9人の“子だくさん”!阪神タイガース・筒井和也スカウトの願い
■入ることが目標ではなく、入って活躍すること
一気に9人の“子だくさん”になった。“子”といっても血の繋がりがあるわけではない。が、それに匹敵するくらいの強い絆で結ばれている。
阪神タイガースのスカウト・筒井和也氏は、今秋のドラフトで新たに3人の担当選手が増え、これで合計9人の選手を虎入りさせたことになる。スカウトにとって、担当選手は我が子も同然だといわれる。
「増えるというのは、うれしくないことではないけど…」と前置きをして、筒井スカウトは話す。
「(中野)拓夢なんかは中心でやってくれているけど、(湯浅)京己にしたってケガとか病気もあるし、そういう心配のほうが今はありますよ。(松原)快にしてもそうだけど、来年が勝負の年というかね、年齢的にもそういう選手が多いし。まぁ、(茨木)秀なんかは高校生(高卒2年目)だから、それなりに順調にやってくれればなと思いますけど」。
楽しみも多いが、リハビリ中の選手やまだ開花していない選手のことが気がかりでしかたないようだ。
原石を発掘し、指名する。スカウトとして選手を入団させるということは、ひとりの人間の人生を背負うことでもあり、責任が伴う。
「そりゃね、“逃げ”でいうと、獲らないほうが楽ですよ。獲れば獲るほど希望というか楽しみもあるけど、やっぱり彼らの人生を見守らなきゃいけないから」。
獲った選手にはみな活躍してほしい。だが、そんな甘い世界ではない。1軍の舞台でどんどん活躍する選手もいれば、なかなか芽が出ない選手もおり、心労は尽きない。
「彼らにはいつも言っているけど、入るのが目標じゃなくて、入って活躍することだよって。親御さんも関係した人も入団を喜んでくれているけど、活躍することでもっと喜んでもらえるから、と。当然わかってやっているとは思いますけど」。
生き馬の目を抜くような厳しいプロの世界で、1年でも長く活躍してほしいと願っている。
■9人の“筒井チルドレン”
筒井スカウト自身は2003年ドラフトで、当時の自由獲得枠で愛知学院大学からタイガースに入団した。いわゆる「逆指名」の形である。
大学2年時に全日本大学選手権で大会記録となる8者連続三振をマーク、秋には最多勝、3年春はMVP、そして愛知大学野球リーグで24連勝を記録するなど、同校の6季連続優勝に貢献した実績を高く評価されてのことだ。
タイガースでは実働13年、221試合に登板して8勝6敗3セーブ、29ホールド、防御率3.87という成績を残した左腕。2016年にタテジマを脱ぎ、翌年からスカウトに転身し、愛知、石川、富山、滋賀、新潟(2019~24*高校のみ)を担当している。
筒井スカウトがこれまで虎入りさせたのは以下の9選手だ。
【筒井和也スカウトの担当選手】
2018年 湯浅京己(ドラフト6位) 富山GRNサンダーバーズ
2020年 中野拓夢(ドラフト6位) 三菱自動車岡崎
2021年 伊藤 稜(育成ドラフト1位) 中京大学
2022年 茨木秀俊(ドラフト4位) 帝京長岡高校
〃 富田 蓮(ドラフト6位) 三菱自動車岡崎
2023年 松原 快(育成ドラフト1位) 富山GRNサンダーバーズ
2024年 佐野大陽(ドラフト5位) 富山GRNサンダーバーズ
〃 早川太貴(育成ドラフト3位) くふうハヤテベンチャーズ
〃 川﨑俊哲(育成ドラフト4位) 石川ミリオンスターズ
■第1号は湯浅京己
