松岡一哲

ライムスター宇多丸――批評は「怖い」「恐ろしい」それでもやるのはなぜ

3/22(金) 7:57 配信

いまTBSラジオで、若者リスナーから人気を集める番組がある。毎週月~金曜日の18~21時に放送される「アフター6ジャンクション」だ。番組パーソナリティーを務めるのは、ヒップホップグループ「ライムスター」の宇多丸だ。音楽から映画、本やアイドルなどカルチャー系の話題を流れるようなトークで扱い、TBSラジオに新風を吹かせた。昨年4月の首都圏個人聴取率調査で、TBSラジオは20~34歳男女で聴取率1位に躍り出ている。同社会見はこれを「快挙」と言い、象徴的事例に挙げた。人に向かって話すこと、批評ってなんだろう。若者にラジオの魅力を伝える宇多丸に聞いた。(取材・文:Yahoo!ニュース特集編集部/写真:松岡一哲)

「アフター6ジャンクション」の番組紹介文にはこうある。「あなたの好きが否定されない、あなたの好きが見つかる場所」――そんな番組構成は硬軟自在だ。今年のアカデミー賞やグラミー賞の振り返りコーナーでは、現代アメリカのニュースも踏まえた解説をする。一方では「宇多丸、原田知世の魅力を同級生と語り合う(オンエアで)。」「新沼謙治、ハトの魅力を熱弁する(鳩レース)」など「ゆるい」話題で盛り上がることもある。硬い切り口だけじゃ、若い世代はついてこない。軟らかくて笑えるものも入れていくから、若者に選ばれる。番組をリードする宇多丸のトークの根底にあるのは「批評」だ。批評ってなんだろう。

批評=物事の是非・善悪・正邪などを指摘して、自分の評価を述べること。批評・批判――「映画の批評(批判)をする」のように、事物の価値を判断し論じることでは、両語とも用いられる。

デジタル大辞泉

もうすぐ50代に足を踏み入れる宇多丸は、人前で話すことが「怖い」と言う。誰もが認めるトークのスキルを持っているのに、これはどういうことなのか。本人はこう切り出した。

年を追うごとに怖くなってますよ。でも、これはぼくに限った話ではないと思うんですけど。

――どういうことでしょうか?

人間誰しも、年をとりながら経験を積んでいきますよね。その過程で人を傷つけてしまうこともある。あるいは逆のケースもあるでしょう。または、仕事の成果ひとつとってみても、「あー、自分はこんなものなのか……」と未熟さを実感することだってあるわけです。そういった経験を積むことで、人は思考や判断する力を深めていく。それに比例して、自分の言動への怖さも増していく。経験を通じて、言動がもたらす痛みを知っていくからです。ぼくは今年50歳ですが、ラップでもラジオでも、自分の表現を投げかけることへの恐怖や羞恥心はどんどん増してますよ。でもそれは、学習能力があれば当たり前のことだろうとも思います。

――では、若いときは怖くなかったのでしょうか?

これもぼくに限らずのことですが、若いときは逆にいわゆる「怖いもの知らず」、根拠のない自信で突っ走っていけるのが強みですよね。端的に言えば無知ゆえなんだけど、この段階は貴重です。「知らない」状態には二度と戻せないわけで。ただ、この「怖いもの知らず」というのは、その瞬間の本人にはわからない。あとから振り返って初めてわかることなんです。

ぼく自身、過去につくったラップや、ラジオや雑誌での発言を振り返ったとき、改めて「わ、よくこんなことを言っていたな……」とヒヤヒヤすることもある。考え方の基軸そのものは変わってなくても、「いまだったら、こんな言い方はしない」と思うことは多いですよ。

――ご自身が「怖いもの知らず」だったのは、いくつのころまででしょうか。

それが、20代は当然として、30代、40代でも、振り返るとそんな感じだったりして。それを言ったらごく最近の放送だって、あとから怖くなったり反省したり、普通にしてますし。たぶん、人が成長を続ける限りは、ずっとそんな感じなのかもしれませんね。だから、過去の自分にヒヤヒヤしたりガッカリしたりしているうちが花、ということなのかもしれません。

怒らせてしまったことも、ある

50歳を目前にしても、まだ発言が怖い、反省している。そんな宇多丸は、ラジオ番組の映画評で手厳しい批判を加えたこともある。人気コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」(旧:ザ・シネマハスラー)で披露する映画批評では、作品名、監督名も挙げたうえで、けなしたこともある。最近では「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」を「一個一個のクオリティーが低すぎる」とし、生放送で厳しい批判を加えた。対象は洋画に限らない。一時は邦画に厳しい評を述べていたこともある。あんな映画、こんな映画――。

