「降板を卒業と言い換えても、次の仕事がなくなるシビアな状況に陥るだけ。言葉でごまかさないでほしいって思うんですよ」
新井恵理那は王道すぎるフリー女子アナだ。青山学院大学ミスキャンパス、在学中にセント・フォースに所属、社会人1年目にはお天気キャスターでレギュラー番組を獲得。2019年のテレビ出演本数ランキング(ニホンモニター調べ)では総合5位となった売れっ子だ。しかし、新井は「女子アナ」を目指していたわけではない。むしろ偏見すらあったという。仕事がなくなった経験から、女子アナとしての変化、葛藤を語った。(取材・文:岡野誠/撮影:殿村誠士/Yahoo!ニュース 特集編集部)
アナウンサー試験は4社だけ記念受験、スカウトでフリーアナの道へ
「中学生のころ、何げなくテレビを見ていたら、女子アナのちょっとした一言が本心ではないなと感じ取ったんですね。常に笑顔を求められ、自分の気持ちに嘘をつかなきゃいけない場面もあるなんて嫌だな……と勝手に思い込み、つらい職業だなと偏見を持っていたんです」
幼少期から父親に「周りに合わせなくていい」「自分の思うことを大事にしなさい」と育てられてきた新井には、八方美人のイメージも強い女子アナには向いていないという直感が働いていた。
そんな彼女の転機は、大学2年の時、ミス青山コンテストだった。大学構内で、ミスコンを主催する広告研究会に出場を打診されたのだ。軽い気持ちでエントリーすると、最終審査の6人に残った。候補者たちの親睦を深めるための旅行が企画されたが、新井は拒否した。
「これから競い合うのに、仲良くなったらしんどいなと思ったんです。他の5人が旅行から帰ってきたら、すごく親密になっていて遅れたなあと。今考えれば、行けばよかったですよね(笑)」
勝負への執念を持つ新井は、ミスキャンパスの栄冠を手繰り寄せる。過去にミス青学コンテストからは滝川クリステルや田中みな実(ともに準ミス)などが女子アナになっており、周囲は新井も同じレールを走ると考えていた。本人にその気はなかったが、3年生になって就職活動の時期が迫ってくると、「キー局の試験は一番早いし、いい経験になる」と勧められ、記念受験程度の気持ちで、夏から始まった選考で4社を受験した。
「日本テレビやTBS、テレビ朝日は筆記や2次面接などで落ちました。ダメでもともとと思っていたので、あまりショックはなかったんですね。でも、フジテレビだけは最終面接の4人まで残ったので、淡い期待を抱いてしまった。落ちたとわかったときはトイレの中で号泣しました。私はアナウンサーになりたいという熱意が圧倒的に足りなかった。見透かされて当然でした」
一般企業を目指して就職活動を再開した直後、セント・フォースから声がかかった。当初は断っていたが、アナウンス職を諦めきれていない自分に気づき、フリーアナウンサーの世界に飛び込むことを決意。すると、大学4年生の4月から『めざましテレビ』(フジテレビ系)で月2回の情報コーナーのリポーターとして抜擢された。
「番組でアイデアが採用されたり、自分の一言に視聴者が反応してくれたり、経験を積みながら、伝える仕事の魅力を味わえた。本当に幸運でした」
だが、『めざまし』は1年でお役御免に。
大学卒業後にレギュラー番組が始まっても、半年や1年で姿を消すことが続いた。その間、各大学のミスキャンパスがフリー女子アナの宝庫であるセント・フォースに続々と入ってくる。“ミス青山”という鮮やかな経歴も、特別な意味を持たない。
「卒業」仕事なくなり、悔しくて家で花束を投げつけた
2013年12月限りで『Oha!4 NEWS LIVE』との契約が終了すると、3ヶ月間1件も仕事がない状態に陥った。弱肉強食の世界において、自分のポジションを確立しなければ、新人に取って代わられるだけ。“卒業”という名の降板をするとき、スタッフは厚意で花束を渡すが、新井は素直な気持ちで受け取れない。家に帰ると、悔しさから床に思い切り投げつけていた。焦燥感は募るばかりだった。
「我に返って花束を拾うと、自分が情けなく思えてくる。すごく悔しくて、降板した番組は見ませんでした。フリーはいつ仕事がなくなるかわからない。厳しい現実を突きつけられる日々でした」
3か月の「無職」による雌伏を経た新井は、ここで「確変」に突入する。
