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「フランス軍がテロリストを訓練している」――‘捨てられた国’の陰謀論

六辻彰二国際政治学者
マリ暫定政権のゴイタ大統領(2021.6.7)(写真:ロイター/アフロ)
  • 西アフリカのマリ政府は「フランス軍がアルカイダ系組織を訓練している」という陰謀論を展開している。
  • そこには家父長的なフランスに対する不満や不信感が凝縮していて、反フランス感情の高まるマリでは一定の支持がある。
  • そしてこの陰謀論は、ロシアのアフリカ進出を促すものでもある。

 陰謀論やフェイクニュースはもはやトランプやロシアの専売特許ではなく、途上国でも珍しくない。しかし、どんなに荒唐無稽でも、陰謀論をひもとくとそれなりの文脈を読み取れる場合もある。

「フランスの陰謀の証拠がある」

 西アフリカ、マリのマイガ首相は10月8日、外国メディアに「フランス軍がマリ北部のキダルでテロリストを訓練している」「我々はその証拠を握っている」「我々の部隊はキダルに入ることを禁じられている」と断言した。

 マイガ首相はこの「テロリスト」をアンサル・ディーンと示唆している。アンサル・ディーンはマリ北部を拠点とするアルカイダ系組織で、2012年頃から民間人の殺戮や文化遺産の破壊を行なってきた

 それを訓練しているというのが本当ならもちろん大問題だが、いくらフランスが植民地主義的だとしても、実際には考えにくい。少なくともマリ政府がいう「証拠」は何も開示されていない。

 ただし、情報がない以上、ウソだと証明もできない。これは典型的な陰謀論の構造だ。

家父長からみた問題児

 マリが展開する陰謀論には、三つの伏線がある。第一に、現在のマリがフランスからみた問題児であることだ。

 マリは1960年までフランスの植民地だったが、独立後もその影響下にあり続けた。ところが現在のマリ暫定政権は、フランスと良好な関係にあった前任者ケイタ大統領を、昨年からの2度のクーデタで放逐してできたもので、来年2月に選挙を実施することになっているが、その中核は軍人が占めている。

 昨年発生したクーデタは、当時のマリ政府の腐敗や、テロ対策が進まないことに対する国民の幅広い不満を背景にしていた。

 しかし、フランスはこれを一切認めず、マクロン大統領が10月6日、「いまのマリ政府はまともではない」と発言し、これを受けてマリ暫定政権はフランス大使を召喚して抗議した。

 もっとも、フランスにとっての最大の問題は、マリ暫定政権が実質的な軍事政権であることではなく、それに自分の息がかかっていないことにある。実際、やはり旧フランス植民地のチャドなどでも軍人が政治の実権を握っているが、これと関係の深いフランス政府が何かいうことはほとんどない。

 フランスはこれまでフランス語圏のアフリカに対して、いわば家父長としてふるまってきた。家父長のお気に入りになれなかった問題児が、その権威に逆らう手段は限られる。この関係はマリが他所で、ある事ない事を言い立てる土壌になっている。

‘捨てられた国’の言い分

 家父長と問題児の対立に拍車をかけたのが、第二の伏線、フランスのマリ撤退だった。

 マリ北部でアンサル・ディーンなどのテロ攻撃が急増した2013年、これに手を焼いた当時のマリ政府はフランスに救援を求めた。さらにその後、フランス軍はマリを含む周辺5カ国の部隊ととともに、サハラ砂漠を移動するテロ組織を共同で取り締まってきた。

 フランスにしてみれば、こうしたテロ対策は自分の縄張りを守るものであり、同時にヨーロッパを標的としたテロの封じ込めという意味があった。しかし、それでもサハラ砂漠一帯のテロ活動は収まるどころか広がりをみせている。

 こうしたなかでマクロンは今年7月、マリ北部にあるフランス軍基地を段階的に閉鎖すると発表した。その理由は「アフリカ一帯に拡散する過激派に対応するための編成替え」とされているが、アメリカのアフガニスタン撤退と同じく、フランスも負担の大きさに耐えかねて西アフリカでの対テロ戦争に幕引きを図っているとみてよい。

 そのため、マリ暫定政権のゴイタ大統領は9月末の国連総会で「フランスがマリを捨てた」と発言し、マクロンはこれに「恥知らず」と応じた。

 フランスにしてみれば「いつも頼りっきりのクセに文句だけは一人前だ」となるし、マリの立場からすれば「いつも偉そうな顔をしているクセにいざとなると頼りない」となる。

 「捨てた」という発言はあまりにストレートだが、他のフランス語圏の国が家父長への忖度から口にできない一言を発したものともいえる。少なくとも、それがストレートであるだけに、そのテロ対策に限界があり、マリ暫定政権の立場を認めないフランスへの反感が広がるマリ国内では支持されやすい。

「ロシアはフランスより上手くやる」

 こうして悪化の一途をたどるフランスとの関係にとって決定的な「テロリストの訓練」発言は、三つ目の伏線、ロシアの登場によって促された。

 フランス撤退と入れ違いのように、マリ暫定政権はロシアの軍事企業ワーグナー・グループとの契約を発表し、10月1日にその第一陣が展開している。ワーグナーはロシア軍出身者を中心に、軍事サービスを売り物にする会社で、一言で言えば傭兵だ。その活動はウクライナやシリアだけでなく、リビアやモザンビークなどアフリカ9カ国でも確認されている。

 ワーグナーは形式的には民間企業だが、実質的にはロシア軍の「影の部隊」とみられている。ロシアは自軍兵士の犠牲を嫌う欧米と対照的に、激しい戦闘も厭わない軍事協力をテコにアフリカで「頼りになる大国」としての認知を高めており、ワーグナーはその重要な手段だ。

 ワーグナーとの契約にフランスは難色を示し、マリに再考を促したが、マイガ首相は「ロシア企業はフランス軍より上手くやるだろう」と述べて、これをはねつけたという。また、マイガ首相は英BBCに対して「フランスと異なり、ロシアはマリの政治に干渉しない」とも述べている。

 高まる反フランス感情を背景に、マリの首都バマコでは暫定政権支持者がしばしばフランス国旗を燃やし、逆にロシア国旗を高々と掲げてデモ行進を繰り広げている。

 こうした対立を踏まえると、マイガ首相の「テロリストの訓練」発言は示唆的だ。つまり、家父長の権威を貶めることで、「フランスに虐げられる気の毒なアフリカを救うためにロシアが手を貸す」という構図を描き出し、ロシアがアフリカに進出しやすくするものだ。

 その意味で、マリとフランスの対立で笑うのはロシアであり、「テロリストの訓練」発言はシリアなどでみられた、イスラーム過激派に対するロシア軍の苛烈な攻撃の狼煙になるとみられるのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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