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藤原江理奈

「先へ先へ」より「幸せを噛みしめる生活」を――前田敦子、母になって変化した仕事観

2019/05/23(木) 08:10 配信

オリジナル

「人生は自分の選択次第ですよね」。そう語るのは、前田敦子、27歳。女優としてのキャリアはAKB48時代の年月を超えた。今年、男児を出産。育児中心の生活を送るなかで、時間に追われ続けた年月が「急に止まった感覚」だという。母になって訪れた変化とは。(取材・文:水田静子/撮影:藤原江理奈/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

初めて経験することばかり

「一日一日、成長していくわが子の姿を見ていると、もう楽しくてしょうがないんです!」

こぼれんばかりの笑顔で、前田は言う。今年、男児が生まれて母になった。

「たくさんおっぱい飲んでくれるし、夜泣きもなくて。ぐっすりよく寝てくれる子なんですよ。抱っこしてるとしみじみ幸せです。本当に命って尊い、すごいものだって感じています。おなかにいた十月十日(とつきとおか)もそうでしたし、生まれてからも」

妊娠してから、成長を記録できるアプリを使って毎日、日記をつけている。

「もちろん不安もありました。体の変化、気持ちの変化、初めて経験することばかり。妊娠や出産のことって、知らないことだらけでした。生まれてからもやっぱり不安はあります。同じ子なんて一人もいない、子育ての正解は一つではないんだなということも分かりました。親が自分たちなりに向き合ってやっていくしかないですよね」

結婚は2018年、夫は俳優の勝地涼だ。夫の明るい性格のおかげで、毎日が楽しく回っている。

「いろんなタイミングが合うと、こうもうまくいくんだって思いました。何がどうっていうんじゃないんですけれど、ふっと出会えた。ああ、こんなふうに結婚ってするんだって」

「本当に前向きな人で、全く落ち込まないんです。私はけっこう深く考えてしまうほうなんですけど、アッケラカンとしている。ケンカしたりしても、私も切り替えがすごく早くなりました。これが夫婦っていうか、家族なんだなって思える。旦那さんは俳優という仕事が大好きで、好きがあふれてるんです。なんかすごく、自信もあって(笑)。それを尊敬しますね。『私の分も頑張って!』って思います(笑)」

夫は「よくゴリラの真似をして」息子を楽しませているという。

「ゴリラの真似をすると、すごく笑うんですよ。本物のゴリラはまだ見てないんですけど。なんか、イエーイって感じです、2人。めちゃくちゃバイブスが合っているみたいなんです(笑)」

焦りと希望を抱いて

14歳で、AKB48のメンバーとして芸能界に入った。センターを担って、卒業するまでの7年間を駆け抜けた。

子どもの頃から「ドラマっ子」。『ひとつ屋根の下』や『家なき子』『星の金貨』を延々と見ていた。いつしか「私も有名になりたい」という熱い思いが胸に宿った。

「同い年ぐらいの子たちがドラマやティーン誌で活躍しているのを見ていて。自分は何をやりたいというのはなくて、特に歌は一番できないと思っていたんです。でも、その一番無理だと思っていたところに行きました(笑)。あの時は、オーディションに向かって何も考えずに飛び込んでいった」

アイドルとして濃密な日々を過ごしながら、演じる仕事も始めた。ドラマや映画の撮影現場に行くが、「ある時、自分の在り方が分からなくなったんです」と声のトーンを落とした。

「自分を客観的に見てしまって。芝居のプロの人たちの中にアイドルとして入っていく。私って違うところから来た人で、邪魔じゃないかって思うようになりました。アイドルだからって何でもやっていいということは絶対ないですし、それは役者一本でやっている人たちに失礼だと思いました。決して中途半端な気持ちでやっていたわけではないですけど、両立はできないなって。苦しかったです」

そんな頃、映画『苦役列車』(2012年)に巡り合った。日雇い労働で暮らす青年の貧窮と孤独を描いたこの作品で、前田は昭和の薫りのするヒロインを好演した。

「大好きな山下敦弘監督の作品でしたし、主演の森山未來さんの在り方に感動しました。役者一本で奮闘するかっこいい生き方。この現場でいろんなものを見て、私も早く芝居の世界に飛び込みたいと思った。焦りと希望がありました」

映画が公開された2012年、決意した前田は21歳でAKB48を卒業した。「AKBはやりきったという思い。後悔はありません」。

コンプレックスが個性に

以降、演技に邁進してきた。トップアイドルの姿は捨て、主役にもこだわらない。声が掛かればどんな役柄も引き受けた。無類の映画好きで、時代、洋邦問わず、暇さえあれば見ている。

「呼んでもらえるだけでうれしくて。たった1日で終わる撮影でも、作品に携われたらそれでいい。現場が好きなんです。枠を作らず、自分で決めないでやってきたから、今こんなに素敵な出合いがあるのかなって」

