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ロシアの‘アフリカ軍団’とは何か――プーチン政権が進める戦争の収益化

六辻彰二国際政治学者
ブルキナファソのトラオレ暫定大統領と握手するプーチン大統領(2023.7.29)(写真:ロイター/アフロ)
  • ロシアの民間軍事企業ワグネルがアフリカで行ってきた活動を引き継いで再編された組織はアフリカ軍団と呼ばれる。
  • 「顧客」の要望を受けたアフリカ軍団の活動は、イスラーム過激派のテロが急増する西アフリカ一帯で特に活発化するとみられる。
  • それはロシアの友好国確保だけでなく、相手国での資源取引に優先的に関与する手段でもある。

ワグネル再編

 歴史に詳しい人なら、「アフリカ軍団」と聞くと第二次世界大戦中にロンメル将軍が率いたドイツの戦車部隊のことを思い出すかもしれない。しかし、現代のアフリカ軍団はロシアのものだ。

 その第一陣として100人の「アフリカ軍団」兵が1月末、西アフリカのブルキナファソに到着した。

 ブルキナファソではアルカイダ系、「イスラーム国」(IS)系それぞれのイスラーム過激派によるテロが頻発している(後述)。

 アフリカ軍団はテロ対策と兵員の訓練にあたるとみられ、今後さらに200人が派遣される予定といわれる。

 このアフリカ軍団は民間軍事企業ワグネルを再編したものだ

 ワグネルはウクライナ侵攻によって一躍世界にその名を知られたが、その創設者プリゴジン司令官は2023年6月、ロシア政府に反旗を翻した。反乱後、プリゴジンが飛行機「事故」で死亡するや、プーチン政権はワグネルを含む傭兵、民兵の再編に着手していたのだ。

 アフリカ大陸にはこれまでワグネル兵が6000人程度いるとみられてきた。アフリカ軍団は昨年末から所得水準の低いロシアの農村などでリクルートを強化しており、その規模は今後さらに拡大する可能性が高い

ただの名称変更か?

 ワグネルは2010年代からアフリカで活動してきた。各国政府との契約に基づいてテロ対策を行なったりする反面、選挙などで政府に有利な世論を形成するためのフェイクニュース拡散なども指摘されている。

 これを再編したアフリカ軍団には旧ワグネル兵も多く含まれるとみられ、基本的にワグネルと同様の活動を展開することが見込まれる。

 ただし、南アフリカにある安全保障研究所(ISS)のレポートが指摘するように、これは単なる名称変更ではない。

 最大のポイントは、ワグネルがロシア政府と癒着しながらも人事などで半ば独立していた(反乱の大きな背景にはこの独立性があった)のと異なり、アフリカ軍団はより政府直属であることだ。

 作戦面での現場責任者とみられるアントン・エリザロフはワグネル幹部だったが反乱に加わらなかった人物だ。しかし、組織全体を統括するアンドレイ・アベリヤノフ将軍はロシア軍の情報機関、参謀本部情報総局(GRU)の出身である。

 プーチン自身が情報機関の出身であり、その監督下に置かれることで、アフリカ軍団はワグネルのように「勝手なこと」をさせないようになったといえる。

 アベリヤノフはユヌス=ベク・エフクロフ国防次官とともに昨年から頻繁にアフリカ各国を訪問しており、これは政府ぐるみの「セールス」とみられる。

主戦場は西アフリカ

 アフリカ軍団の活動が今後、特に活発化すると予測されるのが、冒頭で紹介したブルキナファソなど、サハラ砂漠周辺のサヘルと呼ばれる地域だ。

 イスラーム過激派によるテロは先進国や中東では2000年代と比べて減少傾向にあるが、サヘルでは逆に拡大していて、この地域の死者数は世界全体のテロ犠牲者の4割を超える。

 このうちブルキナファソでの犠牲者数は、オーストラリアにある経済平和研究所によると2023年だけで1907人にのぼった。その人数は(先進国が「テロ」と呼ぶ)ハマスの攻撃によるイスラエル(1210人)でのものを上回る。

 ブルキナファソ、マリ、ニジェールなどこの地域の各国では近年クーデタが多発しているが、軍による政権掌握を支持する国民は少なくない。その一因は安全を確保できない政府への不満がある

 さらにこの地域では、これまで旧宗主国フランスがテロ対策で協力していたが、テロ組織の勢力拡大を止められなかっただけでなく、民間人の死傷者も多く出したことで現地の反感を招いた。

 さらにコロナ感染拡大後に経済状況が悪化したことで、2021年にフランスはサヘルでのテロ対策から事実上手をひいた。

 それ以前からロシアはアフリカで軍事協力を増やしていたが、フランスの失敗の間隙をぬうようにサヘル進出を加速させ、とりわけマリでは1600人以上のワグネル兵がテロ対策などを行ってきた。

 それにともない、やはり民間人殺害なども数多く報告されている。

ロシアの目的は何か

 ウクライナ戦争が長期化し、収束の見込みが乏しいなか、なぜロシアはアフリカに入れ込むのか。

 そこには大きく二つの目的があげられる。

 第一に外交的な囲い込みだ。

 ウクライナ侵攻をきっかけに先進国との対立がエスカレートするなか、国連などで孤立しないためには、ロシアにとって友好国の確保が欠かせない。

 先進国に「見放されやすい」アフリカはその格好の標的といえる。

 ブルキナファソに100人のアフリカ軍団兵が到着した前後、ロシアは2万5000トンの小麦を食糧支援として送っている。

 第二に、経済的な利益だ。

 ワグネルはテロ対策などの見返りとして、契約した相手国の政府から資源ビジネスなどに参入する特権を手にいれることが珍しくなかった。スーダン、マリ、中央アフリカなどでの金取引の収益は1カ月で1億1400万ドルとも試算される。

 こうした「ビジネス」はアフリカ軍団に引き継がれるとみてよい。

 ブルキナファソの輸出額の7割以上は金が占めていて、ニジェールは大陸屈指のウラン生産国だ。

 こうした収益がウクライナでの戦費の一部になっても不思議ではない。

戦争の収益化

 傭兵を用いることはロシアに限ったことではない。

 しかし、イラク侵攻(2003年)の時のアメリカをはじめ、多くの国では自国の関わる戦争や権益の保護で、正規兵の犠牲を減らしたい場合、あるいは正規兵の派遣がはばかられる場合に「民間セクター」を活用することがほとんどだ。これは戦争の民営化と呼べるかもしれない。

 これに対してロシアの場合、少なくともアフリカにおいては、自国とは直接関係ない戦争で稼ぐ手法が目立つ。いわば戦争の収益化だ。

 ほぼ確かなのは、アフリカ軍団がワグネル以上に政府直属である以上、ロシアがこれまで以上に国家ぐるみでアフリカの紛争地帯に関わっていくとみられることだ。

 ロシア政府関係者は「それが顧客のニーズにかなう」と言い張るのだろうが。

【追記】リンクの一部に不適切な部分があったので修正しました。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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