吉場正和

ペットのヤギは軽トラでやって来た――島育ちの「自然児」、乃木坂46・与田祐希が語る「西野七瀬からのバトン」

3/10(火) 8:26 配信

今年2月に、メジャーデビュー8周年を迎えた乃木坂46。白石麻衣の卒業も大きな節目となるグループで、次代を担う一人と目されているのが2016年加入の3期生・与田祐希(19)だ。16歳で単身上京、芸能界の荒波へ飛び込んだ与田。人口1600人たらずの島で育った「自然児」だが、自己評価は「全てのことにおいて人より下」。とはいえ、与田も憧れの先輩たちから受け取った大きなバトンを手に、前へと進もうとしている。20歳を目の前に、大人と子どもの狭間で揺れる少女の、まっすぐな想いとは。(取材・文:田口俊輔/撮影:吉場正和/Yahoo!ニュース 特集編集部)

直視できないほど、白石麻衣さんは輝いている

「今まで当たり前のように眺めていた背中、それが今しか見られない光景だと気づきました。私たち後輩がその背中を見られる時間はすごく短いので、全員で見て学んで、卒業されるみなさんを笑顔で送りだせるようになっていたい」

今月25日に発売のシングル「しあわせの保護色」で、乃木坂46の象徴・白石麻衣が活動の最終章を迎える。乃木坂46を国民的なグループへと築きあげた1期生。白石への尊敬の念を与田祐希は隠さない。

「カッコよくて優しくて可愛い。一人の女性として、アイドルとして、尊敬するところばかり。もう、直視できないぐらい。それだけ素敵な方。お別れしても、この想いは永遠に変わりません。先頭に立ってステキな背中を見せる白石さんの全てを私も吸収したい」

褒められても、それに見合うような人間ではない

「坂道シリーズ」中心メンバーの卒業に際しては、その「穴」を埋めるメンバーの予想がいつも話題になる。与田は、2017年にはシングル「逃げ水」で同期の大園桃子と共にセンターを務めた。グループ加入から1年たらずでのことだ。それ以来数多くの楽曲で、フロントを務める主要メンバーとなってきた。

昨年から女性ファッション誌「bis」(光文社)、美容誌「MAQUIA」(集英社)のレギュラーモデルとなり、今年に入ってからも数々の雑誌の表紙を飾った。今年5月公開予定の映画「ぐらんぶる」にも出演するなど、活動の幅を次々に広げている。

与田祐希の強みとは? 本人の口から出た回答は予想外のものだった。

「一輪車が上手い! ……これしか思い浮かばないって、ヤバイですよね? あっ! 平泳ぎで遠泳できます!!」

島育ちで得たもの以外で……と聞くと、こんなことを言う。

「そもそも、自分のことがわからないんですよ。褒めていただいても、それに見合うような人とは微塵も思っていません。才能があるわけでもないし、何かが秀でているわけでもない。人の何倍以上頑張って、やっと人並みになれる。全てのことにおいて下なんです」

センターのプレッシャーで体重減

「『日向の温度』の撮影のころは泣いてばかりいました。プレッシャーや、自分のできなさにイヤになったりして」

2017年末に発売した1st写真集の時期を振り返り、思わず苦笑いを浮かべる。

福岡県にある人口1600人たらずの島・志賀島で与田は16歳まで過ごした。家族、大好きな犬、猫、ウサギ、ヤギ……たくさんの動物と大自然に囲まれ、海で泳ぎ、木登りにいそしむ活発な少女として健やかに育つ。ペットのヤギは、「急にお母さんが軽トラに乗せてきて『今日から飼うよ~』って(笑)」という経緯で与田の家に仲間入りした。

