伊藤圭

「毎日のごはんは“一汁一菜”で良い」土井善晴が語る、和食を守る道

2016/12/2(金) 15:02 配信

おもむろにキッチンに立ち、慣れた手つきで前掛けをつける。「ちょうど準備ができているから、食べていきますか」と声をかけながら、ふたつのおにぎりと具沢山の豚汁、ひじきの煮物をトントンと置いていく。

撮影:伊藤圭

まるで生まれ育った家に帰ってきたような、どこか懐かしい香り。口に運ぶと、思わず「ああ、おいしい」と言葉がこぼれる。

「普通のごはんですよ。本来おうちで当たり前にあった光景です。でも、徐々に消えていってしまっている光景でもあります。『毎日きちんとお料理をしなければならない』と気を張っているお母さんは多いと思いますが、忙しくて難しいときもあるでしょう。かといって手を抜いてしまうと、家族の体調の変化が心配になってしまう。それなら、毎日のごはんは“一汁一菜”で良いのです。それなら続けやすいでしょう」

ユネスコ世界無形文化遺産に認定された「和食」だが、人々が当たり前に想像する形は、家庭の景色からは失われつつある。一汁一菜という“スタイル”を残すことが、和食を守ることにつながると語るのは、料理研究家の土井善晴だ。

父は家庭料理の第一人者であった土井勝。その次男として生まれたのが、土井善晴だ。本場のフランス料理や大阪「味吉兆」での修業を経て、1992年に「土井善晴おいしいもの研究所」を設立した料理研究家である。

1998年には父の跡を継ぎ、テレビ番組『おかずのクッキング』に登場。以後28年にわたり、ゆるぎない基本に裏打ちされた料理を提案し続けている。

そんな土井の“料理の基本”のルーツはどんなところにあるのか。(聞き手 木村衣里・文 鈴木梢/Yahoo!ニュース編集部)

撮影:伊藤圭

「なぜやるのか」修業の中で見つけた研究の原点

「人は、目の前のお茶を飲んだら『こんな味がするだろう』というのを、心のどこかで予想しているわけです。その予想よりもすごくおいしい、逆にまずい、どちらにしても大事なのはその理由や原因を考えることです。考え続けてきたおかげで、お料理に関しては、どうしてそのような味になったかという理由は大抵の場合わかります」

例えば、から揚げを作るとき、適温で揚げるというのは常識かもしれない。ところが驚くことに、土井は「油が冷たい状態で入れたほうがいい」と言う。そのようにはっきりと口にできるのには、もちろん理由がある。

「料理屋で修業をしているとき、『なぜこれをするのか』と感じる手順がいくつもありました。たとえば里芋は皮を剥いて塩もみをしてから調理するとか、面取りをすると煮崩れないとか、いわば料理の決まり文句のようなものですね。しかしその理由を聞いたところで、『料理は理屈じゃない』と言われることがほとんどでした。それでは後輩に教えられないと感じたんです」

土井は今でもあらゆる調理法に対して、たくさんの時間をかけて意味を整理し、自分の中で消化することで、新しい調理法を生み出し続けている。

撮影:伊藤圭

「和食は第一に“素材を生かす”ものです。たとえば、旬のものを食べると体に良かったり、特に栄養があったり、『手をかけなくてもおいしい』ということが前提にあるわけです。たとえば秋ならお芋を煮たり揚げたり、きのこを天ぷらにしたり。そのとき一番おいしい素材に対して、調理法を考えることがまず基本であり、素材をおいしく味わうために一番大切なことです」

“素材を生かす”と聞くと、なんだか難しいことのように聞こえてしまう。土井はどのようにして、素材を生かしているのだろうか。

「料理というのは手を加えること、素材をおいしくすること、と捉えている方は多いかもしれません。私の場合はどちらかというと『まずくしない』ことを大切にしています。そのまま食べると青臭くても、茹でてやわらかくなったりアクが出たりすると、きれいになるわけです。調理というのはいわばデトックスですね。野菜でも、お肉でも、お魚でも、きれいにしてあげることがお料理なのです」

