吉場正和
やっぱり永遠はないじゃないですか――EXILE HIROが語るコロナ禍334公演中止の乗り越え方、そして「引き際」
2020/12/29(火) 18:00 配信
オリジナル2020年はコロナ禍で334公演を中止したが、「現状の危機を乗り越える自信はあります」と語るLDH JAPAN会長のEXILE HIRO(51)。2021年からのライブ再開に加えて、5年後までのスケジュールを想定済みだという。そんなエネルギッシュな男も50代に入った。EXILE ATSUSHIの卒業が発表された今、「自分がいなくなっても大丈夫なLDHを作る」と笑うHIROの「引き際」とは。(取材・文:宗像明将/撮影:吉場正和/Yahoo!ニュース 特集編集部)
何年も続いたら、この規模を回していくのは難しい
2020年2月26日、EXILEは京セラドーム大阪での公演を急遽中止した。新型コロナウイルス感染症「COVID-19」の感染拡大を受け、政府から大規模イベントの開催自粛要請が出されたためだ。2020年を「LDH PERFECT YEAR 2020」と題した祭典の一年に位置づけていたLDHだが、その日を境に、所属するEXILE、三代目 J SOUL BROTHERSなどの公演を中止せざるをえなくなった。その本数は、公表されているだけで168公演にものぼる。
さらに、LDHを率いるEXILE HIROは、発表前のライブを含めると、倍近い公演が中止になっていると明かす。
「年内に準備をしていてやむをえず中止したのは、発表されていない公演も含め、334公演です。LDHの興行は準備を徹底し、すごく丁寧につくるので、今後のスケジュールを正確に組めない状況では成立させることが難しく、中止する判断に至りました。ファンの皆さん、スタッフの皆さん、所属のみんなの安全を第一に考えると仕方のない決断だったと思います」
2003年に設立されたLDHは、日本のエンタメ業界のベンチャー企業の筆頭格である。しかし、経営面での危機感をHIROは隠さない。
「今まで積み重ねてきたものもあるので、何かあっても現状の危機を乗り越える自信はあります。でも、これが何年も続いたら、さすがにこの規模を回していくのは難しい、という危機感もあります。ちょっと面白おかしく『本当にヤバイかもよ』みたいにわざと危機感を演出してメンバーに言うことはありますけど(笑)、それは同志としてメンバーを見て、現状をわかち合うような感覚です。そこは格好つけないで正直に現状を伝え、全員が危機感を共有することで、今、取り組むべきことに最善を尽くしていく姿勢、雰囲気をつくっています。このチームワークがあるからこそ、どんな状況になってもLDHのエンタテインメントを様々な形でファンの皆さんにお届けできていると思っています」
みんな元気であれば、どうなっても取り返せる
その後のLDHの動きは早かった。3月には、東京都医師会、順天堂医院、聖路加病院の専門家を含めた6人で構成される「LDH新型コロナウイルス感染症対策専門家チーム」を設置して、判断を仰いだ。
「2月の時点で、『これまでとは違うな』と察知して、専門家の方々に意見を聞いたら、『夏から再開できるとは絶対思わないほうがいいですよ』とシビアな意見をいただいたので、様々なことを想定しましたし、これからのLDHのエンタテインメントを何パターンもシミュレーションしました」
334公演も中止するなかで、HIROが後ろ向きにならずに済んだのは、過去の経験があったからだという。
「もともとEXILEをスタートした時は、すごく小さな事務所で、生活するのもやっと、全身全霊、常に全力投球で一か八か人生かけて生きていましたから。そして、たくさんの人に助けられて、今のLDHがあるので。ピンチのときの切り替えはもともと早いんです。どんなピンチに陥っても『このなかでどうやって食っていくか』を考えるんですよね、性格的に。緊急事態宣言でこの先どうなるかわからないところもありましたけど、みんな元気であれば、最悪どうなっても何年後かには取り返せると信じていたので。メンバーのみんなも、普通の『会社』と『所属』というよりも仲間意識が強いので、今回のピンチでさらにEXILE TRIBE全体の精神的な強さは増しましたね」
緊急事態宣言下でも、HIROは毎日メンバーにLINEを送っていたという。LDHもリモートワークになり、家で子どもと過ごす時間も増えた。家にいたからこそ生まれた学びもあった。
