戦力外から裏方、そして再びプロ野球選手へ―150キロ左腕・古村徹(元DeNA)の復活と進化【後編】

試行錯誤し、新境地にたどり着いた古村徹投手(富山GRNサンダーバーズ)

■NPB復帰へ向けて最後の挑戦

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 富山GRNサンダーバーズ古村徹NPB復帰に向けての最後の挑戦が始まった。目指すは「150キロ」。スカウトの注目を集めるため、強烈な“インパクト”を己に課した。(参照記事⇒前編

 しかしシーズン前、自身の状態に驚いた。「ぐっちゃぐちゃでしたね、投げ方が」。まだ体ができていない時期とはいえ、こんなことは初めてだった。

 「“サイドスローの名残り”ですね」。愛媛マンダリンパイレーツ(四国アイランドリーグ)で昨季の途中、急造でサイドスローにしたことが原因だった。オープン戦の初戦では球速は134キロしか出なかった。「とりあえず0で抑えるということだけ考えた」という状態だった。

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 ブルペンでも「毎回違うフォームで投げてるような感じだった」と、まったく安定しなかった。「あれ?こんなフォームだっけな?」と投げるたび、首をかしげていた。

 しかし、だからといってサイドに戻す気はまるでなかった。「後悔したくなかった。自分が今までやってきてないフォームで勝負しても、結果は出ないと思ったんで」。25歳の今年、ラストイヤーと決めていたからだ。

■“サイドスローの名残り”からのターニングポイント

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 まず伊藤智仁監督(ヤクルトスワローズ―東京ヤクルトスワローズ、来年度は東北楽天ゴールデンイーグルス)に言われたのが、肘が下がっている点だ。どうしてもサイドスローをしていた影響で肘が下がることにより、手首が寝てしまう。それによって叩けず、回転も弱くなる。「それが一つ目の“サイドスローの名残り”ですね」。

 さらにもう一つ、体のねじれも指摘された。それは横浜DeNAベイスターズの先輩・須田幸太投手の言葉ともリンクしていた。実は1月、平田真吾投手飯塚悟史投手らとの宮古島での自主トレに1週間ほどだが参加させてもらった。そのとき、ブルペンで須田投手から「ねじれすぎてテイクバックが後ろから出すぎる。そこは注意しろ」とアドバイスをもらっていたのだ。

 これもまた、“サイドスローの名残り”だった。「サイドスローってどうしても体をねじってしまう。それを完全にとるまでは時間がかかった」。

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 まず、どう直していいのか修正方法がわからなかった。オープン戦の結果も振るわず、開幕までには仕上がらなかった。「監督は試合で使いながらよくしていくより、完全に形になってから勝負させたいというのがあったんだと思う」。古村投手にとっての最善の起用が考えられ、開幕当初はベンチ入りしながらも登板はなかった。

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 しかし、ひょんなことから兆しを手に入れた。開幕直前のことだ。同じく新入団の乾真大投手(北海道日本ハムファイターズ―読売ジャイアンツ)のキャッチボールをじっくり見る機会があり、ふと閃いた。「モノマネじゃないけど、ちょっとこれやってみよって」。古村投手には、やろうと思ってすぐマネができる器用さがある。

 すると「そこでいきなりピンときて。なんだこの感覚は…ってなって。それが結果的に、肘が下がんないで手首が立つことに繋がった。急にきました(笑)」。

 これが大きなターニングポイントとなった。今振り返っても、そこが「今年最初の分岐点」だという。

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 モノマネから入ったとはいえ、体の使い方が理解できれば修正は早かった。開幕はしていたが、そこからシート打撃の登板で仕上げにかかった。

 ここでまた、伊藤監督から三つ目の“サイドスローの名残り”を指摘された。投げる過程でホームの方向に向かわなければならない体の軸が、ファースト側に倒れてしまっていた。それも意識して臨んだシート登板で改善することができ、やっと初登板を迎えた。4月22日のことだ。

 伊藤監督の思惑どおり、しっかりと形を作り上げてからの登板となり、ここでいきなり146キロが出た。昨年、愛媛でサイドに転向する前に出した自己最速タイだ。

■状態が上がり、セットアッパーに

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 手応えも得て、そこからはコンスタントに登板を重ねた。5月はじめには2年ぶりの連投をするなど、8試合連続で無失点と結果を残した。ところが5月末、練習中に首を痛めて3連投目で初めて失点した。