灼熱の日も完風吹きすさぶ日も雨の日も、スカウトは現場に足を運んで、その目でキラリと光る選手を探し出す。だが、どんなに気に入っても、他球団と競合して抽選で外れたり、ウエーバーの順番で先に獲られたりと、指名は運やタイミングの要素も大きく、常に欲しい選手と縁があるとは限らない。
湯浅投手とは、やはり強力な縁があったのだろう。スカウト初年度は担当選手が誕生しなかった筒井スカウトにとって、2年目で初めて獲得した選手だった。
年始のあいさつに出向いたとき、当時の伊藤智仁監督から「身長182~3でめちゃくちゃ期待している子がいる」と聞いてはいた。だが、そこからタイミングがまったく合わず、行ける日はことごとく湯浅投手の登板がなかった。
やっと見ることができたのは9月のプレーオフで、だが敗れた富山はその試合が最終戦となってしまった。
先発する姿を見た筒井スカウトは、ひと目で心臓を射抜かれ「どうしても欲しい」と切望した。だが、上司である佐野仙好スカウト部長に見てもらおうにも、もう試合がない。結局、佐野スカウトはその後のブルペン投球を見ただけで、それでも「筒井がいいって言うなら」とリストに入れてくれた。
「なかなかないレアケース。僕も2年目で、怖いもの知らずだったからできたことで、8年目の今なら、最終戦で初めて見て、しかも1回見ただけで推せない。でもあのときは、どうしても欲しかった。ブルペンの一発勝負で獲ってもらえたのは、僕のことを信頼してくれたということで、感謝している」。
ひと目惚れからゾッコン惚れ込んだ筒井スカウトの熱いプレゼンが伝わったのだろう。「欲しいと思った選手が獲れて、嬉しさは格別でしたよ。ようやくスタートできたっていうのがありましたね」と、スカウトとして第一歩を踏み出せた気がした。
■怖いもの知らずの2年目、「思いきりがあった」
当時、筒井スカウトがそこまで湯浅投手に惚れ込んだのは、上から投げ下ろす力強いストレートはもちろんだが、スライダーの変化だ。
「まっすぐも僕のスピードガンで151まで出ていた。それも魅力だったけど、スライダーが縦に…いや、最初はフォークだと思ったんですよ。ビデオ撮りながら『142フォーク』って言って、サングラス外してよぉく見たら、縦のスライダーだわと思って。久保田さん(智之=現ピッチングコーチ)みたいなスライダーだったんですよ。このスライダー持ってるんだったら、早めに(1軍に)出てこられるなと思って」。
目は釘づけに、ハートは鷲づかみされた。
「1年目に獲れなかったことを、2年目に生かしたかった」という筒井スカウトは、「一番は、その思いを伝えられるかどうか。プレゼンの仕方だったり」と上司への報告や会議での伝え方を考えるようになり、さらには「他球団に、ウチが欲しいというのがバレないように」と工夫したという。
湯浅投手の場合もほかに狙っている球団がいくつもあり、「相手チームに入って抑えられる画が浮かんだ」と、5人体制で見にきていたライバル球団を出し抜く必要があった。
実際、筒井スカウトが見たのが最終戦だったというのもあるが、そこから上司のブルペン視察も隠密裏に進めるなどし、「他球団から『阪神はないと思っていた』と後で言われた」ように、気取られることなく作戦は成功した。
「本当に欲しけりゃ獲ればいいんだって勉強になりました。リストアップは遅かったけど、可能性があると思えば、早いも遅いもなく獲っちゃえばいいと。ただ、何度も言うように2年目だったから、思いきりがあったんです」。
そう強調する。それほどまでに湯浅投手に惹かれたということだ。
■その後の6人は?
