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葛西亜理沙

「逃げ道を自分で閉ざして、運命だと思い込む」――セカオワSaoriを突き動かす劣等感

2017/11/26(日) 10:27 配信

オリジナル

2011年のメジャーデビュー以来、ポップでファンタジックな音楽で人気を集める4人組バンド、SEKAI NO OWARI。メンバー同士は長年の友人で、通称「セカオワハウス」と呼ばれる家で同居していることも注目された。唯一の女性メンバーであるSaoriは、ピアノ演奏から作詞作曲、ライブ演出まで手がける。さらに本名の藤崎彩織名義で初小説『ふたご』を上梓した。あるバンドのデビュー前夜を描いた青春小説だ。発売するやいなや、発行部数10万部を突破。Saoriは多彩な才能を持ち、若くしてヒットに恵まれ、挫折を知らないようにも見える。だが彼女を突き動かしてきたのは、自分の存在を否定するほどの劣等感だ。(ライター・塚原沙耶 写真・葛西亜理沙/Yahoo!ニュース 特集編集部)

貧乏時代に身につけたお金の価値観

濃紺の服に映える、金髪と白い肌。ルックスやファッションは女性ファンの憧れを集める。

しかし、かつてのSaoriは一年じゅう同じジーパンをはく、飾り気のない人だった。数枚のTシャツを着回し、半年は髪を切らず、化粧どころか風呂も入らなかったそうだ。

「今は見た目も大事だと思うけど、当時はそんなことを考える余裕もなかった。対バン相手のバンドマンがおしゃれな服を着てると、楽器より洋服を選ぶ人には負けないぞって思いました」

 SEKAI NO OWARIはデビュー前、かなり貧乏だったという。楽器代やスタジオ代がかかるのはもちろんのこと、ライブハウスを自作していたからだ。場所を借り、ステージを作る木材を買い、照明や音響設備をそろえるには、数百万円が必要だった。

 「貧乏の味を知っている」。Saoriは『文學界』で連載中のエッセイにそう書く。20歳の頃、音大に通いながら、アルバイトに明け暮れた。ピアノの先生、居酒屋、しゃぶしゃぶ屋、睡眠薬の治験……。掛け持ちで働いた時間が、お金に対する堅実な価値観を生んだ。節約エピソードには事欠かない。

成人式の飲み会は、会費の3000円が時給3時間分だから諦めた。ニキビ治療のために母親がくれた5000円は、木材を買うのに使った。ペットボトルの水を買う友人をひがみ、美味しいお店を探すグルメな人を軽蔑した。

その頃の食事は自炊。炊き込みご飯が定番メニューだったという。

「安く作れるし、具だくさんでメインになるから。でもずっと炊き込みご飯にしていたら、ある時メンバーが『白いご飯が食べたいんだよ、実は……』って」

デビューして認められるにつれ、アルバイトの必要はなくなり、買えなかったものを買えるようになった。売れると生活が一変しそうなものだが、意外にも「うちのバンドメンバーは豪遊するタイプがいない」と言う。それなりに大盤振る舞いするのも、公演のたびに観に来るメンバーの親たちと食事をしたり、一緒に旅行したりする時くらいだ。

「今100万円もらったら何に使いますか?」と尋ねてみると、しばらく悩んだ末、「この100万円で新しい楽器を買おう、とメンバーに提案しますね」と答えた。音楽活動以外では、相変わらず物欲がないようだ。

環境が変わり、お金に対する価値観が変化することに、ある種の危機意識も抱いている。あの頃の3000円の重み、あらゆる誘惑をはねのけて手に入れたライブハウスの重みを、忘れたくないのだろう。

そこでSaoriは、新たな「価値基準」を見つけた。インターネットを介して恵まれない子どもたちに経済的援助をする「チャイルド・ファンド・ジャパン」に登録したのである。月々8000円で、ネパールに暮らす2人の子どもの「里親」になった。

「たとえばタクシーに乗るか電車で行くか迷った時、電車にすればあの8000円が払えるな、と思う。高いか安いかを考える基準ができました」

自分をゴミクズのように感じる

手にした収入を無邪気に使うことができない。それは彼女の性格をよく表しているように思われる。

 成功を手放しに喜べず、自分を追い込まずにはいられない。

「SEKAI NO OWARIは以前よりたくさんの人に認めていただけたかなと思うけど、4人いてこそできたこと。自分一人だとなんにもできないんじゃないかって」

この葛藤が、小説を生み出すことになる。書くことは一人きりの作業だ。

メンバーのFukaseから「小説を書いてみたら?」と勧められたのは5年前。どう書いたらいいかわからないまま、メモ帳に書くところから始めた。音楽活動が忙しくなるなか、ライブ後や取材前に時間を見つけ、書いては捨て書いては捨て、を3年くり返した。

どうしても完成させられず、誰にも見せないで放置していた頃、Fukaseが「そういえば小説どうなったの?」。Saoriは「無理だった。すごい頑張ったけど、これ以上進めない」と答えたが、その時点の原稿250ページほどを、知り合いの編集者に送ることになる。

