不倫妻から孝行娘まで豹変する女優、菜葉菜。平凡な主婦を自然体で演じられたのはSM嬢役を経たおかげ?
SMの女王様に毒母、孝行娘に脱獄囚、特殊詐欺犯の青年を手玉にとる盲目の女性に不倫妻などなど。
「いろいろな人物を演じ分けるのが俳優」といってしまえばそれまでだが、にしても一作ごとに違った顔を見せて、常に驚かせてくれる。
いま、いやデビュー時から、そのような独自の活躍を見せてくれているのが、菜 葉 菜だ。
バイプレイヤーとしてしっかりと作品にアクセントを加えることもできれば、主演も堂々と張れる。
映画を中心に独自の輝きを放つ彼女のこれまでの歩みをひとつ振り返る特集上映が組まれた。
横浜のシネマノヴェチェントにて開催される「女優 菜 葉 菜 特集」は、彼女の主演作、出演作、そして顔の映っていない作品(?)まで12作品を一挙上映。これまでのキャリアをたどる。
その「女優 菜 葉 菜 特集」は盛況の中、10月1日(日)に無事千秋楽を迎えたが、菜 葉 菜本人に訊く本インタビューはこのまま継続。
ここからは番外編として改めて上映作品とともにこれまでのキャリア、そして今後について彼女に話を訊く。番外編全十回。
平凡な妻で子を持つ母の美咲も延長線上にあると思えた
前回(第四回はこちら)、「夕方のおともだち」で、SM嬢ではあるが特別ではない、ありふれた女性を演じることの難しさに直面したことを語ってくれた菜葉菜。
ただ、この経験がのちにつながったことは確かなような気がする。
その後、東京オリンピック中にオンエアされて大いに話題を呼んだ「クボタ」のCMをはじめ、等身大の女性を演じる機会が増えた。
2022年に公開された佐向大監督の「夜を走る」で演じた谷口美咲も夫に隠れて不倫はしているが、平凡な主婦役だった。
「確かに『夕方のおともだち』の経験が、『夜に走る』では生きた気がします。
演じた美咲はふだんは朝ごはんを作って働く夫を送り出して、日中は子どものめんどうをみて、夫の帰宅を夕ごはんを作って待っているような生活を送っている。
しれっと不倫をしているんですけど、はごくごく平凡な主婦なんです。
大きな特徴のある人物ではないので、以前だったらちょっとどうしようと考え込んだかもしれない。
でも、SM嬢ではあるけれど、ふだんはあまり色のない市井の人である『夕方のおともだち』のミホ役を経たことで、平凡な妻で子を持つ母の美咲もその延長線上にあると思えた。
そう思えたということは、わたし自身、ひとつ役者としてステップアップできたのかなと。
あと、ある人から褒められたんです。『「夜を走る」の菜葉菜、すごい良かった』と。
続けて『これって「夕方のおともだち」の後?』と聞かれたので、『そうです』と答えたら、『やっぱり』と言われました(笑)。
最終的に見てくださった方が判断することなので印象は変わると思うんですけど、たぶんこれまでのわたしだったら、知らず知らずのうちに不倫をしている妻に寄っていた気がする。
でも、そうではなくて平凡な主婦の要素を強く出せるようにもなったのかなと。
こういう奥さんいるよね、こういうお母さんいるよね、という風に美咲はなったんじゃないかなと思っています。
そういういい意味で、肩の力が抜けた感じで演じられた感触があります」
脚本の素直な第一印象は、「佐向監督は女の人に
どんな裏切られ方をしてきたんだろう?」と思いました(笑)
すでに話に入ってしまったが、「夜を走る」の脚本を読んだとき、どう思っただろうか?
