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伊藤圭

42歳、戸次重幸が「失敗しない役者」から「及第点を超える役者」へ行き着いた理由

2016/08/17(水) 10:29 配信

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大泉洋や安田顕などが所属する演劇ユニット「TEAM NACS」の一員である戸次重幸。今年春のドラマ『昼のセント酒』で主演を務め、秋からは『永い言い訳』や、『ぼくのおじさん』、『疾風ロンド』と出演した映画が続々と公開になる。引っ張りだこという言葉がぴったりの俳優だ。

そんな戸次はTBSドラマ『死幣 -DEATH CASH-』の現場にいた。撮影の合間には、筧利夫や松井珠理奈(AKB48)など共演者たちだけでなく、撮影スタッフともにこやかに話し、現場に溶け込んでいた。

撮影:伊藤圭

「昔はとにかく先輩の芝居の邪魔をしないで、自分のセリフをさっと終わらせようと思っていたんです。『オレごときが“間”をとっていいのか?』っていう気持ちがあったから。失敗しないように、そればっかり考えてました」

だが、転機になったのはマネジャーの意外なヒトコトだった。俳優だけではなくすべての職種に通じる、戸次重幸の「仕事論」。(ライター・西森路代/Yahoo!ニュース編集部)

TEAM NACSの結成、常に大泉洋が先陣を切る理由

役者を志したのは19歳、一級建築士を目指して予備校に通っていたときだった。

「それまでは、作文に書かされるぼんやりとした“将来の夢”しかもってなかったけど、イッセー尾形さんの一人芝居を見て、『ほんとに自分がやりたいのはこれだ』って思ったんです。それで、その日のうちに母ちゃんに『受験やめて東京行くわ』って宣言して」

しかし母親からの「大学だけは出てほしい」というたっての願いで、地元の北海学園大学に進学した。そのことが意外にも役者への道とつながっていた。

「単身東京に行って養成所や劇団に入って役者になるより、北海道の大学でTEAM NACSに出会って役者になるという道を選んでよかったなと素直に思います。役者って基本、一人でやってることが多いじゃないですか。そんな中グループにいると強みがあって、自分以外のメンバーが頑張ったことが、自分の仕事にも良い影響を与えたりもするんです」

(C)CREATIVE OFFICE CUE / AMUSE

戸次は、20代をTEAM NACSのメンバーとともに北海道で過ごした。当初の夢であった東京ではなく、北海道で芝居をしているという状況に焦りは感じなかったのだろうか。

「焦りはなかったですね。とにかく札幌で舞台をやることが楽しくて。劇団としての人気が常にのぼり調子で、その中に現在進行形でいることが面白かったんです。もちろん、早く東京に行きたいという気持ちもあったけど、どこまで札幌で記録を出せるか、見てみたいという思いが強かったんです」

TEAM NACSで、先陣を切って東京でも活躍するようになったのは大泉だった。しかしそれでも、戸次に焦りはなかったという。

「札幌では、まず大泉が売れて、それでNACSっていうグループがあるらしいぞって知った人が舞台を見て、ほかの4人にも注目が集まっていったんです。それを全国区でもやるからって言って大泉は活動の幅を広げていったので、焦るもなにも、安心して任せられました。大泉みたいに面白くて、タレントになるべくしてなったような人が同じチームにいたことは、ラッキーだし、こんないいことはない。これこそグループのメリットです」

撮影:伊藤圭

芝居の醍醐味は「失敗しないこと」ではなく「及第点を超えること」

TEAM NACSとともに「のぼり調子」にいた戸次が、「なにか違うぞ」と思った瞬間もあった。それは東京に出てきてからのこと。30代半ばだった。

「僕が35歳くらいのときかな、コンスタントに連ドラで役をもらっていたのに、ある時期、それがなくなったんです。そのとき『なんで今度の仕事ないの?』ってマネージャーに聞いたら、『ある程度ですが、業界のドラマプロデューサーが戸次重幸を認知してくれたんです。その上でオファーがないということは、ひとつの答えだと思ってください』と言われて。ほんとに、この一言があってよかったなと思います」

それからの戸次は、仕事に対しての姿勢も「失敗しないこと」から別のものへ変わっていった。

撮影:伊藤圭

「役者って、段取りを間違えず、セリフを噛まないで言えば、OKはもらえることは多いんです。でも、それは役者としては0点なんです。そこからプラスアルファで、及第点までいかないといけない。マネージャーの言葉がきっかけで、ドライ(最初のリハーサル)で一番濃い芝居をするようになりました。僕は、監督に『もっとこうして』ではなく、『もっと抑えましょうか』と言われたい。もちろんほかの方との調和を壊してはいけないけれど、その中でどう色を出せるかっていうことだと思うんです」

戸次にとって、役者が評価されるのは、視聴率でも興行成績でもなく、同じスタッフで次にまた仕事をするときに呼んでもらうことだという。

「だから毎回全力投球しないといけないし、その結果『また戸次さんに次もこの役をやってもらいたいね』と思っていただけるようにしないといけない。僕が35歳でオファーがなくて悩んでいたときっていうのは間違いなく、僕がやる役に5人くらいの候補がいたわけです。そこでたまたま僕が選ばれるんじゃなくて、『僕じゃないとダメだ』って思われないといけないんです」

戸次はドラマ『昼のセント酒』で、外回り中に銭湯に入って至福の一杯にありつくというサラリーマンの役で主演を務めた。決して優良なサラリーマン像ではないのに、見ていてどこか肩の力が抜けてほっとするような、不思議な気持ちにさせてくれる作品だった。戸次以外の人がこの役をやっていたら、同じ気持ちにはならなかったかもしれない。

「そう思っていただけたのなら及第点は取れたのかなと。でも、僕の理論から言うと、パート2が作られてもう一度呼ばれるときまで、真の評価はくだされないんじゃないかと思っています」

撮影:伊藤圭


戸次重幸

北海道出身。演劇ユニット「TEAM NACS」所属の俳優、タレント。2005年に全国放送のドラマに出演、活動の幅を全国へ広げる。舞台では脚本も手掛け、TEAM NACSの本公演の他、2014年には自身のかねてからの夢であった一人芝居で脚本・出演に挑戦。2016年にはテレビ東京ドラマ『昼のセント酒』で主演を務める。8月現在はTBSドラマ『死幣-DEATH CASH-』に出演中。10月より関西テレビ・フジテレビ系ドラマ『メディカルチーム レディ・ダ・ヴィンチの診断』に出演。

編集協力:プレスラボ

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