BCリーグ新監督に聞く vol.3―富山GRNサンダーバーズ・伊藤智仁監督(元ヤクルト)

選手を厳しくも温かく見つめる富山・伊藤智仁監督(撮影:筆者)

■富山GRNサンダーバーズ・伊藤智仁監督

伊藤智仁監督
伊藤智仁監督

 4月7日に開幕した独立リーグ・ルートインBCリーグでは、期待の新星たちが明日のNPB(日本プロ野球機構)入りを目指し、各地で汗を流している。

 今季は東西10チーム中、東の1チーム、西の4チームで監督が交代した。トップが代わると指導法や選手との関わり方、戦い方など自ずと変わってくる。新しい指揮官のもと、生まれ変わったチームにスポットを当てる。

 「新監督に聞く」シリーズ第3弾は富山GRNサンダーバーズ伊藤智仁監督だ。

■5月末までのチーム防御率はリーグ1位

5月20日、初勝利を挙げた湯浅京己投手
5月20日、初勝利を挙げた湯浅京己投手
伊藤監督のベンチでの“指定席”
伊藤監督のベンチでの“指定席”

 「ちょっとはおもしろくなったかな」。そう言うと伊藤監督は小さく笑った。5月20日。この日、首位に立つ福井ミラクルエレファンツとの2連戦で連勝し、今季2度目の4連勝を飾った。

 5月まで戦い終えて、12勝11敗と勝ち越し、ADVANCE-West3位の位置にいる。(5月31日現在の首位は信濃グランセローズ

 「思い描いたチーム作りとは全く違っていて…」と明かす伊藤監督。「なかなか長打がないチームなので、いかに考えながら点を取るか。まぁピッチャーが頑張ってくれてるんでね。(日本ハム―巨人)やヒース(ホワイトソックス―広島ほか。現在は埼玉西武ライオンズ)…彼らがチームの核となって、打てない時期もなんとかピッチャーが踏ん張ってくれて、踏みとどまってこれたって感じですね」。

 ここまでの戦いをそう振り返った。5月31日現在、チーム打率は .232とリーグ最下位だが、チーム防御率は3.47で同トップだ。

富山ベンチ
富山ベンチ

 「当初はどんどんどんどん打ってほしいなっていうプランもあったんだけど、なかなかそう思いどおりにいかない。最初はほんとにヒットが出なくてランナーも出ないっていう感じで…」と嘆くとおり、4月は9試合中3試合で完封負けを喫した。その3試合のチーム安打数は散発の4本、3本、3本だった。

 しかし「出たランナーをどうやって次の塁に進めるのか、どうやってチームを勝たせていくのか、選手みんなで考えながらやっていこうっていう感じにはなってきた」と徐々に得点能力も高まってきたという。

■もっとも大きなテーマは積極性

ベンチからサインを出す伊藤監督
ベンチからサインを出す伊藤監督

 そういった中、伊藤監督がもっとも大切にしているのが「積極性」だ。「動いていかないと、なかなかランナーも進めなくなってしまうんで。そのへんは選手に『失敗を恐れずにどんどんいってくれたらいい』って言っている」。

 この日も、一走が次打者の右前打で二塁ベースを蹴って三塁でタッチアウトとなる場面があったが、「自分でいけると思ったらどんどんいってくれと。それを叱ってしまうと、なかなか選手もいけなくなってしまうので。走ることによって、こういうところでいけるのかいけないのかをわかってくれると思うし、どんどんチャレンジしての失敗はおおいにやってくれと言っている」と、積極的に仕掛けたことに対しては不問だ。自身で体得することが重要なのだ。

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試合前の整列
試合前の整列

 積極性により“走塁革命”を起こしている最中だ。今はまずスタートを切ることに重きを置き、仕掛ける中でカウント、状況、ランナーの有無や位置によってどういうサインの種類があるのか、また自身の状況判断などを勉強中だという。

 「攻めた失敗というのはいいんですよ。消極的な失敗に関しては次に全く繋がらない。そういうのが見えたとき、多少は叱ります。ただ、ボクは感情的にならないようにはしている。感情的に言うとなかなか耳に入ってこないもの。しっかり説明して叱ってあげることで選手も次にチャレンジしやすいんじゃないかな」。

