ウエストランドは、井口浩之が世の中への恨みつらみをぶちまけて、河本太がそれを淡々と受け止める「愚痴漫才」を持ちネタにする泥臭い芸風の漫才師だ。
長年くすぶっていた彼らが、昨年末の『M-1グランプリ』で悲願の決勝進出を果たした。待ちに待ったチャンスだったが、決勝の舞台ではいいところを見せられず不本意な結果に終わってしまった。この経験から2人は何を学んだのか?(取材・文:ラリー遠田/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「もう言いたいこと全部言ってやれ」
例年であれば、『M-1』を目指す漫才師は1年かけてネタを作り込み、ライブで観客の反応を見ながらそれを磨き上げていく。だが、2020年はコロナ禍によってしばらくの間ライブが軒並み中止になり、思うように調整ができなかった。ウエストランドも例外ではなかった。
「自粛期間が明けてから新ネタライブもやったんですけど、お客さんも少ないし、やっぱりなかなか厳しいなっていう感じだったんですよね。だからこそ『もう言いたいこと全部言ってやれ』ってヤケクソみたいな気分でやれたのが逆に良かったのかもしれないです」(井口)
芸人の間では「『M-1』でこういうネタをやると勝てない」といったセオリーのようなものがささやかれていた。ウエストランドも従来はそれを意識してネタ作りをしていた。だが、昨年はあえて開き直り、そのようなセオリーにこだわらずに「とにかくウケるネタ」を突き詰めていった。その結果、分厚い壁を破って初めて決勝に進むことができた。
彼らが飛躍したもう一つの理由は、河本が妻子との別居をやめて、再び一緒に暮らし始めたことだった。
「劇的に変わりましたね。今までは1人だったので、夜中まで飲み歩いて、翌日仕事に遅刻したり、酒が残った状態で現場に行ったりしてたんですけど、今は子供を保育園に送るために早起きするから、ちゃんとした生活ができるようになりました」(河本)
「それが決勝に行けた一番の要因だと思いますよ。以前は僕とマネージャーが仕事のたびに『あいつ、今日は来るかな』っていうのを考えなきゃいけなくて、ネタどころじゃなかったですもん」(井口)
「『M-1』は夕方だから大丈夫よ」(河本)
「いや、そういう問題じゃない。それでも来ないときもあるから」(井口)
「まあ、あるか」(河本)
やっている途中で『これはダメだな』と思っていた
『M-1』の準決勝では爆笑を巻き起こし、見事に決勝に駒を進めた。しかし、初めての決勝を前にして、彼らに浮かれる様子はなかった。
「嬉しいは嬉しいですけど、ここから大変だぞ、っていう気持ちのほうが大きかったです。今までは『M-1』の決勝にさえ行ければ、っていうのを売れてない言い訳にしていたところがあったんですけど、もう言い訳もできないですからね」(井口)
「僕は立ち位置的に審査員が丸見えになるので、それを想像しただけで胃がギュッとなってました。だから立ち位置変わってくれってお願いしたんですけど、ダメでした」(河本)
「当たり前だろ。急に立ち位置変わったらワケわかんないから」(井口)
決勝当日は、出番順を決める「笑神籤(えみくじ)」のくじ運にも翻弄された。自分たちがいつ呼ばれるのかずっとドキドキしていた中で、最後にようやく引き当てられた。その時点で河本の緊張はピークに達していた。
「タバコもいっぱい吸っていて、のど飴も食べすぎて胃がキリキリしていて満身創痍でした。せり上がって登場するところで意識が飛びそうになりました」(河本)
「でも、直前まで余裕な感じで過ごしてるのが腹立つんですよ。もっと1人で壁に向かって練習とかすればいいのに、練習を見せないやつみたいなスタンスでやってましたから。案の定、めちゃくちゃ噛みましたね」(井口)
河本の緊張が伝わってしまったのか、ネタのウケ具合はいまひとつ。審査員による採点では10組中9位という結果に終わった。
「やっている途中で『これはダメだな』と思っていました。ほかの人がどのくらいウケていたかをちゃんと聞けているわけではないですけど、それでも結構厳しいかなという感じでした」(井口)