「『自然児』とよく言われていました」

中学ではソフトテニス部に入部。女子のみの部活ではアイドルの歌を歌って踊ることが流行(はや)っていた。そこで乃木坂46に出会い、いつしか憧れを抱くようになる。

2016年、高校1年の夏。友人と共に「フワッとした気持ちで受けた」3期生オーディションにまさかの合格。当時の乃木坂46は、紅白歌合戦へ初出場するなど、文字通り国民的な存在へと駆け上がっていた。そこへ、与田は3期生として加わるべく単身上京する。

3期生は、同年12月の日本武道館でのお披露目から本格始動。翌年2月にはさいたまスーパーアリーナの舞台に立ち、5月には全8回にわたる3期生単独ライブが開催された。息つく暇もなく与えられる大舞台の数々に、与田は振り落とされそうになる。

「ほんの少し前まで超田舎で学生をやっていて、自分の好きだったグループに入って活動している状況がよくわからなかった。家族もペットも、友だちもいない。どうしたらいいかわからないのに、安心できる場所が急になくなってしまって……。それでもやるしかなかった」

3期生への期待の高まりが最高潮を迎えたのが「逃げ水」の選抜発表だ。異例の大抜擢は、プレッシャーとして大きくのしかかる。緊張により食事も喉を通らず、2カ月で体重も落ちてしまった。強烈な郷愁に駆られたこともあった。それでも与田は乃木坂46にいることを選択した。

「乃木坂で活動すること自体が『青春』だって気づいて。みんなでメチャメチャ泣いて、メチャメチャ笑って、全てに一生懸命になれる。自分が素でいられる……乃木坂46での全てが、代えがたい瞬間なんです」

不安だった場所は、いつしか一番安心できる場所に変わっていた。

「お仕事の現場に行けば緊張して、今も涙を流すことはあります。ただ泣いている暇はありません。涙を流すのは今じゃない。甘えていちゃダメだし、私は何かが特別優れている人間ではないから、できないぶん頑張らなきゃいけないんです」

乃木坂46の輝きがこれからも続くように、今やるべきこと

今月10日には、2nd写真集『無口な時間』(光文社)が発売された。彼女の中の、大人と子どもの狭間にいるありのままの姿が収録されている。

「『無口な時間』の撮影が終わった後、『日向の温度』を見返してみたら、『全然違う!』と思いました。あの頃は入って間もなくなので、まだ顔つきも子どもで(笑)。見比べて、その変化も楽しんでもらえたらいいなぁと思っています」

10代最後の作品。今できること、やりたいことの全てを表現したかったという。

「『崖から水へ跳びたい』とか『動物に囲まれたい』『おいしいものを食べたい』など、申し訳ないぐらいにやりたいことをたくさんやらせていただきました」

152センチと小柄で幼く見える与田も、5月には20歳を迎える。

「みんな『与田が20歳!?』ってバカにするんですよ」

まだあどけなさを残しつつも、涙に暮れていた少女はここにはいない。刷新していく乃木坂46とシンクロするように、変わり続けようとしている。

「いつまでもこんなふうに、頼りない感じじゃダメなんです。今の乃木坂46の輝きがこれからも続くように、乃木坂を小さくしていかないように、私ももっと成長しないと。今までは自分のことに必死すぎて、メンバー、スタッフさん、ファンの方々に支えられ、与えられっぱなしのままでした。これからは助けていただいたみんなに、恩を返していかないと」

その恩返しの形とは? 首を傾げ、時間をかけて、言葉を絞り出した。

「私が成長した姿を見てもらうこと。それでしか返せないと思っています。みなさんが納得するパフォーマンスを見せて、外でのお仕事で成果を残して……これからの活動の全てのことにおいて、皆さまに何かを感じてもらうこと。それが今やるべきことだと思います」

西野七瀬から手渡された大きなバトン

ここからはYahoo! JAPANにログインしていただくとご覧いただけます。

続きを読む

※ログインするとお読みいただけます

仕事DeepDive 記事一覧(115)

さらに読み込む

Facebookコメント

表示

※本コメント機能はFacebook Ireland Limited によって提供されており、この機能によって生じた損害に対してヤフー株式会社は一切の責任を負いません。