「稼ぐテロ」が急増するアフリカ――食糧高騰、コロナ、温暖化…多重危機の悪循環
- イスラーム過激派の問題は、先進国ではもはや忘れられた感すらあるが、アフリカでは最優先の安全保障上の脅威として浮上している。
- 生活苦に拍車をかける食糧危機は、稼ぐことを目的にテロリストになる者を増やしてきた。
- しかし、「稼ぐテロ」の増加は食糧危機の結果であると同時に、その原因にもなっている。
アフリカは世界で最も生活が悪化しているが、それと同時に世界で最も忘れられやすい。押し寄せる生活苦を前に、今やアフリカではテロが「稼ぐ手段」として普及している。
忘れられた人道危機
ウクライナと違って国際的な関心をほとんど集めないが、アフリカでも世紀末的な人道危機が広がっている。イスラーム過激派によるテロが急速に活発化しているのだ。
米国防省系シンクタンク、アフリカ戦略研究センターによると、2019年段階で約3000件だったアフリカにおけるイスラーム過激派のテロは、2022年には8月までに6000件を超えた。
件数に比例するように、同じ時期の死者数は1万人から1万5000人に急増している。
従来、中東やアフガニスタンなどで目立ったイスラーム過激派のテロがアフリカで急速に広がる状況に、国連は昨年「世界のテロ犠牲者の約半数はアフリカ人」と発表した。
テロや犠牲者の多くは、マリを中心とするサヘル一帯、ナイジェリアやチャドなどチャド湖周辺、そしてソマリアに集中している。
このうちマリでは昨年6月、中部ティアラサグーの村で130人が一度に殺害された。
信仰熱心でないイスラーム過激派
ただし、こうした殺戮が宗教的「狂信者」によるものかは話が別だ。
国連開発計画(UNDP)は2月7日、アフリカのテロ組織に参加した経験のある2196人へのインタビューに基づく調査結果を発表した。
それによると、「なぜテロ組織に加わったか」という質問に対する「宗教的価値観」という回答は17%にとどまった。2017年に発表された前回調査では、同じ質問に対する回答は40%だった。
これを反映して「聖典コーランを自分で読んだことがない」回答者は全体の42%にものぼった一方、「コーランを‘いつも’自分で読む」と回答したのは9%にとどまった。
つまり、アフリカではイスラーム過激派のメンバーでありながら、たいして信仰熱心でない者が目立つばかりか、それが増えつつあるのだ。
稼ぐ手段としてのテロリスト
だとすると、何のためにテロ組織に入るのか。
UNDPの同じ調査で、自発的にテロ組織に加入した者のうち、その理由で最も多かったのは「雇用機会」の25%だった。これに「知人・家族の参加」の22%が続いた。
テロ組織なのに「雇用機会」というとピンときにくいかもしれないが、イスラーム過激派はその活動資金を調達するため、天然資源などの違法採掘・取引、麻薬取引、誘拐、人身売買、有力者や企業に対する恐喝といった違法行為に手を染めることが珍しくない。
なかには民間商船などに対する海賊行為に手を出す組織もある。
また、ナイジェリアの「イスラーム国西アフリカ州(ISWAP)」の場合、あたかも政府のように、支配地の住民から「税金」を取り立てている。
要するに、テロリストになることが収入につながるわけだが、これを主な目的にする加入者は増えている。
前回2017年のUNDPの調査では「雇用機会」という回答は13%に過ぎなかった。今年2月の調査結果と比べると、宗教的な理由でイスラーム過激派組織に加入する者の割合が半分以下になったのと入れ違いに、経済的な理由が2倍近く増えているのだ。
失業者とは限らない
「貧困がテロを生む」という言葉は、2001年からの対テロ戦争のなかでよく取り上げられた。この観点からすれば、貧困国の集まるアフリカで、イスラーム過激派が貧困層を吸収する構図は不思議ではない。
ただし注意すべきは、UNDPの今回の調査の回答者のうち49%はイスラーム過激派組織に加入した段階で仕事に就いていて、失業者だったのは40%にとどまったことだ(残り11%は学生)。
つまり、まじめに働いても暮らすのに十分な稼ぎが得られない状態が蔓延したからこそ、「雇用機会」を求めてイスラーム過激派に加入する者が2017年段階と比べても急増したといえる。
先述のように、アフリカはもともと貧困国の集まりだが、この数年はそれ以前と比べても生活環境が悪化してきた。
とりわけ食糧危機は深刻で、食糧農業機関(FAO)は昨年末、アフリカで2億7800万人が食糧不足に直面していると報告されていた。大陸全体でみれば、およそ5人に1人の割合だ。
食糧危機の深淵
日本も例外なく見舞われている昨今の食糧価格高騰は、ウクライナ侵攻以前からすでに始まっていた。
コロナ感染拡大で物流が滞っただけでなく、世界全体での「巣ごもり需要」による買い占めや、北米大陸での干ばつ、さらに食糧輸出国の「売り控え」もあって、小麦や大豆などの価格は段階的に上昇してきたのだ。
その結果、World visionは2020年、アフリカで2億8200万人が栄養不良と報告していた(2019年より4600万人増加)。
ここにウクライナ侵攻が追い討ちをかけた。アフリカのほとんどの国は多かれ少なかれ食糧を輸入している。
そのうえ、地球規模での気候変動もある。
マリやナイジェリアを含む西アフリカでは昨年6月から8月にかけて、記録的な大雨による洪水により、約20カ国で4300万人が被害を受けた。これが現地の農業にも深刻な被害を及ぼし、食糧価格の高騰に拍車をかけた。
一方、ソマリアを含む東アフリカでは昨年、干ばつによって2200万人の食糧調達が難しくなった。
こうした背景のもと、「少しでも稼ぎのいい仕事」を求めて、イスラーム過激派に加入する者が増えたとみられるのである。生活苦が広がるほど、そこに有効な手立てを打てない政府への不満が増幅すれば、なおさらだ。
危機の悪循環
ただし、「稼ぐためのテロ」の増加は、食糧危機の結果であると同時に、その原因ともいえる。治安の悪化は物流や生産活動をさらに停滞させるだけでなく、国際的な援助活動をも妨げるからだ。
ナイジェリア北部ボルノ州では昨年6月、援助関係者5人が誘拐された数日後、遺体で発見された。この地域の実効支配を目指すISWAPの犯行だった。
こうした事件は後を絶たない。そこには危機の悪循環が見出せる。
残念ながらというべきか、アフリカがスポットを浴びることはほとんどない。また、2021年にアメリカがアフガニスタンから撤退したことで、先進国ではイスラーム過激派の問題そのものがもはや過去のものとして扱われやすい。
しかし、アフリカにおいてイスラーム過激派はむしろ最優先の安全保障上の課題とさえいえる。そして、こうした世紀末的な人道危機が続けば、難民の急増などアフリカの外にも悪影響が及びかねない。
その意味で、たとえ核戦争の脅威がなかったとしても、アフリカに広がる「稼ぐテロ」の急増もやはりグローバルな脅威といえるのである。