鉄の意志を持つ“富山の末っ子”・湯浅京己がたった1年でプロ野球の扉を開いた(阪神ドラフト6位)―前編

笑顔でキャッチボールする湯浅京己投手(富山GRNサンダーバーズ)

 弱冠18歳の少年が自分で考え選択し、自らの未来を切り拓いた。

 そして19歳の秋、その思いを結実させた。

 湯浅京己富山GRNサンダーバーズ)。先日のNPBドラフト会議で阪神タイガースに6位指名され、最高峰のステージへの門が開かれた。

■聖光学院に憧れて

笑顔でストレッチ
笑顔でストレッチ

 野球に飢えていた。渇望していた。野球がやりたい。野球だけに集中したい―。その一心で、BCリーグに進む決意をした。まわりの反対を押し切っても。

 そのたぎる思いの源は、満足にプレーできず不完全燃焼だった高校時代にあった。

 そもそもなぜ、出身の三重から遠く離れた福島の聖光学院高校に進学したのか。そこから振り返ろう。

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 湯浅投手が本格的に野球を始めたのは小学4年のとき。本当は1年からやりたかったが、野球経験者である父・栄一さん(社会人の昭和コンクリートで捕手としてプレー)から、肩や肘のことを考えて「我慢しろ」と止められていたのだ。それまでは栄一さんとのキャッチボールなど遊びでする程度だった。

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 高学年になったころだ。地元の尾鷲市に奥村幸治氏が講演に訪れた。奥村氏はかつてイチロー選手の専属打撃投手を務め、その後、宝塚ボーイズの監督として多くの野球少年を指導している人物だ。

 その講演の中で何度も語られた「聖光学院」。熱心に耳を傾けていた湯浅少年の脳裏に「聖光」はクッキリと刻み込まれた。具体的な内容は覚えていないというが、「そんときからずっと聖光が好きになって、聖光に行きたいって思うように」と目標になった。

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 余談になるが、小学6年のとき、NPO法人ベースボールスピリッツ(代表:奥村氏)が開催する「ベースボールスピリッツ杯」に湯浅投手の所属チームも出場した。「そのときの開会式だったかな。講演っていうか、話をしに来てくれたのが歳内さんだったんです」。

 歳内宏明投手は宝塚ボーイズ、そして聖光学院の出身だ。ちょうどタイガースに指名された直後のことだった。どうやらこのときからすでに縁は結ばれていたようだ。

■自分に与えられる試練は必ず乗り越えられる

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几帳面?にタオルをたたむ
几帳面?にタオルをたたむ

 念願かない、親元を離れて聖光学院に進学した湯浅投手だったが、入学間もない5月に突如、腰痛に襲われた。

 「腰が痛くて痛くて…歩くのもしんどかった」。成長痛だった。「ある程度、身長が伸びきらないと治らない」と医師から告げられた。

 どうにもならない。野球どころではない。痛みをこらえながらストレッチやウォーキング、椅子に座ってのネットスローなどできることをしつつ、チームのためにノックの補助などを手伝った。

 秋に入ったころだ。「部長さんから『マネージャーをやってみないか』という話をしてもらって、そんときは正直、嫌だったんですけど、いろんな話を聞いて…」。治ったときに選手として復帰させてもらう約束をして、引き受けることにした。

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 チームメイトが野球をやっている中、練習の補助をするのは正直つらかった。けれどなんとか気持ちを切り替えてマネージャー業に徹した。記録員もマネージャーの仕事のひとつだったが、最初はスコアの書き方すら知らなかった。「まずスコアを覚えるところから始めました」。

 しかしこの時間を、湯浅投手は無駄にはしなかった。スコアをつけながら常に耳は“ダンボ”にしていた。「監督さんや部長さんが選手に注意していることを真横で聞いていた。たとえばピッチャーの牽制のタイミングとか…。エンドランを仕掛けてくるカウントとか、そういうのを聞いて頭に叩き込んでいた。自分が復帰したときに注意されないようにと思って」。体が動かせないなら頭を鍛えようと、「野球頭」をブラッシュアップし続けたのだ。

