伊藤圭

活動再開、「怖かった」 CHEMISTRYの2人が歩んだ活動休止と再開の軌跡

11/19(日) 9:36 配信

2001年に結成した堂珍嘉邦と川畑要によるデュオ「CHEMISTRY」。5年の活動休止を経て2017年2月に活動再開を果たした。いま活動再開へ至った背景と理由は何か。そもそもなぜ活動を休止したのか。CHEMISTRYの2人と生みの親である松尾潔氏に話を聞いた。(ライター・森朋之 写真・伊藤圭/Yahoo!ニュース 特集編集部)

「先が見えなかった」活動休止理由

2017年2月28日、堂珍と川畑は東京国際フォーラム、ホールAのステージに立った。2人がCHEMISTRYとしてライブを行うのは約5年ぶりのことだ。「PIECES OF A DREAM」「Point of No Return」「You Go Your Way」などのヒット曲を次々と披露した堂珍と川畑は、満員のオーディエンスの前で完全復活を強く印象づけた。

2001年にテレビ番組「ASAYAN」内で行われた男性ボーカルオーディションをきっかけに結成されたCHEMISTRY。デビュー曲「PIECES OF A DREAM」がミリオンを突破、さらに1stアルバム「The Way We Are」が300万枚のセールスを記録したのを皮切りに、CD総売上枚数1800万枚の人気アーティストとして活動してきた。しかし2012年4月、デビュー10周年イヤーの全国ツアーを終えた2人はソロ活動に専念することを発表し、活動を休止。その理由について2人は「デュオとして2人で活動を続けることの難しさを感じていた」と語る。

「良くも悪くも活動がルーティンになっていて、先が見えなかったんです。いま振り返ると狭い世界で悩んでいたと思うけど、当時は“このままでは続けられない”という気持ちのほうが強かった」(堂珍)

「10周年を迎えたことで“出し切った”と感じてしまったし、同じように続けてもお互いに傷つくだけかなと。オーディションのときにプロデューサーの松尾潔さんが“君たちは一人でも歌えるボーカリストだ”と言ってくれたこともずっと頭にありました。いつかはソロとして花開かせたいと思っていたことも、CHEMISTRYを休んだ理由のひとつですね」(川畑)

きっかけは川畑からの一本のメール

川畑はR&B、ヒップホップ、堂珍は耽美的なロックとそれぞれの個性を活かしたソロ活動を展開してきた2人。真逆と言っても過言ではない音楽の方向性は、「CHEMISTRYとして活動することはもうないのでは?」とも思わせた。ところが2016年12月、突如として再始動のニュースが報じられたのだ。活動再開のきっかけは2015年の元旦に川畑から堂珍に送られたメール。つまりCHEMISTRYの復活は、レコード会社や事務所のおぜん立てではなく、あくまでも堂珍、川畑の意志によって動き出したのだ。

「いつCHEMISTRYをやるか?については誰とも話をしていなかったんですが、2016年にデビュー15周年を迎えることを踏まえて、そろそろ2人で話をしておきたいなと。2014年の年末にテレビの歌番組を観ていて“パフォーマンス重視のグループばかり、歌を大事にしている人が少ないな”と感じたことも関係していますね」(川畑)

「歌をフィーチャーしたアーティストが減っているというのは僕も感じていたし、2016年は15周年ということも意識していました。2015年の元旦にメールをくれたというのは、そういうこと(CHEMISTRYの活動再開)だろうなと。そのときは“ごはんでも行こうか”くらいのテンションだったんですけど(笑)」(堂珍)

1対1のミーティングのなかでCHEMISTRY復活の意志を確認した2人は、その後、周囲のスタッフとともに具体的なスケジュールなどについて話し始める。キーマンとなったのは、松尾潔。オーディションで堂珍、川畑の才能を見抜き、CHEMISTRYの生みの親となった名プロデューサーだ。

「僕はオーディションから関わってきましたが、CHEMISTRYとしてデビューした2年後にはプロデュースを離れたので、実は驚くほど短いんです。ただ、ここ数年はいろいろな偶然が重なって、2人とも会う機会が増えていたんですよね。鈴木雅之さんと川畑くんがCHEMISTRYの『You Go Your Way』をカバーしたり、堂珍くんと一緒にグラミー賞を観に行ったり。ボーカリストとしても男性としてもいい年齢の重ね方をしているなと感じていたし、レコード会社を通して“もう一度CHEMISTRYのプロデュースをやってほしい”と言われたときも断る理由はありませんでした」(松尾)

「怖かった」活動再開の始まり、ワンマンライブ

“初期のCHEMISTRYのスタイルをもう一度提示する”というコンセプトのもと、デビュー当初のCHEMISTRYを支えたメンバーも集結。活動再開後の最初のアクションとなる東京国際フォーラム、ホールA公演(2017年2月28日、3月1日)に向けて本格的に始動する。しかし川畑、堂珍のなかには、不安と期待が入り交じった複雑な感情があったという。当然だろう。トレンドがめまぐるしく変化する現在の音楽シーンにおいて「5年間の不在」はあまりにも大きい。

