錦戸亮、35歳。20年以上在籍した事務所から昨年独立、新たな一歩を踏み出した。常について回るかつての看板、SNSとの向き合い方、盟友・赤西仁との関係性……。ずっと「色眼鏡で見られていた」と振り返るアイドル時代に別れを告げた男の、胸の内を聞いた。(取材・文:宗像明将/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
「ヤバい、ヤバい、曲足りひん」
「求められているものを提供するのも、もちろん大事だとは思うんですけど、それをやるのも、なんかもう恥ずかしい。つまり、プロじゃなかったんでしょうね」
13歳で入所した事務所を、昨年9月、34歳で退所。約22年も身を置いた環境を離れて、新たな道を選んだ錦戸亮は、過去の自分を意外なほどに突き放した。
「正直、『今、どこに立ってんのやろう?』って思ったときに、一つの会社しか知らなかったですし。偉大な先輩たちの足跡だらけで、誰も踏んでないところを探すこともできそうにないし、足跡を残すように歩ける自信もなかったから。だから『何かできることはないかな?』と思って、舗装されてなくても1回自分で歩こうと思ったわけです」
決断を下した勇気は、将来を考えたときに湧いてきたものだという。
「45歳の自分を想像できんかった、っていう感じですかね。僕も後悔したくないから。踏み出すか、踏み出さないか、そこだけですよね、違いって、ほんまに」
新しい一歩を踏み出した後の錦戸の動きは鮮やかだった。個人事務所をつくり、自主レーベルの「NOMAD RECORDS」を設立。シンガー・ソングライターとして11〜12月にツアー「錦戸亮 LIVE TOUR 2019 “NOMAD”」を開催した。全公演が即日完売となったため、ファイナル公演では映画館111スクリーンでのライブビューイングを実施し全国で約4万人を動員した。わずか数カ月の間での快進撃は、さぞや爽快だったろうと思いきや、「全然そんな域に達してないですね」と苦笑する。
「『ヤバい、ヤバい、曲足りひん。ライブツアー始まる!』とか。独立して一発目っていうのがあるから、やっぱり気合も入るでしょうし。バッタバタでしたよ。そんなポンポン、天才でもなんでもないし(笑)」
12月にはアルバム『NOMAD』をリリース。作詞、作曲、編曲、プロデュースをすべて自身で手掛け、オリコン週間アルバムランキング1位を獲得した。
「例えば、以前の形って、タイアップがあって『この人が作ります』とか『はい、歌ってください』と言われて、歌うだけで終わってたんですけど、そのプロセスを全部自分で構築できるのであれば、それがいいと思ったんです。やりたいことをいっぱいやりたい、だから独立したんかなと思います。『進まなしゃあない』って思っちゃいますね」
「あのジジイ、かっこいいな」って言われるぐらいに
独立後、錦戸のモチベーションは具体的にどんなものだったのだろうか。
「求められているものをやるよりもびっくりさせてあげたい。『あっ!』って思わせたいじゃないですか。それプラス、もっとすそ野も広げていけたらいいなとも思いますし」
それが「成功している」という手応えはあるのだろうか。
「分かんないです。『できてる』って言ったら寒いっすもんね。自分が良かったって思っても、来てくれた人がそう感じてくれてなかったら、そんな恥ずかしいことないじゃないですか」
ファンの現在の反応がすべてではないとも考えている。
「それがゴールじゃないと思いますからね。おじいちゃんになったときに、ええ感じに渋いバイクとか車に乗って、『あのジジイ、かっこいいな』って言われるぐらいになれてたら、そのプロセスは別に何でもいいです」
目指すところへ踏み出すその姿勢には、迷いが感じられない。
「迷ったことは別にないですね。迷ってる人の相談とかって、『おまえ、それ、ただ背中押してほしいだけやん』って思うときもありますし。相談できるレベルっていうことは、まあまあ自分の中で答え出てるんちゃうんかなと。僕がそうなんで」
SNSでは全然傷つく。頑張ろうって気にもならない
前事務所退所の翌日、2019年10月1日には、Twitter、Instagramなど、SNSを一斉に開設した。一方で、自分の名前を検索する「エゴサーチ」は極力しないようにしている。
「だって、文句言われてたら傷つくじゃないですか。マイナスの意見って大事なのかもしらんですけど、言われてる側からしたら全く何の力にもならへんし。それで『なにくそ!』ってなって、頑張ろうっていう気にも俺はならないですかね」
そんな錦戸の繊細さは、ローティーンから表舞台で活動してきたこれまでの姿からは想像しがたいものだ。
「全然傷つきますよ。ヤフーのニュースを見てたら、最後にコメント欄が出てくるじゃないですか。僕はオフにしてます」
