悲願の支配下登録!阪神タイガース・片山雄哉は泥臭くガムシャラに突き進む
■驚きの吉報
2019年7月30日。阪神タイガースのルーキー・片山雄哉選手に吉報が届いた。その日の朝、告げられたのは「支配下選手契約を結ぶ」ということだった。
待ちに待った知らせだ。もちろん飛び上がるくらい嬉しい。片山選手はしかし、「驚きというか、理解するまでにちょっと時間がかかった」と正直な気持ちを吐露した。
そりゃそうだ。驚くのは当然だ。
キャンプからシーズン序盤にかけては好成績を収めた。4月には4番も経験し、一時はチームトップのホームラン数を誇った。
平田勝男ファーム監督も「センターから左にツボがあるな」と目を細め、「NPBのピッチャーに対応するために、自分で考えて打撃を変えている」と新井良太ファーム打撃コーチもその努力を讃えた。
しかし相手もプロだ。打つ打者となれば攻め方も変えてくる。なかなか対応が追いつかず、数字はみるみる急降下していった。
また、オールスター休み中の1軍練習にも呼ばれたが、矢野燿大監督が見つめるその前でのシート打撃でマスクをかぶったとき、何度かボールをこぼした。守備でもアピールできたとはけっして言い難かった。
■「人間性」を高める
数日前のことだ。苦しい胸の内を明かしていた。「現実はわかっている。もちろん諦めてはいない。諦めてはいないけど…。でも7月ももうこの時期、現実的に(支配下登録は)ないってのは、僕もわかる」。
こちらも「そんなことない。まだ数日あるから大丈夫」なんて無責任なことは言えず、ただうなずくだけだった。
もちろん支配下になってほしいと痛切に願うものの、状況的に厳しいとしか思えなかった。
そのときの片山選手は、むしろもう次に目を向けるようにしていた。育成選手のまま迎える8月以降をどう戦っていくか。来年以降も契約してもらえるようにするには、どうすればよいだろうか。
これまでと変わらず、いや、これまで以上に奮闘することは当然のこととして、野球の技量の向上もだが、片山選手が強調したのは「人間性」だ。
どこか誤解されがちな面がある。「やっぱ人間性が大事。そこをちゃんと認めてもらえないと」。そう何度も口にする。
だから、ずっと意識してやっている。グラウンドに出た一歩目から気を引き締める。アップ中も決して私語を漏らしたりせず、真剣に取り組む。“真面目オーラ”を漂わせる。
ゲームでもより全力プレーを心がけた。独立時代もずっとやっていたが、四球でも一塁までダッシュする。
声が大きく元気だからか、どうしても“ガサツ”に見られがちだ。しかし実は繊細でもある。
ネクストバッターズサークルでは、倒れたり散らばっているスプレー缶などを必ずきちんとそろえる。目上に対してはもちろんだが、どんな年下の対戦相手でも、丁寧に挨拶する。
常に気配り心配りを忘れない性格である。しかし、より一層「人間性」を磨かねば支配下には届かないと、“来季”に向けて気持ちを新たにしていた。
そんな心持ちでいたところ、期限ギリギリに届いた朗報だ。驚き、理解に時間を要したのも無理はない。
「いいことだけじゃなく、苦しい時期もあった。すごく不安が大きかったし、どうしても気持ちと結果が伴わない時期が長かった」と振り返る。なかなか思うようにいかず、歯がゆさを感じることも少なくなかった。
しかし不安と戦いながらも、「毎日、なんとかちょっとずつでも成長できるようにっていう思いがあったので、一日一日を大事に、確実に消化してやりきる」と取り組んできた。
とにかくガムシャラだった。それは片山自身の生き方で、そんな泥臭いことしかできない男だ。ずっとそうやって生きてきた。ドラフト指名も、そういう姿勢が引き寄せたのだ。
■すべてを野球に捧げてドラフト指名を勝ち取った
出身はBCリーグの福井ミラクルエレファンツだ。
入団して3年間は出場機会もそう多くなく、残した成績も特筆すべきものはなかった。
しかし昨年、一念発起した。前年、あまりにも悔しい思いをした。そして自身の甘さにも気づいた。そこで気持ちに火が点いたのだ。
「絶対にNPBにいくんだ!」と。
そう決意してからの1年間は、まさに凄絶だった。言葉にすると陳腐になるが、掛け値なしに「すべてを野球に捧げた」シーズンだった。
常にギラギラと、獲物を追い求める手負いの野獣のように、NPBへ向かって全身全霊を賭した。「よくあそこまでできたと思う」。本人ですら、過去の自分に感嘆するくらいだ。
念願叶ってNPBの阪神タイガースにドラフト指名されたものの、本指名ではなく育成契約だった。
当時は「育成でよかった。きっと意味があることなんだ。もっと頑張れってこと。僕らみたいな人間は、そこから這い上がっていかないと」などと多少の強がりもありながらも、自らに鞭を入れて早期の支配下契約を誓っていた。