「CHEMISTRYとして活動することを決めたのは僕らですが、お客さんがいてくれるかどうかはわからないですから。東京国際フォーラムで2日間という規模(キャパシティーは約5000人)はかなり大きいと感じていたし、“埋められないかもしれない”という不安もありました。正直、怖かったですね」(川畑)

「チケットの販売が始まって、すぐに売れ行きを確認しました。当初目標はクリアしていたので安心しましたが、期待と不安があったのは確かです。再始動を飾るためには“ここで勝ち切りたい”という気持ちもありましたね」(堂珍)

チケットが完売し、セットリスト、バンド編成が決まった後も、彼らは大きな試練に見舞われる。リハーサルが始まる直前、堂珍の父親が死去。葬儀のためにリハーサルに参加できなくなったのだ。この事態を受け止め、ライブの準備を進めたのはパートナーの川畑その人。その様子を間近で見ていた松尾は「2人は回り道などしていないし、本当の意味で大人のボーカリストになったと実感した」と語る。

「堂珍くんとグラミー賞の授賞式を観ていたときに、お父様が重篤だという連絡が入って、彼は急遽帰国したんです。その直後に行われる予定だったリハーサルにも参加できなくなったのですが、川畑くんが『デュオなので、俺が嘉邦のパートもカバーします』と言ってくれて。あの言葉にはシビれましたね。もともと彼らはソロとしてオーディションに応募したわけで、デュオとしてデビューする予定ではなかったんです。僕は2人が世に出るお手伝いをしましたが、それはもしかしたら彼らが望んだ形ではなかったかもしれない。そのことがずっと気になっていたのですが、2人は僕が思う以上にデュオであることの意義を受け止めてくれていたんだな、と」(松尾)

「ノスタルジーではなく新しい姿を見せたい」

今回の再始動に際しては「ノスタルジーではなく、さらに成長してカッコ良くなった大人のCHEMISTRYを見せたい」(松尾)という明確なテーマがあったという。それは再始動後、初となるシングル「Windy/ユメノツヅキ」にも強く反映されている。キーワードは“90年代R&Bリバイバル”だ。世界的なトレンドとなっているネオ・ソウル、モダン・ファンクの要素を取り入れながら、「2017年のCHEMISTRY」を打ち出しているのだ。

「再始動にふさわしい新曲が必要だったし、いろいろなCHEMISTRYらしさがあるなかで、どのテンションでスタートするべきかということは松尾さんともしっかり話し合いました。ある程度ノリがよくて、明るくて、懐かしさもあって。そういう要素を踏まえてできたのが、ライブでも披露した『ユメノツヅキ』だったんです」(堂珍)

「『ユメノツヅキ』はデビュー曲の『PIECES OF A DREAM』のアンサーソングというテーマもあって。CHEMISTRYの曲のタイトルが歌詞にちりばめられているんですが、読んだときは松尾さんの愛を感じました。僕の誕生日に歌詞を送ってくる演出もニクいなと(笑)」(川畑)

「中古車ではなくビンテージ」新しいCHEMISTRYの姿

12月からは全国ツアー「CHEMISTRY LIVE TOUR 2017?2018」がスタートする。「活動再開したことを知らない方もまだまだ多いはず。ツアーは6年ぶりですが、帰ってきたことを直接伝えたい」(川畑)という彼らにとっても、その真価が問われるツアーとなるだろう。

「ソロ活動を通して、さらにピカピカに磨いてきたという自信もありますからね。ボーカリストとしての引き出しも増えているし、それをCHEMISTRYとして使えることも嬉しいです」(堂珍)

「CHEMISTRYがデビューしたとき“この2人の組み合わせはスペシャルだ”と日本中が夢中になった。それは決して気のせいではなかったし、30代後半になった今、彼らの歌はさらに凄みを増していると思います。機が熟したとも言えるでしょうね。少しだけ古い車は中古車として扱われますが、さらに丁寧に年数を重ねるとビンテージとしての新しい価値が生まれる。もしかしたら、今のCHEMISTRYがそうなのかもしれません」(松尾)

活動再開を象徴する楽曲「ユメノツヅキ」を通して松尾は、「もう一度あの場所からはじめよう/夢の続き ふたりで見よう」という言葉を2人に贈った。約5年間のソロ活動を経て、再び道をひとつにした堂珍と川畑。40代を目前にした2人が、“あの頃は良かった”ではなく“成熟した大人のCHEMISTRY”を確立したとき、本当の“夢の続き”が始まる。

森朋之(もり・ともゆき)

音楽ライター。2000年頃からライター活動をスタート。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な執筆媒体は音楽ナタリーのほか「WHAT's IN? WEB」「リアルサウンド」「CDジャーナル」など。

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