 そしてその間、選手復帰の情熱はずっとずっとたぎらせていた。

 そのころ、自分に言い聞かせたのは「神様は自分が乗り越えられる試練しか与えない」という言葉だ。自分に与えられる試練は必ず乗り越えられると信じた。

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 やがて、痛みも徐々に癒えはじめ動けるようにもなり、1年後の2年秋、選手として復帰することができた。しかも念願の投手で。内野手で入学したが、実は投手志望だった。離脱している間も考え続けていた。出た結論は「ピッチャーをやらないと後悔する」―。

 初めての登板は秋季東北大会が終わった後、11月の練習試合だった。ここでいきなり135キロを計測し、投げた手応えも悪くなかった。

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 そして3年春の県大会で公式戦デビュー。決勝戦で先発し、4回3失点。「あんま覚えてないけど、とりあえず緊張してました(笑)」。離脱している間に鍛えた「野球脳」も身についており、それが役にも立った。

 背番号18で参戦した夏の県大会では3回戦で1イニング投げ、自己最速の145キロが出た。しかしその後、甲子園のベンチ入りメンバーの中に自身の名前はなかった。

「肩甲骨周りが柔らかく、可動域が広い」と岡トレーナー
「肩甲骨周りが柔らかく、可動域が広い」と岡トレーナー
「腕の上げ方がスムーズでケガしにくい」と岡トレーナー
「腕の上げ方がスムーズでケガしにくい」と岡トレーナー

 「悔しかった。すごく悔しかった…」。

 近年でも特に投手層の厚い年だった。「僕以外の4人が選ばれました」と唇を噛む。復帰して半年と少し。状態は悪くなかった。しかし同級生と比べてあまりにも経験が少なすぎたことが要因だった。

 決定した甲子園メンバーはもう覆せないとわかってはいたが、打撃投手やシート打撃の登板で懸命に腕を振った。シート打撃ではほとんど打たれなかった。

 「あぁ…、湯浅を選んでおけばよかった…」。

 誰の目にもそう映るくらいの全力投球だった。もちろん一番はチームのためという思いからだが、そこには見返してやりたいという反骨心も込められていた。

 甲子園ではスタンドで力いっぱいチームメイトを応援した。「ほんとに頑張ってほしいという気持ちで応援してました。でも、心の中では悔しいという気持ちがあった」。その思いはどうしても拭い去ることはできなかった。

■意志を貫きBCリーグ・富山へ

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 その後、進路を考えたとき、湯浅投手の頭の中には「独立リーグ」一択しかなかった。まわりの大人たちは将来も考えて大学進学を勧める。もちろん大学でも野球はできる。しかし、心の中に不完全燃焼の野球熱が燻り続けている湯浅投手は、どうしても野球“だけ”に集中したかった。ましてや頑張れば1年でNPBへの道が開ける。湯浅投手自身に迷いはなかった。

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 それでも一旦は意見を聞き入れ大学を受けることにしたが、「全国経験がない」という理由によって一次の書類だけで落ちてしまった。そこで再び「BCに挑戦させてください」と願い出、ようやくトライアウトを受けられることになった。なんとか志望届けの提出期限ギリギリに間に合い、腹をくくってBCリーグのトライアウトを受けた。

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 ドラフト1位で富山GRNサンダーバーズに入団することになったのは、湯浅投手にとって幸運だった。今年、富山の監督に就任したのが、東京ヤクルトスワローズで投手コーチとしての指導歴14年を持つ伊藤智仁氏だったのだ。華々しい活躍をした一方、故障に泣かされた伊藤監督は、指導法の引き出しの豊富さには定評がある。

 いや、しかし「幸運」という言葉で片付けていいのか。これは「必然」であろう。湯浅投手の強い意志が引き寄せたに違いない。

 ここから師弟のNPBを目指す挑戦が始まった。(後編へ続く)

( 後編⇒鉄の意志を持つ富山の“末っ子”・湯浅京己がたった1年でプロ野球の扉を開いた

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(撮影はすべて筆者)

湯浅 京己ゆあさ あつき)】

聖光学院高⇒富山GRNサンダーバーズ(BCリーグ)

1999年7月17日(19歳)/三重県

183cm 88kg/右投右打/O型

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