伊藤圭

女優、のん「“演じる”という、不確かで自由なもの」

3/3(金) 15:38 配信

「今は、仕事をするのがいちばん楽しいです」。彼女の来た道を思って、深く頷く。スラリとした手足。考えを巡らし、思いに至ると、目の奥ははたとひらめく。少女と呼ぶには大人びていて、大人と呼ぶには幼すぎる。

のん、23歳。彼女ほど一挙手一投足を“見守られている”女優は、今ほかにいないだろう。好意、共感や激励、あるいは好奇や傍観……世間の目にはさまざまな思いが交錯する。

2016年11月、各地のミニシアターで封切られた映画「この世界の片隅に」(こうの史代原作、片渕須直監督・脚本)は、反響が反響を呼び、異例のロングランヒットを記録。キネマ旬報日本ベスト・テン第1位、ヨコハマ映画祭作品賞を受賞するなど、並みいる作品を抑え、多くの映画賞に輝いた。

のんはそんな作品の主人公である浦野(北條)すず役として、声優を務めている。映画の成功と同時に、ふたたび檜舞台に上がった彼女の、心の動きを追った。(ライター・大矢幸世 撮影・伊藤圭/Yahoo!ニュース編集部)

異例のロングランヒット作の主演を務める

映画「この世界の片隅に」は、戦時下の暮らしをひとりの女性の目を通して、緻密に描きだしたアニメーション映画である。

インターネットを利用した「クラウドファンディング」という手法で支援者を募り、集まった制作資金はなんと約3900万円。映画の封切りは全国63館と小規模にとどまったものの、すぐにSNSを中心に口コミで人気に火がつき、上映館数を拡大。2017年2月時点で観客数はのべ130万人を突破した。

その旋風の中心にいるのは、主人公である浦野(北條)すずの声を演じた女優・のん。第38回ヨコハマ映画祭では同役で審査員特別賞を受賞し、観客の多くが「すず役は彼女以外に考えられない」と口をそろえる。

すずは、絵を描くのが好きで、ぼーっとしているけれども、どこか「ブレない」芯のある女性だ。映画では、そんな少女が広島から呉へ嫁ぎ、戦渦のなかでひとりの女性として成長していく姿が描かれる。

のん自身はもともと、戦時下が描かれた作品を敬遠していたのだという。しかし片渕監督たっての出演依頼を受け、原作とパイロットフィルムをみて、その先入観は覆された。

「ごはんが『おいしい』『まずい』とか、絵を描くのが『楽しい』とか、今の私たちと変わらない生活と、心の動きや感じ方があって。自分に引きつけて作品の世界に入っていくことができたんです。そのうえで戦争を捉えることで、その怖さがもっと心の深いところで感じられて、だからこそ日常の幸せの大切さがダイレクトに伝わってきて……。『絶対に(すず役を)やりたい』と思いました」

彼女が主人公のすず役に決まったのは、2016年7月。アフレコに入ったときには既に多くのキャストたちの収録は終わっていた。片渕監督の演出を受け、とにかく監督を質問攻めにしながら、「声」と向き合う。彼女の強みでもある、かすかな視線の動きや、伸びやかな仕草を封じられた状態での演技となった。

「身体表現や表情という『情報』をぜんぶ声に乗せるのは……『難しい!』と感じましたが、夫である周作役の細谷(佳正)さんの声を聞いて『あ、こういうところで呼吸を入れるんだ』とか研究して。てこずりましたが、演じているうちに、だんだんおもしろくなってきました」

とてもあとから声をつけたとは思えないほど、作品のなかで彼女はみずみずしく息吹く。

野山を駆け回った「悪ガキ」の描いた夢

のんが生まれ育ったのは、兵庫県のちょうど真ん中、人口1万2000人弱の小さな町だ。山にはシカやサル、クマなどが生息し、川にはホタルが棲む。

「田んぼで駆け回ったり、おたまじゃくしを捕まえたり……ダンボールで秘密基地を作って、大切なものを持ち込んでたのに、雨でしなしなになって『さよなら』したり……山の子ども、ですね。近所の家のまだ青い柿を袋いっぱいに採ってきて、あとでお母さんと謝りに行ったり、先生にも怒られまくったりして、『悪ガキ!』でした(笑)」

