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トランプ2.0の衝撃 ②たとえトランプがファシストでなくても極右の増長は安全保障リスクを高める

六辻彰二国際政治学者
【資料】ハンガリーのオルバン首相と握手するトランプ(2019.5.13)(写真:REX/アフロ)
  • 米大統領選挙におけるトランプ勝利には、各国のネオナチ、極右から熱狂的な祝福と賛辞が寄せられている。
  • トランプ第1期政権時代、各国で極右によるヘイトクライムやテロがエスカレートしたため、トランプ2.0のもとでも同様のパターンが警戒される。
  • さらに欧米極右の多くはウクライナ支援に消極的であり、ロシアに内通する者さえいるため、この点でも安全保障リスクは高まりかねない。

トランプ2.0に歓喜する極右

 米大統領選挙期間中の10月、ジョン・ケリー元海軍司令官はドナルド・トランプ氏がかつてホワイトハウスで「ヒトラーはいいこともした」と発言したと暴露し、ハリス陣営などからファシスト批判が噴出した。

 一方のトランプは発言自体を否定している。

 筆者には発言の有無そのものは確認できない。

 ただし、保護貿易、公共投資の増加、政府方針と密接に連動する民間企業といったトランプの経済政策に、1930年代の国家社会主義と重なるところが多いのは間違いない。

 また、「我々に寄生するよそ者を排除すれば国民の利益を回復できる」という発想もほぼ同じだ。そこには「文化的他者によって我々の社会が成り立つ部分がある」という理解が乏しい。

 さらに重要なことは、たとえトランプ自身がファシストでなくても、世界各地のいわゆるネオナチ、極右過激派、白人至上主義者がトランプ勝利に歓喜のメッセージを送っていることだ(一部には例外もあるが)。

 例えばハンガリーのビクトル・オルバン首相は「世界が必要としていた勝利」と称賛した。

 オルバンは外国人、異教徒、LGBTなどへの敵意を隠さず、ハンガリー生まれのユダヤ人富豪ジョージ・ソロス氏をやり玉にあげて「ユダヤ人の世界支配」という古典的陰謀論を展開し、支持者を扇動したこともある。

 その一方で、オルバンは以前からトランプと親交が深い。

ヘイトとテロへの「寛容さ」

 つまり「ヒトラー」発言の有無にかかわらず、トランプは極右のアイコンになっている。

 とすれば、トランプ2.0は各国で極右をインスパイアし、その活動をエスカレートさせるきっかけになるとみてよい。まず懸念されるのは、ヘイトクライムや極右テロの増加だ。

 その傾向はトランプ第1期政権(2017〜2020)の時期にすでにみられた。

 それまで減少傾向にあったアメリカにおけるヘイトクライム発生件数は、オバマ政権末期の2015年に上昇に転じた。その後2020年には、トランプが大統領選挙で初めて勝利した2016年の約1.5倍にまで増えた

 ヘイトクライム増加と並行して、結果がより深刻なテロ(無差別殺傷、要人の襲撃・誘拐、公的機関への攻撃など)でも、白人極右の活動はこの時期に急速に活発化した。テロというとイスラーム過激派のイメージが強いかもしれないが、戦略国際問題研究所によると、2020年にアメリカで発生したテロ事件のうち60%は極右によるものだった。

 トランプ登場はアメリカの右傾化の結果であり、極右のヘイトやテロの責任が全てトランプにあるとはいえない。しかし、トランプ政権の発足と、その「寛容さ」が極右をエスカレートさせたことも疑いない。

 例えば2017年、ヴァージニア州シャーロッツビルで、自動車を暴走させた極右活動家によって反極右デモ参加者が殺害された際、トランプは明確な極右批判を避けた

 こうした態度は白人極右に安心感を与え、いわば増長させたとみてよい。

現状打破のための内戦

 こうしたアメリカの気運はヨーロッパなどの極右とも共鳴し合い、世界各地で白人極右の活動をエスカレートさせた。

 例えば2019年2月にニュージーランドのクライストチャーチでモスクを襲撃し、51人を殺害してその後有罪が確定したブラントン・タラント受刑者は、熱烈なトランプ支持者だった。


 白人極右が「社会的に認知された」と感じやすくなった結果、トランプが大統領選挙で敗れた2020年以降も極右テロは増加し続けた。

 例えば反名誉毀損連盟によると、アメリカにおける極右テロ発生件数は2017〜2019年に27件だったが、2020〜2022年には40件にまで増えた

 2020年大統領選挙におけるトランプ敗北を「不正」と決めつける陰謀論は、一度広がり始めた極右の活動をさらに焚き付けたとみてよい。

 そのため、白人極右の活動はかつてよくあったマイノリティ襲撃や無差別発砲だけでなく、近年では「少数のエリートに牛耳られる体制(Q-Anon的陰謀論ではディープ・ステイトと呼ばれる)」を打破するため、政府機関やインフラなどへの攻撃も視野に入っている。

 そうした極右団体の一つ、スリー・パーセンターズの創設者であるスコット・セドンは今年7月、トランプ暗殺未遂事件直後に「トランプへの攻撃は我々への攻撃だ。今こそ時はきた!」とSNSに投稿した。

 スリー・パーセンターズは現状打破のための内戦を唱導し、民兵の訓練なども行っている。

 内戦のレトリックはヨーロッパ極右も頻繁に使用している。そのため各国の治安機関は極右テロを「安全保障上の脅威」と捉えているのであり、トランプ2.0はこの懸念を高めかねない。

ロシアに内通する「愛国者」

 こうした懸念は、極右がロシアと結びつきやすいことによってさらに増幅する。

 例えばアメリカで内戦を唱導する極右団体ザ・ベースの創設者リナルド・ナッツアーロは、アメリカ人であるにもかかわらず、2020年に活動拠点をロシアのサンクトペテルブルクに移した。

 サンクトペテルブルクはウラジミール・プーチン大統領のお膝元で、ワグネル本社もある。

 もともと欧米の白人極右の間にはロシアとの親和性が高い。強い国家権力を志向し、マイノリティとりわけムスリムに厳しい態度をとるプーチン体制が、極右にとって一つの「モデルケース」と映りやすいからだ。

 だからこそ各国の極右にはウクライナ支援に消極的な態度が目立つ。

 例えば昨年8月、極右政党ドイツのための選択肢(AfD)の支持者であるドイツ陸軍大尉がスパイ容疑で逮捕され、裁判では軍事機密をロシアに流したことを認めた。

 一般党員だけではない。AfD所属のマクシミリアン・クラフEU議員は4月、金銭の見返りにロシア及び中国に有利なプロパガンダを流した容疑で法廷に立たされた。

 そのAfDの幹部はトランプ勝利を受けて「トランプ政権と素晴らしい仕事ができるだろう」と期待を述べている。

 こうしてみた時、極右の増長が脅かすのはマイノリティや政治的反対者の権利や安全だけでなく、先進国そのものともいえる。第二次世界大戦の一つの教訓は、「愛国者」が国家を危機に陥れることがあるということなのだ。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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