その後に続いた6選手についても語ってもらった。
◆中野拓夢
「彼は野球小僧。野球を教えることないなと思った」と説明する。
「『今のプレーはこうだった、ああだった』って、コーチが教える必要ないなと。たとえば野球教室でも子どもたちから『うわー!』ってなるくらい、何やらせても上手い。当時、矢野(燿大)さんが監督で、即戦力のショートを欲しがっていて、そこに彼がハマッたっていうのもありますし、僕が見にいった試合で先制ホームランを打ったりとか、いろいろ縁がありましたね」。
すぐに1軍での活躍が描ける選手だった。当時のチームの監督からも「中野は絶対に仕事しますよ。スタートからいってもベンチに置いといても仕事ができる。使える。なんでもできる」との強い推薦もあったと振り返る。
◆伊藤稜
中京大中京高校時代から見ていた伊藤稜投手のことは、「モノはいいな」と思っていたという。中京大学に入ってからも見続け、「1年、2年のときもリーグ戦で完封や完投して、すごくいいピンチングをしていたから、『これは卒業したらすぐ使えるな。プロで対戦させてみたいな』と思っていたんです」と、4年春の時点で“今年の目玉”として上位評価をしていた。
しかしコンディショニングが上がらず、「マウンドでの仕草とか、ケガが怖いな」と躊躇したが、球団から「育成ならいいんじゃないか」との助言もあり、指名に至った。筒井スカウトへの信頼の証しだ。
故障を乗り越えた今季、戦線に加わった。出遅れはしたが、ここからの飛躍を大いに楽しみにしているという。
◆茨木秀俊
茨木投手とも縁があった。ちょうど高校のみ新潟県も担当していた時期に、茨木投手も新潟の帝京長岡高校に在学していた。同校の芝草宇宙監督とはかつて同じ地区を担当するスカウト同士として、2人きりで試合を見たことがあった。
監督就任時にその話をしたら「おおー」と盛り上がり、「北海道からすごいピッチャーを獲ってきたから。絶対プロに行けると思うんで、楽しみにしとってくれよ」と教えてくれた。それが、茨木投手だった。
「秀の場合、(胸を指して)ここが強いなって思った。負けず嫌いで。あと、投球フォームでの胸郭のあたりの柔らかさとかがいいなと。どこを直すとかなくて、このまま鍛えたらっていうのがイメージできたんで。僕は好きだったんですよ」。
12球団すべてが注目していたから、「下位じゃ獲れないっていう評価はしていました」と4位で指名することになったという。
◆富田蓮
「いつ見ても『富田蓮』がちゃんとできる。『今日はよくないな』が、なかったですね」。そう表現する。
「いつ投げてもストライクが入る。左で小気味よくストライクが投げられるピッチャーって、現場は使いやすいだろうなと思った。キレがないとストライクは入れられないから。アイツはキレよく飄々と投げていたんですよね」。
それともう一つ、決め手があったと明かす。「とにかくプロに行きたいってのがすごかったから(笑)」。ぐいぐいとプロ入りへの意欲なり、情熱なり、圧なりを出してアピールしてきていたという。
「まだ3年目。会社からしたら都市対抗でも投げてないし、もう1年やって貢献してからでもいいんじゃないかというスタンスはあったと思ったけど、本人は『かかったら絶対行きますよ』って感じだったから(笑)」。
そこまでのギラギラ感を出せるのは、“買い”だろう。
◆松原快
元虎の藤田太陽監督(ロキテクノ富山)からも吉岡雄二監督(富山GRNサンダーバーズ)からも、強い推薦があったのが松原投手だ。高朋高校を卒業後、ずっと見てきた投手だ。
「最終的には成長というか、弱点を克服できたっていうところと、今が旬だなと思ったんで。ボールの力もそうだし、いろんな経験をしてきたから出せるものってあると思う。失敗もしてきているから。順調にエリートっていうのじゃなくて。そういう期待がありましたね」。
独立1年目は終盤に失速し、その反省から翌年は尻上がりに調子を上げ、最後に156キロを出した。筒井スカウトも「1年目は安定感という意味では脆さが見えていたけど、表情も変わったし、ピッチングに“根拠”をつけてきていると感じた」と、ブラッシュアップした姿を認めたという。