■練習の鬼
春季キャンプ。片山選手はまず第1クールでプロのレベルの高さに驚いていた。独立時代、NPBのファームとは対戦経験がある。その力量も把握できていたはずだ。だが、それでも実際にその中に入って愕然とした。なんてところにきたんだ…。
しかしここからが片山選手の真骨頂だ。目の前の壁が高ければ高いほど燃える。超えてやろうと鼻息が荒くなる。
とにかく練習だ。人の何倍も練習するしかない。全体練習のあと、個別練習を終えた選手たちが何人かずつタクシーに分乗して宿舎に帰るのだが、片山選手だけはいつまでも残って汗を流していた。
チームは団体行動だ。ひとりだけ、しかもルーキーが最後まで居残って練習するというのは、なかなか勇気がいる。先輩を待たせたこともある。スタッフも片山選手が残っていると帰れない。
しかし片山選手は気にせず…いや気にしていなかったわけではない。人一倍敏感である。空気が読めないのではなく、あえて“読まず”、納得いくまで残って練習した。
誰もいなくなった安芸ドームで、マシンを相手にキャッチングとバッティングを繰り返した。途中、手を止めて熱心にノートに記す。そんなことを連日欠かさず行った。休日も返上して練習した。
これだけ練習できる体力というのも、片山選手のストロングポイントだ。これは、福井時代に派遣コーチとして片山選手に捕手道を叩き込んだ藤井彰人バッテリーコーチも、大いに賞賛しているところである。
■僕には時間がない
片山選手の口癖は「僕には時間がない」だった。
今年25歳だ。同じルーキーの同級生たち、近本光司選手や木浪聖也選手らは1軍キャンプで躍動している。ファームにいる同期はみな若い。「僕は小幡(竜平)や湯浅(京己)とは違って、じっくり待ってもらえるわけじゃないから」と、己の立場をよく理解していた。
だから一刻も早く「結果」を見せねばならなかった。そしてそのためには、ひとり居残り練習をするしかなかったのだ。
そのかいあって、キャンプ中の練習試合から打ちまくった。教育リーグを経て、シーズン序盤も順調だった。
しかし、そう甘くないのがプロの世界だ。シーズン途中から打撃でも守備でも思いどおりにいかない日が続いた。今もなお、もがく毎日だ。
■原口文仁選手のあとを追う95番
しかしそれでも球団は、片山選手に大いなる期待を懸けているのだ。支配下選手契約を結ぶということは、1軍に昇格できる可能性があるということなのだから。
背番号は122から95になった。奇しくも尊敬する原口文仁選手の94に続く番号だ。片山選手もすぐそこに気づいたという。
「隣り合わせの番号。ご縁ではないけど、そういう思いはある」。
復帰した原口選手が1軍に昇格するまで、ファームで一緒にプレーした。その間、さまざまな言葉をかけてもらい、気遣ってもらった。
「一緒のグラウンドでプレーさせてもらうことで、原口さんの大きさというか力強さを背中で教えていただいたような、そんな時間でもあった。あらためて、この人を超えていかないとその先はないなって思えた時間でもあった。ほんとに心の底から目指して、超えていきたいと思える偉大な先輩のひとり」と、憧れの原口選手について語った。
もちろん簡単に超えられるレベルではないことも重々承知だ。
「超えるにはまだまだ足元にも及ばない。とてつもない差がある。頑張ってなんとか追いついてやるっていう思いが届けばまた、自分の中で成長できるものがあるんじゃないかと思う」。
その大きすぎる背中を、これからもずっと追っていきたいと目を輝かせる。
支配下契約をしてすぐ、95番のユニフォームを身にまとって公式戦に出場したが、「まだ実感がないというか、慣れない。この番号があらためて“片山の番号”だと言ってもらえるように頑張りたい」と、決意を新たにしていた。
■1軍で活躍することが恩返し
「最後の最後でチャンスをいただいた。この2ケタの番号に恥じないように今一度、気を引き締めて、成長していきたい」。
自分の力だけで成し得たとは思っていない。平田監督をはじめ、いつも熱心に指導してくれるコーチ陣やトレーナーなど裏方さんへの感謝の思いは尽きない。その気持ちだけは忘れずやっていきたいと片山選手はうなずく。
また、NPBに入団できるまで育ててくれた福井の田中雅彦監督や球団のみなさん、学生時代の恩師、そして家族…すべての人に感謝し、これからの恩返しを誓っている。
やっと“スタートライン”に立てた。今後も明るく元気に、人一倍大きな声でハッスルプレーをしていく。このスタイルは、矢野タイガースのチームカラーにもピッタリだ。
次は今季中の1軍昇格を目標に、さらなる自分磨きをしていく。
(撮影はすべて筆者)
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