もちろん、(酷評した作品の関係者を)怒らせてしまったこともあります。それはもう、ある程度は仕方がないことですよね。

自分も音楽をつくっていますから、人から批評される痛みも怒りも重々承知しているつもりです。今だって、的外れな酷評を目にすればそりゃ腹は立ちますよ。だから、自分の言ってることもそんなふうに受け取られている可能性は、当然覚悟している。それだけに、批判されたときに度量を示せる人ってすごいなと思います。例えば、以前たまたま(映画監督の)本広克行さんにお会いする機会があったんです。

宇多丸は、本広さんが監督を手がけた映画に酷評を加えたことがある。誰もが知る人気シリーズの劇場版だ。

お会いしたとき、ぼくもつい先走って、いきなり「さぞかしお腹立ちでしょうし、どうぞ殴ってください」とか言いだしてしまったんですよ。そんなこと言われても、って話ですけど。そしたら本広さんは笑いながら、「いやいや、いつも勉強させてもらってるし、どんどん言ってください。これからも遠慮なくお願いします」と。ぼく的にはもう完全に、「負けた……」ですよね。

――なんという度量の広さでしょうか。

すごい方ですよね。なんにせよ、「批評」っていうのは恐ろしい。何が恐ろしいって、それは自分の主張が人から非難されるとかそういうことじゃなくって、ある特定の見方を提示することで、今後その作品に接する人の視点を、固定してしまうかもしれないわけですよ。もしかしたら、その作品が持っているはずの、また別のポテンシャルを殺してしまっているのかもしれない。

人から求められた先にあった

――「恐ろしい」にもかかわらず、走り続けるのはなぜですか。

とはいえやっぱり、毎週ひとつの作品にじっくり向かい合うことで、ぼく自身それまでとは比較にならないほど映画というものに対する理解が深まっていったのも事実だし、やればやっただけの実りも確実にあると思っているので。大変ですけどね。いまでこそ毎週やらせてもらっていますけど、映画評は自分のなかでずっと避けていた仕事なんです。学生のころから音楽誌で海外ヒップホップ作品の批評をやっていましたし、2000年からはアイドル音楽の批評を始めました。ホントは日本語ラップの批評をやったら誰よりも鋭い仕事ができたかもしれないですけど、それを公の場でやるのはさすがに、ねぇ。

ラジオで映画評をやるようになったのはきっかけがあります。10年以上も前の話ですが、番組の中で、ある映画に対する意見をしゃべっていたら、当時、それを聴いていたベテラン放送作家の妹尾匡夫さん(現・番組アドバイザー)から「きみは映画の話が面白いんだから、毎週やりなさい」と背中を押されたんですよね。初めは「いやだいやだ」と言いながらやっていました。ですから、映画評はやりたくて始めたというよりも、人から求められた先にあったものだったんです。でも人生って、そういうものでもありますよね。

――映画評を始めてから10年以上が経ちました。拝聴していると、ご自身のなかで一線を引いている部分があるように思います。マイルールがあるのでしょうか。

昔もいまも映画評をやるのは週に1本ですから、ほめるにしろけなすにしろ、その1週間は課題の作品にできる限り向き合うようにはしています。必ず劇場で複数回は観るようにしてますし、過去の関連作品も観て、文字資料にも当たります。そうやって1本の映画に向き合っていくことで、少しでも作品の真価に迫りたいとは思ってます。あとは、ぼく自身が生みの苦しみをいつも感じている立場でもあるから、作り手が制作過程で直面したであろう選択と葛藤を分析して、学びたいという気持ちも強いです。

――作り手の選択と葛藤? どういうことでしょうか。

作品づくりをしている人なら誰でもそうだと思うんですけど、たとえばぼくらのレコーディングでも、「ここでビートを抜くべきか」とか「ここはヴォーカルを重ねるべきか、重ねるとしたらどのくらいか」とか、1曲つくるだけでも、「あり、なし」の判断が無数に重なってくるわけです。総合芸術である映画ともなれば、その量はさらに膨大なものになるでしょう。そんなひとつひとつの判断の集積こそが、1本の作品を成り立たせている。

とにかく、作品とじっくり向かい合ううちに、「ここの『あり』って判断は本当に正しいのか?」とか、「普通なら『なし』になりそうなところが、この作品では『あり』になっている、それはなぜか?」とか、作り手の選択を再検討してみたくなるんです。

1本の映画がある。そこには作り手がいて、意図がある。その先には、受け手がいる。作り手と受け手の間には、無数の選択肢と無数の可能性がある。では、何を選択すればうまくいったのか。そもそもその作品にとって「うまくいく」とは何か。そういったことを、自分自身がどう感じたのかを含めて考察し、できるだけ平易なかたちでみなさんにもお伝えしたいと思っています。

なんのために「けなす」のか

「けなす」のを目的にはしてないつもりですが……ぼくは映画をよく「人」にたとえるんですけど、多くの人が「あの人いいよね」「いい話してた」などと称賛するような人物がいるとします。しかし、ぼくから見ると「その人、言ってること結構メチャクチャだし、なんならわりと有害だと思うんですけど……」みたいな。一方で、ぼくが本当に立派だと思うような人は世間では見下されがちだったとする。だとしたら、ひとこと言ってやりたくもなるじゃないですか。そんな感じですかね。

