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殿村誠士

子どものころの記憶がほとんどない−−「歌うサイボーグ」だったさくらまや、 無職 からの再出発

2021/01/28(木) 18:03 配信

オリジナル

かつて史上最年少演歌歌手として注目されたさくらまやも、現在大学4年生。自力で学費を払い、この夏、庭つき一軒家を購入したが、一転"無職"に......。「歌うサイボーグだった」と自らを振り返る、かつての「演歌少女」のターニングポイントは、まさに今。ピンチは果たして、チャンスに変わるのか...?(取材・文:山野井春絵/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)

無職になった演歌歌手

小学生の演歌歌手として一躍名を馳せ、TV・舞台で子役としても活躍したさくらまや。あどけない瞳に、小柄な体。そこから発せられるパンチのある歌声が、印象深かった。デビュー当時10歳だったさくらも、現在22歳。大学4年生になり、卒業論文を執筆中だ。

高校に進学してからは「学業に専念したい」と芸能活動をペースダウンしていたが、祭りなど地方営業のオファーは多く、毎夏ミュージカルにも出演するなど、仕事と学業の両立を器用にこなしていた。つまり、小学生の頃から、きちんと稼ぎ続けていた。大学の学費も、すべて自己捻出している。今年に入って、郊外に広々とした庭つきの一戸建ても購入。挫折知らずの人生だった。
そう、2020年の夏までは。

今年7月 家を買った 
だけど8月 無職に
22歳で建てた演歌御殿 ローン地獄 
まだ2回しか払ってない 月末怖い
悔しくて一人(サンドバックを殴る蹴る)
気づけば朝(拳から血が出てる)
払っていけるのは自分自身だけ それだけさ
大人を信じて今は無職
だから本音言うよ

演歌なんて歌いたくない アニソン歌いたい
「おばあちゃんのため紅白出たい」
そんなもん全部嘘
本当はお祭りの営業だけやってたい
個人事務所よ 立ち上がれ
お仕事ちょうだい

これは、さくらがバラエティ番組で熱唱し、話題を呼んだ『紅蓮華』の替え歌『不安げ』の歌詞だ。昨年末には同番組で続編『不安げⅡ』を披露し、「人生最大の恥晒した すると仕事きたよ!」と歌い上げ、再び茶の間を沸かせた。

あの健気な小学生演歌歌手だった彼女に、いったい何が起こったのか。
さくらが両親と暮らす、茨城県取手市の"演歌御殿"を訪ねた。

「私、犬を7匹飼ってまして。ある日、犬たちが円になって会議している夢を見たんです。『何話してんのよ』って近寄ってみたら、『やっぱり犬のステータスって庭つきのお家よね』って言われたんですよ。事務所が借りてくれた都内のマンションに住んでいたんですが、思い切って庭つきの家を買おう、と、広い庭を条件に探し始めて、たどり着いたのがここだったんです。わが家、ワンちゃんファーストなので、すごく気に入ってます。まさか引っ越してすぐに事務所をやめることになるとは思ってもみませんでしたけど(笑)」

コロナ不況は、"営業"を活動のベースとする演歌歌手たちにも暗い影を落とした。全国の祭り・イベントは軒並み中止。キャンペーン活動は、ほぼ不可能となった。

「私が所属していた事務所も、今まで通り存続させていくのが厳しくなって。『来月で契約を終了したい』という話になりました。私も学費が払えなくなったら困るなと思って、『お給料もらえないと大変だから、独立して、細々とやってみようと思います』と言ってみたら、『あ、頑張って、応援するね』って。だからべつに、揉めたとかじゃないです。今は大変だから、しょうがないね、っていう感じでしたね」

個人事務所を立ち上げてはみたものの、何から手をつけたらいいのかわからない。スタッフはみんな家族で、マネジメントに関してはズブの素人だった。これまで名刺交換も、ほとんどしたことがない。

「立ち上げた当時は、不安でした。数少ない名刺をかき集めて『独立します』ってファクスを送ったら、多少反響があって、他のところから『ウチには来てないんだけど』って言われて、『すいません、すぐ送ります』とか...本当に手探り状態でした」

そうこうドタバタしている間に、ポツポツと仕事が入るようになり、今、なんとかやっている状態だとさくらは笑う。

「今まではマネージャーについて行って、歌って帰ってくるという感じだったので、私、業界に知り合いが全然いないんですよ。歌うサイボーグみたいな感じでした。こんな素人集団で、ここまでお仕事いただけているのは、本当に奇跡みたいなもんだねって、家族と話してるんです」

自分で学費を払っているから"元"を取りたい

さくらは、日本大学法学部政治経済学科で法律を学んでいる。退社前は、大学院進学も考えていた。

「教授に『大学院に進学する気持ちはないの?』と言っていただいて、歌の仕事をしながら、大学院へ行こうと。でも、こんなことになってしまったので、もう大学を卒業したら法律系の就職をしようかなとか、いろんな人に相談をしてみたら、『せっかく歌を10年以上続けてきたのに、今諦めるのはもったいないし、お世話になった人たちにも失礼なんじゃないか』と言われまして。確かにそうだな、と考え直して、個人事務所の設立を決めました」

目下、卒業論文に取り組んでいる。仕事よりも今はこちらが問題、とさくらは笑う。

「いや、本当に今、卒論が一番の悩み。毎日もう、悩みながら寝てます。普通に仕事を続けていれば、本当は8月、9月中に書くつもりだったんですが、事務所立ち上げでいろいろあって...ギリギリになっちゃってる感じで。私、宿題は後回しにしないタイプなんですけど(笑)」

