世界で展開する中国の「警備会社」はガードマンか、傭兵か――各国の警戒とは
- 中国政府のテコ入れにより、中国企業などを警備する「警備会社」はすでに世界40カ国以上に展開している。
- そのほとんどは「一帯一路」のルート上の国で、これらの国で中国企業がテロなどの被害に遭うことも珍しくない。
- 中国の警備会社はこうしたリスクへの対応が主な業務だが、現地の民兵などを活用することも珍しくない。
ウクライナやガザをはじめ世界各地で不安定要素が増し、どの国にとっても国民や自国企業の安全が重要課題になるなか、中国は警備会社を海外に展開させている。
40カ国以上に展開する「警備会社」
アメリカのシンクタンクCSIS(戦略国際関係研究所)によると、中国の警備会社は40カ国以上で中国企業の権益の警備や要人の警護などにあたっていて、その数は20~40社と見積もられる。
進出先のほとんどは中央アジアから中東、そしてアフリカにかけてだ。この地域は「一帯一路」構想でカバーされ、数多くの中国企業がインフラ建設や資源開発などを行なっているが、イスラーム過激派によるテロや内戦なども目立つ。
そのなかで中国人が犠牲になることも少なくない。RAND研究所は2006〜2016年のアフリカだけで、テロなどで死傷した中国人労働者を約1000人と試算する。
こうしたリスクに対応する中国の警備会社は形式的には民間企業だが、実質的には人民解放軍の元将兵などが経営している。
規模などに不明点も多いが、アフリカ戦略研究センターはアフリカ大陸だけで少なくとも9社が約12万人を雇用していると見ている。その全てが中国人ではなく、現地人も含まれる(この部分については後述する)。
このうち、例えば北京德威(Beijing DeWe)はエチオピアで、中国国営企業が40億ドルを出資するパイプライン建設現場などを警備している。
また、ソマリア沖では華信中安(Hua Xin Zhong An)や海外安全服務(Oversea Security Guardian)などが中国商船エスコートの業務を請け負っている。ソマリア沖では海賊が横行していて、中国商船に随行する警備会社の‘社員’は自動小銃などで武装している。
ロシアや欧米の同業他社との違い
個人や施設を守る民間警備会社(PSC)は日本にもある。一方、ワグネルのように戦闘任務もこなす‘傭兵’は民間軍事企業(PMC)と呼ばれる。
PSCとPMCは厳密には異なるが、途上国とりわけ紛争やテロが蔓延し、警察など治安機関が十分でない土地では区別がグレーになりやすい。ワグネルもアフリカなどでイスラーム過激派の掃討などに従事する一方、要人や重要施設の警備、兵員の訓練なども行なっている。
中国では2009年にPSCが法制化され、それ以来急速に発展してきた。
グレーゾーンで活動するPMC /PSCはロシアだけでなく、アメリカ、イギリス、イスラエル、南アフリカなどにもある。どれも民間企業だが、その国の軍出身者で構成されることがほとんどで、多かれ少なかれ自国政府との結びつきが強い。
ロシアのワグネルはもちろんだが、欧米のPMC/PSCもほぼ同じだ。米英主導のイラク侵攻(2003)後に米国防省との契約に基づいてイラクで活動した米ブラック・ウォーターは、その典型例である。
これら同業他社と比べて、中国の警備会社には大きく二つの特徴がある。
「非武装」の外交的理由
第一に、火器による武装が限定的なことである。中国では警備会社の武装が原則的に禁じられているだ。
華信中安などが中国政府の特別な許可のもと、武装して中国船をエスコートするソマリア沖の「ビジネス」は、確認される範囲で必ずしも一般的ではない。
とりわけ、民間人の武装が法的に禁じられている国で中国の警備会社が用いる手段は防犯設備や警備犬などにとどまり、襲撃などが発生した場合には現地の軍隊や警察にスムーズに出動してもらう体制を築くことが多い。