「ふだんはゆっくり観られる時間もないので、Netflix、Apple TVなど、配信系の作品をずっと観て、好きな韓国映画も、1日2~3本ぐらい見ていましたね。そして、常に感じる感覚を自分たちの具体的なアイデアに繋げて、未来をイメージしての繰り返しでした。あと、子どもといる時間が長くなると、新たなエンタテインメントのインスピレーションを受けることだらけなんです。ふだんはあまり『アンパンマン』や戦隊モノの仕組みのすごさに気づけないじゃないですか。でも、実はひとつの子ども向けコンテンツにも、多くの戦略があり、様々なストーリーの中で、そこに夢があって、わかりやすく子どもたちが元気になる。そしてビジネスになっているという......。自粛期間はふだんゆっくり考えることができなかったことまで視野を広げることができました。」
無観客ライブ配信はLDHのスタイルではない
予定していた2020年の全ライブ中止を決断したLDHだが、新規に有料配信ライブ「LIVE×ONLINE」を7月からスタート。バーチャルならではの演出にも凝り、ライブ配信自体がひとつの映像作品となっている。
そもそも、HIROには「無観客ライブ配信」への違和感があったという。
「LDHのエンタテインメントは、ドームやアリーナ、ホールなど、お客さん達と一緒に同じ空間を共有しながらパフォーマンスをすることで様々な可能性が広がってきましたが、それができなくなってしまったという時に、LDHらしい配信ライブをつくりたいなと......。既存のライブをお客さんなしでそのままパフォーマンスするのは、僕らのスタイルと違うと思ったので、『無観客ライブ』という形ではなく、画面を通して伝わる感動や興奮を新しいエンタテインメントとして表現したいと思いました。無観客だからこそできるカット割りやカメラアングル、演出にこだわった『LIVE×ONLINE』という新しいエンタテインメントを提案し、それを新たなブランドとして成立させて、ファンの皆さんに喜んでもらうのが、LDHのスタイルなのかなって考えたんです」
収益の軸であるライブ公演ができない事態に創業以来初めて直面し、「LIVE×ONLINE」や、定額制で過去のライブ映像や生配信番組を見られる動画配信サービス「CL」をスタートさせたLDH。エンタテインメントを継続的に提供していくための認識も大きく変化したという。
「当たり前だったことが当たり前ではなくなってしまった今、あらためて世の中、何が起こるかわからないと思いました。震災、SARSやMERSもあって、さらにはコロナがあり、これから5年後や10年後を考えたときに、また何があるかわからない。このコロナが収束したとき、今までのエンタテインメントを復活させることに加えて、近い将来、世の中がまたこのような事態になったとしても、自分たちのエンタテインメントが成立できるように準備しておかないと、エンタテインメントでずっと食べていくことはできないなと、痛感しましたね」
コロナ禍で延べ10万人の仕事がなくなった
2021年1月28日から3日間、東京ドームで開催される公演を皮切りに、LDHのライブが復活する。出演者には、EXILE、三代目 J SOUL BROTHERS、GENERATIONS、THE RAMPAGE、FANTASTICS、BALLISTIK BOYZと新旧のEXILE TRIBEが顔をそろえる。2月には福岡PayPayドームとナゴヤドーム、京セラドーム大阪でも公演を行う予定だ。
「2020年に予定していたLDHのライブが中止になったことで、ライブに関わってくださる予定だった延べ10万人の方の仕事がなくなったんです。日本中のアーティストがライブを今まで通り開催できないので、僕らより大変な会社の人たちもいっぱいいる。『LIVE×ONLINE』でもある程度の雇用は確保されますが、既存の興業にまでは程遠くて。しかし、仕事があるというだけでスタッフのみんなはすごく生き生きとしていて。改めて、エンタテインメント業界を少しずつ動かしていくことに意味があると思いましたし、LDHの利益のためだけではなくて、周囲の人たちに仕事を回していく意味でも、既存のライブや『LIVE×ONLINE』をやる意義があり、大切なことだなってすごく感じました」
