阪神タイガースジュニアの“紅二点”・一花(いちか)&莉湖(りこ) その声のチカラがチームを勇気づける
■声は戦力
今年も阪神タイガースジュニアには2人の女子選手がいる。約300人の応募の中から勝ち抜いた、男子に優るとも劣らない実力の持ち主である。
背番号11番の福家一花選手と背番号89番の神田莉湖選手。野球選手としての能力はもちろん折り紙付きだが、なんといっても2人の声の大きさに驚かされる。セレクションの段階からその声は響きわたり、周囲を圧倒していた。
「声は戦力」と言われるが、チームが結成され練習試合が始まると、その力は大いに発揮された。彼女たちの声に男子選手たちは励まされ、勇気をもらい、チームにとっても劣勢を跳ね返す力になっている。
そんな彼女たちを詳しく紹介しよう。
(プロフィールはコチラ⇒「「阪神タイガースジュニア2024」メンバー決定! 今年のちびっこ虎戦士16人はこんな面々だ!」)
■福家一花(ふけ いちか)
毎週、はるばる香川県から通ってくる福家一花選手は、小柄ながらその体全体から大きなパワーを発している。声を出すだけでなく、チームにとって今必要だと思われることを率先してやる。
自チームでは主力でバリバリ活躍しているが、ジュニアに入ると控え選手になる。だが、じっとはしていない。常に自分にやれることは何かと探し、ランナーコーチやバット引きなど、率先してチームのために動く。
友だちから誘われた体験会に参加し、とても楽しかったのがきっかけで、小学2年の後半から野球を始めたという福家選手。外野手としてスタートした野球人生は、ファースト、ピッチャーと経験し、現在も自チームではピッチャー、ファースト、そしてセンターもこなす。
「ピッチャーは投げて抑えたときの嬉しさがありますし、ファーストはボールがいっぱい飛んでくるのが楽しい。外野はファインプレーしたときももちろんやけど、わたしはバックホームが一番好き」。
■持ち得る力を正確に把握する能力
ポジションについて楽しそうに語った福家選手は、「バックホーム」のくだりでグッと力を込めた。自信があるのかと尋ねると「自信はない(笑)」とはにかんだあと、「刺したときの嬉しさがあるんで。バックホームで刺したときが一番嬉しい」と笑顔を弾けさせる。
「わたし、肩が強くないんで、無理やりノーバンで投げずにワンバンで、速い球を投げられるように意識しています」。
低く強い球で確実に刺す。そこに醍醐味を感じているという。
ピッチャーとしては「球が速くないんで、コントロールで抑えることを意識しています」と言い、ネットに的をつけて当てる練習であったり、壁当てであったり、狙ったところに投げられる練習を欠かさないという。
ファーストでは「どんな球が来ても止めることが一番大事。背が低いから高い球は難しいけど、とにかく球を止めることです」と、守る上でのポイントを明かす。
話していると、自身の能力を冷静に分析していることがわかる。決して過信はしない。かといって卑下することもない。現在の持てる力を正しく把握し、できること、または必要なことを察知して、でき得る限り最高のプレーをする。
このことこそが大きな能力であり、それが彼女の成長を後押ししているのだろう。
■家族からのアドバイス
2歳上のお姉さんも野球をしている。一緒に練習することもあれば、1人ですることもある。お父さんが見てくれることもある。
「もう冬に入ったんで、体力トレーニングばっかりしています。足を使うトレーニングとか。縄跳びとダッシュとか、そういうのばっかりです」。
コツコツと取り組む姿が容易に想像できる。
お父さんからは「毎回、試合前に言われることがあるんです。『全力でやりなさい』って。『結果は後で、修正することは試合が終わってから言うから』って毎回言われます」と背中を押される。
「お母さんからは『声を出してみんなを盛り上げなよ』と言われます」と、いつも見守ってくれている両親に感謝しながら、大声を張り上げながら全身全霊でプレーしている。
■自分ができること、やるべきことに徹する
自チームでも「自分が中心になれるように、いっぱい声を出しています」という福家選手は、声の出し方にも工夫があるという。
「普通に『ナイスボール!』とかじゃなくて、相手が嬉しくなるようなこととか、テンションが上がるような声かけをするように頑張っています」。
ただやみくもに発しているのではない。その時々でふさわしい言葉やタイミングを考え、前向きになるよう声を出している。
自チームでは主力選手で、こんなにもベンチを温めることなどないだろう。そのあたりの歯がゆさはどうだろうか。
「いやもう、セレクション前から決めていました。試合に出られなくても、しっかり声は出そうって」。
常に自分ができること、やるべきことを考えている選手なのだ。
■常に次の塁へ
足の速さが武器だ。「男子よりは、やっぱ遅いと思うんですけど…」と謙遜するが、走塁においても、守備での打球へ向かうときも、その速さは際立っている。
