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「息子の胸は切り開かれ、小さな心臓が見えて…」父の悔恨と怒り ドラレコ映像公開【高知正面衝突事故】

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
中央線突破の対向車に衝突され1歳1か月で死亡した神農煌瑛ちゃん(遺族提供)

「このたびは僕たち家族のことを取り上げて記事にしていただき、本当にありがとうございました。また、引用してくださっているたくさんの方々にも深く御礼申し上げます。

 この記事をたくさんの方に見てもらい、少しでも理不尽な事故が減ってくれたらと心から願っております」

 大阪府の神農諭哉(かみのゆうさい)さん(33)のメッセージがXに投稿されたのは、12月23日夜のことでした。

 この日の早朝、私は以下の記事をYahoo!ニュースエキスパートで発信。正面衝突の瞬間をとらえた映像と、助手席に乗っていて重傷を負った諭哉さんの妻・彩乃さんの手記を紹介しました。

こうちゃんのいないクリスマス… 我が子失い、自身も重傷負った両親が「正面衝突」の瞬間動画公開(柳原三佳) - エキスパート - Yahoo!ニュース

 記事中に挿入した動画は、2024年9月21日、高知県の高知東部自動車道で発生した衝突の瞬間映像を、実際の速度とスロー再生を併せて編集したものです。

 元となった動画は、神農さんの車のドライブレコーダーに記録されていたデータで、「ぜひ公開して多くの人に見てもらいたい」と提供されたものでした。

 

 この動画を見れば一目瞭然ですが、自車線をまっすぐ走行していた神農さんには何の落ち度もない事故だったことがわかります。

 外傷性ショックで亡くなった煌瑛(こうえい)ちゃん(1歳1か月)は、後部座席できちんとチャイルドシートを着用していました。その事実は「死体検案書」にも明記されています。それでも、結果的に我が子の命を守れなかったことで、神農さんは自責の念を拭い去ることができないといいます。

 事故から3カ月が過ぎましたが、自動車運転過失致死傷罪で送検された高知市の会社員、竹崎寿洋容疑者(60)の処分はまだ決まっていません。警察によると、自車(トヨタ・クラウンクロスオーバー)の自動運転機能を使い、走行中に靴の履き替えか服の着替えを行っていたという容疑者。もしこれが事実なら、その行為は究極の「ながら運転」といえるのではないでしょうか。

 あの日、妻子を車に乗せ、ハンドルを握っていた諭哉さんは何を見たのか、そして、目の前で我が子の死に直面するという現実とは……。

 妻の彩乃さんに続き、夫の諭哉さんから送られてきた手記を公開します。

諭哉さんが座っていた運転席のエアバッグは、衝突の衝撃で展開していた。諭哉さんも骨折などの重傷を負った(遺族提供)
諭哉さんが座っていた運転席のエアバッグは、衝突の衝撃で展開していた。諭哉さんも骨折などの重傷を負った(遺族提供)

【父・神農諭哉さんの手記】

 衝突時の様子が、スローモーションに見える。けれど、衝突直後の記憶がない。どうやって車から降りたのか、記憶が抜け落ちている。

 息子の救護活動中のことは鮮明に覚えていて、何度もフラッシュバックする。

 衝突直後、たまたま近くに介護関係のお仕事をされている女性がいて、息子の心臓マッサージをしてくださった。

 コンクリートの地面では痛いかもしれないと、知らない人がクッションを貸してくださり、その上で心臓マッサージをされている息子の名前を何度も呼びながら、人工呼吸をした。「戻ってこい! 戻ってこい!」と何度も叫んだ。自分の鼻血が止まらなくて血まみれになった。自分も、息子も……。

 周囲にいた人たちが、「救急車が遅い!」と叫んでいたが、まもなく到着し、息子と一緒に乗った。そのとき、相手の顔だけでも見ておかないといけない、と思ったが、それらしき人物が誰かと立って話をしている様子だけしか見えなかった。

 救護にあたった人の中に、加害者はいなかったと記憶している。

中央線突破の対向車に衝突され、前部が大破した神農さんの車(遺族提供)
中央線突破の対向車に衝突され、前部が大破した神農さんの車(遺族提供)

■緊急手術を受けたけれど

 救急車で少し移動し、そこからヘリに乗り込んで高知医療センターに運ばれた。

 病院に到着してすぐ、息子は緊急手術を受けることになった。心臓を直接マッサージするため、開胸するとのこと。手術が終わるまでその場で待たせて欲しいと頼んだ。

 しかし手術後、「手の施しようがなかった……」という医師からの説明を一人で聞くことになった。そのとき、息子の胸は開いたままの状態で、小さな心臓も全て見えた。

 僕はドクターに「なんとかしてください」とお願いしたが、 もうどうにもならないとのこと。納得するしかなく、「わかりました」と伝えた。

 その後、僕自身が検査を受けた。右鎖骨と左手の甲の骨が折れていたため、手術が必要だと言われたが、6歳の娘が泣いている声が聞こえていたので、「とにかく今は、娘と一緒にいさせてほしい」と頼んだ。

