後輩たちに負けない!名門・明徳義塾の2年前のエースが独立リーグからNPBを目指す《BCリーグ》
■無四球で3勝目
納得いくピッチングができた。後期に入って初めてといっていいくらいだ。「今日はなんとしても勝ちたいと思っていた」。ルートインBCリーグ・滋賀ユナイテッドBCの飛田登志貴投手はお立ち台で顔をほころばせた。
7月20日の福島ホープス戦で7回を投げ、6安打1失点。失点はジョン・ボウカー選手(読売ジャイアンツー東北楽天ゴールデンイーグルス)に許したソロ弾だけで、無四球、球数も77球と省エネピッチングだった。
「四球がなかったのがよかった。フルカウントも一回だけだったし」と満足する一方で、反省点もある。初回の被弾だ。2球で追い込んだが、「落ちる球を試したかった。でも抜けて打たれた。監督からも『あそこは投げたい球を投げなあかん』と言われました」と猛省する。
上園啓史監督も「いいところへ変化球でストライクがとれるのは持ち味。普通はまっすぐでストライクをとるもんだけど、彼は変化球でストライクがとれるのが武器」と評価する。
ただ「これを続けてほしい。一回よくて次はボコボコ…というのが続いている」と安定したピッチングを求める。
確かに後期スタートの6月24日、福井ミラクルエレファンツ戦では5回を無失点だったが、7月2日(同戦)の先発では5点を失い、1・1/3回でノックアウトされている。同8日の読売ジャイアンツ3軍戦では中継ぎで3・1/3回を3失点と、相手に流れを渡してしまった。
「福井戦(7月2日)で投げ方がわからなくなって…」というところまで追い詰められていた。上体が突っ込んでしまい、腕がまったく振れなかった。当然、ボールの威力も落ちる。
そんなとき、上園監督からアドバイスされた。これまで前の左足を爪先から着地させていたが、「踵(かかと)から着いてみろ」と。爪先から着いていたときは同時に腕を振ってしまっていたが、踵からに変えると、着地してから腕を振るまでに“間”ができた。
キャッチボールから意識するように取り組むと、「球がいくようになったんです!」と、これまでとは違う自分に出会えた。
その新しい自分で臨んだ初めての試合で結果が出せた。だからこそ「次が大事です」と、表情を引き締める。続けないと意味がないことを、自分が一番よくわかっている。
■明徳義塾のエースは桜美林へ
高校は名門・明徳義塾高校だった。甲子園の常連校だ。自身も2年春と3年夏に出場した。
2年夏の予選前、右ヒザの手術をした。身長が伸びるにつれて骨が飛び出して靭帯に当たって痛みが生じる「オスグット(=オスグット・シュラッター病)」といわれる症状だった。半年間はリハビリに費やしたため、その夏はチームの甲子園出場を涙を飲んで見守った。
2年までは野手兼2番手投手だったのが、3年春からはエースとなった。最後の夏には堂々の背番号1で聖地のマウンドに上がった。一回戦で敦賀気比高校に敗れたが、上のステージで野球を続けていこうと心に決めた。
桜美林大学に進学して愕然とした。「中学、高校と厳しい野球をやってきて、大学はそれ以上やと思ったんですけど」。平日の水曜日しか練習がない。「1週間に1回じゃ楽すぎて…」と、自身が求めていた野球とあまりに乖離していることに迷いが生じた。
おそらく自主性を重んじる部だったのだろう。しかし「自分に甘えるタイプ」と自己分析する飛田投手は、とにかく厳しい環境に身を置きたかった。これまでがそうであったように。
大学入学前にも再び左ヒザのオスグットの手術をし、その後の体は万全だった。「ちゃんと野球をやりたい。でもここじゃ、自分を追いこめない」。そう考えあぐねていたところに1本の電話が入った。「滋賀で野球をやらないか」。
■地元に誕生したチームから、背番号66でリスタート
生まれ故郷の滋賀に新しいチームができる。独立リーグだ。そこなら満足いく野球ができるに違いない。「毎日野球ができるし、年上の選手もいて、すごい選手とも戦えると聞いた。自分の目指しているところやって思った」。即決だ。大学は10月半ば、半年で中退した。
「ここは望んでいた野球ができる場所だし、もう一度プロを目指せる場所や」。進むべき道がハッキリと見えた。
「自分の選択は間違ってなかった。まったく後悔していません。今、人生の中でもっとも楽しいですし、こんな高いレベルでやったことないんで」と思いきり野球に没頭できている。だからこそ、「もっと上でやりたいんです」とNPB入りを目指す。
滋賀ユナイテッドに入団して、自ら選んだ背番号は「66」。斉藤和巳投手(福岡ダイエーホークスー福岡ソフトバンクホークス)への憧憬からだ。
「ピッチングスタイルが好きなんです。打たせて取るピッチングもできるし、三振を狙いにいって取ることもできる。そういうところと、野球にすべてを懸けてる感じが好きです」。自身もそんなピッチャーになりたいと、方向性は明確だ。
■真価が問われる今日の登板
前回の登板で光が見えた。“間”ができたフォームを確かなものにしたい。今、次の登板が楽しみでしかたない。「いつも『○日に先発でいくぞ』と言われたとき、めちゃ楽しい。そこから当日までウキウキですね(笑)」。
次はどんなピッチングを見せてくれるのか、見ている方も楽しみだ。
母校・明徳義塾も26日、甲子園出場を決めた。夏は8年連続19度目の快挙だ。後輩たちに負けてはいられない。
飛田投手は今日、新潟アルビレックスBC戦(湖東スタジアム 17:30〜)で先発登板する。
【飛田登志貴(ひだ としき)】
背番号 * 66
投/打 * 右/左
生年月日 * 1997年5月30日(20歳)
身長/体重 * 185cm/85kg
球種 * ストレート(MAX142キロ)、カーブ、スライダー、フォーク、チェンジアップ、ツーシーム
出身地 * 滋賀県栗東市
経歴 * 葉山中学校(大津北リトルシニア)―明徳義塾高校―桜美林大学(中退)
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