インターネットで検索をかけると、宇多丸が過去に酷評した映画評の音声アーカイブが出てくる。記録をさかのぼる。とりわけこの何年かは酷評映画が減っていることがわかる。なぜなのだろうか。怖くなったからなのだろうか。

確かにけなすことは減りましたけど、さっき言ったような怖さとはあんまり関係ないと思います。今だって必要と判断すれば普通にボロクソ言ってますし……ただ、初期のころは特に、攻撃的であることに一種の使命感を持っていたんですよね。「たまに劇場に来る人たちに、映画ってこんなもんかと思われたらたまらない」という気持ちが強かった。だから、こんなもんはいい映画でもなんでもないんだ、ということを理詰めで浮き上がらせようとすることが多かったわけです。

ただ、そのうちに、ぼくの「けなし」そのものを期待するような空気が濃くなってきた。いまでも、「けなすのがフェアな批評だ」とか思い込んでるような人って多いですけど。全然違うのになぁと……それに、ぼくのけなし芸的なもの「だけ」を聞きたいっていうような人は、たぶんだけど、映画館にはどうしたってあんまり行かないようなタイプなんじゃないかなぁ。結局、なぜ批評するのかを突き詰めれば、みなさんに映画をいっぱい観てほしいから、その素晴らしさ楽しさを共有したいから、ということに尽きるので。ほめるにしろけなすにしろ、リスナーを映画そのものに向き合わせたい、というのが最大にして唯一の動機です。

やつらは油断している。チャンスはある

自分の考えを自分の言葉で述べる。鋭い意見は、時に相手を傷つけてしまうかもしれない。言葉が交錯するのはリアルの場だけでなく、SNSだってあるだろう。番組には20代、30代のリスナーも多い。宇多丸は、彼らに向けてどんな言葉を投げかけるのだろうか。

こういう時代になると、怖くて一歩踏み出せない人はいるかもしれませんよね。特にいまの社会は、何かを表現することと発表がワンセットになっていますから、ある程度の知性があれば怖さを感じて当然だと思いますけどね。昔は、何かを吐き出したくても、日記に書いて引き出しにしまっておくくらいしかできなかった、良くも悪くも。もうそういう時代ではないんだから、しょうがない。

――では、若いうちは、言いたい放題、やりたい放題やってケンカも辞さないぐらいがよい?

いやいや、それもねぇ。年長者としては「若いうちはいろいろ経験をしておきなさい」とか、それはそれでもちろん正論ではあることをつい言いたくなってしまいたくもなるんですが、そう言われても若い人は困っちゃいますよね。ぼく自身も昔そうでしたから。「いろいろ経験って、なにも言ってないも同然だよ!」って。いままさに若者である身からしたら、苦労や危険なんかわざわざ進んで味わいたくないのは当たり前だし、その先に何かが待ってるなんて言われても、現状なんの救いにもならないんじゃないですかね。

ひとつ言えるのは、「若さだけが取りえ」のままずっといられるわけじゃない、ということですね。若いとか年寄りとか、そんなことは本当にどうでもいいことで。誰だってわりとすぐに、年はとってしまうのでね。それよりも、何かを積み重ねてきた人とそうでない人、よく考えている人とそうでない人、あるいはちゃんと怖がることができている人とそうでない人、そういう個人差のほうがずっと重要です。だから、若い方でもし、同世代の「イケてる」連中がまぶしく見えてしょうがないというような人がいたら、やつらは油断しまくっているからむしろチャンス! 今から「自習」をしっかりしておけば明らかにこちらに勝機あり……とは、やはりそそのかしておきたいですね。

取材時、宇多丸はこうも言っていた。「『批評なんて意味ない』という人は『なんにもわかってないなぁ』と思います。あらゆるものづくりの根本には、ものごとを分析し、自分なりに意味づけをしてゆくという、批評的な観点が要る。ぼくが知る限り、優れた作り手はほぼ例外なく、誰よりも優れた、辛辣な批評家です」。

(文中一部敬称略)

宇多丸(うたまる)
ラッパー、ラジオパーソナリティー。1969年、東京都生まれ。1989年、大学在学中にヒップホップグループ「RHYMESTER(ライムスター)」を結成。今年で結成30周年を迎える。3月27日には客演集「BEST BOUTS 2」が発売され、2019年いっぱいをかけて47都道府県を回るライブツアーを行っている。ラジオパーソナリティーとしては、2007年に「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」(TBSラジオ)を始め、2009年には第46回ギャラクシー賞「DJパーソナリティ賞」を受賞。2018年4月から「アフター6ジャンクション」(TBSラジオ)に出演している。


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