ここまでの練習試合では、「常に次の塁っていうのを考えて走塁しています」と口にする福家選手が塁上にいると、必ず還ってきてくれるだろうという期待感が高まり、実際に何度もホームベースを踏んだ。
本戦でも「ここぞ」という場面での代走にも期待がかかる。
■森下翔太選手のようにチームの中心になってフルスイングを
「仲がよくて、すごく元気のあるチーム」と評するタイガースジュニアに入り、「すごい子たちと野球できるのが楽しいし、勝ったときの嬉しさが一番」と白い歯をこぼす。
「みんな、自分より力が上。すごく技術が高くて、守備とか送球の速さとか、自分にないものをめっちゃ持っとるんで、そういうのは吸収したいなと思っています」。
相手の力を認められるからこそ、自分も成長することができる。そういう素直な柔軟性が、彼女をより高みへと引き上げているのだ。
とにかく野球が大好きだ。「野球はチームプレーなんで、協力し合えるのが楽しいです」と、チームが一体となって相手に立ち向かうことを楽しんでいる。
「チームの中心となっているところが好き」とタイガースの森下翔太選手に憧れ、「ああいう力強いバッティング、全力で振るのを真似したい」とフルスイングを心がけ、小さい体で目いっぱいバットを振る。
この先もずっと野球を続け、上のカテゴリーでも「キャプテンとか、そういう中心となってみんなを盛り上げていきたい」と誓っている。
■神田莉湖(かんだ りこ)
「お父さんとじぃじがやっていたから、自分もしたかった」と、神田莉湖選手が野球を始めたのは小学1年のとき。セカンド、ショートを経てピッチャーとキャッチャーをするようになった。
自チームのほかに奈良県の女子選手で結成されるオール奈良にも所属し、自チームでのピッチャーと内野以外に、オール奈良ではキャッチャーをこなす。
その中でもっとも好きなポジションはと尋ねると「キャッチャー」と即答したあと、ニコーッと輝く笑顔を見せた。
「キャッチャーの魅力は、試合中でもみんなを見られること。みんなはこっちを見ているけど、自分は逆からみんなを見ている。それと、ピッチャーをリードできるところが楽しい」。
“扇の要”に例えられるキャッチャーは、ひとり反対側から全体を見渡す位置に座っている。グラウンドでは監督の代わりでもあり、“司令塔”とも称される。そんなキャッチャーというポジションに、神田選手はやりがいを感じているという。
■お父さんと二人三脚で練習
自宅の駐車場だったところを、お父さんが改造して練習場を造ってくれた。そこで日々練習を重ねている。
「二塁送球の練習では、お父さんに前から投げてもらって、形を意識して投げるようにしているのと、ブロッキングとバッティングの練習もしています。二塁送球は1秒台を目指して、ボールの持ち替えとか足の運びを意識しながらやっていて、ブロッキングはどんな球が来ても前に止める。弾かないように、近くに止めるようにしています」。
大好きな甲斐拓也選手(福岡ソフトバンクホークスから読売ジャイアンツにFA移籍)の動画も参考にしながら、取り組んでいる。
豪快なスイングが持ち味の神田選手のバッティングは、「練習から試合の意識でやること」を心がけているという。「1打席1打席、大事に打てるように、ピッチャーが投げているイメージでやっています」と、非常に意識が高い。
■自分の声で流れが変わるように
“得意技”のひとつでもある「声」に関しては、「静かにしているより声を出しているほうがテンションが上がる。気持ち的に上がってきて、それがバッティングとか守備につながると思っている」との考えのもとにやっている。
「自分の声で流れが変わってくれたりしたらいいな」。その思いは、しっかりとチームに浸透している。
そんなチームを「仲がよくて、みんな個性を持っているから、めっちゃいいです」と表現し、「みんなが一丸となって試合をしたりとか、勝ったときに盛り上がったりとか、そういうのがすごくいい。仲がいいから、一緒に野球しているのが楽しい」と、週末の練習や練習試合を満喫している。
■お父さん、お母さんからの助言
神田選手にとって、野球の魅力とはなんだろうか。その問いには「練習したら結果が出る。そこにどんだけ努力するか」と答えた。努力をし、それによって結果が出ることは、小学1年から味わってきたことだ。
だが、いいときばかりではないだろう。うまくいかないとき、しんどいときもあるだろう。
「結果が出なくて悔しくて、しんどいって思ったときもあるけど、お父さんが『練習していたら、いつかいい結果が出るから』って言ってくれたから、続けられています。お母さんも、キャッチャーでどんな形になっていたとか、バッティングでちょっと上向いていたとか、いろいろアドバイスをくれるので、それもすごく役立っています」。
両親の支えがいかに大きいか、それに感謝しながら野球に取り組んでいる。