幼いころの夢は、キューティーハニーの「ナースハニー」。それから「パリコレのモデル」にファッションデザイナー、イラストレーターにお笑い芸人……。なりたいものがいくつもあった。

「昔から、何かを作るのが大好きだったんです。見つけた瞬間に『やってみたい』って思って、そこにまっすぐ打ちこんじゃう感じで。絵を描いたり、編み物したり……何か表現できるものに惹かれてたんですかね」

最近では自作のオリジナルキャラクター「ワルイちゃん」を発表したり、動画生配信「のんちゃんねる」をはじめたりと、女優以外の活動もはじめた。

「あまりしゃちこばった(身構えた)ようには見られたくなくて、アーティストじゃなく『創作あーちすと』って呼んでるんです。ちょっとうさんくさい感じで(笑)。自分が作ったものを『かわいい』と思ってくださる方がいるのは、すごくうれしいですね。表現することは、誰かに伝わったほうが気持ちのいいことだ、って思います」

「なるようになる」。彼女が行き着いた心境

表現すること。それは彼女にとって、小さなころからあたりまえのように、そばにあったのかもしれない。やりたいこと、好きなことに手を伸ばして、やってみる。それがひとたび制約されたとき、彼女は何を思ったのだろう。

「うーん……。自分でやっちゃえばいいんですよね。結局はどうとでもなる、というか。『演じる』ということ自体は不確かなものですし、失われるものではないから、自由なものだと思っています」

彼女は言葉を選びとりながら、目の前の相手に真摯にこたえていく。

映画「この世界の片隅に」で、すずはある日を境に、「大人になること」と向き合うことになる。

その姿は、やはりのんと重なるのだ。率直な気持ちを伝えたところ、彼女は言った。

「『大人になる』っていろいろありますけど、たとえばすずさんの場合は、ラストに母親になるということ。子供に尽くす無償の愛というのは本当に素敵です。いきなり家族みんなの活気が取り戻される感覚、じんわりと暖かいですよね。そしてすずさんは、もともと絵を描くことで自分の持てあましている感情を吐き出していたけれど、あるときから、自分でも認識していなかったような感情を、言葉や表情で表現するようになるんです。そういうすずさんの『なるようになる』っていう強さも……すごく憧れます」

もし、もっと「大人」になっていたら、のん自身の道のりも異なるものになったのかもしれない。でも今こうして、私たちは彼女の笑顔に会える。

「ロバート・ダウニー・Jr.の演じるような、探偵物とかアクションとか、かっこいい役をやりたいです。子どもっぽくて、意外と傷つきやすいような……『ヤなやつ』とか。普通なら、23歳になってもこんなに子どもっぽくて、ドン引きされちゃいますよね(笑)。情けないところではあるんですが、演技のなかではそういうところも活かして解釈していくと、自分なりの役ができあがっていきます。大人になっていく部分と、そのまま変わらないでいられる部分、どちらも楽しみたいんです」

子どものころは、どんな夢を描いても、とがめる人はいない。けれどもいつしか、「現実を見なさい」「そんなの無理だ」と諭されるのだ。「大人になりなさい」と。けれども彼女は、あきらめない。のんは、のんのままで、この道を行く。

のん

1993年7月13日生まれ。趣味・特技はギター、絵を描くこと、洋服づくり。映画『この世界の片隅に』主演・すず役。同役で第38回ヨコハマ映画祭審査員特別賞、および第31回高崎映画祭ホリゾント賞(片渕須直監督と共同)受賞。写真集『のん、呉へ。2泊3日の旅 〜「この世界の片隅に」すずがいた場所〜』(双葉社)。

編集協力:プレスラボ

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