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ウクライナ侵攻1年でみえた西側の課題――価値観‘過剰’外交は改められるか

六辻彰二国際政治学者
ホワイトハウスを訪問した南アフリカのラマポーザ大統領(2022.9.16)(写真:ロイター/アフロ)
  • ウクライナ侵攻開始から1年の節目に中ロは南アフリカと合同軍事演習を行なった。
  • 南アフリカの中立志向にはそれなりの歴史的背景があるが、それと同時に今回の軍事演習は西側による「中ロ封じ込め」の限界をも示している。
  • 自由や民主主義といった価値観を叫ぶことは、西側の外交に有利に働かない。

 ウクライナ侵攻はいくつもの課題を浮き彫りにした。その一つは西側が自由や民主主義といった価値観をどれだけ強調できるかよりむしろ、いかにそれを控えられるかだ。

極音速ミサイルは発射されるか

 ウクライナ侵攻の開始から1年を目前にした2月17日ロシアは中国とともに南アフリカで10日間におよぶ合同軍事演習を開始した。この3カ国による合同軍事演習Mosi(「煙」の意味)は2019年に初めて開催され、今回で2回目だ。

 今回の演習で注目されるのは、ロシア軍が核弾頭を搭載できる極超音速ミサイル3M22ツィルコンを持ち込んだことだ。

ロシア国防省がリリースしたツィルコン発射実験の様子(2022.5.28)
ロシア国防省がリリースしたツィルコン発射実験の様子(2022.5.28)提供:Russia defense ministry/EyePress News/REX/アフロ

 ツィルコンはマッハ8で飛翔し、射程は1000kmにもおよぶといわれる。ロシア軍が1月に実戦配備したばかりのツィルコンについて、プーチン大統領は「こうした力によって潜在的な脅威から国を守れる」と強調している。

 今回の演習でツィルコンが発射されるかは不明だが、実弾発射訓練が行われれば人目をひくデモンストレーションになることは間違いない。

「ロシアは孤立していない」

 もっとも、この時期にあえて大規模な軍事演習が行われたのは、新型兵器のデモンストレーションだけではなく、「ロシアは国際的に孤立していない」とアピールすることが目的だったとみてよい。

 昨年3月1日、国連総会ではアメリカなどの提案により、ロシアのウクライナ侵攻に対する非難決議が採択され、国連加盟国193カ国中141カ国が賛成した。また、日本を含む西側先進国は対ロ取引を相次いで規制し、ウクライナに軍事・民生の両面で支援してきた。

南アフリカのリチャーズ・ベイに寄港したロシアのフリゲート艦(2023.2.22)。極音速ミサイル、ツィルコンを搭載しているとみられる。
南アフリカのリチャーズ・ベイに寄港したロシアのフリゲート艦(2023.2.22)。極音速ミサイル、ツィルコンを搭載しているとみられる。写真:ロイター/アフロ

 ただし、ロシアとの通商規制などに踏み切ったのは40カ国程度にとどまっており、その大半は西側先進国だ。

 言い換えると、多くの新興国・途上国はロシア非難決議に賛成しながらも、取引の規制などには踏み切ってこなかった。それはロシアにとって、体面を保つだけでなく通商を確保するうえでも意味がある。

 中国だけでなく、アフリカを代表する新興国である南アフリカが参加する合同演習は、こうしたロシアの利益に適うものだ。

南アフリカはなぜ参加したか

 ウクライナ侵攻をきっかけに中ロ両国はそれまで以上に軍事協力を深めており、昨年は9月、11月、12月と立て続けに合同演習を行なった。

 それでは、中国はともかく南アフリカはなぜこの時期にロシアと合同軍事演習に踏み切ったのか。そこにはいくつもの理由がある。主なものだけあげると、

・南アフリカは中国やロシアの他、ブラジル、インドとともにBRICSのメンバーである。

・南アフリカにとって中国は最大の貿易相手国である(2021年段階で輸出入全体の約15%)。

ロンドンで行われたネルソン・マンデラ釈放を求めるデモ(1984)。西側各国は1970年代末になってようやくアパルトヘイト反対に舵を切った。
ロンドンで行われたネルソン・マンデラ釈放を求めるデモ(1984)。西側各国は1970年代末になってようやくアパルトヘイト反対に舵を切った。写真:Shutterstock/アフロ

・現在の南アフリカ政府の中心を占める政治家の多くはかつて、1994年まで続いた白人支配(アパルトヘイト体制)に抵抗した経験をもつが、これを主に支援したのは当時のソ連など東側で、西側は1970年代まで白人支配をむしろ黙認していた。

 こうした背景から、南アフリカは昨年3月1日に国連総会で行われた、ウクライナ侵攻をめぐるロシア非難決議に賛成しなかった

南アフリカは「反欧米」か

 だからといって、南アフリカを「反欧米」と決めつけるのは短絡的だろう。例えば、

・白人支配崩壊後の南アフリカでは言論の自由や普通選挙が概ね定着しており、世界各国の「自由度」を測定するフリーダム・ハウスの評価でも「自由な国」と評価される(だから中ロとの合同演習への抗議デモも認められる)。

・南アフリカはこれまでにアメリカなど欧米各国とも合同軍事演習を行なっている。

ドイツで開催されたG7サミットに出席したラマポーザ大統領、カナダのトルドー首相、インドのモディ首相(2022.6.27)。インドもロシア制裁に加わっていない。
ドイツで開催されたG7サミットに出席したラマポーザ大統領、カナダのトルドー首相、インドのモディ首相(2022.6.27)。インドもロシア制裁に加わっていない。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

