崖っぷちからプロ野球選手という夢を掴んだ男、片山雄哉(阪神タイガース・育成1位)

念願かなって阪神タイガースから指名され、ガッツポーズ

 ずっと自分と向き合ってきた。つらいとき苦しいとき、自身に問いかけた。

 「なぜ野球をやっているのか」「夢はなんなのか」「野球が好きなのか、嫌いなのか」

 その度に自分の気持ちを再確認した。「チャレンジしたいからここにいる」「夢をかなえたいからここにいる」と。

 そうやって己を鼓舞してきた。そして―。ついに、その夢がかなった。

■阪神タイガースから育成1位での指名

田中雅彦監督、松本友選手とともに不安げに画面を見つめる
田中雅彦監督、松本友選手とともに不安げに画面を見つめる
ともに戦ってきた松本友選手と熱く抱擁
ともに戦ってきた松本友選手と熱く抱擁

 その瞬間の片山雄哉選手(BCリーグ・福井ミラクルエレファンツ)は一見、落ち着いているように見えた。飛び上がるでもなく、大声を上げるでもなく、まわりから差し出される手を握り返しただけで静かに喜びを噛み締めていた。

 10月25日のNPBドラフト会議は、同じドラフト候補の松本友選手田中雅彦監督、チームメイト、球団関係者、そしてファンも同席しての球団初のパブリックビューイングで指名を待った。

 支配下指名が終了し、休憩を挟んだ直後の19時37分、阪神タイガースから育成1位で指名された。待ちに待った瞬間だった。しかし盟友・松本選手の名はまだ呼ばれていない。だから片山選手は感情を抑えたのだ。できることは、ただただ祈ることだけだった。

 それから9分後、松本選手も東京ヤクルトスワローズから育成2位で名前を呼ばれ、立ち上がったふたりは固くハグした。ここでようやく片山選手も感情をすべてさらけ出すことができた。

■両親に感謝

ドラフト前はリラックス
ドラフト前はリラックス

 この日のために死にもの狂いでやってきた。甲子園にも神宮大会にも出ていない。これまでスカウトに注目もされたことのなかった野球人生だった。しかし本気でプロに行くんだと決意して、今年に懸けた。そして、自らの手で手繰りよせた。

 スマホには夥しい数のメッセージが届いたが、まずは恩師やお世話になった方々へ自分から連絡することを先に済ませ、それから返事に勤しんだ。両親からも「おめでとう。よくここまでやってきたね。これから厳しい戦いが続くけど、自分らしく頑張って」との言葉をもらった。

なぜかガッツポーズでドラフト会議のPVに臨む
なぜかガッツポーズでドラフト会議のPVに臨む

 厳しく育てられた。礼儀正しく挨拶がきちんとできること、「ごめんなさい」がちゃんと言えること、「イエス、ノー」がハッキリ答えられること…これらは絶対に守らなければならなかった。門限も厳しかった。

 けれど、「あれしちゃダメ、これしちゃダメ」と制限されることはなく、自主性を重んじてやりたいことは自由にやらせてくれた両親だった。

 「楽しい中に厳しさ、厳しい中に楽しさがある感じでした」と振り返る。「悪いことをしたら、ものすごく叱られた。その厳しさがあったから、自分というものをここまでもってこれた。自分の基盤になっている」。そう感謝している。

■学生時代

LINEには「おめでとう」があふれた
LINEには「おめでとう」があふれた

 最初に興味を持ったのはソフトボールだった。地元はソフトボールが盛んな地域で、チームも数多くあった。小学2年でソフトボールチームに入った片山少年は、6年まで続けた。ポジションはショートだった。

 そのころソフトボールと平行して、ある習いごとをしていた。小さいころからなぜか抹茶が大好きだった片山少年は、近所の公民館で開催されている茶道の体験講習に週1回のペースで通うようになった。ただ単純に「抹茶と和菓子が食べられる」と、楽しんでいた。「OLのおねえさんや社長のおじさんばかりで、『ゆうくん、ゆうくん』ってかわいがってもらいました(笑)」。

松本友選手と
松本友選手と

 すると小学5年になるときだ。その講座の先生がご自宅で教えておられる茶道教室に、親御さんの勧めで通うことになった。「がっつり茶道をやりましたよ。表千家。茶室でのお茶会で、人前でお点前もしました。袴をはいてね」。

 高校1年までの6年間続け、入門のお免状もいただいた。今でも畳の歩き方やふすまの開け閉めなど日常のお作法は身についているし、お点前も思い出すことはできるという。子どもだから覚えが早かったんだろうと、懐かしそうに振り返る。