■妻に言った。「守ってやれなくて、ごめん…」

 まもなく、警察官が病院に来て、「現場の状況からして、神農さんは被害者で間違いない」と言われた。そして、事故の状況を色々聞かれた。

 看護師さんから、妻が近森という病院に運ばれたと聞いたので電話をしたところ、現在手術中だと言われたので、終わったら連絡をくださいと伝えた。このとき、自分も娘も高熱が出ていた。事故現場が暑かったからだろう。

 まもなく、父と母が滋賀県から飛んできてくれた。「息子を守れなかった。本当にごめん」と謝った。

 次の日には、お世話になっている叔父とその奥さんが駆けつけてくれた。「神農の長男を守ることができませんでした」と謝った。

 近森の病院で手術を受けた妻も、息子と娘のいる高知医療センターに転院することができないかと相談したところ、病室をすぐに確保してくれたので、この日の夕方前に転院してきた。妻のお母さんにも「守れなくてすみませんでした」と謝った。

 息子が亡くなったことは、僕の口から直接妻に話したいと周囲に伝えてあった。

 そして、事故後、初めて妻に会い、息子の死を伝えた。

 妻にも、「守ってやれなくて、ごめん」と謝った。

葬儀は自宅から遠く離れた高知でとり行なわれた(遺族提供)
葬儀は自宅から遠く離れた高知でとり行なわれた(遺族提供)

■「なぜ事故を起こした?」「わからない」

 息子の葬儀(お別れの会)は9月30日に執り行うことになった。手術受け、まだ動くことができない妻が、なんとか参列できるようにと引き延ばせる最長だった。

 それからしばらくは、葬儀屋さんや仕事先等とのやり取りをしながら過ごした。僕自身は、27日に骨折の手術をした。集中力が恐ろしく落ちたと思った。

 担当の警察官が再び会いにきてくれた。そのとき、救急車を呼んだのも加害者ではなく、近くにいた方だったことを知った。

 加害者の奥さんから電話があった。 「申し訳ない」と何度も謝っていた。

 加害者本人からも電話があった。「今回は本当にすみませんでした」と言っていた。

「なんでこんな事故になったんですか?」と聞いたが、「わからない」と答えた。

「こんな事故起こして、わからないって、無責任すぎませんか。ご家族が寝ている家を放火されて、その犯人に『なんでこんなことしたんですか?』と聞いて、『わからない』って言われて、納得できますか?」と聞くと、「納得できないのはわかります」と答えた。僕は、

「本当に悪いと思ってるなら、 絶対にこの状況から逃げんといてくれ、しっかり最後まで誠意を持って対応してくれ」と伝えた。

 9月30日にお別れ会をした。その場でも、息子を守れなかったことを謝罪をした。みんなは優しいから、「そんなことない」と言ってくれたが、全て自分が悪かったと思っている。息子にも謝った。

 10月1日、妻が一般病棟に移動したので、違う病棟ではあったが、一日1時間の面会ができるようになった。

 僕自身は10月7日に高知医療センターを退院できることになったが、妻のほうはまだ退院の目処がついていなかったので、そのまま高知に残ることになった。

 そして、10月14日、両親と娘が迎えにきてくれたので 妻と、お骨になった息子を連れて一緒に大阪の自宅に帰った。

 その後もフラッシュバックが続いている。 血まみれになりながら、呼んでも反応のない息子。それでもなんとか助けたい一心で、 猛暑の屋外で何度も何度も名前を呼んでいたときのこと。 繰り返し、夢でも見ている。

 現在も、心療内科、 整形外科に通院をしている。左手の指は元のようには動かなくなってしまった。

 でも、開胸されたあの姿を見たのも、 息子が死んだと聞かされたのも、妻ではなく僕でよかった。

 これは、僕が背負っていかないといけないと思っている。

■自動運転機能があるからといって

 加害者は中央分離帯のない自動車専用道路で、自車の自動運転機能を使い、シートベルトを外してハンドルから手を離していたらしい。着替えていたのか、靴を履き替えていたのか分からないが、この行為は運転を放棄していると言っても過言ではない。

 自分勝手な運転をしていた人間に、なぜ1歳になったばかりの大切な息子の命を奪われないといけなかったのか、悔しくてたまらない。

 こんなふざけたことをして人を死傷させても、日本では、車に乗っていて「覚えていない」と言えば、過失で済んでしまうなんて、本当におかしいと思う。

 息子とは約400日しか一緒に過ごすことができなかったが、家族で行った沖縄旅行、海水浴、冷蔵庫にイタズラをする後ろ姿、お姉ちゃんとじゃれあい、笑っている姿など、たくさんの思い出を毎日思い出している。

 当たり前の日常生活を全て奪われて、悔しくて、悔しくて、たまらない。

 亡くなった息子のためにも、このような事故を1件でも減らしていけるよう、頑張って活動していきたいと思います。

 どうか応援をしていただければ嬉しいです。

1歳1か月を迎え、よちよち歩きができるようになった煌瑛ちゃん。この約1週間後に事故は起こった(遺族提供)
1歳1か月を迎え、よちよち歩きができるようになった煌瑛ちゃん。この約1週間後に事故は起こった(遺族提供)

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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