軽量級で最高額を稼いだ悪魔王子ハメドに接近する井上尚弥。追いつくのはいつ?
ドヘニー戦で軽量級1試合最高額
ボクシングファン待望のスーパーバンタム級4団体統一王者井上尚弥(大橋)vs.IBFの指名挑戦者サム・グッドマン(大橋)のタイトルマッチが1月24日に延期された。モンスターの勇姿が今年は3度拝めると期待していただけに残念でならない。もちろん一番落胆しているのは井上本人だろう。グッドマンの左マブタの裂傷は不測の事故とはいえ、近年恒例となった井上戦が観られないのは年末行事が中止されたような気持ちがしてくる。大みそかのフェルナンド・マルティネス(アルゼンチン)vs.井岡一翔(志成)のダイレクトリマッチの内容に望みを託したい。
1ヵ月の仕切り直しは両者に微妙に影響するかもれしれない。だが井上絶対有利の下馬評が覆ることはない。井上の次戦、次々戦が話題を集めている事実からもグッドマンが豪語する「世界のボクシング業界のプランが白紙に戻る」見通しは限りなくゼロに近い。グッドマン、そして続いてグローブで交わすであろうアラン・ピカソ(メキシコ=WBCスーパーバンタム級1位)、ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン=WBA同級暫定王者)は通過点に過ぎないと見られる。そこで注目されるのが右肩上がりで上昇を続ける井上のファイトマネーの額だ。
スポーツ紙が前回のTJ・ドヘニー戦で井上は推定約9億3000万円の報酬があったと伝えた。正直、「もうそんなに稼いでいるの?」という印象がするが、軽量級ではもちろん、中量級、重量級を見渡してもこれだけ稼ぐボクサーは数えるほどしかいない。1試合に関しては軽量級では過去最高額に達したと理解してよさそうだ。
スリルを売り物にしたハメド
軽量級の区切りをどこに置くかで変わってくるが、井上が進出を企てる126ポンド(フェザー級)を含めるとドヘニー戦の報酬は、日本のメディアから“悪魔王子”と呼ばれた元WBOフェザー級王者“プリンス”ナジーム・ハメド(英)が2001年4月7日、ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで行ったマルコ・アントニオ・バレラ(メキシコ)戦の保証額600万ドル(約9億円)を超えたと推測される。もう一人のレジェンド、バレラの保証額は200万ドル(約3億円)。
イエメン出身の父を持つハメドはサウスポーの超変則型で、予測不可能なアングルからパンチを繰り出し、しかも無類のパワーを兼備していた。敗北はバレラのみで最終レコードは36勝31KO1敗。同時に「タイトロープ(綱渡り)ボクシング」と呼ばれたようにスリルを売り物にした。典型的な試合が米国デビュー戦となった元WBC世界フェザー級王者ケビー・ケリー戦。ニューヨークのマジソンスクエアガーデンでゴングが鳴った試合は両者とも3度ノックダウンを奪い合った末、ハメドが4回2分27秒KO勝ち。バレラ戦の前に行ったオギー・サンチェスとの防衛戦でもKO負けの崖っぷちから逆転KO勝ちをマークしたことがあった。
ナジーム・ハメドvs.ケビン・ケリー
またトークバトルも得意で会見では相手を罵倒して試合景気を盛り上げた。ブレークダンスを踊りながらリングへ向かい、トップロープを宙返りしてリングインするのが常でキャラクターはどこまでも自己陶酔型。究極はバレラ戦のパフォーマンス。何と空中ブランコに乗ってリングに飛来した。
パッキアオが憧れた悪魔王子
何もかも型破りのハメドは付加価値がついてファイトマネーが急カーブを描いて上昇した。バレラ戦を筆頭にボクシングキャリアで総額4850万ドル(約73億円)を稼いだといわれる。井上がこれまでどれだけ収入があったかは推測の域を出ないが、トータル額でも着々とハメドに接近しているのではないか。リングの無双の強さとパフォーマンスとともにマネーの方もファンの関心を惹き付けるに違いない。
当然ながら、その時々のドルと円のレートが違うから単純に比較はできない。ハメドvs.バレラの時と比べて貨幣価値も変化している。それでもリングの稼ぎがスーパースターだった悪魔王子を超えた時、モンスターの新たな1ページが記されるのではないか。おそらくそれはハメドが主戦場にしたフェザー級進出で達成されるのではないだろうか。
井上とハメドはボクシングスタイルが異なるし、キャラクターも異質なものだ。だがボクサーを志したマニー・パッキアオ(フィリピン)が当時、憧れたのがハメドだという。悪魔王子vs.モンスター。時空を超えた仮想対決が無性に観たくなる。