ヤクルトスワローズD8位は米マイナーリーグからの逆輸入155キロ右腕・沼田拓巳(BC・石川)

女性ファンが増えそうな甘いマスクの沼田拓巳投手(撮影:筆者)

■東京ヤクルトスワローズから8位指名

 「小さいときからの夢がやっとかなって、心から嬉しかった」。甘いマスクをほころばせて、BCリーグ・石川ミリオンスターズ沼田拓巳投手は喜びを語る。

ドラフト指名直後、渡辺正人監督とともに(撮影:チハル)
ドラフト指名直後、渡辺正人監督とともに(撮影:チハル)

 今年のプロ野球ドラフト会議で、東京ヤクルトスワローズから8位指名された。「人生で味わったことないくらいの嬉しさが、一気に腹からパーンときた感じ(笑)」と表現する。

 と同時に「石川には感謝しかないです。来てよかった。プラスしかない」と球団への思いを口にする。

 「1年間ローテーションで使ってくれた。いいときもあったけど、ダメなときもあった。波があった。それでも使い続けてくれた渡辺(正人)監督多田野(数人)コーチには本当に感謝している。我慢して使ってくれたことで、今のボクがあると思っているし、指名もされた」。何度も何度も感謝という言葉を繰り返した。

■波乱万丈の野球人生

(撮影:筆者)
(撮影:筆者)

 ずっと夢見てきたプロ野球の世界。幾度となくその夢は潰えそうになったが、強い意志をもって紡いできた。

 大垣日大高から名古屋産業大に進学したが1年夏に中退。クラブチームのエディオン愛工大BLITZに入り、都市対抗の予選で151キロを計時した。

 その後、2014年4月にアメリカに渡り、ドジャース傘下の1Aで米マイナーリーグのベースボールも経験した。

(撮影:チハル)
(撮影:チハル)

 しかし翌年6月に自由契約となり、帰国後、7月からBC・群馬ダイヤモンドペガサスでプレーすることとなった。当時、群馬にいたアレックス・ラミレス選手(現・横浜DeNAベイスターズ監督)と同じエージェントだった縁からだ。

 群馬でプロスカウトの目に留まって一躍ドラフト候補となり、数球団から調査書も届いた。しかし残念ながら指名はなく、2年目の昨季は注目度も下がった。

 そこで心機一転、ことし石川に移籍した。「なんとしてもNPBにいく」と決意を新たにし、背水の覚悟でオフのトレーニングメニューから変えて臨んだ。これまでよりウェイトトレーニングの比重を減らし、それよりも「瞬発系、バランス系と体幹をメインにやった」という。スキルアップを考えてのことだ。

■失敗から学んだ

寺岡寛治投手(楽天7位)とおふざけ?(撮影:筆者)
寺岡寛治投手(楽天7位)とおふざけ?(撮影:筆者)

 しかしそんな努力とは裏腹に、今季のはじまりは最悪だった。開幕2戦目の先発を任されたことは多大なる期待の顕れだとわかっていた。が、それが気負いになってしまった。

 いきなり先頭打者にヒットを浴びると、ストライクが入らなくなった。足でも揺さぶられ、結果、打者一巡を許して4安打、5四死球、9失点。取れたアウトは三振による1つだけだった。

 「新しいチームで結果を残そうと自分にプレッシャーをかけた。それが空回っちゃって…」。

(撮影:チハル)
(撮影:チハル)

 しかしこれが結果的に、のちの沼田投手のピッチングを作り上げることとなった。

 「修正しなくちゃと思って」と試したのが、振りかぶるのをやめてクィックで投げることだった。

 さらに「(投げ終わったあと)右足を蹴り上げないようにした。そうすることで目線が上下にブレなくなって、コントロールが定まった。キャッチボールからやってみて、ブルペンでも試して」と試行錯誤して、ようやく落ち着いた。

 「今はもう、してないんですけど」とは言うが、修正方法の一つとして確実に引き出しを増やすことはできた。

撮影(チハル)
撮影(チハル)