心から尊敬する、大好きな田中雅彦監督と
心から尊敬する、大好きな田中雅彦監督と

 中学では学校の軟式野球部に入部した。同じ新入部員にキャッチャーがおらず、「誰かやらないか」と訊かれたときに即座に手を挙げた。「早めに(試合出場の)チャンスがもらえるんじゃないか」と考えた。「内野手に運動能力の高そうなうまい子がたくさんいたし、キャッチャーなら競争せずに上がっていけるな」という計算が働いたのだ。

 打順は2番。足が速くてバントがチームで一番うまいからだった。「2番・キャッチャー」で、とにかく試合に出続けられたのは楽しかった。

3人で喜びを分かち合う
3人で喜びを分かち合う

 このころは釣りにもハマっていた。海まで自転車を2時間こいで釣りに出かけた。前かごにクーラーボックスを入れ、足元のフレームにテープで竿をグルグル巻きにした。

 行きはワクワクだが帰りはヘトヘトで、途中で何度も自転車を置いて電車で帰ろうかと思ったが、なんとかこいで帰った。それでもまた、行くのだ。それくらい釣りが好きで、釣った魚をさばくこともできるほどだ。

仲間たちの祝福が嬉しかった
仲間たちの祝福が嬉しかった

 第一志望校には行けなかったが、甲子園を目指したいと刈谷工業高校に進んだ。しかし「現実を見て無理だと気づいた」と、その夢は叶わなかった。このときからプロ野球選手になるというもうひとつの夢は、片山選手の中で芽生えはじめていた。

 自覚がまったくないながらも、まわりの人々にはその決意を伝えていたようで、今になって監督から「『大学からゆくゆくは社会人に行って、そこから段階を踏んでプロに』と言っていた」と知らされたり、高校の同級生からも「ずっと『プロ野球選手になる』って言ってたもんね」と明かされたりした。

みんなの思いも背負って頑張る
みんなの思いも背負って頑張る

 覚えているのは大学からだ。志学館大学短大の体育学科に進学後、自身のレベルアップを感じてプロに行きたいと具体的に考えるようになった。

 後々四大に編入する予定で短大に入学したが、2年が終わったとき、事態が変化した。ちょうどその年、大学の先輩である森亮太選手が福井に入団しており、その縁で福井のコーチや球団関係者が大学に選手を見にきていた。

 よりプロに行きたいという気持ちが強くなっていた片山選手は監督に推薦され、「チャンスがあるならチャレンジしたい」と独立リーグからNPBを目指す決意を固めたのだ。

■ラストイヤーに懸けた

いつも励まし合ってきた
いつも励まし合ってきた

 最初は2年と決めていた。しかし、なかなか試合に出られず不完全燃焼なまま2年間が終了し、「このままやめたら何も残らない」と続ける決心をした。そこで「流れを変えよう」と球団の寮を出て、自立することにした。

 これまでと違う自分で挑んだ3年目だったが、納得いく結果は得られなかった。なによりNPBにかすりもしていなかった。すると3年目が終わるころ、これまでにない“着火剤”が投下された。これによって片山選手は一から生まれ変わった。(参照記事⇒絶対プロに行く!生まれ変わった片山雄哉))

 「来年1年でダメならやめよう、と決心がついた」。最後の賭けだった。

指名直後のホッとした表情
指名直後のホッとした表情
会見では神妙な顔
会見では神妙な顔

 長いシーズンの途中、疲れきって精神的にどうしようもないときもあった。「自分で負のオーラが出てるなと思った(笑)」。そんなときは足元を見つめ、初心に帰った。冒頭の自問自答を繰り返した。

 フィジカル面ではうまく体を使うことを覚えた。「ただ単にウェイトをすればいいんじゃないとか、どうストレッチしたらいいとか。8割で120パーセント出す。常に100パーセントじゃもたないから。しんどい中でケガもせず、どう効率よく体を使うか」と練習内容やケアの方法を勉強し、見直した。

 チームトレーナーの吉田晋也氏も「昨年は夏場に体重が落ちたことで力が出せなくなったが、今年は昨年より一回り大きく、3~4キロ増で夏場対策の準備をしてシーズンに入った。昨年の今の時期から『この1年に勝負を懸ける』と相談してきた」と話す。

 「経済的に厳しい生活でもメンテナンスや栄養補給など、体のためにはお金を惜しまない。本当に体に気を遣っていた」。その甲斐もあって、「体を触っても、そこまで黄色信号、赤信号はなかった。本当に動けない、体がきついという日は1回だけかな」と証言する。気力、思いなども手伝って乗り切ったんだろうとうなずく。

 そうしてシーズン終了時には片山選手自身も「悔いなくやってこれた。個人としてもチームとしても。自分が求めるものはできた。もし指名されなくても、よくやったと言える」と、キャッチャーとしてチームを引っ張ってきながら自己最高成績を残すこともできた。(文末参照)