2014年4月から『新・情報7daysニュースキャスター』(TBS系)のお天気キャスター、翌年3月からは『グッド!モーニング』のサブキャスターでレギュラーを獲得。その後も、『世界ナゼそこに?日本人』(テレビ東京系)など複数のレギュラー番組が始まり、現在に至るまで仕事が途絶えることはなくなった。
いったい、何が変わったのか。
「最初のころから、言葉の選び方や自分がどう工夫すればよいかは考えていました。でも、全然うまくいかない。それが、自分なりにトライし続けたことで、数年前に突然、好転するようになったんです。バトンをつなぐように一つひとつのお仕事を懸命に取り組んできたからかもしれません」
VTRからスタジオに移る際、どんな言葉なら熱量を保てるか。暗いニュースから明るい話題に切り替えるとき、どのくらいの間を取るべきか。何年間も、試行錯誤を積み重ねてきた結果が今につながっている。
新井の工夫は、細部に行き届いている。昨年12月3日、『グッド!モーニング』のプロ野球年間MVPを選出するコーナーでのこと。CM前のVTRで投手部門の発表を予告しているのに、CM明けに新井が里崎智也(元ロッテ)に「今週はどの部門でしょうか?」と生で聞く流れになっていた。違和感を覚えた新井は、午前3時から始まる打ち合わせで、スタッフに異議を申し立てた。
「すっかり忘れたていで聞くのは変だと思ったんです。自分の気持ちを無にすればいいだけなのですが、見ている人は『え?さっき投手部門って言ったじゃん』と気づきますよね。細かいことでも、疑問を抱いたまま進みたくないんです」
結果的に、CM前に投手部門とは公表せず、スタジオで新井が質問する形になった。
「上っ面だけで話したり、思ってもないことを言ったりするのも嫌ですし、変な意地はあります。台本に書いてあることが、本心とは違うと感じたら、その隙間を埋める自分なりの表現方法を探します。毎日のように葛藤していますね」
テレビではフリーアナウンサーも局アナと同じ進行役を求められるが、ネット上では「フリーアナはタレントだ」という意見もある。一方で、局アナのタレント化を批判する声も絶えない。新井はどう受け止めているのだろうか。
「まず、私は“タレント”ではなく“女子アナ”と見られていると実感しています。以前はそのイメージに当てはめられることが息苦しかったけど、最近は枠の中でいかに個を出すか意識できるようになりました。そもそも、区分けする考え方は時代にそぐわない気がします。YouTuberは何をする人という定義はない。星野源さんはミュージシャンであり、俳優でもある。たくさんの人がマルチに活動されていますよね」
12月22日、新井は30代に突入した。かつて女子アナ界では“30歳定年説”がささやかれていたが、現在は有働由美子など年齢を重ねてもテレビ界の一線で活躍するキャスターたちが存在している。
「目の前の仕事を頑張らないと次はない。今も、平均台の上をずっと歩いているような心境です。出演本数は単純に帯のレギュラーがあるから、増えている気もしていて。5位というランキングに自分自身が追いつけているのかどうか。今はスタジオの進行ばかりですけど、ロケにも出たい。バラエティーでは綺麗な花のような扱いをされがちですが、『人食い花』のような衝撃的なインパクトを与えたい。いろいろ挑戦して、もっと経験値を増やしたい。……欲しがりなんですよ(笑)」
生まれ持った美貌やミスキャンパス受賞歴だけで地位を築けるほど、女子アナ界は甘くない。言葉の言い換えでごまかさず、現実にきちんと向き合う。細部にこだわって、自分を厳しく律する。一つひとつの仕事に妥協を許さない姿勢が、テレビ出演本数ランキング年間5位という必然を生んだのである――。
新井恵理那(あらい・えりな)
フリーアナウンサー。1989年12月22日生まれ。アメリカ出身。青山学院大学総合文化政策学部出身。大学2年生のときにミス青山コンテスト2009でグランプリを獲得。テレビ朝日系『グッド!モーニング』、TBS系『新・情報7daysニュースキャスター』などの報道・情報番組でキャスターを務める。2019年上半期にはテレビ番組出演本数・女性タレント部門ランキングで1位に選出される。弓道2段、スキューバダイビング、ジュニア野菜ソムリエの資格を持つ。