岡本隆史

「どこまで欲が深いんだろう」――女優として母として、寺島しのぶの生き方

4/27(金) 10:07 配信

歌舞伎俳優の七代目尾上菊五郎、女優の富司純子を両親に持ちながら、自力で女優の道を切り拓いた寺島しのぶ。歌舞伎役者になれない不遇、美貌の母へのコンプレックスをはねのけ、実力が評価されるようになって久しい。3月には、米国インディペンデント・スピリット・アワードの主演女優賞候補として、授賞式に出席した。国際的に注目される今、息子のサポートでも忙しい。5歳を迎えた長男は5月、歌舞伎座に出演予定だ。女優業とどう両立していくのだろうか。(取材・文=関容子/撮影=岡本隆史/Yahoo!ニュース 特集編集部/敬称略)

「どうしてそんな寂しそうな顔してんの?」

「とにかく子どもの頃から歌舞伎が大好きで、父の舞台をいつも見ていました。魅力的な世界だし、特別な世界観がありますから、自分もやりたくなるんですよね。でも、女だから出られない。ずっとトラウマになっていました」

歌舞伎の名門に女として生まれる葛藤は大きい。弟で歌舞伎俳優の尾上菊之助が誕生してからは、家族が弟中心に回り始める。青春時代は歌舞伎への思いを断ち切るようにハンドボールに明け暮れた。

疎外感、寂しさを突き破るきっかけを与えてくれたのは、名女優・太地喜和子だ。

「父と喜和子さんが舞台で共演していた時、うちにいらして、たまたま部屋で私と二人きりになったんです。そしたら『あなた、どうしてそんな寂しそうな顔してんの?』ってポロッと言われて。涙が止まらなくなっちゃいました。初対面なのに、なんで見抜かれちゃったんだろう、と」

太地の勧めで、文学座を受験。そこでの演技の勉強が、女優への道を開く。

「人との出会いやちょっとしたきっかけで、人生って大きく変わる。偶然が必然になっていくというか、いろいろなことがつながっているんだなと、今振り返ると思います」

市川海老蔵と立った「歌舞伎」の舞台

寺島は昨年2月、六本木歌舞伎『座頭市』で市川海老蔵と共演。ついに念願の「歌舞伎」の舞台出演を果たした。六本木歌舞伎は、海老蔵が歌舞伎の新境地を開くために始めた公演で、何でもありの新演出だ。

「海老蔵さんは弟と同い年。小さい頃からずっと孝ちゃん(本名・堀越孝俊。2015年に寶世〈たかとし〉と改名)と呼んでいました。彼は私が歌舞伎をやりたかったのを知っていますから、六本木歌舞伎で『じゃあさ、しのぶさんがやりたかったことを全部ここでやっちゃえばいいじゃん』と言って、早替わりとか、立ち回りとか、やりたかった歌舞伎の要素を全部入れてくれました。やんちゃぶりもピュアな心根も昔から変わっていなくて、あぁ、孝ちゃんはこうやって私を見てくれていたんだ、本当に優しい人だなと思いましたね」

海老蔵には市川ぼたんという妹がいる。梨園に生まれた女性の葛藤を、すぐそばで見てきたのだろう。今、長女・麗禾(れいか)、長男・勸玄(かんげん)の父親でもある。

「孝ちゃんは妹思いで、ぼたんちゃんの苦しい思いを知っています。父親になってからは、いつも麗禾ちゃんを姉娘として立てている。私にできることは何もないかもしれないけど、麗禾ちゃんがもっと大きくなった時、もし何か悩みがあるようだったら、話し相手にはなってあげられるのかなと思います」

待望の歌舞伎の舞台に立って、毎日が楽しかったという寺島。実は公演初日、母から30分にわたるダメ出しを受けた。

「歌舞伎の家の娘だったら、もっとちゃんとやりなさいよ、ということだったのでしょう。でも、私は歌舞伎の家には生まれたけど、歌舞伎役者ではない。この舞台にも、女優として呼ばれているわけです。それに、やっぱり初日は褒められたいんですよ。そこが実の母娘の残酷なところで、タイミングも考えず、言いたいことを言い合ってしまう」