タイミングがバッチリ合って登板を見る機会も多かった。そういう運も大きく影響する。
■阪神タイガースへの恩返し
自身の選手時代の担当スカウトは北村照文さんだった。「見守ってくれている感じでした、遠くで。ああしろよ、こうしろよとか、このコーチがどうだこうだとか、そんなのいっさい言わなかったですね。会っても『元気か~。頑張れよ』みたいな感じで」と思い返し、大きな影響を受けているという。
「細かく言われず自由にやっていたけど、でもいつも見てくれているなっていうのはあったんで。僕も干渉しない。球場でもただ来ただけ、見てるだけ、みたいな(笑)。会話ないときもあるし」。
居心地よかった“北村スタイル”がお手本となっている。
担当選手とともに食事会をすることもあるが、筒井スカウトにとっては「僕らスカウトみんなでドラフトしているっていう意識」で、タイガースのすべての選手を大事に思っている。
だから担当以外の選手の調子も気にかけ、声をかけることもある。筒井スカウトにとっては“担当”というボーダーはなく、すべての選手がかわいい子どもなのだ。
中野選手は「社会人時代はよく足を運んでいただいて、明るく接していただきました。すごくしゃべりやすいし、コミュニケーションがとりやすい方で、自分のお父さんとも仲よくしてもらっています(笑)。担当が筒井さんでよかったなと思っている」と話す。
「何かあったときには支えてもらう。自分が相談することもありますし。シーズン中に連絡をとることはあまりないけど、球場に来られて声をかけていただくとうれしい」と頼りにしている。
どういう存在かという質問に、茨木投手は「お父さん!」と即答した。「高校時代から見にきてくれていたし、気にかけてくれていました。優しいし、何もわからなかったときに一から教えてくれたんで、本当に感謝しています」と言い、「チームのエースとして1軍の舞台で投げる姿を、筒井さんに見せられるように頑張ります!」と力を込めていた。
筒井スカウトに今後のことを尋ねた。
「これはスカウトになったときから思っていることだけど、人間的にも成長したいし、もちろんこの仕事をやっている限りは選手を見る目というか専門的な力もつけたい。成果を出したいというのもある。それはタイガースに対しての恩返しという気持ちだから」。
人あたりがよく、選手から慕われ、アマ球界で信頼されている筒井スカウト。これからも選手のために、タイガースのために飛び回る。
《SYDベースボールプロジェクト野球教室》
話を聞いた12月1日、筒井スカウトは虎戦士5人(中野拓夢、豊田寛、松原快、門別啓人、茨木秀俊)を率いて、大学時代のチームメイトである高木亮さんが主催する野球教室に参加していた。
大学時代、筒井スカウトがキャプテンで高木さんが副キャプテンだった。
「カズ(筒井スカウト)は昔からあのまんまです。その場を盛り上げる、みんなからの人気者で人柄は変わらないですね、プロになってもスカウトになっても。大学ではスーパースター、プロではもがき苦しみましたね」。
そんな筒井スカウトの存在が励みになり、「アイツが頑張っているから」と37歳まで社会人のクラブチームでプレーしていたという。「阪神で構想外という形になって、ほかの球団でやる選択肢もあった中、阪神に恩返しがしたいと今の仕事に就いたのが、彼らしいなって思いますね」とリスペクトしている。
息子が野球を始め、いまだ罵声を浴びせるなど悪い指導が残っている少年野球の実態を知って愕然とし、「子どもたちに野球の楽しさを知って、大好きになってもらいたい」と野球教室を始めた。
「カズも協力してくれて、阪神の選手を連れて来てくれるんです。選手がかけてくれる一言で、前向きに変わる子もいる。そんなきっかけになるよう、これからも続けていきたい。いずれ、ここからプロ野球選手になる子が出てきてくれたらと夢見ています」。
その子を筒井スカウトが担当する…なんてことも、あるかもしれない。
(撮影はすべて筆者)