「こんな気に入らない原稿でジャッジされてしまうのかと、すごく恥ずかしかった。自分が好きな小説を読んだ時のような感動がないなら、出す意味はないと思っていて。好きな作家の作品と自分の初小説を比べるなんて、本当に不遜なんですけども。でも買う人にとっては、お店に並ぶ時点で同じだから」

読書が好きで、数々の小説に影響を受けてきた。自分のなかに理想形はあるものの、書き直す術がわからなかったと言う。

「絶対にがんばったほうがいい」という編集者の言葉を受けて、執筆を再開。それからまた2年、ライブの後や移動中、音楽と小説のスイッチを切り替えながら、書き続けた。

「1週間書かないと、文章を書く“筋肉”がまったく動かなくなるんです。久しぶりに書く時は、今日は筋トレだけ、翌日はちょっと走って……と慣らしていく。でも、よし、やっとルーティンをこなせるようになった!と思ったら、ツアーが始まっちゃったりする」

もとはクラシック音楽の道を志し、ピアノの習練を積んでいる。5歳から習い始めて25年のピアノ人生。音楽科の教員免許も持つ。感覚が鈍らないように毎日鍛錬するという考え方が根づいているようだ。

「『1日3000字』とかノルマを決めたかったのに、何度トライしてもうまくいかなかった。なんて才能がないんだろうと打ちひしがれましたね。ダメだダメだ、でもダメだからがんばるんだって。打たれては立ち上がるボクサーのような感じ。一方で、ライブのステージには自信満々じゃないと上がれない。5万人の前で、『どうだ、これが私のやってきたことだ!』って堂々としなきゃ。で、ライブが終わって小説のスイッチに切り替えたら、あぁ一人じゃ何もできないんだと気づく。その波がすごく大きかったですね」

そうして5年の歳月を経て、絞り出すように書き上げた本が今、書店に並ぶ。店頭に設置されたPOPが目を引いた。Saoriの手書き文字で、「自分がゴミクズのように感じることが小説家になる宿命であれば良いのに」とある。なぜ「ゴミクズ」と言うほどに自信がないのだろう。書くことに限らず、そもそも自己肯定感が低い性質のように思われる。

「もともとの性格はもちろんあるけれど、バンドの影響が大きいと思います。FukaseとNakajinは私より先にバンドをやっていて、作詞作曲ができた。私から見ると、本当に天才なんです。2人の天才をずっと隣で見てきて、劣等感がすごくある」

FukaseとNakajinは「休まない」とSaoriは言う。Fukaseは常にどんなことを次にやったら面白いか考え、それを言葉にする。一緒に映画を観ても、異国の町を歩いても、何かしらのインスピレーションを得て、アイデアを生む。Nakajinは、常に手を動かす。どんなに忙しい日も、呼吸するかのように音楽を作る。

「夜の2時に帰ってきて明日も朝から仕事だという時、一杯飲んで寝ようとしていたら、Nakajinの部屋からギターの音が聞こえてくる。彼は人の倍の仕事を淡々とやるんです。私はいつも『つらいつらい苦しい苦しい』って泣きながら走っているのに」

そこまでつらいのに、なぜやめないのか。

「逃げ道を自分で閉ざして、これが運命だと思い込む。そういう“呪い”のような性格なんです。一回やると決めたら、非常口はすべて封鎖する」

大切だと思うものを選び、それ以外を捨てる。選択肢を手放すのは簡単ではない。その取捨選択を容赦なくできるのが、Saoriの才能の一つなのだろう。

結婚、出産で自分はどう変わるのか

私生活には、近頃大きな変化があった。今年1月、俳優の池田大と結婚し、まもなく出産を予定している。

「自分は感情面でも健康面でも波がすごく大きいタイプ。彼といると、波が穏やかになるなと思いました」

夫はバンド活動を尊重してくれ、SEKAI NO OWARIの空気のなかで一緒に過ごせる人だという。今のところ、結婚による自身の変化はあまり感じていないようだ。しかし、子どもが生まれることについては、思うところがある。

「自分が必要なのかどうかということが、私の人生の大きなテーマ。子どもが生まれると、私を必要とする存在ができる。それで自分はどう変わるのかなと思って、妊娠してからずっと日記をつけています。これから変化してもしなくても悩むと思う。それを書き留めて、作品にできたらいいな」

苦悩を好む人である。「これを書き上げたら一生小説なんて書かない」と思うほど苦しんだが、いざ書き終えてみると、2作目を書きたいという気持ちが生まれているようだ。

「『ふたご』は10代の話。30代を迎えた自分が考えていることとか、もっと大人になってからの話も書いてみたい」

『ふたご』の主人公・夏子は、自分の存在価値を確かめるように、ピアノを弾き、歌詞を書く。夏子には、Saoriの性格が強く反映されているという。

自身の経験をベースにして書き上げた処女作。出来事や感情を咀嚼し、フィクションに結実させるのに、5年を要した。自らの歩みを小説という形に昇華させた今、次なるステージが見えているにちがいない。

藤崎彩織(Saori)
1986年大阪府生まれ。SEKAI NO OWARIでピアノ演奏とライブ演出を担当。雑誌『文學界』でエッセイ「読書間奏文」を連載している。初小説『ふたご』が発売中

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