよ」との賞賛を得られたことだ。
己に課すハードルが上がっているからなのか、悪いなりの投球ができる技術が身についたからなのか。いずれにしろ着実にステップアップしている証しだ。自分とではなく、打者と勝負できているからだろう。
この時点で、10セーブはリーグ単独トップだ。これまで1位タイはあっても、単独ははじめてである。
「ようやく単独っていう形になってちょっとホッとしているけど、まだシーズンは終わってないんで気は抜けない。優勝争いしてるんで、チームのためにしっかり投げたい。個人の成績も大事だけど、そればっかり意識していたらバッターと勝負できなくなるんで。まずは1試合1試合、ひとりひとりに投げてくってことだけを意識してやっていきたい」。
チームの勝利に貢献することがすなわち、セーブ数が伸びることにつながる。チームの、ファンの、そして自分自身の期待をも背負って、今日もマウンドに上がる。
(その後、再び10セーブが2人となり、8月6日現在、1位タイである)
■ラスト約1ヶ月
シーズンも残り1ヶ月ほどだが、ここから厳しい戦いが続く。酷暑の中のデーゲームもあれば、連戦もある。しかし武田監督は開幕当初から、この8月の戦いを睨んで投手陣を整備してきた。
この日の先発・飯野投手についても「中継ぎとしてイニングを稼いでもらいたい」という期待を懸けている。
「ランナーが出てから力みや投げ急ぎがある。いかに冷静なピッチングができるかというのが課題。チームにとっても元汰に成長してほしいところで、そこの殻を破ってほしい」。
苦しい戦いの中でもより終盤で使えるよう、この日のピッチングを次につなげてほしいと願っている。
新沼投手に関しては「フォアボールを出しながらも我慢して、ギリギリ耐えてくれた。今度は僅差の中でピッチングの質を上げてくれると、8月を乗りきるピースになれる」と、さらなる成長を促す。
翌日のゲームを計算し、3イニングスを任せた。新沼投手がそれに無失点という結果で応えてくれたことで、流れを引き寄せることができた。「チームが勝ってくれたのでそれをプラスにとって、今度はチームを助ける側に回ってほしい」。新沼投手への期待値がぐんと上がった。
「いつもどおり、どんな場面でも冷静に対応してくれている」と、矢鋪投手には全幅の信頼を寄せる。
「本来なら、勝ちにいくなら八回から投げさせていたと思うけど、これもまた明日もあるんで。そこは横山がしっかりサポートしてくれた」と八回の横山投手を讃え、「矢鋪につなぐまでのピッチャーがひとりでも多く出てくることによって、野手のほうにも安心感が出て、よりバランスがよくなる」と、8月戦線の鍵を握るのは中継ぎ投手陣だとした。
また今後に向けて、警鐘を鳴らしたのは四球の恐ろしさだ。この日、石川は14コの四死球をもらった。
「フォアボールが怖いというのはあらためて気づかされた。フォアボールというのはエラーより重かったり、傷口が広がるきっかけにもなったりする。それを選手にも気づいてもらいたい。今日は向こうに出ただけで、うちもやってしまうときもある。人のフリ見てじゃないけど、ピッチャーの役割としてフォアボールをひとつでも少なくすることが仕事だと思ってもらえれば、勝ちにつながっていく」。
残り14試合、石川ミリオンスターズは後期優勝に向かってひた走る。
(撮影はすべて筆者)
【石川ミリオンスターズ*関連記事】
*“石川のシュワちゃん”・永水豪が無尽蔵のスタミナでBC無双中《2019 ドラフト候補》
*後期優勝を狙う石川ミリオンスターズに死角なし!武田勝監督の手応え
*BCリーグ新監督に聞く―武田勝監督(石川ミリオンスターズ)
*10年目の石川ミリオンスターズ。阪神タイガース戦でドラフト候補がアピール
【寺田光輝*関連記事】
【福井ミラクルエレファンツ*関連記事】
*BCリーガーが阪神タイガース・ファームの試合で得たものとは
*方向転換と大松尚逸の加入で好転!福井ミラクルエレファンツの逆襲がはじまる
*まさに“ミラクル”サヨナラ劇!福井ミラクルエレファンツが上昇気流に乗ってきた
*BCリーグ新監督に聞く―田中雅彦監督(福井ミラクルエレファンツ)
*“野球好き女子”の野球との関わり方―福井ミラクルエレファンツの女性スタッフ
【片山雄哉*関連記事】
*母の日
*崖っぷちからプロ野球選手という夢を掴んだ男・片山雄哉(阪神タイガース・育成1位)
*「絶対にプロに行く!」―片山雄哉(福井ミラクルエレファンツ)
【松本友*関連記事】
*育成初のトリプルスリーを目指す!東京ヤクルト・育成2位、松本友
*阪神・鳥谷敬選手のように―福井の背番号1・松本友選手はNPBで鉄人を目指す
【富山GRNサンダーバーズ*関連記事】
*新監督対決を制した二岡智宏監督(富山GRNサンダーバーズ)
*BCリーグ新監督に聞く―伊藤智仁監督(富山GRNサンダーバーズ)
*BCリーグトークショー・伊藤智仁(富山)×村田修一(栃木)×佐野慈紀(石川)
*鉄の意志を持つ“富山の末っ子”・湯浅京己がたった1年でプロ野球の扉を開いた(阪神タイガース6位)前編
*鉄の意志を持つ“富山の末っ子”・湯浅京己がたった1年でプロ野球の扉を開いた(阪神タイガース6位)後編
*戦力外から裏方、そして再びプロ野球選手へ―150キロ左腕・古村徹(元DeNA)の復活と進化【前編】
*戦力外から裏方、そして再びプロ野球選手へ―150キロ左腕・古村徹(元DeNA)の復活と進化【後編】
*支配下→育成→戦力外→裏方→独立リーグ⇒NPB復帰〜破天荒な古村徹(DeNA)を支えた三つの思い〜1
*支配下→育成→戦力外→裏方→独立リーグ⇒NPB復帰〜破天荒な古村徹(DeNA)を支えた三つの思い〜2
*支配下→育成→戦力外→裏方→独立リーグ⇒NPB復帰〜破天荒な古村徹(DeNA)を支えた三つの思い〜3
*支配下→育成→戦力外→裏方→独立リーグ⇒NPB復帰〜破天荒な古村徹(DeNA)のエトセトラ
【BCリーグ*関連記事】
*横浜DeNAベイスターズ・ファーム対BCリーグ選抜【野手編】
*横浜DeNAベイスターズ・ファーム対BCリーグ選抜【投手編】
【山本祐大*関連記事】
*初の関西凱旋!ハマの正捕手を目指す山本祐大、いま試練のとき
*「ここじゃ終わらへん!」―ルーキーイヤーを終えた山本祐大(横浜DeNA)の中に今もあるもの
*プロ初打席でホームラン!山本祐大捕手は野球の神様に愛されている
*1軍デビューした19歳ルーキー・山本祐大捕手が“持ってる”ものとは