皆が役者の家族。そこに遠慮はないのだろう。

「出るなら自殺する」と反対されて

現代女性の孤独を演じたら、今、追随を許さない。時にハッとするような行動に出る大胆さも、この人が演じれば説得力を持つ。

「確かに、孤独な人物や、孤独をじっくりその人なりの世界で楽しむ、みたいな役が多いかもしれませんね。人間の表面から一皮剥いだ中身、多面性や深さが描かれている台本が好きです」

一躍脚光を浴びたのは、主演映画デビュー作『赤目四十八瀧心中未遂』だった。25歳の時、原作本を読んで魅了され、本に挟まれていた読者カードに「主人公を演じたい」と書いて投函。5年後、まさにその役をつかむことになる。

「本にとにかく感動してしまって、もうこれは絶対私しかいないです、みたいなことを書いたんです。何の自信もなかったけれど、ただ熱い感想を書き連ねて、気がついたらポストに入れちゃっていました。それを出版社の方が著者の車谷長吉さんに渡していたんです。映画化の配役が難航していた時、車谷さんが私のことを思い出してくださいました。最後の最後で見つけてくれたという感じだったので、やっぱり運命としか考えられないですね」

主人公のアヤという役は、背中一面に入れ墨、ほぼフルヌードでのセックスシーンもある。母は「出るなら自殺する」とまで言って反対した。しかし父・菊五郎の鶴の一声、「女優になったからには仕方がない」で前に進んだ。

アヤを演じきり、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。以来、どんな映画に出ようとも、母は何も言わなくなった。同じ年に、映画『ヴァイブレータ』でセックスで癒やされていく摂食障害のルポライターを演じる。いずれも独立プロ、単館上映というマイナー作品ながら、2003年に取り組んだこの2作で数々の賞を得た。

国内での受賞に甘んじることなく、海外の映画のオーディションを幾度も受けては落選する。そして2010年、若松孝二監督の『キャタピラー』でベルリン国際映画祭の最優秀女優賞(銀熊賞)を手にし、国際的な評価を獲得した。戦地から四肢を失って帰国した夫と、その夫の世話をする妻の苛烈な生活を描いた作品で、わずか15人ほどのスタッフで作りあげた意欲作だ。

「予算があるからといって、いい作品が生まれるわけではありません。限られた予算で最高のものを作りたいと燃えてくるんです」

フランシス・マクドーマンドと交わした握手

今年3月、米国アカデミー賞の前哨戦としても注目されるインディペンデント・スピリット・アワードの授賞式に出席した。映画『オー・ルーシー!』で、主演女優賞にノミネートされたのだ。この作品もまた、新人監督・平栁敦子による低予算映画である。

『オー・ルーシー!』は日米合作。役所広司(左)、ジョシュ・ハートネット(中央)らと共演。(c) Oh Lucy,LLC

演じたのは、43歳独身OLの節子。ある日英会話教室で米国人男性講師にハグされ、眠っていた感情が呼び起こされた節子は、彼を追ってカリフォルニアへ。次第に人生の歯車が狂っていく。

「最初に台本を読んだ時、バランスがとれている半面、不完全なシナリオだと感じました。その不完全さを埋めるのが役者の仕事。役者に委ねられている部分が多く、面白いと思ったんです」

受賞は逃したが、そうそうたる女優と肩を並べてのノミネート。賞を手にしたのは、今年『スリー・ビルボード』でアカデミー賞主演女優賞を受賞したフランシス・マクドーマンドだ。彼女は寺島の演技を「すばらしかった」とたたえ、女優同士、熱い握手を交わした。

今年3月、第90回アカデミー賞で主演女優賞の受賞スピーチをするフランシス・マクドーマンド。写真提供:ロイター/アフロ

「フランシス・マクドーマンドさんと一緒にノミネートされたということは、すごく嬉しいことでした。『スリー・ビルボード』での演技は、圧倒的だった。彼女はここぞという時に出てくる人。『自分にしかできない』という役を選ぶんですよね。私もそうありたい。寺島しのぶしか考えられなかった、と言われるのが好きなんです」

