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若木信吾

「待っている約束」がある―― 木村拓哉が向き合う自分と未来

2018/08/18(土) 09:00 配信

オリジナル

ソロ活動になって1年半が経ち、木村拓哉はこの夏、いくつかの新しい取り組みを行っている。新作映画での新境地、動画配信、そして被災地支援。「ここから先は楽しさや勢いだけじゃ進めない」。そう語る今の気持ちを聞いた。(ライター:内田正樹/撮影:若木信吾/Yahoo!ニュース 特集編集部)

(文中敬称略)

「数字」だけではバランスが狂う

ピアニスト、美容師、検事、総理大臣、パイロット、医師、ボディーガード……。1988年のテレビドラマ初出演を皮切りに、木村拓哉は主にテレビドラマの世界で数々の役を演じ、高視聴率をはじき出してきた。

――さまざまな職種を演じた経験は、自分に何か影響を与えていますか?

一つのスペシャリストを演じると、表向きだけではなくて、そのバックヤードを知ることもあって。それは時に汚れた面だったり、人が知らない陰の努力だったりする。例えばホテルにお邪魔する時、ヘアサロンを訪れた時、飛行機に乗った時、国会議事堂や検察庁の前を通った時、そのバックヤードが垣間見えるような感覚を覚える瞬間はあります。どんな役であれ、作品を作り上げた経験は、自分のポケットの中に絶対に入っている。でも、それが次の仕事に向けて使い物になるかどうかは、作品がヒットしたかどうかによっても変わってきますからね。

――視聴率や興行成績といった“数字”をどう捉えていますか。

以前と環境が変わったことは自分なりに理解しています。作品を観た人のコメントがすぐ目に飛び込んでくるような時代なので、「何パーセントでした」という報告よりも、誰か一人の気持ちのほうがリアルに届く時もあるし。たとえば2000人の方からコメントがあったとして、それを多いと取るか、少ないと取るか。だって2000人と言えば、中野サンプラザが埋まる人数じゃないですか。かと言って、そこにばかり目を向けていてもバランスが狂ってしまう。多いとしてもわずかだとしても、それを携えて現場に入る必要はないですから。監督や共演者、スタッフの皆さんがいてくれたら、数字がどうだろうが、世の中がどう変わろうが、そこに自分の居られる場所があると思っています。特に今回の映画は、「原田組に参加したという“経験”」、ただそれだけが、自分の手元に残ったという実感ですね。

「ネットのコメント」を目にして

木村の最新主演作は『検察側の罪人』。雫井脩介の同名小説を、『日本のいちばん長い日』『関ヶ原』で知られる原田眞人が自ら脚本を書き、監督した心理サスペンスだ。

(c)2018 TOHO/JStorm

時代や題材は違えども、原田監督は常に映画を通じて“パンク”なメッセージを訴えかけてきた人。今回の脚本も、音楽に例えるとAメロ、Bメロまでは割とスムーズなんだけど、サビのところで、急に原作に全くなかったエッセンスをぶち込んできた。映画が仕事でもあり趣味でもあるような、一筋縄じゃいかない人ですね(笑)。

――監督とはどんなやりとりをされましたか?

脚本が届く前にお会いした時、「あのテレビドラマのシリーズに出てくるマシュー・マコノヒーがもう素晴らしいんだよねえ」と話されていたので、後から観てみると、物語のトーンや質感、役者の存在の仕方に、参考になることがあった。「これを観ておけよ」という監督からのパスだったんだと分かりました。

(c)2018 TOHO/JStorm

木村が演じるのはベテラン検事・最上毅。その最上と対峙する新米検事・沖野啓一郎を演じるのは嵐の二宮和也だ。

原田監督は映画を撮影する際、“トライアングル”を大切にするんです。一度、監督から「ガヴェル(裁判官が法廷で叩く木槌)を一点としたら、最上を一点、沖野を一点と考えてトライアングルを作り出す。それを僕はカメラで切り取る」というお話があって。そこから先はほとんどアイコンタクトだけで進んだような撮影でした。あるシーンを撮り終えた時は、監督が無表情で近づいてきたかと思いきや、急にニカッと笑って手を差し伸べてくれて、握手で撮影を終えた日もありましたね。

