滋賀ユナイテッドの初勝利に貢献した先発・西村憲投手の投球術
■嬉しいのは上園監督の初勝利
第一声は「ぞのさん(上園監督)の勝ちが嬉しいです」だった。
BCリーグのレギュラーシーズンでは初先発。今季初勝利を挙げたにも関わらず、滋賀ユナイテッドBCの西村憲投手は浮かない表情だ。自身の勝ち星にまったく価値を見い出さず、ただただ上園啓史監督の初勝利だけを喜んだ。
「あとのピッチャーが頑張ってくれて、チームが勝ったときはホッとした。自分に勝ちがついて嬉しいなんて1ミリもない。投げ勝った感じはまったくなかったので」。初白星を手にしながら、こんなにも喜びを感じない勝ち投手がいるだろうか。
■コンディションは最悪だった
4月9日、BCリーグ第2戦。西村投手は対富山GRNサンダーバーズ戦の先発を任された。チームのためでもあり、西村投手本人のことも考えて、上園監督が下した決断だ。(詳細は⇒開幕直前の上園啓史監督の話)
だがこの日の西村投手のピッチングは、およそ本来のものとはかけ離れていた。
滋賀ユナイテッドは開幕直前、古巣・阪神タイガースのファームと練習試合を行っている。久々の鳴尾浜球場で西村投手が見せたのは、連打され8失点を喫するという、らしくない姿だった。
守備の不運などがあったにしても、“これぞ西村憲”というピッチングは披露できなかった。
その4日後の先発となったが、「タイガース戦の悪い部分を持ち込んだままマウンドに上がってしまったのは反省すべき点」と、プロとしてあるまじき失態を演じてしまった自分をひたすら責める。
それでも抑えなければならなかった。勝たねばならなかった。「一緒にやろう」と声をかけてくれた上園監督のために。
■先発として欲が出てしまった
結果は6回と1/3を7安打、3三振、1四球、1失点。数字だけ見ると申し分ない。しかし「ボクのピッチングとはほど遠い内容」では納得できやしない。
初回、いきなり内野安打でスタートした。盗塁も許し、一死二塁から3番・ジョニー選手にタイムリーを浴びて1失点。4番・ペゲロ選手、5番・高山選手にも連打され、一死満塁となった。
開幕前、先発について西村投手はこんなことを話していた。「初回からMAXで飛ばして、いけるところまでいく。そのイニングを徐々に延ばしていけたら」。
しかし、いざマウンドに上がると、気持ちは180度変わった。「全部いきたい。リリーフは使わずに自分で投げきりたい」と。
その思いの元には、前日の敗戦があった。「初戦を落としたので。打線は点が取れそうだったし、ボクが抑えれば勝てるんじゃないかと。先発の責任として、一人で投げきりたいって欲が出てしまった。なんとかチームが早く勝って、一歩進みたかったから」。
2連敗はできない。早く上園監督を勝たせたい―。そんな思いから、九回まで投げきれるよう自らにペース配分をさせてしまったのだ。
「立ち上がり3連打されてもまだそんな色気があって、完投できるよう体力を考えながらやっていた」。
一死満塁。そこでたまらず上園監督がマウンドに来た。
■経験から身につけてきた投球術
それまでもずっと、ベンチから飛んでくる上園監督の声は耳に届いていた。「ニシ!100%や!100でいけ!100でいけ!」。それでも西村投手の中には「後半、バテたくない」という考えが強くあった。
マウンドに来た上園監督は諭すように言った。「体力を考えずに100%でいけ。冷静になれ」と。それはすべてを察し、受け止め、覚醒させてくれる言葉だった。
そこから西村投手は変貌した。とにかく冷静に抑えにいくことだけを考えた。コンディション不良により自分本来の球が投げられていないことにイラつきもあったが、切り換えた。
三振とショートゴロでその回を切り抜けると、二回以降は「球はいってなかったけど、自分の調子を上げるとか考えるのは二の次で、冷静に抑えようと。自分のスタイルを変えて、慎重に投げた。その中で力を出すところは出して、変化球でかわすところはかわして。変にムキにならずに投げたのはよかった」と七回途中で降板するまで、散発の3安打に抑えた。もちろん追加点は許していない。
そして「まぁ、自分に対してはイライラはしていたけど」と、自嘲気味に付け加えた。
しかしこれが経験の少ない若手投手なら、とっくに崩れて大量失点していたであろう。
調子が悪いながらも6回1/3を1失点でまとめたのは、上園監督が言うところの「投球術」であり、これまで幾多の修羅場をくぐり抜けてきた経験がなせる技だ。
それでも西村投手は「ぞのさん含め、みんなに助けられた」と、しきりに周りのお陰だと強調する。途中、「テンポを上げろ!」など絶妙なタイミングでアドバイスを送ってくれた上園監督。野手は好守備と追加点で盛り立ててくれた。後続のリリーフ陣も好投で点を与えなかった。
だから「どれだけナイスピッチングと言われようが、自分のことは認めたくない。納得する球は1球もなかった」と、白星を手にしても自分に対しては喜べないのだ。「ただもう迷惑かけたな、すまんな、という思いしかない」と語る。
試合後、アイシングをしている前を通りかかった上園監督は、何も言わず目だけで頷いた。その表情からは、すべてをわかってくれていることが窺えた。
そんな監督だから勝ってほしいと思ったし、「監督に勝ちをプレゼントできたことだけはよかった」と心から喜べた。
■ブレずに戦っていく
しかしそんな中、収穫もあった。冷静に相手を見て投げ込めたことだ。調子が悪いときの対処方法も実践できた。
「毎日毎日が勉強です。これからも勝って喜べたら。その中で自分の状態も上げていって、しっかりアピールできるように」。
シーズンは始まったばかりだが、西村投手には悠長に構えている時間はない。NPBの獲得期限である7月31日までに、最高の自分を見せていかなければならい。
上園監督のため、チームのために力を尽くしながら、自身の目指すところはブレずに戦っていく。
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