■憧れられる選手になりたい
来年は中学生だが、男子と同じボーイズのチームに入りつつ、関西の女子が集まるチームでも活動する予定だ。そして高校は、女子の甲子園優勝常連校に入学したいと望んでいる。
「日本一になって、日本一のキャッチャーになる」。
先日の練習以来の聖地・甲子園球場のマウンドで、人差し指を高々と掲げることを夢見る。
そしてゆくゆくは「プロ野球選手になって、みんなから憧れられる選手になりたい」と青写真を描く。神田選手が伝えたいのは、「野球の楽しさ」だ。
■玉置隆監督から見た福家一花
玉置隆監督は女子選手たちを、「大きな存在ですね。アイドルですから、ウチのチームの。もちろん戦力としてめちゃくちゃ大きい」と頼りにしている。
「一花はいつもニコニコして、常にチームのためにできることは何かと探していますね。バッティングで男子に敵わないんだったら足でって、出場すると必ず塁に出てくれますし、ホームに還ってきますからね。足を活かそうって、自分の武器をよく知っている」。
速いだけでなく、走塁のうまさもあると讃える。さらには、向上心の高さにも舌を巻く。
「反省もしっかりするんです。(練習試合で)タッチアップいけたかなっていうところでスタートが切れなかったときは、それで終わらせるんじゃなくて、あとで来て『あれ、いけましたか?』とか聞いてくるんです」。
自らに、より高いレベルを課しているのだ。
「自分が足に期待されて試合に出ているのがわかっている分、そこで答えを出したいっていう強い意思を感じますね。チームのためにっていう思いが強い」。
そんな福家選手の思いは、チームメイトもしっかりと届いている。
■玉置隆監督から見た神田莉湖
「莉湖は声で鼓舞してくれているんですけど、たとえば『1アウト!』って言ってメンバーの反応が薄くても、めげずにもう一回大きい声を出す。返ってくるまで何回もね」。
明るさとメンタルの強さを兼ね備えているという。「お父さん、お母さんですよ。あの明るい性格のもとで育つと、あんなふうになるんでしょうね」と目を細める。
野球の能力も男子に引けを取らない。
「セカンド送球も2秒を切る勢いで投げますし、打球を飛ばす力も男子に負けていない。ただ思いっきり振っているだけじゃなくて、ミート力もある。試合に出たらヒットをしっかり打ってくれますし、男子に全然劣っていない。それでいて、出ていないときは誰よりも声を出して鼓舞してくれますし。いろんな面でチームを支えてくれて、本当に頼もしい」。
出番が来るまではブルペンに受けにいったり、ベンチ前でバットを振ったりと、準備を怠らない。「ピッチャーに『ビビんなよ』って声かけてくれるのも助かりますね。女の子に『ビビんなよ』なんて言われたら、男子はビビッてられないから(笑)」と、首脳陣とは違う檄に感謝する。
「とにかく意識が高いです、2人とも」。
試合での出番は少なくとも、担っている役割は非常に大きい。
■本戦こそ存在感が発揮される
チームのためにと、“縁の下の力持ち”的な役回りも進んで引き受けている2人。「自分はここに遊びに来たわけじゃないっていうのを感じますね」と、玉置監督も目を細める。
そして、「今でもギラギラした目をしながら、レギュラーを諦めずにやってくれている」と、負けじ魂は男子以上かもしれないと、うなずく。
その根性があるからこそ、約300人の応募者の中からトップチームのメンバーに選ばれたのだろう。
いよいよ3日後に迫った「NPB12球団ジュニアトーナメント」。タイガースジュニアはまず12月26日、福岡ソフトバンクホークスジュニアと相対する。
「本戦こそ、一花や莉湖の存在は大きくなってくる」。
練習試合とは比べものにならないくらいの緊張感の中、どっしりと肝の据わった2人の存在は、有形無形の大きなチカラになる。
■番外編
◆お互いに相手の「いいところ」を挙げると…
《莉湖⇒一花》
「一花のいいところは足が速いところと、すぐ仲よくなれるところ。フレンドリーなところ」。
《一花⇒莉湖》
「莉湖のいいところは、男子に負けない声とか盛り上げる力。それと力強いバッティング。すごいなと思います」。
◆森田剛トレーナー談
「タイガースジュニアが結成されて少し経ったころ、2人が2年前の女子選手のことを訊いてきました。(岩田)瑠花が試合の出番が少なくても、バット引きとか声出しとかを一生懸命にやっていたこと、だから決勝戦の大事なところでセーフになれたんだ(*注)ということを話しましたが、2人とも真剣に聞いていましたね」。
(*注)
2022年大会の決勝は読売ジャイアンツジュニア戦。最終回、サヨナラの走者として代走に出た岩田瑠花選手は、相手捕手がボールを弾いたほんのわずかな隙に二塁を陥れ、その後、サヨナラのホームを踏んだ。
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(撮影はすべて筆者)