 また初戦の反省から、先発の役目として「ゲームを作る」ということを強く意識するようになったという。

 「先頭打者を出さないことと四球を出さないこと。四球を出すと守備のリズムも崩れるし。そこを気をつけたら、いいリズムでバッティングにもいい流れでいくなと思った」。

何を思う・・・?(撮影:チハル】
何を思う・・・?(撮影:チハル】

 さらにボール自体にも磨きをかけた。スピードガンの数字ではなく、ボールの質を追い求めた。「回転数です。甘いところにいってもファウルになるような」。そのために体重移動を意識し、脱力してリリースで一気に力を解き放つように取り組んだ。

 これまでの最速は155キロ。縦と横のスライダーにスプリット、カーブ、ツーシームを織り交ぜ、リーグ3位の109の三振を奪った(20試合・114回)。

■師匠は一二三慎太投手(もと阪神タイガース)

イベントの表彰式にてプレゼンターを務める(撮影:筆者)
イベントの表彰式にてプレゼンターを務める(撮影:筆者)

 沼田投手が野球を始めたのは、そんなに早くはない。遊びでキャッチボールはしていたものの、実際にチームに入ったのは小学5年の夏以降だ。

 4年の1年間はサッカーに夢中だった。5年でバスケットボールを始めたが半年で辞め、仲いい友だちに誘われるまま野球を始めた。チームに入ると即、「エースで4番」。

 野球のおもしろさに目覚めた沼田少年は、6年からは強豪チームに移り、そのままそのチームの中学部に進んだ。中学まではピッチャーとセンターだった。

「ピッチャーってかっこよくないですか」by沼田拓巳(撮影:筆者)
「ピッチャーってかっこよくないですか」by沼田拓巳(撮影:筆者)

 大垣日大高からはピッチャーに専念したが、ピッチャーというポジションの魅力について沼田投手に訊いてみると、ニヤリと白い歯を見せた。「シンプルに、ピッチャーってかっこよくないですか?」。

 「目立てるし、三振を取ったときの気持ちよさっていうか。(勝負に)勝ったって感じがします」。追い込んだら常に三振を狙うという。

 「まっすぐで取れるのは嬉しいし、変化球だと駆け引きで、やったったぞって思う。ピッチャーやってるからには三振は気持ちいいし、ひとつでも多く取りたいと思う」。

憧れの“慎さん”こと一二三慎太投手と(撮影:筆者)
憧れの“慎さん”こと一二三慎太投手と(撮影:筆者)

 あれ?この感じ、誰かに似ている…。そうだ!もと阪神タイガース一二三慎太投手だ!

 実は一二三投手、現在は石川ミリオンスターズで練習生として右肩のリハビリに取り組んでいる。つまり沼田投手の先輩にあたる。

 聞けば、「慎さん(一二三投手)は憧れの人」という。どうやら大きな影響を受けているようだ。

寺岡寛治投手は「おにいちゃんみたい」だそう(撮影:筆者)
寺岡寛治投手は「おにいちゃんみたい」だそう(撮影:筆者)

 「慎さんからプロ野球の世界のことをいろいろ学べた。トレーニングメニューや練習メニューのこと、プロはどういうことしてるのかとか、いろんなこと教わった。慎さんに出会えて本当によかった。これからもずっとついていきたい。野球でもプライベートでもかっこいいし、ボクの中では師匠です」と心酔しきっている。

 親分肌の一二三投手も、沼田投手のことを可愛がり、「コイツ、プロで絶対に人気出ると思うんすよね」と心から応援している。

いずれ同じステージで“師弟競演”を…。それはお互いにとって夢のひとつだ。

■肩周りの柔軟性と下半身の高い筋力

この柔らかさ!(撮影:筆者)
この柔らかさ!(撮影:筆者)

 沼田投手の体を見てきた石川の片田敬太郎フィジカルパフォーマンスコーチは、そのピッチングを「よくしなる柔らかい鞭」と表現する。しなりを生み出しているのは驚異的な柔軟性と下半身の高い筋力だという。特に肩周りの柔らかさは特筆ものだ。

 この柔軟性を手に入れたのは中学2年のときだという。強豪チームと対戦したときに名前負けした沼田少年は、ストライクが入らなくなってしまった。そこで監督から「ピッチャーではもう使わん!」と叱責され、一念発起してチームとは別に野球教室に通った。

