トランプ人事の目玉 国防長官指名ヘグセス氏のタトゥーが注目される理由――かつての上官は“内なる脅威”
- 次期国防長官に指名されたピート・ヘグセス氏には、キリスト教保守派や極右過激派のシンボルであるタトゥーが複数ある。
- ヘグセスにはこれまで極右過激派を擁護する言動が目立ち、州兵時代に「内なる脅威」になり得るとして任務を降ろされたこともある。
- ヘグセスは説明責任や透明性を高めようとしてきた米軍の取り組みに否定的で、その起用は米軍のガバナンスを大きく転換し得る。
「神の思し召し」
ドナルド・トランプ次期大統領が国防長官に指名したFOXニュース司会者ピート・ヘグセス氏をめぐっては、共和党議員の多くが支持する一方、共和党の一部からさえ疑念や困惑の声があがっている。
性的暴行疑惑が浮上しているだけでなく、州兵出身でアフガニスタンなどに従軍した経験があるものの、全軍を統括する国防長官の任に耐えられるキャリアかが疑問視されている。
しかし、これだけではなく欧米メディアでしばしば注目されるのは、ヘグセスの腕にある Deus Vult と書き込んだタトゥーだ。
Deus Vult はラテン語で「神の思し召し」を意味し、中世の十字軍兵士の雄叫びともいわれる。
ヘズセスにはこの他、エルサレム十字と呼ばれる独特の十字架をあしらったタトゥーもあると報じられている。
エルサレム十字はもともと十字軍が聖地エルサレムをめぐってイスラーム勢力と争った13世紀、キリスト教国のバックアップで創設されたエルサレム王国のエンブレムだ。
しかし、「異教徒や外敵と戦う」イメージから現代では、保守的なキリスト教会や白人至上主義者が好んで用いるアイコンの一つでもある。
上官に警戒されたヘグセス
実際、ヘグセスにはこれまでもしばしば極右過激派を擁護する言動が少なくなかった。
例えば2021年1月、2020年大統領選挙の結果を拒否し、連邦議会議事堂に乱入したトランプ支持者について、ヘグセスはFOXニュースで「暴徒」ではなく「愛国者」と報じた。
さらに今年出版された著作では、連邦議会議事堂占拠事件に加わった軍関係者が「ほんの数人」だったと述べている。実際には現役・退役を含めて230人以上の兵士・予備役が逮捕・起訴された。
こうした言動から、米軍には以前からセグセスへの警戒があった。
その象徴は、連邦議会議事堂占拠事件の直後に行われたバイデンの大統領就任式だ。このときヘグセスは州兵として応召し、警備任務に就くためワシントンD.C.に向かったが、現地で上官から帰るよう言われたという。
ヘグセスによれば、理由は伝えられなかったという。
この時の上官はすでに退役しているが、後にメディアに、「ヘグセスが“内なる脅威(insider threat)”になり得ると判断した」と明らかにしている。
各国に迫る脅威“軍のなかの極右”
このヘグセスが国防長官に指名されたことは、トランプ政権のもとで移民制限、中絶や同性婚の規制、イスラエル支援(聖地パレスチナ周辺におけるムスリム敵視で共通)が加速するフラグともみられる。
しかし、それだけでなく、ヘグセス指名は米軍の内部で極右思想や陰謀論が広がりやすくなるきっかけになる懸念もある。
もともと米国防省は1969年以来、軍関係者が特定の政治活動にかかわることをガイドラインで禁じてきた。そこには極左やイスラーム過激派だけでなく、極右も含まれる。
特に連邦議会議事堂占拠事件で数多くの軍関係者が逮捕・起訴されたことを受け、バイデン政権のもとで国防省は2021年、省内に「過激派の活動に対抗するワーキンググループ」を設けて信条調査を強化してきた。
実際、軍における極右思想や陰謀論の浸透は、すでに安全保障上のリスクになっている。
例えば、ウクライナやイスラエルなどに関する軍事情報を含む機密をネット上にリークし、今年11月に15年の懲役刑が決定した空軍州兵ジャック・テシェイラは、それ以前からエリート支配の体制(いわゆる“ディープ・ステイト”)に対する不信感や人種差別的な言動が目立ち、ユダヤ人や有色人種との「人種戦争」に備えて武器を隠し持っていた。
極右思想に感化されて「自分は本物の愛国者」と思い込み、忠誠を誓ったはずの体制に不信感を募らせた兵士が、自国にとって不利益となる軍事情報を持ち出すといった事案は、ヨーロッパでも報告されている。
その意味で、かなりバイアスの強い論調が持ち味のセグセスが、軍内部の過激思想や陰謀論を取り締まるべき立場の国防長官に指名されたことは、米軍のガバナンスへの懸念を強めるものといえる。
米軍のガバナンスを揺さぶるか
ヘグセスのタカ派的言動には、米軍のあり方そのものの否定も含まれる。
例えばヘグセスは、アフガニスタンやイラクで民間人殺傷などを行って軍事法廷で有罪が宣告された受刑者を積極的に擁護している。
それによると、「たった一度の出来事が“戦争犯罪”と呼ばれる。…なぜ彼らを支援しようとしないのか?」。
また、ヘグセスは「たとえ相手が武器を持っていてもこちらを狙わない限り発砲してはいけない」という米軍のガイドラインを疑問視し、アフガニスタンなどで自分の率いた部隊ではこうした制限を無視したとも述べている。
これは最前線に立つ現場レベルの一指揮官の意見としては、極めて率直かもしれない。
しかし、民間人殺傷を矮小化しているだけでなく、ガイドラインを軽視することは「米兵が“敵”と認知すれば“敵”」という主張にもなる。それは組織全体の責任者に求められる説明責任や透明性を否定するものでもある。
女性や有色人種の起用に消極的
さらに、ヘグセスはこれまで米軍が段階的に進めてきた女性兵士の戦闘任務参加に反対し、有色人種が司令官を務めることへも疑問を呈している。
ヘグセスは「米軍は本来の姿に戻るべき」と言いたいのかもしれないが、こうした論調は競争原理や能力主義に反するものでもある。
少なくとも、これまで改革を進めてきた米軍首脳部にとって、足元を揺るがされるものであることは間違いない。
とすると、ヘグセス起用は軍人としての能力ではなく、むしろトランプとのイデオロギー的距離によって決まったとみてよいだろう。
トランプやヘグセスにとっては、米軍のあり方を転換するのも「アメリカをもう一度偉大に」する一歩なのかもしれない。
実際、アメリカ全体だけでなく米軍にも閉塞感は漂っている。今年5月に国防省が発表した内部調査結果によると、「士気が低い」と回答した米兵は全体の6割にも及んだ。
とはいえ、この状況にヘグセス起用がどんな効果をもたらすかは未知数だ。それはまさに神の思し召しのままなのかもしれない。