「そこまでの流れもあるし、雰囲気にのまれちゃったんですかね。でも、まだ12年目ですから」(河本)
「いや、もう十分やってるだろ」(井口)
今までは、決勝に行ったことのある芸人が敗れて落ち込んでいるのを見て「決勝に行けたんだからいいじゃん」と思っていた。だが、いざ自分たちがその立場になってみると、とてもじゃないがそんなに軽く考えることはできなかった。
「決勝で負けるとこんなに嫌なんだ、って思いました。変な話、予選で落ちるよりももっと嫌ですね」(井口)
「ちゃんとできなかったのも悔しいし、負けたのも悔しい。僕でさえそう思いました」(河本)
「これをどこまで覚えていてくれるかですよね。昨日の今日だからこう言っているだけで、こいつはすぐ忘れる可能性あります」(井口)
腐ってはいるけど、後ろ向きの腐りではない
ウエストランドは数年前から「ネクストブレーク芸人」と呼ばれていた。2013〜14年には『笑っていいとも!』の準レギュラーを務め、『THE MANZAI』では2012年から3年連続で認定漫才師に選ばれた。
しかし、そこで彼らは結果を出すことができなかった。その後は鳴かず飛ばずの苦しい日々が続き、ライブを中心に地道に活動してきた。
「今回の『M-1』の決勝メンバーの中で、一番テレビに出てないのが僕らだったと思います。ちょっと出たことあるほうがしんどいんですよ。ネタ番組のオーディションにはどんどん呼ばれなくなるし、たまに行っても『知ってる、知ってる』って追い返されちゃうので。そんな中で『M-1』だけは面白ければ出られるっていうネタ番組だったのでありがたかったですね」(井口)
バラエティー番組では、実力も経験も段違いの上の世代の芸人と、フレッシュな魅力を放つ「第7世代」と呼ばれる下の世代の芸人が活躍している。谷間の世代にあたるウエストランドは苦戦を強いられている。だが、絶望はしていない。
「僕はすぐに愚痴を言うし、腐ってはいるんですけど、後ろ向きの腐りではないんです。お笑いに関しては明るくいたほうがいいし、明るく楽しく面白くやっていれば絶対大丈夫だと思っています」(井口)
昨今のお笑い界では、ネタを真面目に作って、真面目に練習している芸人が称賛され、ファンからも愛される傾向にある。だが、井口はそこにも異を唱える。
「ネタをちゃんと作る人がみんな好きじゃないですか。だから、僕がネタは直前に作ってるって言うと『ふざけんな』ってたたかれる。でも、言い訳じゃないですけど、その間にいろいろな人としゃべって、人として面白くなることも大事だと思うんですよね。僕らはネタもうまくできないし、何かを演じたりもできないので、人として面白くなるしかないんです」(井口)
「そういう人は応援されないですけどね」(河本)
ただでさえ苦しい生活をしている彼らに、新型コロナが襲いかかった。一時はライブすら行うことができなくなり、活動の拠点を失って窮地に追い込まれた。お笑いファンの間では芸人たちの窮状を心配する声もあがった。だが、井口はそれを笑う。
「(昨年の)緊急事態宣言中が一番元気だったんじゃないですか。テレビも止まっていて、誰も何もやっていないじゃないですか。自分だけが売れてないっていうストレスがなかったので、めちゃくちゃ元気でしたよ」(井口)
「お金はもともとないからね」(河本)
「その上で何とかしてるから。だから、お客さんで心配してくれてる人も多かったけど、この売れてない芸人たちのゴキブリ根性をナメんな、っていうのは発信していました」(井口)
転んでもただでは起きないこの生命力の強さこそが、ウエストランドの最大の武器だろう。そんな彼らは『M-1』の決勝に出て、洗礼を受けたことでまた一皮むけたのかもしれない。
「マヂカルラブリーさんも最下位を経験してから優勝してますし、千鳥さんだって最下位になったことがあるし。こうやって悔しい気持ちを知れたのが一つの収穫だと思うので、出られる限りは出て、優勝しなきゃいけないんだと思っています」(井口)
器用ではない。真面目ではない。若くもない。ないない尽くしのデコボココンビは、今年も持ち前のゴキブリ根性を頼りにお笑い界を這い回っていく。