本作は秋本と谷口という男二人が主人公。
退屈な日常をやり過ごしてきた二人の運命がある夜の出来事をきっかけに空回りしていく様が描かれる。
「まず、佐向監督は『女の人にどんな裏切られ方してきたんだろう?』と思いました。
それはさておき、基本は男の人たちの人生が狂っていくドラマで。
そこには佐向監督の鋭い現代社会への批評や物事の道理みたいなものが入っている。
佐向監督ならではの社会的メッセージの詰まった脚本だなと感じました。
あと、もうひとつ言うと、わたしはどうしても自分の演じる美咲役を中心に見てしまうところがある。
で、佐向監督の描こうとする女性像がいいなと思ったんです。
いまはかわりつつありますけど、それでもドラマや映画において美咲ぐらいの年齢の女性って、『いいお母さん』『いい奥さん』みたいな良識ある人物、とりわけ『性』の部分が伏せられていく。なきものにされているところがある。
でも、さっき言ったように美咲はしれっと不倫中で(苦笑)。誰かのお母さんや奥さんじゃない、ひとりの女性としてきちんと描いていることが伝わってきた。
美咲だけではなくて、秋本と谷口の運命を狂わす女の子もそうなんですよね。
そこも魅力でしたね」
初主演映画はとにかく必死に一生懸命やったという記憶が残っています
そして、「夜を走る」を経て、2023年公開の鎌田義孝監督の「TOCKA タスカー」へと続く。
「TOCKA タスカー」は、鎌田監督にとって2005年の「YUMENO ユメノ」以来の作品。
「YUMENO ユメノ」で主演を務めたのが菜 葉 菜で、本作は彼女にとって初主演映画になった。
つまり鎌田監督と菜 葉 菜は、17年の時を経て再び顔を合わすことになった。
ということで「TOCKA タスカー」の話に入る前に、「YUMENO ユメノ」について振り返る。
「まずもうそんなに年月を経たことにびっくりです。
『YUMENO ユメノ』の当時のことを振り返ると、ひと言で表すなら、『必死』でした。
まだデビューして間もないころで、演技経験もそこまでないから右も左もわからない。
だから、初主演と言われてもピンとこなくて。
ある程度キャリアを積んでの初主演だったら、主演を務めることの大変さとか重さがわかって、もうプレッシャーで深刻にとらえたと思うんです。
でも、当時はそういうことがまだわかる前だったから、気負いも戸惑いもなくて、いつもよりも出番が多いと感じるぐらい。
だから、主演だからというプレッシャーはなかった。
ただ、まだまだ駆け出しでしたから、まだ演じることに精一杯で。
脚本を読んで、自分なりに役作りを一生懸命する。沢井ユメノという役について、自分なりに解釈してそれをきちんと表現できるようにする。鎌田監督の演出を受けて、自分なりに一生懸命考える。
でも、当然ですけど、現場へ行くと変更はしょっちゅうだし、共演者と向き合うことで変わることもある。
それに対応することに必死でした。
とにかく必死に一生懸命やったという記憶が残っています」
当時はなにも考えずにやりましたけど、今考えると足がすくむ
もうひとつ記憶にあるのは「寒さ」だと明かす。
「『TOCKA タスカー』もそうですけど、北海道で。しかも寒い時期の撮影で、連日マイナス何十度とかいう状態での撮影だったんですよ。
『身も凍る』とはこういうことだなというぐらい寒い。
作品をみてもらうとわかるんですけど、流氷の上にのるカットがある。
まだ若くて怖いものなしみたいな感じだったから、当時はなにも考えずにやりましたけど、今考えると足がすくむ。
もちろんきちんと安全は確保されているんですけど、流氷が動き始めて流されて沖の方にいったら……と考えるとかなりの恐怖で。よくこんなシーンに恐れもなく取り組んだなと思います(苦笑)」
(※第六回に続く)
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第一回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第二回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第三回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第四回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第五回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第六回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第七回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第八回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第九回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第十回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第十一回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)第十二回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)番外編第一回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)番外編第二回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)番外編第三回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー(作品編)番外編第四回はこちら】
【<女優 菜 葉 菜 特集>菜葉菜インタビュー第一回はこちら】