ガヴェルを前に、木村演じる最上(写真右)と二宮演じる沖野(写真左)が対峙する (c)2018 TOHO/JStorm

――木村さんからもいくつかの演技プランを監督に提案したと聞いています。

採用されたものもありました。せっかく共同作業をさせてもらう機会だし、原田組の常連の俳優の方々が、本番前からそういうトライをして、監督がそれを受け入れている様子を見ていたから、自分も言ってみたほうが豊かな現場になるんじゃないかと思った。

最上は、法をつかさどる立場でありながら“罪人”へと堕ちていく。“検察側”の“罪人”として抱える矛盾や葛藤を、木村は表情の機微によって丹念に演じている。

最上は表面的には感情の起伏があまりないんですが、メンタルの奥のまた奥で、激しいアップダウンを繰り返しているという役柄ですね。

(c)2018 TOHO/JStorm

――目には見えないアップダウンをどう演じましたか?

自分はそこで「こう演技した」と説明できるほどの表現者ではないです。先日、一般の方々向けの完成披露試写会を終えた時も、ネットを開いたら、「俺は原作の大ファンだけど、やっぱ木村には無理でしょう」みたいな一般の方からのコメントが目に入って、「ですよね」と思ってしまった。それに言い返せない自分がいて……。

――認めちゃうんですか?

いや、自分の仕事に自信がないわけじゃなくて、きっと原作の読み手の数だけ何通りもの最上が実在していて、答えは“無限大”だと思うから。でも、それを演じるからこそ面白いんですけどね。

(c)2018 TOHO/JStorm

――初共演の二宮さんの演技については?

「素晴らしい」の一言です。胸を張って皆さんに紹介できる後輩というか。多くの人の目にはジャニーズ事務所の先輩/後輩として映ってしまうかもしれませんが、それを抜きにした“一共演者”として、本当にお薦めです。

時効や冤罪(えんざい)といった問題を経由しながら、物語は最上と沖野の対立と葛藤を通して、正義の本質、人が人を裁く行為の是非を観客に問い掛ける。

“正義”と“不正義”という二つの札があったとして、観てくださった方がどちらを挙げるか、人それぞれだと思う。いま世の中では人為的な嫌なこと、悲しいことや、自然発生的な不幸なことも起きています。決して明確な答えを出さない映画だけど、「今がどんな世の中か、いったん冷静になって見渡してもいいんじゃないですか」という投げかけはしているんじゃないかと思います。

既存のアイドル像を打ち破った国民的アイドルとして知られる木村。18歳でデビューしてから今日まで、その存在はメディアに注目され続けてきた。そんな木村も、日常のなかでごく普通にニュースと接している。

朝、起きたらとりあえず携帯でニュースを見ています。まず「主要」を見て、次に「エンタメ」のカテゴリをさっと見て。それから新聞を読みます。新聞をバサッと開いて、「あ、ネットでは下のほうだったのに、ここでは一面なんだ」みたいな感じで。

――最近のニュースから感じることは?

“ダメ(なこと)”がたくさんバレ始めていると感じます。最上を演じている間も“因果応報”という言葉について考えていたんですが、いくつかの問題を見ていると「ダメなものはダメ」という民意がより強くなってきた気がしますね。

この一曲がいいと思えた

今夏は、木村にとって新たなチャレンジの季節だ。1995年から続いたレギュラーラジオ番組『木村拓哉のWhat's UP SMAP!』が終了し、新番組『木村拓哉 Flow』として再スタートを切った。さらに番組と連動した動画サイト・GYAO!の配信『木村さ〜〜ん!』もスタートした。“一人看板”を掲げての心機一転だ。

――前番組の最終回では最後の一曲として『夜空ノムコウ』(SMAP)が流れました。あの選曲は木村さんが決めたのですか?

割と自然な流れで(スタッフの)みんなと一緒に決めました。あれこれとかけるよりも、この一曲がいいと思えたので。

――動画配信は木村さんにとって新たな試みです。

おかげさまで再生数は好調らしいんですけど、これまで自分は長年にわたって、本番でオッケーになったものを、編集というきれいにデコレーションを整える作業にかけてもらい、皆さんに「どうぞ」と届けてきたので、試行錯誤というか、まだ「本当にこれでいいの?」という感じですね。「これを配信すんの!?」という不安はハンパじゃない。

自分たちにできる支援とは

もう一つの取り組みは被災地支援だ。ジャニーズ事務所では6月末から7月に西日本を襲った豪雨災害を受けて「Johnny’s Smile Up ! Project」を発足。木村は8月4日と5日、長瀬智也、国分太一(共にTOKIO)、三宅健(V6)、生田斗真らと共に、広島県呉市と岡山県倉敷市を慰問した。