女優としてのキャリアがAKB48時代の年月を超えた。2019年は5作の映画が公開される。

「キラキラした恋愛ものの青春映画もちょっとやりたかったって思うけど、そういうオファーはなかったですね。でも私自身、“キラキラ”とは違う世界観が好きですし、監督さんたちも、そんなふうに認識してくださっているのかもしれません」

確かに前田が演じるのは、世の中の片隅でどこか寂しさを抱えているような女性が多い。最新の主演作は『旅のおわり世界のはじまり』である。敬愛する黒沢清監督作品で、組むのは3本目。「黒沢さんの独特な世界、醸し出す雰囲気がすごく好きなんです」。

前田は、テレビ番組のリポーターとして、シルクロードの美しき国、ウズベキスタンを訪れる葉子を演じる。仕事で失敗しつつ、人生に迷いながらスタッフと旅を続け、やがて新しい自分に出会う。カメラはドキュメンタリーのように前田を追い、映し出されるのは、感情の揺れを抱えたどこにでもいる一人の女性だ。

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

黒沢監督は言う。「彼女はフレームの中にいるだけで、孤独感、圧倒的な存在感がある」。前田は役柄を演じているというより、“素”のままでいるように見える。演技について、前田はこう話す。

「演出を受けたシーンもありましたけど、基本的にはありのままを映そうとしているっていう感覚があったので、私からは何も質問せずに撮影に臨みました。でも、元々そういうやり方が私には合っていて。役者さんにとって一番いいやり方ってそれぞれで、役者さん自身がしっかりした考えや意見を持っていて、それが必要な場合もあると思います。でも私は、監督さんの言うことをどれだけ全うできるか、世界観に染まれるかどうかなんです」

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

「何もない状態からものを作れる方って、本当にすごいなって思います。だから監督というのは、すごく尊敬できる人たち。どの作品でも、監督さんが言うことは間違いないと思っています。元々、私は自分に自信がなくて。例えば、自分の声とかしゃべり方って変だなって思いますし。そういうコンプレックスだと感じていたことも個性として面白がって、何かに染めてくれるのが映画の世界だった」

「欠点をつかれるのが好きなのかもしれない」と笑う。

「笑ってもらうことで、コンプレックスがコンプレックスでなくなったりする。デビューしてから、それを最初にやってくれたのは秋元(康)先生で、『お前はそのままでいろ』って言ってくれた。面白がってくれる人がいるっていうことは、幸せなことだと思います」

©2019「旅のおわり世界のはじまり」製作委員会/UZBEKKINO

人生は自分の選択次第

葉子は、迷子になってしまったような人生を見つめ直す。前田自身も、時に迷いを抱え、立ち止まってきた。

「要所要所で、ヘコむ体験はたくさんしてきました。壁にぶつかっては、イテテテッ!って。でも見て見ぬふりはしたくなかった。嫌なことも受け止めながら進んでいかないと、いつかもっと大きくヘコむ時が来そうだから。今回の作品で、結局のところ人は自分で自分の人生を決めていくんだなって、あらためて思いました。人に何を言われても、自分次第でいかようにもなる。どんな仕事をしていてもきっと同じで、諦めるもよし、進むもよし、自分の選択次第ですよね」

芯の強さがうかがえる。

「ボーッとしてるってよく言われるんです(笑)。でも実は絶えず頭がフル回転してるというか、何かを考えています。それにすごくせっかちなんです。やりたいことが浮かんだら、そのことで頭がいっぱいになっちゃって、居ても立ってもいられない」

仕事に関しても、いつも「すぐに結果がほしい」と思っていた。今は育児中心で過ごす日々。時間に追われ続けた年月が「急に止まった感覚」だという。

「でも、普通の日常があってこそ、演じる仕事ができると前から思っているので。普通に電車にもバスにも乗りますし。料理が好きで、今は八百屋さんで安い野菜を見つけたりするのが楽しくて。エノキが3束で100円とか! 最近は、ダイニングテーブルを買い替えたいなとか、お皿を集めようとか、わくわくしてます。いろいろ考えてご飯を作っても、最終的に一番大事なのはお皿だなと思って(笑)」

早く仕事に復帰したいと思ってはいない。

「今の大きなお題は、目の前にある幸せをちゃんと噛みしめて生きること。これまでみたいに『先へ先へ』っていうのとは違う。毎日の幸せを見過ごさずに、一瞬一瞬を目に焼き付けないと、ってすごく思います。目をつぶっていたら、子どももあっという間に大きくなっちゃうから。女優に復帰するのは、よいタイミングが来たら自然と。その時をちゃんと選べる自分でいたいと思います」

前田敦子(まえだ・あつこ)
1991年、千葉県生まれ。AKB48のメンバーとして活躍し、2012年に卒業。映画デビューは2007年の『あしたの私のつくり方』。近年の主な出演作に映画『Seventh Code』『さよなら歌舞伎町』『イニシエーション・ラブ』『散歩する侵略者』『素敵なダイナマイトスキャンダル』『食べる女』などがある。『旅のおわり世界のはじまり』は6月14日公開。

スタイリング:岡本純子
ヘアメイク:竹下あゆみ


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