 しかしその間に自己最速の149キロを叩き出していた。いよいよ150キロ目前まできた。

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 首を痛めた反省から二度とケガしないように気持ちを引き締め直し、改めて野球にすべてを懸けようと誓った。

 その後、デュアンテ・ヒース投手が埼玉西武ライオンズに移籍したことによって大井眞尚武佐藤宏樹の両投手とともに日替わりでセットアッパーを務めることになり、登板機会が増大した。

 そんな折、NPBのスカウトが視察に訪れた。「初めて僕を見にきていると公言されて、めちゃめちゃ気負ったのを覚えている(笑)」。結果は1回を1安打、3三振、3四球で無失点だった。注目されていると意識することで自信も芽生えてきた。

■すべてを失ったジャイアンツ戦

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 順調なまま後期に入り、また次の転機が訪れた。7月のジャイアンツ3軍戦だ。3連戦中2試合に登板した。結果は2試合とも無安打で、1失点したのみだった。

 しかし「ジャイアンツだからと気負ったわけじゃないけど、それまでやってきた取り組みが全部できなくなって…。どこで(ボールを)離せばいいんだろうってくらい、ぐちゃぐちゃになりました、この巨人戦で」と、古村投手の中ではとんでもないことが起きていた。

 「ここで僕、完全に失いましたね、全部…」。

湯浅京己投手と柔軟比べ
湯浅京己投手と柔軟比べ

 そこから試行錯誤が始まった。結果的に0で抑えてはいたが、自身の中では「もう、むちゃくちゃでした」。開幕前に“サイドの名残り”で苦しんだときとはまた違う、得体の知れないものに襲われていた。

 そこで「一回、消した。これまで意識してきたものをすべて、捨てた」と、真っさらな状態にしようとした。それでもよくならず、肘もややサイド気味にしてみたりまでした。それも効果はなかった。

 ただもう、任された八回を0で抑えることだけを考えていた。

■2度目のターニングポイントで150キロ

後藤庸輔投手にアドバイス
後藤庸輔投手にアドバイス
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 そんな中、2度目のターニングポイントが訪れる。それは8月8日だという。まず、その前段があった。

 同3、4日に連投し、5日もブルペン待機していた。「そのときまた急に、ポンと感覚を取り戻して…」。それは「グローブの使い方」だったという。

 「巨人戦のときのリリースポイントが頭の真横だった。今までだったら1コ前だったところが、『横の時間を長くしよう』とか、巨人戦だからか無意識に力みで体が使えてなかった。結局、それまでの取り組みが完全に癖づいてなかったんだと思う、たぶん」。

 こう自己分析した上で「最後にグローブを回した」という。というのも「腕の通りをストレスなく、よくしよう」と考えたからだ。フォロースルーの軌道を意識するためにグラブを引いた。すると「腕が通る」ようになったという。

 かつては「左投手だから横向いてる時間を長くしろ」という指導もあった。しかし人の体というのは、正面を向いたときにもっとも能力が発揮されるものだと気づいた。理に適う動きにのっとってやってみたところ、「思うように投げられるようになった」と嘘のように、それまでの苦しみから脱することができた。

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 それを掴んでからの8月8日だ。「スライダーですね。今まで横曲がりだったスライダーを吹っ切れた」。それまで古村投手のスライダーは「カーブ気味」というくらい大きな横曲がりだった。そのボールに自信を持っていた。

 ところがジョニー・セリス選手に打たれたことで「このままじゃダメだ」と気づかされた。そこで、これまでの武器を捨てるくらいの覚悟で手に入れたのが、カットボールだった。結果が出ているときは必要性を感じなかったが、いざ手にしてみると投球の幅が広がった。

 スライダーとカットを使い分けることができるようになり、新たな自分のピッチングを確立した。

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 「ここから自分を表現できるようになった。意図してそこに投げられる、投げ分けられるようになった」。もはや無敵だった。「それまではバッターに対して、『今日ストライク入るかな』というほうが強かったけど、『今日はどうやって空振り取ろう、三振取ろうかな』と思うようになった」。完全に自分主導であり、勝負を操っていた。