前から見るとこんな感じ(撮影:筆者)
前から見るとこんな感じ(撮影:筆者)

 そこではシャドーピッチングを延々1時間、課せられた。「下半身を使った動きを覚えるというのが目的でした」。

 と同時に教わったのが、タオルの端と端を持って体の後ろで回すという動きだ。それを風呂上りに何度も繰り返し、お父さんに肩甲骨の隙間に手を入れてもらうというのも毎日継続したことで、肩周りの柔軟性が格段にアップした。

 「柔らかく使える」と鞭のようにしならせることができるだけでなく、「疲労しにくいんです。投げても投げても疲れない」との利点もあるという。

“師匠”と“おにいちゃん”と(撮影:筆者)
“師匠”と“おにいちゃん”と(撮影:筆者)

 また、沼田投手には最速155キロを生み出す馬力がある。それはマイナー時代に培った。「とにかくトレーニングしましたね。それで体が強くなったし大きくなった。球の強さも」という。

 「上半身の日と下半身の日と分けてやったり、日本とは違うトレーニングもいろいろやりました。体幹のメニューとか豊富で、こんなにあるんだって驚いた」。アメリカでは会話や食事には苦労したそうだが、「本当にプラスになった」と、この経験値は沼田拓巳という人間を大きく成長させてくれた。

■忘れられない斉藤和巳投手の姿

これからは自分が子どもたちの夢になる(撮影:筆者)
これからは自分が子どもたちの夢になる(撮影:筆者)

 沼田投手にとって、子どものころにテレビで見た忘れられない光景がある。斉藤和巳―もと福岡ソフトバンクホークスのエースの姿だ。

 2006年、プレーオフ第2ステージ・第2戦の北海道日本ハムファイターズ戦に先発した斉藤投手は0-1で完投サヨナラ負けを喫し、その瞬間、マウンドで膝から崩れ落ちて涙した。

 中学1年だった沼田少年の心の琴線にふれたのは「チームのために投げている」という、滅私の姿勢だ。「こんなにチームのために頑張れる人はいない」と感銘を受け、その後、よくフォームを真似したりしていたそうだ。

 だから自身もチームのために働くことを目指す。「斉藤和巳さんのように、チームにとって絶対的な存在になりたい」と誓う。

■絶対的な存在になる

プロ入りの3選手―左から寺岡寛治、寺田光輝、沼田拓巳(撮影:筆者)
プロ入りの3選手―左から寺岡寛治、寺田光輝、沼田拓巳(撮影:筆者)

 指名あいさつに来てくれた阿部健太スカウトには「ボクはまっすぐに自信があるんで、まっすぐで押せるピッチャーになります!ここぞというところで三振を取ります」と宣言した。

 阿部スカウトからも「沼田くんはまっすぐに魅力がある。これからも磨いて、技巧派のピッチャーにはならず、今の自分をそのまま伸ばしてほしい」と言われた。即戦力投手としての期待をひしひしと感じた。

感謝の気持ち(撮影:筆者)
感謝の気持ち(撮影:筆者)

 ドラフト順位こそ下位だが、チャンスは少なくない。「キャンプから勝負が懸かっていると思うので、ケガせずアピールしたい」と今から体の準備は万端だ。

 「開幕から1軍のローテーションに入る」というのはもちろんのこと、「1年間ローテを守る」という目標を掲げる。

 現実はもちろんよくわかっている。「来年にはまた次のルーキーが入ってくる。だから1年目が大事」と気を引き締める。

 1年目の来季、自身の力でチームの信頼を勝ち得て、いずれは絶対的な存在になる。

沼田 拓巳ぬまた たくみ)】東京ヤクルトスワローズ・8位

1994年3月4日生/185cm 88kg/右投 右打

愛知県出身/大垣日大高校―エディオン愛工大BLITS―ドジャース(1A)

最速155キロのストレートに縦と横のスライダー、カーブ、ツーシーム。回転数の多いストレートで三振を狙う。

末っ子特有の人懐っこさで、年上に可愛がられる。

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