■キャッチャー道の礎は藤井コーチ、さらに田中監督に磨きをかけられた

友がいたから頑張れた
友がいたから頑張れた

 振り返れば中学で立候補して以来、高校、大学とずっとキャッチャーだった。「キャッチャーしかやってきてないし、ほかのポジションは下手くそなんですよ」と笑うが、「自分の中ではキャッチャーしか選択肢はないと思ってやってきた」と、一途にホームベースを守ってきた。

 「キャッチャーで打てて走れたら、より可能性が高まる」と、なぜか自信を持っていた。「根拠のない自信なんだけど、いつもなんとかなるって自信をもってやってきた」。

 まわりからも「おまえはずっと『プロに行く』って言ってきた。それがそのとおりになるんだからな」と感心された。自分で設定した目標は必ず達成する。これまでそうやって成し遂げてきた。

松本友選手とはなんでも話せた
松本友選手とはなんでも話せた

 奇しくも入団予定の阪神タイガースには、「僕の中で偉大な存在」という大師匠である藤井彰人コーチがいる。2016年、タイガースからの派遣でコーチ修行にきていた藤井コーチから、キャッチャーのイロハを教わった。(参照記事⇒「虎の男前」藤井彰人コーチ、古巣に里帰り。“藤井チルドレン”との再会

 最初に言われた「俺の引き出しを全部教えてやる」の言葉どおり、一から叩き込まれた。「試合展開の中で状況、ピッチャー、打者のどれを優先順位の一番にするのか」という教えは、ずっと頭に刻んできた試合中の大きな指針になっている。

 さらに今年はキャッチャー出身の田中監督になったことで、その“捕手道”により磨きがかけられた。「田中さんは藤井さんの教えをベースに、僕が(ふたりの教え方で)混乱しないように考えて言ってくれる」。

 田中監督はなにより大きな信頼を寄せてくれた。片山選手も「根拠を持つ」ということを大切に、その信頼に応え続けた。

■信頼されるキャッチャーに

がっちり握手
がっちり握手
福井ミラクルエレファンツに感謝
福井ミラクルエレファンツに感謝

 「甘えさせてもらっている」―。自身についてこう表現する。

 ここまで野球ひと筋に夢を追う姿を見てきたまわりの人たちから「『頑張ってるね』と評価してくれるし、ずっと続けてることに敬意を表してくれる」と好意的に受け止められていることは自覚している。

 しかし本人の感覚は少し違う。「好きなもの、自分の中で長けているものをやらせてもらっている。嫌なことをするより楽をしている。わがままな夢を追わせてもらっている」。体の疲れはあってもストレスはないはずだ。そう考えるから、「そこで弱音を吐くようじゃダメ」と己に鞭を入れてきた。

 だからここまで頑張ってこられたし、夢をかなえることができた。でもここが終わりじゃない。ここからがスタートだ。

 「僕、育成でよかったかも。楽ができないし、今より一層厳しくなる。支配下より努力しないといけないし、結果も見られ方も厳しいと思う。自分に隙を作らないようにという意味でも、育成だったことに意味があったのかと改めて思う」。

ドラフト会見後、色紙に「日々成長」としたためた
ドラフト会見後、色紙に「日々成長」としたためた

 まずは支配下にならないと勝負にはならない。そのために目指すのは、これまでと変わらず「チームを勝たせるキャッチャー」だ。

 これまで考えてきた独自の配球の考え方が、ステージの上がるNPBでどこまで通用するのか。いずれ「成功例として確立できるように」と、今後もブラッシュアップしていくつもりだ。

 描くキャッチャー像は「信頼されるキャッチャー」。人としてもプレーヤーとしても、だ。「ピッチャーからもチーム全体からも出して安心だと思われるキャッチャーになりたい」。

 やっとスタートラインに立てた。ここから果てしなく続く茨の道を、片山雄哉捕手は一歩一歩踏みしめて進む。

(撮影はすべて筆者)

片山 雄哉かたやま ゆうや)】

刈谷工業高⇒至学館大短大⇒福井ミラクルエレファンツ

1994年6月18日(24歳)/愛知県

177cm 83kg/右投左打/B型

片山雄哉の年度別成績(BCリーグ・福井ミラクルエレファンツ)

2015年  39試合 .164  0本塁打  2打点 16三振  9四死球  7盗塁

2016年  58試合 .271  2本塁打 26打点 37三振 24四死球  8盗塁

2017年  49試合 .285  5本塁打 35打点 37三振 31四死球  2盗塁

2018年  64試合 .330 14本塁打 62打点 50三振 60四死球 18盗塁

*本塁打14(リーグ6位)

*二塁打18(リーグ2位タイ)

*打点62(リーグ4位タイ)

*四球58(リーグ2位)

*盗塁18(リーグ12位タイ)

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