とはいえ政府は、イベントの人数制限の緩和を、2021年2月末まで延期することを11月に発表した。収容人数が1万人を超える会場では、キャパシティーの50%以内しか入れることができない。
「正直、興行だけで言うと、そんなに利益は出なくて、赤字かトントンぐらいだと思います。しかし先ほど述べたように、そこで働く人たちにとっては、すごく意味のあることですし。賛否両論あると思うんですが、専門家チームの皆さんもいるので、この業界のためにも、政府の方針にはしっかりと従いながら、現状は1月から安全を第一にして開催していきたいと思っています。マスクやフェースシールドも配布し、ソーシャルディスタンスを確保して、COCOAのインストールや体温測定も義務化しながら、ドームではしっかり換気されていることも全部説明してやっていこうと思います」
2021年1月1日には、EXILE TRIBEとしてのシングルがリリースされる。そのテーマは「RISING SUN TO THE WORLD」だ。不屈の精神を掲げている。
「『何かあったらこうしよう』って様々なことを想定しながら、自分たちのエンタテインメントを何パターンか考えておけば、もし2021年1月、2月のライブなどが中止になっても、絶対その後にその発想が生きてくると真剣に考えているんです。さらに言うと、2022年のスケジュールも決めているし、5年先ぐらいまで考えています。やっぱり永遠はないじゃないですか。そこもみんなとわかち合っての『RISING SUN TO THE WORLD』でもあるので、今のLDHのスタイルのキーワードとして掲げています」
自分がいなくなっても大丈夫なLDHを作る
2020年11月、EXILEの「顔役」でもあったEXILE ATSUSHIの卒業が発表された。40代に突入したことを機に、ソロでの海外活動を視野に入れていくという。
「ATSUSHIがまだ20代の頃からずっと一緒にいますし、僕も経験してきたことなので、40歳で最後のチャンスをつかもうとするのも、自然だしすごく理解しています。ATSUSHIは、会社やグループに対しての責任を常に感じていたし、それが重荷になっていた部分もあったけど、彼自身の成長には欠かせないものでもあって、やっとATSUSHIが肩の荷を下ろせるタイミングが来たな、と。ラストライブができなかったのはすごく残念なんですけど、ATSUSHIはソロでもEXILEの歌を歌い続けていくだろうし、どこかのタイミングでまたEXILEに合流することもあるかもしれません。それがEXILE TRIBEのEXILEのあり方なので、いいほうにしかいかないイメージがあるんです。常にメンバーが夢に向かってやりたいことに挑戦できる環境を作ることが自分の役目なのかなと思っています」
この日の取材の最後、一冊のノートをHIROから手渡された。「LDH学習帳」と題された、「ジャポニカ学習帳」のパロディーだ。HIROが50歳の誕生日に、LDHのメンバーにだけ配ったものだという。そこには、業界で生き抜くための実践的なノウハウが記されている。
「どんどん譲るところは譲って、僕はまた違う立ち位置に行くのがLDHなのかなって。自分が60歳になって、LDHで今のような働き方をしているのは少し違うのかなと(笑)。どんどんチームを進化させて、全員で助け合えるようなLDHにしていけたらいいなと思っているんです。自分がいなくなっても大丈夫なLDHを作るのが、自分のこれから5年、10年の仕事。それを一生懸命やりたいなと思いますね」
EXILE HIRO(えぐざいる・ひろ)
神奈川県出身。1990年にZOOのメンバーとしてデビュー。1999年J Soul Brothersを結成し、2001年EXILEと改名して再始動。パフォーマー兼リーダーとして、EXILEを国民的グループに押し上げる。2013年パフォーマーを勇退。2015年12月には芸術文化活動などで優れた功績を挙げた人に贈られる、文化庁長官表彰を、ダンスパフォーマンスとボーカルを巧みに組み合わせ活動のほか、プロデューサーとしての活躍も評価され、日本の芸術文化の振興に貢献しているとして表彰を受ける。2017年からLDH新体制においてLDH WORLDのチーフ・クリエイティブ・オフィサーとしてクリエイティブを統括し、世界の拠点と連携し世界基準でのエンタテインメント創造に心血を注いでいる。