その一因は、一部の紛争地帯を除いて、武装した警備会社の展開が、中国にとって外交的マイナスが大きいことにある。
近年でこそ中国は「一帯一路」ルート上のジブチやセーシェルなどに軍事拠点を構えていてるが、冷戦時代から中国は、海外での軍事作戦が多いアメリカやソ連(ロシア)との対比で、「途上国に軍隊を送り込まない自国こそ途上国の味方」とアピールしてきた。
1949年の建国以来、その軍事活動が周辺地域(南シナ海も台湾海峡も中国の主張では中国の領域)にほぼ限られたことは、中国がこの主張をしやすくする一因だった。
その意味で、海外に展開する中国の警備会社があまり武装しないことは不思議でない。
顧客はほとんど中国企業
第二に、顧客の偏りだ。
途上国に展開するロシアや欧米のPMC/PSCの多くは、様々な顧客を抱えている。そこには現地政府はもちろん企業やNGO、さらに各国の大使館なども含まれる。
これに対して、中国の場合、警備会社の顧客のほとんどが現地に進出している中国企業だ。例えばジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームが東アフリカのケニアで行った調査では、この国に進出している5社のいずれもが中国企業、あるいは中国企業と現地企業の合弁企業と契約していた。
中国の警備会社が中国企業以外に顧客をほとんど獲得していないことには、いくつかの理由が考えられる。
第一に、中国の警備会社はロシアや欧米の同業他社に比べて実績が乏しく、火器を携行しないので活動にも限界がある。そのため、幅広いニーズに応えられない。
第二に、言語の問題だ。外国で軍事活動にもなりかねないデリケートな任務をこなすなら、顧客や現地治安機関との密なコミュニケーションが必要になる。しかし、人民解放軍出身者で外国語が堪能な者は多くない。
そして最後に、そもそも中国政府の目的が「中国の利益を守ること」にあることだ。そのため、中国企業の防衛以外の目的のために警備会社を用いる動きは、これまでのところほとんどない。
各国の懸念材料とは
だとすれば、ほとんどの国にとって直接的な脅威ではないようにも映る。
しかし、中国の警備会社にはいくつかの懸念も指摘されている。
第一に、中国の警備会社が武装することは稀だが、現地の法人や組織に訓練、兵器などを提供し、実働部隊として利用することは珍しくない。
激しい内戦が続いた南スーダンでは2016年、民兵の襲撃で石油施設から動けなくなった中国人労働者300人以上を北京德威が救出した。その際、北京德威は石油施設を襲撃した民兵と対立する民兵と契約し、中国人労働者の救出に当たらせた。
南スーダン内戦では政府系、反政府系を問わず、民兵による非人道的行為が数多く報告された。自国民の安全のためとはいえ、こうした勢力にテコ入れすることは、地域の不安定化を促しかねない。
第二に、中国企業による不正行為の隠蔽にもなりかねないことだ。
海外展開する中国企業が直面するリスクには、イスラーム過激派によるテロなどだけでなく、中国企業が自ら招く現地の敵意もある。
アフリカなどでは中国企業に雇用された現地人が、中国人経営者を襲撃したり、暴動を起こしたりすることさえある。その多くは、給与未払いなどブラック企業的な待遇への不満が引き金になっていた。ザンビアでは2012年、労働環境をめぐる対立の果てに鉱山労働者が中国人マネージャーを殺害した。
中国の警備会社は現地警察が対応してきたこういった事案の対策もカバーするとみられる。それは中国企業の不公正を、下請けの現地法人・組織とともに封殺することにもなり得る。
中国政府はこれまで「中国の利益は各国の利益」と主張し、通商がお互いの利益になると強調して、途上国の支持を取りつける一助にしてきた。
「中国企業が途上国に不利益しかもたらさない」とまではいえないが、その一方で中国政府がいうほどウィン・ウィンの関係が成立しているかも疑問だ。中国の警備会社による活動は、この疑問を大きくする一端ともいえるだろう。