・この国のラマポーザ大統領は昨年6月、ドイツで開催されたG7サミットにゲストとして参加した(当然中ロからの出席者はいない)。

 要するに南アフリカは中立、独立への志向が強いのであって、「反欧米」や「親欧米」といった言葉でくくることはできない。

リスク分散は悪か

 「日和見だ」という批判もあるかもしれない。

 しかし、ビジネスでも一つの取引先に頼りすぎることがリスクになるのと同じで、世界全体が流動化するなかでリスク分散を図ることは、良し悪しの問題ではなく、いわば当然の成り行きだ

 世界全体に占める先進国のGDPの割合は、かつて8割を超えていたが、現在では6割程度にまで低下している。とりわけ2008年のリーマンショック後、これが加速してきた。

 さらに、コロナ感染拡大後、西側が国内優先の対応に終始するなか、中ロはむしろ外交的な目的から途上国向けの医療支援を加速させた。

 新興国・途上国にとって重要なのは、パートナーの信条ではなく、実際に協力があったか、あるいは今後、協力が期待できるかどうかだ

 その意味で、先進国と中ロの対立から実質的に距離を置くのは、現実的な判断とさえいえる。これは南アフリカに限った話ではなく、アジア、アフリカ、中東、中南米などに多かれ少なかれ共通する。

「民主主義vs権威主義」なのか

 これを後押ししているのは、他でもない西側先進国である。

 自由、人権、民主主義といった価値観を強調すればするほど、西側がこういった「普遍的価値観」を都合次第で使い分けるダブルスタンダードが浮き彫りになるからだ。

パレスチナで上がる黒煙(2023.2.21)。イスラエル空軍による空爆によるもの。イスラエルは国連決議に違反してパレスチナの占領を続けてきた。
パレスチナで上がる黒煙(2023.2.21)。イスラエル空軍による空爆によるもの。イスラエルは国連決議に違反してパレスチナの占領を続けてきた。写真:ロイター/アフロ

 サウジアラビアなどペルシャ湾岸諸国は専制君主国家で、自由も民主主義も縁遠いが、先進国政府が公式に批判することはない。西側が多くの原油を輸入しているからだ。

 また、ロシアによるウクライナ占領は許されるべきでないだろうが、その一方でイスラエルによるパレスチナ占領は半世紀に渡って続き、しかも同盟国アメリカはこれを支援してきた(しかも独自路線をいくイスラエルは対ロシア制裁に協力していない)。

 こうした例は無数にある。

 状況によって発言を変えるのは「言う側」である先進国にとっては現実的判断かもしれないが、「言われる側」である新興国・途上国の不信感を招いても文句は言えない。これはアメリカ主導のロシア制裁に対する新興国・途上国の非協力的態度の根底をなすとみてよい。

 例えば、インドネシアはその民主主義の定着がしばしばアメリカから称賛されてきたが、ウクライナ侵攻に関してはやはり国連総会での非難決議に賛成しながらも、国内の幅広い反対を受けてロシア制裁に参加していない。

ロシアを訪問したインドネシアのウィドド大統領(2022.6.30)
ロシアを訪問したインドネシアのウィドド大統領(2022.6.30)写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 これについて、インドネシアにあるアイルランガ大学のダーマプトラ博士は「ロシアの行動に対する全面的支持というよりむしろ西側に対する侮蔑」と表現する。

雄弁は銀、沈黙は金

 ところが、西側とりわけアメリカはこの数年、中ロとの差別化を意識して、それまで以上に「普遍的価値観」を強調してきた。

 ウクライナ侵攻後、「民主主義vs権威主義」の構図は盛んに宣伝されてきた(ちなみにウクライナは汚職の蔓延少数派ヘイトもあって、フリーダム・ハウスから南アフリカに対するものより低い「部分的に自由な国」と評価されている)。

 「白か黒か」のこの構図でいうなら、中ロと対立しない南アフリカは先進国からみて「あっち側」になりかねない。

 しかし、南アフリカでも国内にさまざまな問題があるにせよ、先述のように権威主義国家とは断定できないし、中ロと完全に歩調を合わせているわけでもない。だからこそ、今回の中ロとの合同軍事演習に関して、アメリカ政府は「懸念」以上の批判を控えるしかない。

アメリカ政府主催の「民主主義サミット」に出席するバイデン大統領(2021.12.9)。110の国・地域が参加したが、その中には民主的といえない国も目立った。
アメリカ政府主催の「民主主義サミット」に出席するバイデン大統領(2021.12.9)。110の国・地域が参加したが、その中には民主的といえない国も目立った。写真:ロイター/アフロ

 自由や民主主義を強調することは、先進国の国内世論を満足させるかもしれないが、矛盾をむしろ浮き彫りにする。

 少なくとも、自由や民主主義を強調することが西側に有利に作用してきたとはいえない。建前だけ強調するリーダーはフォロワーから信頼を得にくい。ロシア制裁に参加する国が一向に増えないのは、これを象徴する。

 国内で自由や民主主義を尊重することと、それを外交に転用することは同じではない。

 だとすれば、価値観を必要以上に叫ぶより、コロナ対策や経済支援といったプラグマティックな、言い換えれば価値中立的な協力を加速させる方が、新興国・途上国の支持を集めるうえではよほど重要だろう。上から目線の押し付けがましさを嫌うのは、先進国の人間だけではないのだから。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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