 「そうなると自分のパフォーマンスが上がるから、メンタルも強くなってくる。『どうしよう』がまったくなくなった」。8月8日の次の試合から8試合、四球はわずかに1つ、自責は1で、シーズン終了まで無双した。そしてその最中(さなか)、150キロを連発した。

 この間の古村投手は、それまでとは別人といってもいいくらいだ。「ニュー古村」は、シーズントータルの数字からは窺い知れない確かなものを手に入れていた。それは間違いなくNPBで即戦力として通用するものだ。

■涙に暮れたチャンピオンシップ

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 ただ、最後に悔しいことがあった。コンディション不良で西地区のチャンピオンシップに投げることができなかった。こんな大事なときに…と自分を責めた。

 なんとか投げさせてほしいと志願したが、伊藤監督から「ここはお前が燃え尽きるところじゃない。ここで無理するな」と止められた。チームとして戦力ダウンは痛いはずだが、自身の現役時代の経験からか、なにより選手の体を第一に考えてくれる伊藤監督らしい判断だ。

 その気持ちを受け止め、ネット裏でビデオ撮影やチャートつけに徹した。勝ち抜けば、その先のBCチャンピオンシップには間違いなく間に合う。勝利を祈った。

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 しかし、2連敗した富山はそこで今季のすべてを終了した。最後の試合途中、古村投手はこみ上げてくるものを堪えきれなかった。

 本来なら八回のマウンドに自分が立っているはずだった。それがネット裏で仲間が打たれるのを見ている。「トイレに駆け込んで大泣きしました。だっせ~って思いながら(笑)」。自身の不甲斐なさを恨んだ。

 「今までの集大成じゃないけど、富山の選手としてリーグ優勝、日本一になることが色んな方への恩返しになる。せっかくここまで八回を任せてもらってきたのに…」。悔しさ、申し訳なさで、溢れ出る涙を止めることができなかった。

■自分の可能性を信じ続けた

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 そしてシーズン終了後、BCリーグ選抜の試合(注1)に異例の抜擢をされた。オリックス・バファローズ戦、1点リードの場面での登板だった。アウトを2つ取って、最後のバッターはなんと高城俊人選手。かつてのベイスターズでの同期入団だ(注2)。

 敵として対峙するのは初めてだ。「打席に入ってきたときに、改めていい選手だなと思った」。まっすぐで押して、カウント2-2から最後はフォークで空振り三振を奪った。高城選手も「まっすぐを狙いにいっても捉えきれなかった」と、古村投手の進化に舌を巻いていた。

阪神タイガースにドラフト指名された湯浅京己投手と
阪神タイガースにドラフト指名された湯浅京己投手と

 ここまで紆余曲折し、もがきながら成長、進化をしてきた。言葉にすると簡単だが、そこには表現できないくらいのつらさ、苦しさがあった。

 しかし、めげなかった。腐らなかった。ただただ自身で打ち立てた「NPBに復帰する」という目標に向かって、邁進した。壁に当たっては、その壁をぶち壊してきた。その練習量、精神力、意識の高さは並大抵ではない。

 「150キロ」を実現したこと、新たな武器であるカットボールを習得したこと、さらには「古村徹」という投手をバージョンアップし、確固たるものに仕上げたこと。そこには自分を信じる力があった。誰よりも自分に期待し、自身の伸びしろを信じていた。

 あとは吉報を待つだけだ。待ち望んだその報せが届いたら―。そこからが本当の勝負の始まりだ。

(撮影はすべて筆者)

(注1)BCリーグ10球団から選抜されたドラフト候補選手でチームを結成し、NPBファームと対戦する。ドラフトに向けての最後のアピールの場となる。通常、ドラフト対象選手のみだが、古村徹が出場したのは異例である。BCリーグからの強い推薦だった。

(注2)高城俊人は今季途中、赤間謙・伊藤光との交換トレードで白崎浩之とともに横浜DeNAベイスターズからオリックス・バファローズに移籍した。

古村 徹こむら とおる)】

茅ヶ崎西浜高⇒横浜DeNAベイスターズ⇒愛媛マンダリンパイレーツ(四国アイランドリーグ)⇒富山GRNサンダーバーズ

1993年10月20日(25歳)/神奈川県

180cm 78kg/左投左打/B型

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