【4月1日廃止】映画『鉄道員』に登場した木造駅舎 根室本線 幾寅駅【前編】(北海道空知郡南富良野町)
北海道空知地方の最南端、日高や十勝との境界近くにある小さな町、空知郡南富良野町。その中心は役場や高校などがある「幾寅(いくとら)」という比較的大きな集落だ。その集落の南寄りに根室本線の幾寅駅はある。南富良野町の玄関口だが、7年以上列車が来ていない駅だ。今回は幾寅駅を前編・後編に分けて紹介していこう。
幾寅駅は明治35(1902)年12月6日、開業から1年が経った北海道官設鉄道十勝線の鹿越~落合間に開設された。鉄道開業と同時に伊勢団体と岐阜団体が入植しており、これがきっかけとなっての開業だろう。当時、この辺りは「ユクトラシュベツ原野」と呼ばれており、それを縮めて幾寅という地名になったのだとされる。当初の計画では駅の建設位置はもう少し落合寄りになるはずだったが、内藤農場の内藤正義が鉄道会社に300円を寄付して、駅の位置を農場入口付近に変更させたという「我田引駅」の逸話が残されている。駅の開業後、幾寅地区は開拓が進み、先に開かれていた金山地区を凌いで、南富良野最大の集落となる。明治41(1908)年下富良野村(現:富良野市)から分村して南富良野村外1ヶ村戸長役場が設置され、大正8(1919)年には南富良野村となった。大正10(1921)年には幾寅森林鉄道も開業するが、こちらはわずか7年後の昭和3(1928)年に廃止されており、短命だった。駅舎は昭和8(1933)年2月の火災で全焼。6月に再建されるが、駅舎の位置は駅南側から北側に移転している。駅北側の発展が進んで、村の中心も北側に移ったことによるもので、90年経った今ではすっかり駅北側が駅前として定着している。
町の玄関口ながらそこまで注目される駅ではなかった幾寅駅だが、平成11(1999)年6月5日公開の映画『鉄道員(ぽっぽや)』に幌舞(ほろまい)駅として登場したことで一躍有名となる。浅田次郎氏のベストセラー小説を原作とするこの映画は、廃止を控えた北海道のローカル線・幌舞線の終点・幌舞駅を舞台にしたもので、主人公の幌舞駅長・佐藤乙松を名優・高倉健さんが演じた。幾寅駅がロケ地に選ばれた理由は、北海道らしいギャンブレル屋根の駅舎もさることながら、築堤上のホームに続く階段であったと、当時の映画関係者が語っている。駅舎とホームの間に階段のシーンを挟んで高倉健さんの表情を撮ることが狙いだったそうだ。「ため」のために階段のある駅を選んだというエピソードは、倍速視聴の流行る現代にこそ振り返るべきものだろう。
以降も南富良野町(昭和42年町制施行)の玄関口としての役目を果たしてきた幾寅駅だが、平成28(2016)年8月31日に北海道を襲った台風10号の影響で根室本線の東鹿越~新得間が不通となり、幾寅駅には列車の代わりに代行バスがやってくるようになった。この代行バスは南富良野高校通学生の便宜を図るために、高校への入口にあたるセブンイレブン南富良野店前にも停車する。代行バスでの営業も7年が過ぎ、駅前ロータリーをバスがぐるりと回って停車する光景はすっかり日常のものとなった。
列車がやってこなくなって7年が過ぎた線路は赤く錆び付き、草で覆われて廃線のようだ。映画では炭鉱が無くなって寂れ、まもなく廃止となる終着駅という設定だったが、令和6(2024)年4月1日での廃止が決定した幾寅駅の現状はまさにそれと同じである。幌舞駅との違いは、終着駅ではなく途中駅であること、炭鉱ではなく農林業の町の駅であること、そして佐藤乙松のような駅長がいないことだ。
冬ともなれば線路は雪に埋もれ、列車が来ないので除雪されることもない。白一色の中ではホームの端もわからなくなってしまうので、三角コーンが目印に置かれている。
ホームは単式1面1線だが、かつては反対側に2番線もあった。初代駅舎があったのは駅裏だが、移転から90年が経っているのでその痕跡はほとんど残っていないだろう。
駅前広場には映画に使われたロケセットが保存されている。「だるま食堂」は志村けんさん演じる炭鉱夫・吉岡肇が登場するシーンなどの撮影に使われたものだ。キハ12-23はキハ40-764を改造したもので、幌舞線の車両として登場した。国鉄時代に使われていたキハ12を再現するために苗穂工場でライトや窓の改造を行って平成11(1999)年1月8日に落成、22両いたキハ12の車番に続けて付番された。映画の撮影終了後も「鉄道員号」として営業に就いていたが、改造で車体強度に問題が生じていたため、他のキハ40よりも早く平成17(2005)年6月24日に廃車された。同年10月よりカットボディとなって幾寅駅前で保存されている。
後編では駅舎内を中心に紹介していく。
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