英会話教室で金髪のウィッグと「ルーシー」というアメリカンネームを与えられ、感情が目覚めていく。(c) Oh Lucy,LLC

裸になれば、「体当たり」なのか

日本で寺島は、ヌードも濡れ場もいとわない女優として注目されることも多い。

「日本はまだ遅れているのか、あるいは変に意識しすぎるのか、脱ぐ場面があると『度胸がある』とか『体当たり』とか言われる。裸になったからすごいというのではなくて、そこを通り抜けないと奥に進めない。人間の恥ずかしい部分、醜い部分、さらけ出したくない部分を演じるその勇気について、海外ではたたえてもらえるんです」

2017年、『オー・ルーシー!』は日本人監督による作品として10年ぶりにカンヌ国際映画祭批評家週間に選出された。レッドカーペットで、平栁敦子監督(右端)、ジョシュ・ハートネット(左から2番目)、プロデューサーのハン・ウェスト(左端)。写真提供:Shutterstock/アフロ

私生活では、2007年にフランス人アートディレクターのローラン・グナシアと結婚した。彼は激しい役を果敢に演じる妻を敬愛し、よきアドバイザーでもある。

「彼もアーティストで彼なりの感性を持っているから、尊敬しています。言葉があまり分からなくても『なんで分かってるの?』ということがよくあって、鋭いんです。絶対的な味方でいてくれることもありがたいですね。自信がなかったり、迷ったりしていても、『いやいや、すごいことをやっているんだよ。でもこうしたらもっといいんじゃないか?』って。演じる私をすごく好きでいてくれます」

母親としては嬉しいけれど――

長男は、昨年の團菊祭五月大歌舞伎で『魚屋宗五郎』の丁稚の役として祖父・菊五郎と同じ舞台に立った。今年5月の團菊祭でも、『白浪五人男』で菊五郎演じる弁天小僧にお茶を出す丁稚の役をつとめる。

「歌舞伎の世界はそう簡単にいかないことはよく分かっています。本人がもしやりたいというのなら、やればいい。無理に歌舞伎の世界へ入ってほしいとは一切思っていません。ただ、この5月の舞台は、父が『弁天小僧の屋根上の立ち回りはこれが最後かな』と言っていて、気合が入っているので、その月に息子を呼んでもらえるというのは貴重なことです。私が子どもの頃から見て育った、大好きな父の舞台に彼が出られるのは、とんでもなくラッキーだと思います。母親としては本当に嬉しいけれど、これがいつまで続くかはわからない」

女優業と息子のサポート、いずれも妥協するつもりはなさそうだ。

「あれもこれもやりたくて、『バランスが取れなくなったらやめろ』と主人に言われます。でも、意外と神様がうまく調整してくださって、息子が舞台の時にはスケジュールが空いたりするんです。自分の芝居も続けながら、息子もちゃんとサポートしたい。どこまで欲が深いんだろうと思いますけど、それが私なんでしょうね」


寺島しのぶ
女優。1972年京都市生まれ。青山学院大学在学中の1992年、文学座に入団。1996年に退団後、舞台やテレビドラマで活躍。『赤目四十八瀧心中未遂』と『ヴァイブレータ』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞など多数の映画賞を受賞。『キャタピラー』でベルリン国際映画祭最優秀女優賞受賞。読売演劇大賞最優秀女優賞、文化庁芸術祭賞演劇部門優秀賞など、多数の演劇賞も受賞。主演映画『オー・ルーシー!』は、4月28日ユーロスペース、テアトル新宿ほかでロードショー


関 容子 
エッセイスト。『日本の鶯 堀口大学聞書き』で日本エッセイスト・クラブ賞、角川短歌愛読者賞受賞。『花の脇役』で講談社エッセイ賞、『芸づくし忠臣蔵』で読売文学賞、芸術選奨文部大臣賞を受賞。『舞台の神に愛される男たち』『勘三郎伝説』『客席から見染めたひと』など著書多数


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