――このプロジェクトは、かねてから木村さんが希望していたものだったと聞いています。

はい。ただ覚悟は持ったうえで行かないと、実際に避難生活をされている方々、家を流されてしまったり、家族を失ったりした方々に半端な気持ちで会いたくないし、会ってはいけないですから。やるからには「まず自分が責任持ちます」という気持ちはあります。今回は声をかけたら斗真と健が、後から太一と長瀬が駆け付けてくれました。「ありがとうな」って声をかけたら、健が「いつでも声をかけてください。どこへでも馳せ参じます」とか言うから「時代劇かよ」なんてやりとりを交わしたりして。みんな一生懸命取り組んでいました。

――現地では避難所で炊き出しやお菓子の配布を行ったそうですが。

呉では「建ててまだ2週間だった自宅を流されちゃった」という方が、そのことを話しながら、僕の手渡したカレーを受け取ってくれて。そのすぐ後に、反対側の手を差し出して「握手、いいですか?」と笑顔でおっしゃったんです。こっちはそのギャップに驚くばかりでした。つらい経験をされた方が、ほんの一瞬でもカチッと気持ちが切り替わってくれるのを目にすると、瞬間的な寄り添い方かもしれないけれど、そこに自分たちのできることはあるのかなって。

――エンターテインメントそのものが支援の手段となる可能性もあるかもしれません。

今回、手渡せたのは作った料理と物資だったけど、例えばそこで自分のオリジナルソングを持参できていたら、それを手渡すことだってできたかもしれない。でも今の自分にはまだそれがない。次の機会があって、もしタイミングが伴えば、そういう可能性もあるかもしれません。そのためにも体調管理は重要。「どうぞ歌って」と言われた時に、声がちゃんと出ないなんていうのは、自分にとって一番悔しく、嫌なことなので。そこはきちんと準備をしておきたいですね。

楽しさや勢いだけじゃ進めない

――体のコンディションを保つために意識していることは?

毎日、体重計には乗っています。あとは前回の映画(『無限の住人』)の現場でケガをしたことがきっかけで、ジムで体を動かすようにもなりました。以前から入会はしていたものの、スタッフが全員入れ替わるぐらい通っていなかったんです(笑)。10代、20代はエンジンぶっ飛ばしっ放し、30代も全然オッケーだった。でも、最近は“車検”も必要になってきたし、自分でできることは自分で管理しなきゃと思い始めました。ここから先は楽しさや勢いだけじゃ進めないだろうから。

新しい試みや出会いの一方では別れも伴う。2016年には木村の初主演舞台『盲導犬』(1989年)を手掛けた演出家・蜷川幸雄がこの世を去った。「右も左も分からなかった自分に、人から拍手してもらえる厳しさと素晴らしさを教えてくれた」「(『盲導犬』を)経験していなかったら、自分はこの仕事を続けていなかった」(前述の終了したラジオ番組での発言)。木村にとって蜷川は恩人だった。

渋谷の劇場に舞台を観に行った時、久々にお会いしたら、俺のシャツの襟ぐりをぐわっと掴んで「俺がポシャるまでにもう一回やるぞ」とおっしゃった。「マジっすか。じゃあ、お願いしますよ」と答えましたが、結局、果たせませんでした。

――他にも果たせていない宿題はありますか?

ありますね。こないだのプロジェクトにしても、小学校のグラウンドに山のように積み上げられていた瓦礫を見ると、あれ自体がこれからの宿題のようにも思えてきます。エンターテインメントでも、宿題というか、「あれをもう一度やろうよ」と約束していることもあるし。

――それらに向けてのこれからでもある?

そうですね。いろいろと待っていますから。


木村拓哉(きむら・たくや)
1972年生まれ。東京都出身。91年、SMAPのメンバーとしてCDデビュー。数多くの人気ドラマ、映画で活躍。代表作にドラマ『ロングバケーション』『ビューティフルライフ』『HERO』『BG~身辺警護人』、映画『武士の一分』『無限の住人』など。映画『検察側の罪人』は8月24日(金)から全国公開。


内田正樹(うちだ・まさき)
1971年生まれ。東京都出身。編集者、ライター。雑誌『SWITCH』編集長を経て、2011年からフリーランス。国内外のアーティストへのインタビューや、ファッションページのディレクション、コラム執筆などに携わる。

ヘアメイク:髙村明日見
スタイリング:亘 つぐみ


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