錦戸が、SNSで誤ってファンをフォローしたこともニュースになる。メディアに一挙一動が報じられることをどう感じているのだろうか。
「え、これ、正直に言っていいんですか? 恥ずいんですよね。『そんなニュース、見せんといて』って思っちゃうときもあるんですけど。コロナでいろんなネタもないんかもしれないですけど」
SNSでは、ときには誤解を受け止める必要にも迫られる。
「Twitterやったらリプライが出てくるじゃないですか。『SNSがやりたくて退所したんですか』とか出てきたときもあったんですよ。わざわざ僕宛てに届けてくれて、『いや、違うよ』と、もう(笑)。でも、そういう時代なんでしょうね、今は」
「もししんどかったらSNSとか全部切っちゃうと思うんで。便利なツールではありますけども、その裏には、やっぱり弊害があるじゃないですか。ストレスのはけ口になっている感じもありますし」
そんな錦戸のストレス解消法は、「受け入れること」だという。
「引きずるときも、あるっちゃあるかもしれないですけど、やっぱり引きずるべくして引きずるんでしょうし、あきらめつくまでは考えますけどね。それでも無理ってなったら、さっきのSNSを全部やめちゃう話じゃないですけど、『もういい』って」
錦戸も今年の春、コロナ禍の影響を受けた。旧友にして盟友の赤西仁とともに、5月にハワイで開催予定だった「THE MEN IN THE ARENA」は中止に。独立1年目でのこの状況に、焦りや不安はないのだろうか。
「いや、もうしゃあないでしょう。この中で何ができるか、っていうふうに生きていくしかないと思いますし」
錦戸の動きはまたしても早かった。緊急事態宣言が出た4月には、赤西とYouTubeで「NO GOOD TV」をスタート。2人の阿吽(あうん)の呼吸を見る者に体感させた。山田孝之や小栗旬なども出演しているが、出演者の人選については、赤西に全幅の信頼を寄せる。
「赤西の人間性があって、みんな来てくれたんじゃないですかね。赤西が仲良くしてる人ってなったら、『じゃあ、きっといい人なんやろうな』という感じで、まず僕も仲間に入っちゃいますし」
「元〇〇」って絶対言われますから
そもそも錦戸には、自分が発するメッセージで他人を変えられるという感覚自体が薄い。
「僕自身が、人に『こうだよ』って言われたことを、あんまり信用してないっていうのがあるかもしんないですけどね。だって、僕は僕の人生を生きてるわけですから。友達にステーキ屋に連れていってもらって、『こんなうまいんや』って気づくときもありますし、でも、自分がうまいと思ったり、面白い、かっこいいと思ったものだけで、これまで自分の世界を回してきたんで。出会いじゃないですか、そういうのって、きっと」
そうした誰かの「出会い」の中に、自身がいたら嬉しいかと聞くと、「少しはね」と、驚くほど照れた様子を見せた錦戸。話題は過去の「看板」との向き合い方にも及んだ。
「歌っているときや演じてるときでも、色眼鏡をかけて見られてるところは、やっぱりすごい感じてたんで。『何やねん』と思いながらも、でも、看板があったからこそできたこともいっぱいあったでしょう。『元〇〇』って絶対言われますから。それは外れないことなんでしょうし、そこが恥ずかしいとも全然思わないです。ただ、その『元』って言われるのが、『現』の人たちはどう思うんやろうっていう、申し訳なさはちょっとあります。でも、これからは自分次第だと思いますし。そこで『あれ、意外とこんなやつやったんや』って、YouTubeを始めても言われることがあったんです。だから、まあ、工場出荷状態まで戻してないけど、1回再起動したぐらいな感じですかね」
「再起動」から、あと少しで1周年を迎えようとしている。予想外の未来の中でも、錦戸はファンに提示しようとするものを地道に探し続ける。
「目標は掲げたいけど、例えば『ドームでライブやる』とか、今、このコロナの状況で言っているのもアホらしいし。収束する時期が見えへんことを目標に掲げるよりも、今、目の前でできることで何か『こういうのがあるよ』って、楽しみになることをつくりたいなとは思いますね」
錦戸亮(にしきど・りょう)
1984年11月3日生まれ、大阪府出身。アーティスト、俳優。2019年10月よりソロ活動をスタート。自身主宰レーベル“NOMAD RECORDS”(ノマドレコーズ)より、12月にファーストアルバム『NOMAD』をリリース。すべての楽曲の作詞・作曲・プロデュースを彼自身が手掛けた。オリコン週間アルバムランキングでは初登場1位を獲得。2020年より赤西仁との共同プロジェクト「N/A」を始動し、YouTubeチャンネル『NO GOOD TV』をスタートし話題に。9月9日には「N/A」ファーストアルバム「NO GOOD」をリリースする。