 選手が萎縮しないよう、勇気を持って一歩が踏み出せるよう気を配っている。

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富山ベンチ
富山ベンチ

 座学を取り入れたり、資料を作ったりもする。「どうやって盗塁するのか、っていうのも数字に出して教えたり。ピッチャーの投球やキャッチャーのセカンドスローの秒数を示して、それをピッチャーの動作を見ることで、どう縮めるかっていうね。これまで漠然と盗塁しよかなとポテンシャルだけでやっていたような選手たちが多いので、そのへん頭を使ってやっていけば、もっと先へ先へと進めるんじゃないかな。もっと貪欲に野球というものを勉強してほしいなと思っている」。

 これまで知らなかったであろうことを繰り返し説くうちに、選手たちにも浸透するようになってきた。「観察眼とか、けっこうそういう話ができるようになってきたね」と目を細める。

■ピッチャー目線の監督

福井の田中雅彦監督とは、かつてヤクルトでともに戦った
福井の田中雅彦監督とは、かつてヤクルトでともに戦った
試合前の握手
試合前の握手

 目指す監督像について訊くと「特にボクはこういう監督になりたいとかは全くなくて、ボクなりにボクらしい感じでいいんじゃないかなと思っている。あの監督みたいになりたいとは思わないですね。これまでの全監督から影響受けてるし、全監督から勉強もしてるから」という答えが返ってきた。

 「その中で、ボクはやはり“ピッチャー目線”になってくる。打撃に関しても技術的なところより、ピッチャー目線からどういう待ち方をすればいいのか、そういうことを教えていきながらね。どうやったらそのピッチャーが嫌がるかなというね。ボクもある程度、マウンドで投げてきたし、ヤクルトでも投手コーチを長年やってきたから、『こういうチームは嫌だな』というのがある。これまでの対戦相手から得たことを実践したい」。

 現役投手として、コーチとしての数多くの経験から得たことを反映させていこうとしている。

富山のマスコット・ライティー
富山のマスコット・ライティー

 “走塁革命”を打ち出しているのも、苦しめられた対戦相手から得たことだ。「イメージは去年のカープみたいな感じがいいなと思ったんだけど、そこまで打てる選手はいなくて。でも次の塁を貪欲に狙う姿勢というのは、プロでもアマでもできると思うから、意識を変えて。意識改革というか、とにかくこのチームは(昨年まで)外国人に頼って、そういうこと(走塁)もしなくていいチームだったらしいから。でも今年はいろいろ考えながら選手もやってくれていると思う」。失敗を重ねながら、目指す方向へと舵を切っている。

試合中、ケガをした選手を心配する
試合中、ケガをした選手を心配する

 そしてだんだんと変化が顕れてきた。「手応えはまだ全然ないけど、当初とはかなり意識は変わってきているのかなというイメージはある。序盤に比べればボールの待ち方であったり次の塁を狙う意識であったり、どういうことをすれば得点が入るのかなっていうことを考えながら、それができるできないは別にして、多少は変わってきたのかなという感じはある」。選手たちも伊藤監督の考え、そして頭を使うことの重要性を理解するようになってきた。

 「せっかくこういうポジションを引き受けることになったので、自分なりに自分が後悔しないようにやりたい」。全身全霊をかけて取り組んでいることが伝わってくる。

■「心技体」ではなく「体技心」

戦況を見つめる伊藤監督
戦況を見つめる伊藤監督

 現役投手として11年、投手コーチとして14年、合計25年NPBでやってきた伊藤監督だからこその信念がある。

 「ボクが常々言ってるのは、コンディショニングの大事さ。技術はもちろんなんだけど、『心技体』じゃなくてボクは『体技心』だと思っている。鍛えられた体があってはじめて、いい練習ができる。いい練習ができれば技術もついてくる。まず『体』。体を単純に大きくしなさいと言ってるし、トレーニングの時間も設けるようにしている」。実体験に基づいた言葉には重みがある。

