片山雄哉(阪神タイガース)が凱旋試合であらためて感じた師匠・田中雅彦監督(福井ME)との固い絆
懐かしい風景がいろんなことを思い起こさせてくれた。この球場で4年間、汗と土にまみれた。喜びに浸ったこともあれば、悔し涙にくれたこともあった。
そこにあった思いはただひとつ、「NPBに行きたい」―。それだけだった。
■懐かしい人たちとの再会
阪神タイガースのルーキー・片山雄哉捕手が福井での凱旋試合に臨んだ。
タイガースのファームは毎年、BCリーグとの交流試合に赴く。今年は5月21日に石川ミリオンスターズと、同22日に福井ミラクルエレファンツとそれぞれ戦った。
金沢市民球場では石川の武田勝監督に挨拶したあと、しばし談笑していた片山選手。フェニックススタジアムではさらにテンションが上がり、昨年までのチームメイトとの再会に笑顔が絶えなかった。
みんなの歓迎が心から嬉しかった。「ホントに僕の勝手な解釈かもしれないけど、迎え入れてくれたような、『おかえり』って言ってくれてるような…。みんな笑って出迎えてくれた。ずっと長く一緒にやった選手もいて、知った顔があるのはなんかホッとしたし、1~2年の選手も挨拶にきてくれた。みんなが気にかけてくれて、嬉しかった」。
“勝手な解釈”などではない。エレファンツナインは待ちに待っていた。それぞれが片山選手を見つけるや、駆けよってハグをしたり話し込んだりで盛り上がっていた。
キャプテン・中村辰哉選手も、片山選手が一塁側ファウルゾーンでキャッチボールをはじめるや「片山さんとしゃべりたい~」と、傍まで飛んでいった。同じ捕手として、昨年はその背中を追っていた兄貴分である。
実は中村選手、ある“仕込み”をしていた。福井のセカンドアップ時に流す曲を、片山選手が登場曲に使用していた「MY TIME(AK-69)」にすり替えていたのだ。
ちょうどタイガースのシートノックの時間だった。ホームベースでボールを受ける片山選手を横目に、エレファンツナインはノリノリで「MY TIME MY TIME MY TIME MY TIME~♪」と口ずさみながら体を動かしていた。
“仕掛け人”の中村選手は「片山さん、気づいてくれた!」と、してやったりとばかりに笑顔を弾けさせ、セカンドアップを終えた。
試合直前の真剣なシートノック中とあって、大きなリアクションこそ見せなかった片山選手。
だが、あとで「恥ずかしかったというか、照れくさかった。あそこでキャッキャしてたらダメじゃないですか(笑)。後輩にも示しがつかないし。わきまえないとね」と明かしたあと、「すごく温かくて、嬉しかった」と感謝していた。
かわいい後輩の“歓迎の意”は十二分に胸を打ったようだ。
また、スタンドからは片山選手の福井での応援歌も鳴り響いた。「ファンの人からもたくさん声をかけてもらって…。あらためて頑張らないとなって素直に思った」。
4年間、変わらず応援してくれ、さらにこうして今もなお声援を送ってくれることに頭を下げた。
■“代名詞”である全力プレー
それだけにプレーでも見せたかった。自身の一番のウリである「全力プレー」だ。
この日は「6番・キャッチャー」でスタメン出場すると、四回にチャンスで回ってきた。二死一、二塁からしっかり引っ張ってライト前へ。
これが先制の、そして決勝のタイムリーとなった。相手の動きを見て、一気に二進した。
守っても小野泰己、石井将希、牧丈一郎の3投手を完封リードし、存在感を見せた。
しかし片山選手が語るのは、結果だけではない。「もちろん結果も大事だけど、それだけじゃなく、こういう全力プレーが大事。たまたまヒットは出たけど、次の塁とか、凡打でも攻守交替でも全力で走る。そういうところでも頑張らないと」。
これまでもやってきたことだ。やり通してきたことだ。「プロに行くために」と、どんなに疲れているときでも決して抜かない、隙を見せないという姿勢を貫いてきた。
それでもあえて、意識してやった。
「これからプロでやりたいっていう後輩たちに見てほしかった。これまでもやってきたことだけど、プロに入ってもなおやっているっていう現実を教えたかった。ドラ1、ドラ2で入って1軍で活躍してる選手でもやってるんだ。オレらがやらずにおれるわけがないってことを」。
片山選手のプレーは、後輩たちへの檄だった。と同時に「自分自身にもあらためて、そう強く思ったし、その気持ちを忘れずに…いや、忘れたわけではないけど、この地であらためて思い出した。雅彦さんの顔を見て、より思い出した」と、自身への戒めでもあった。
原点である“ここ”が、一番大事なことを再認識させてくれた。
■田中雅彦監督も感慨深げ
「雅彦さん」とは田中雅彦監督のことだ。2年前にバッテリーコーチとして福井に入団した田中氏は、昨年から監督として指揮を執っている。
片山選手がNPBに行けるよう、さまざまな指導をしたのは田中監督だ。技術はもちろんだが、人間性がいかに大切かを説かれた片山選手は、生活も含めすべてを見直した。
田中監督のもとで生まれ変わったといっても過言ではない。