大学では、教授と話すことがとにかく楽しい、とさくらは目を輝かせる。

「自分で学費を払っているので、できるだけ"元を取ろう"という気持ちがあるのかもしれません。コロナ禍で、4年生になってから全部リモートなんですよ! 小学生の頃から学校はちょくちょく休んでいて、教科書で勉強することに慣れてはいるんですけど、図書館も使えず、直接先生に質問ができない状況というのは...はっきり言って、料金がもったいない(笑)。私、全教科で聞きたいことが本当にいっぱいあるんです」

子供のころの記憶がない

デビュー当初からブレイクした数年間の記憶が、さくらにはほとんどない。

「北海道から引っ越してきて、マンションに落ち着く前は、ホテル暮らしを1ヶ月くらいしたのかな。学校も環境も変わったし、混乱してたんでしょうね。夏休みもずっと全国の漁港や祭りを巡っていて、もう、どこの地域にいるのかさえわからないという状態でした。盆踊りをしたり、櫓の上で太鼓を叩いたり...断片的な記憶しかなくて。はちゃめちゃに、忙しかったのかな。6歳違いの姉とは北海道と東京で離れて暮らすことになったので、寂しかったですね。だから今、犬を飼っているのかもしれません」

多忙ななか、友達づくりは難しくなかったのか。

「学校では普通にいました。でも、業界内での友達というと、ちょっといないですかね。演歌歌手だと、年齢が違いすぎて。芸能界でも、LINE交換やお話をしたりという方はいますけど、番組でしか会わない人たちって、なかなか友達にはならないですよね。機械音痴でSNSはほとんどしませんし、毎週末に100件以上たまったLINEを渋々返すような人間なんですよ。出無精なので、本当にわかってくれる友達に引っ張り出されないと、休日は出かけないんです。私、5年ぐらいずっと家にいられると思います(笑)」

一時はパチンコにハマっていたことでも知られたが、今の趣味は読書とゲーム。主に「バトロワ系」といわれるオンラインゲームを好む。

「『COD』とか、『荒野行動』とか。銃でぶっ放す系ですね。特定の人たちと、毎回ボイスチャットしながらやってます。課金もしますよ。1カ月に、1万から5万ぐらい。ほかに欲しいものないですもん。物欲が一切ないんです。モノも買わないし、旅行もしないし、家で課金するくらいしかもうお金の使い道がない(笑)」

ゲーム好きになったのは中学生の後半、たまたま始めたゲームで、仲のいい友達ができたことがきっかけ。今では「オンライン上の友達」の方が多いという。

「ミュージカルを見にきてくれたり、会ったことのある人もいますよ。年上の友達も多いです。ほとんど顔は見えない相手ですけど、2~3年、ずっと会話しながらやってると、いい人間か、悪い人間かぐらいはわかりますし」

結婚願望は特にない、家さえあれば生きていける

恋愛観についても聞いてみた。

「恋愛は、まったくと言っていいほどしないんですけども、どうしましょう(笑)。結婚願望も特にありません。機会があれば、という感じです」

恋愛よりも、今は仕事と学業で精一杯。そんなさくらだが、なんと、これまでに見合いの話が100件以上寄せられているという。

「いや話だけで、私は一度もお相手の写真も見たことはないです。母が勝手に心配してまして。何かで、結婚は早い方がいいみたいなニュースを見たらしく、急に焦りはじめて(笑)。初めて会った人にも『誰かいい人いたらお願いします』って頼むから、どんどん話だけ来るんですよ。『まやが25歳になるまで待って』と言ってあります」

もともと、「誰かに頼る」という発想がないさくらにとって、自分の「家」を持つことは一つの目標だった。ここまでの歩みに後悔はない。アクシデントに見舞われつつも、家を構え、個人事務所を立ち上げた今、これはデビュー以来の2つ目のターニングポイントだと意気込む。

「ローンもありますけど、家さえ持っていれば生きていけるっていう考えがあって。歌手じゃなくても、どうとでも働けば、人生は成り立つと思っていて。努力することが好きですね。歌も、ほかのことでも、需要があれば、ちゃんとやりたい。一生懸命になれることがあれば楽しんで、という感じで」

今後の目標は、と尋ねると、「まずは、1年を組み立てたい」と冷静に答えた。

「いろんな挑戦をしたいという気持ちはありますけど、まだ会社を設立したばかりなので、収支の状況を見ながら、今後のことを考えたい。展望より、まずは基盤をしっかりしなければ。コロナ禍がどうなっていくのか、まだ誰にもわかりませんし。メディアの変化にも適応したいし、考えることはたくさん。家族会議、いや会社会議をしながら、ゆっくりと決めていきたいです」

替え歌を聞く限り、もっと『不安げ』なのかという印象があったさくら。きっと、不安はあっただろう。しかし今、自分の力で大海原へと漕ぎ出した22歳は、その船に堂々と大漁旗を掲げている。

「これからは自分の足で歩いていかなきゃな、と。責任感があるとか、強いねとか言われることもありますけど...結構、ちゃらんぽらんに生きてますよ。行き当たりばったりな人生なんで、自分でもドキドキです(笑)」

さくらまや
1998年、北海道帯広市出身。幼い頃から音楽の英才教育を受け、2004年全国童謡歌唱コンクールグランプリ大会で金賞を受賞。6歳から演歌を習い始め、さまざまな大会で賞を総なめに。2008年日本クラウンから史上最年少演歌歌手として『大漁まつり』でデビュー。2009年、日本レコード大賞新人賞、日本有線大賞新人賞を受賞。大学進学を目指しながら学業と仕事を両立させ、一般入試で日本大学法学部に合格。2020年、個人事務所「さくらまやプロダクション」を設立した。


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