ヒョンギュ選手
ヒョンギュ選手

 体づくりの大切さはこんこんと言い聞かせている。「BCリーグも体力的にきついかもしれないけど、NPBに行くとこれの数倍はしんどい。試合数も倍。移動もたいへんだし、移動ゲームもある。体が休まる時間も少ない。目指すんだったら体力をつけていい練習ができるようにと話している。就任してまず選手にお願いしたのが、体を大きくして頑丈な体を作りましょう、と。トレーニング、ランニング…コンディショニングの部分っていうのをしっかりやっていきましょう、と」。

富山ベンチ
富山ベンチ

 2月の練習がスタートした当初は、あまりの体力のなさに驚いたという。「『こんな練習してたらプロに入ってもキャンプでもうついていけないよ』って言って、ウォーミングアップから変えた」。プロに入っても恥ずかしくないようなウォーミングアップをしようと指導した。

 伊藤監督が目指すのは単に“NPBに入れる”ことではなく、“NPBで活躍できる”選手を育てることなのだ。

 「そのへんは乾やヒースらプロ経験者がいるってことが、周りにいい影響を与えたんじゃないかな。なかなかこのリーグしか知らない選手だとわからない。変にプロはたいして練習してないって思ってる選手、プロぶってる選手もいたけど、乾らが一緒にやりながら『あぁNPBではこういうことをやってるんだ』と見せると信憑性もある。そのへんの認識は全く変えた。“本当のプロ”というものを教えた」。

林崎龍也選手
林崎龍也選手
「後悔だけはしないように」
「後悔だけはしないように」

 しかし急激に成果が出るわけではないこともわかっている。「けっこう練習日も多いので、そのときにしっかりハードワークできるようにしているけど、ほとんどがついてこれてない。そんな急には変わらない。でもそういう意識が変わってくれば、このシーズンが終わって次のシーズンに向けて変わってくれるかもしれない」と、継続することを課している。

 そして、その中で監督として目を光らせる。「そこでやらない子は落ちていくだけ。このBCの世界でも淘汰されていく。それはしかたない。そのへんはしっかり見て、諦めさせるのもボクの仕事なんじゃないかなと思う。厳しいかもしれないけど、プロ野球はもっと厳しいから」。

 だからこそ、選手には口酸っぱく言う。「自分のレベル、自分の立ち位置、自分のタイプというのを知ること。あとは結果を恐れずに、失敗しても構わないからチャレンジしてくれ。攻める姿勢をどんどん見せてくれ」と。自身も後悔したくないと言ったが、選手にも後悔だけはしてほしくないのだ。

■6月2日、篠塚和典氏との1打席対決

富山GRNサンダーバーズ
富山GRNサンダーバーズ

 初めての監督業を「楽しくやっている」と笑顔で語る伊藤監督。選手が一生懸命に練習して、それがゲームで結果として出たとき、至上の喜びを感じるという。

 単身赴任で富山に来た。「家事がたいへん(笑)」と言いつつ、洗濯や料理も手馴れてきたようだ。そして「バス移動もだいぶ慣れてきた。最近、滋賀県ぐらいだったらあんまりしんどいと思わなくなってきた。3時間半くらいかな。本を読んでるか携帯いじってるか、寝てるか。そんな寝れないけど、寝ないとしんどいなと思って寝るようにしている(笑)」と、すっかり順応している。

(写真提供:R.E.WORKS)
(写真提供:R.E.WORKS)

 球団のグッズやイベントなどにも積極的にアイディアを出す。球団広報によると、伊藤監督考案のグッズがとてもオシャレだと人気があるという。

 また、伊藤監督が企画したイベントが6月2日に行われる。「高速スライダー号 応援バスツアー~下道では低速ですけど何か~」と銘打ったツアーで、試合前には篠塚和典氏(野球解説者=元 巨人)との1打席対決も行われる。

 1993年6月9日、ヤクルトの投手として当時セ・リーグタイ記録の16三振を奪いながら、篠塚氏にサヨナラ本塁打を浴びて敗れた伊藤智仁投手。「伝説のサヨナラ」として語り継がれる因縁の対決の再戦となるが、25年のときを経て伊藤監督が“リベンジ”できるかに注目が集まる。(詳細⇒6月2日のイベント

 さまざまな面で富山に新しい風を吹かせている伊藤智仁監督。“伊藤イズム”がじわじわと浸透してチームがどのように熟成していくのか楽しみだ。

(表記のない写真の撮影はすべて筆者)

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