しかし、料理をほとんどしない人でも、日常的にする人も、「まずくしない」ということがどれだけ難しいかはわかるだろう。

「自分が油断すると、まずくなる。最初は慎重に地図を見て行った場所でも、二度目に地図を見ないで行って、迷ってしまうことがあるでしょう。それは慎重さがなくなっているからです。お料理も同じで、自分が道に迷う前提があるということを、私は知っているわけです。いつも、初めて目の前の素材と出会った気持ちでお料理しているのです」

撮影:伊藤圭

家庭料理の良さを、きちんと言葉にすること

料理屋での修業を経験してきた土井だが、現在は一般家庭で振舞われる基本的な料理を研究し、伝え、大切にする料理研究家だ。なぜそのように、家庭料理の道を歩んでいるのだろうか。

「昔お世話になったおばあさんは、私が遊びに行くといつも決まってごはんを出してくれました。出てくるのはごく普通の白いごはんとお味噌汁のはずなのに、もう頭が上がらないくらいにおいしいと感じられる。家庭料理と料理屋さんのお料理っていうのは、目的も味つけも全然違いますよね。私はその違いと理由を知りたかったのです」

土井が家庭料理の道を歩むのは、自身が育った家庭の影響も大きい。しかしそれだけではない。家庭料理の良さや魅力を自らの言葉で説明できるようにしようと考え続けてきた。そんなときに出会ったのが“民芸”だった。

撮影:伊藤圭

「民芸というのは、本来の機能や道具としての良さを追求すると、装飾的でなくてもそこに美しさがあるということ。それを知ったとき、家庭料理には民芸に通ずるものがあると思ったのです。それはすごく大きな発見でした」

「家庭料理は民芸なのだ」と腑に落ちたとき、あらためて家庭料理の価値がはっきりと見えてきた。

「お母さんが作るお料理と、料理人が作るお料理が全然違うものだというのは、誰しもわかると思います。でも、その違いをきちんと言葉にしてあげることによって初めて『お母さんの作るお料理には、こんな価値があるんです』と言ってあげられるじゃないですか。その価値を料理屋さんと同じように『おいしさ』においていたら、勝負するのは大変です。自分の料理の価値が明確になれば、お母さんはやりがいを感じられるようになる。周りもその価値を理解すれば、よりお母さんを尊敬できるようになるわけです。そういうことが大事なのです」

料理コンテストにおいて、創作料理と伝統的な料理が「オリジナリティ」という項目で横並びに審査されるのは間違っている。「そんな状況は、プロレスとお相撲が同じ場所で審査されているようなものですよ」と土井は笑う。

家庭料理を研究するひとりとして進んで行く道を明瞭にしてきた土井にとって、料理とはどんなことなのか、最後に尋ねてみた。

「テレビ番組でお料理して、私が作ったものをアシスタントの子が『おいしい』と言っても、正直なところ『本当か?』と思いますよ(笑)。でも自分で食べてみて、『ああ、おいしい』って思うんです。それが本当にうれしいわけです。お料理というのは簡単なことで、たとえばお豆を茹でて『色がきれいになったな』と思ったらうれしいし、思っていたよりも鮮度が良くておいしかったらうれしいし、もう、うれしいことだらけなんです」

撮影:伊藤圭

土井善晴

料理研究家・おいしいもの研究所代表、元早稲田大学非常勤講師(2016) 東京造形大学講師(2017)、食の場のプロデューサー(変化する日本の暮らしを考察し提案する)家庭料理指導、文化講演活動(「土井善晴のお稽古ごと」・土井善晴「日本文化を感じる講演会シリーズ」など)、その他 様々な食を観点にした講演。メディア(NHK「視点・論点」「ラジオ深夜便」「きょうの料理」「携帯大喜利」)/テレビ朝日「おかずのクッキング」(1988~)、MBS「プレバト」盛付け審査、近著「一汁一菜でよいという提案」「おいしいもののまわり」グラフィック社アプリ「土井善晴の和食」

編集協力:プレスラボ

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