ひさしぶりに再会した愛弟子の姿を、NPBの、タイガースのユニフォームをまとった姿を、田中監督はまぶしそうに見ていた。
「いやぁ~、ちょっとねぇ…めっちゃ嬉しかった。プレーを見てて、誰よりも間違いなく一生懸命やってるし、ひたむきにやってる姿を見せてくれていた。なおかつ、こうやって福井でいい活躍もしてくれて、ウチの選手たちにもすごくいい刺激になったし、嬉しいし、頼もしかった」。
胸がいっぱいといった様子で、目尻を下げる。
技術面の進化にも「プレースタイルも、こっちにいるときとは変わってくるというか、プロのスピードに対応していかなきゃいけないような打ち方になってきてるし、スローイングもそういうふうになってきている。進んでいってる方向性も間違いないと思う」と、目を細める。
「去年までは僕のかわいい教え子っていう感じやったのが、ちょっとこう遠い存在になっていく感じがあって…頼もしかったなぁ。うん、嬉しかった」。
嬉しいけど、どこかちょっぴり淋しい。そんな複雑な心情が、なんともいえない表情ににじみ出ていた。
■「師弟関係」は変わらない
片山選手にとっても、田中監督は特別な存在だ。
「僕にとって、どこまでいっても偉大なひとり」と語り、田中監督の言葉を伝えても「そう言われてすごく嬉しいし素直に受け止めてはいるけど、受け止められないというか、気が抜けないというか、そこに浸りたくない」と、こちらも複雑な心境を明かす。
「まだまだずっと僕のことを見ててくださいよって思うし、あの人の前でプレーできて嬉しかったけど、もっといいとこ見せたかった。少なからず力んでた、普段より」。
意識せずにはいられなかった。後輩たちへ伝えたいメッセージ以上に、成長した自分を田中監督に見てもらいたかったのだ。
「プレー中、(福井の)ベンチを見たら、雅彦さんがニコニコしてて、嬉しくて安心感があって…。あの人の顔、雰囲気を見ると、胸が苦しくなる。思うことがたくさんある」。
同じチームではなくなり物理的な距離は離れても、心の中にはいつまでも「師弟関係」が存在していることには変わりないのだ。
絶対にNPBに行くんだと腹をくくって取り組んだ昨年。己を律し、死に物狂いで、すべてを野球に捧げた。「自分でもよくやったと思う」と振り返るほどに。
そしてそれを支えてくれたのは田中監督にほかならない。「人生を決める分岐点であの人に出会えた。出会い…こればっかりは運命だから。本当に雅彦さんと出会えてよかった」。
運命ではあるが、それは片山選手が自ら引き寄せたものだ。本気で打ち込もうとする姿勢が、出会わせてくれたのだろう。
タイミングは偶然ではなく必然だ。
■片山選手の後継者・坂本竜三郎選手
福井には片山選手の継承者がいる。片山選手が福井で着けていた背番号22を自ら選択し、「片山さんのようになりたい」と後を追う。高校を卒業したばかりの坂本竜三郎捕手だ。
このゲームでも片山選手から多くのものを盗んだ(詳細は前の記事⇒坂本竜三郎)。
片山選手も「一生懸命さを感じた。一瞬だけの出会いだったけど、元気に楽しそうに野球をやってるなと感じた。僕のことを見ててくれたのも含め、なんとかしようっていうのは伝わってきた」と温かい目で見ていた。
自身も「いろんな人に出会って助けられて、自分なりに吸収してこれた」と感じているだけに、「あの子にとって僕っていうひとりの選手を見たことで、野球観やプレースタイル、考え方に何かひとつでも響くものがあれば嬉しい。キャッチャーってこういうふうにもやれるんだっていうヒントになれば」と、坂本選手にとって何か役に立てればと願う。
この日の片山選手との出会いは、坂本選手にとっても大きなターニングポイントになったに違いない。これも必然だったのだろう。
■福井のみんなのために・・・
福井には4年在籍した。その間、たくさんの方々に応援してもらってきた。それは片山選手にとって、大きな財産だ。それだけに「みんなのために」という思いが、片山選手の中に強くある。
「みんな」とは首脳陣を含むチームメイトであり、球団職員やボランティアであり、地元のファンである。
「僕が成功することによって、独立リーグでもやれるんだと思ってもらえる。周りの目も変わるし、僕が上のステージで活躍することでエレファンツに対する応援のしかたも変わる。全部が繋がると感じた」。
片山選手のNPB入りは、頑張れば夢は叶うという成功例となった。既存の選手にとっては憧れであり、大きな刺激だ。球団にとってもめでたいことであるし、有望選手獲得のアドバンテージにもなる。
そしてファンにとっては「おらが街のヒーロー」の誕生だ。手塩にかけて育てた我が子のように誇らしい。
そういった人々にもっともっと幸せを届けたい―。「みんなのためにも、もっと胸を張ってもらえるように」。
この交流試合で“原点回帰”した片山選手は、さらなる高みを目指して今日も全力プレーを続ける。
(撮影はすべて筆者)
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