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ワグネルの「反乱」と早期撤収…ロシアで何が起こっているかを知る4項

六辻彰二国際政治学者
ロストフ・ナ・ドヌから撤退するワグネルのプリゴジン司令官(2023.6.24)(写真:ロイター/アフロ)

 先週末に突然発生した軍事企業ワグネルの「反乱」は世界の注目を集め、一時は「プーチン国外逃亡」説まで流れた。ロシアで何が起こっているのか。そしてプーチンは今後どうなるのか。今のロシアを知るのに必要な4点(ワグネルの凋落、反乱の経緯、ワグネル司令官プリコジンの目的、プーチン体制が揺らぐ可能性)について解説する。

(1)ワグネルの台頭と衰退

 まず、今回の主役ワグネルについて、改めて確認しておこう。

 ワグネルはロシア政府が支援する軍事企業で、創設者エフゲニー・プリゴジンは62歳。レストランなど複数の企業を経営する経営者で、プーチンとの個人的な関係でのし上がった人物だ。その経歴からメディアでは「プーチンのシェフ」とも呼ばれる。

 ワグネルは2014年のクリミア危機を皮切りにリビア、中央アフリカ、スーダン、シリアなどの戦場で活動し、昨年からのウクライナ戦争でも実質的にロシアの主力となってきた

エフゲニー・プリゴジン(2023.4.8)。いくつもの企業を所有する経営者で、ワグネル創設者でもある。プーチンとの関係で政治的にも影響力を持つようになった。
エフゲニー・プリゴジン(2023.4.8)。いくつもの企業を所有する経営者で、ワグネル創設者でもある。プーチンとの関係で政治的にも影響力を持つようになった。写真:ロイター/アフロ

 そのなかで兵力は大幅に増加したが、急増した補充兵の大半は受刑者移民など、断りにくい立場の者を集中的にリクルートしたものとみられる。

 しかし、戦意の乏しい、ほぼ未経験者を大量に投入した結果、兵員増加と反比例して戦力は低下した。5月にワグネルは、ウクライナ東部の要衝バフムトから撤退した。

 その頃からプリゴジンはしばしばSNSで「ロシア軍が武器・弾薬を十分に補給しない」と苦情を申し立てていた。

 アメリカの戦争研究所は、プーチンとの関係によって優遇されるプリゴジンとロシア軍上層部の確執があり、バフムト撤退によりこの派閥抗争はさらに大きくなったと指摘する。6月初旬、プーチン個人に忠誠を誓うチェチェン人部隊に戦闘任務が命じられたことで、ワグネルは事実上「ロシアの主力」から降格したといえる。

ロシア南部クラスノダールにあるワグネル兵の墓地(2023.1.22)。ウクライナ戦争に参加したワグネル兵の死者数は増加傾向にある。
ロシア南部クラスノダールにあるワグネル兵の墓地(2023.1.22)。ウクライナ戦争に参加したワグネル兵の死者数は増加傾向にある。写真:ロイター/アフロ

(2)反乱はどのように起こったか

 政争に敗れたワグネルは6月24日、黒海に面したロシア南部の地方都市ロストフ・ナ・ドヌを突如として占拠し、さらに周辺地域に部隊を進めた。その進路には首都モスクワがあった。

 それに合わせてプリゴジンはSNS動画で「何万人ものロシア兵の生命を奪った者に罰を与える」と主張した。そのなかではセルゲイ・ショイグ国防相ら軍上層部が名指しされ、プリゴジンはモスクワ進撃を「正義の進軍」と呼んだ。

 プリゴジンによると、モスクワ進撃には2万5000人のワグネル兵が参加したという(どのメディアも実際には人数を確認できていない)。

ロシア南部ロストフ・ナ・ドヌに進駐したワグネル部隊(2023.6.24)。その後、プリゴジンは部隊を周辺地域に展開させ、進路をモスクワにとった。
ロシア南部ロストフ・ナ・ドヌに進駐したワグネル部隊(2023.6.24)。その後、プリゴジンは部隊を周辺地域に展開させ、進路をモスクワにとった。写真:ロイター/アフロ

 これに対してプーチンは「国家への裏切り」は懲罰すると述べ、モスクワへの進路を塞ぐ部隊を展開させた。さらに、必要なら数千人のチェチェン人部隊を投入するとも警告した。

 こうして高まった緊張は、25日にあっけなく解消された。

 ロシア政府との合意により、プリゴジンは隣国ベラルーシに移動し、それとともにワグネル兵も撤退することになったのだ。ロシア政府報道官はプリゴジンもワグネル兵も罪に問わないと述べた。

 この合意はベラルーシ政府の仲介で成立した。この国のアレクサンダー・ルカシェンコ大統領はプーチンととりわけ近い関係にある。これによってロシア国内での衝突は回避された。

ワグネル部隊の周辺に集まったロストフ・ナ・ドヌ住民(2023.6.24)。反乱の支持派、反対派のいずれもが集まった。
ワグネル部隊の周辺に集まったロストフ・ナ・ドヌ住民(2023.6.24)。反乱の支持派、反対派のいずれもが集まった。写真:ロイター/アフロ

(3)プリゴジンの目的は?

 ワグネルはなぜ反乱を起こしたのか。これに関して、プリゴジンの主張を聞いてみよう。

 反乱に先立って公開された動画で、プリゴジンは「ウクライナ戦争はショイグが最高司令官になるために必要だった」と述べた。ショイグ国防相の個人的野心のための戦争だ、というのだ。

 これとほぼ同時に、ワグネルに近いSNSアカウントで公開された動画では、ワグネルの基地が空爆される様子が、「攻撃は背後からあった」というナレーションとともに流された。

 つまり、反乱の大義は「ショイグこそロシアの敵」だった。言い換えると、戦争の進め方に対する批判だったわけだ。

 これはかなり意味深長だ。

プーチン大統領と協議するショイグ国防相(2023.4.17)。プーチンとの個人的関係で優遇されるワグネル司令官プリゴジンとロシア軍上層部の派閥抗争は5月末から抜き差しならなくなっている。
プーチン大統領と協議するショイグ国防相(2023.4.17)。プーチンとの個人的関係で優遇されるワグネル司令官プリゴジンとロシア軍上層部の派閥抗争は5月末から抜き差しならなくなっている。写真:ロイター/アフロ

 まず、厳密にいえばプリゴジンはプーチンを批判したわけではない。

 さらに、ウクライナ戦争に反対したわけでもない。実際、ロシア政府との取引に応じてプリゴジンは、ワグネル兵をもといたウクライナ東部におとなしく戻した。

 むしろ、プリゴジンの主張を発展させれば「国防省がちゃんと仕事していれば、ウクライナ戦争はもっと有利に運んでいたはず」となる。

 この言い分からは、プリゴジンが反乱を起こしながらも、身の安全をかなり意識したことがうかがえる

 先述のように、プリゴジンは体制内の派閥抗争に敗れていた。それまで我が物顔で振る舞っていただけに、軍上層部からの巻き返しや報復を恐れたとしても不思議ではない。そのうえ、ウクライナ東部のワグネル部隊は徐々に追い詰められている。

集まった支持者の歓声に送られてロストフ・ナ・ドヌから撤退するプリゴジン(2023.6.24)。
集まった支持者の歓声に送られてロストフ・ナ・ドヌから撤退するプリゴジン(2023.6.24)。写真:ロイター/アフロ

 この状況のもと、あえて危機をエスカレートさせたことで、プリゴジンは少なくとも結果的に軍上層部を譲歩させ、ロシアを離れることにも成功した。つまり、今やプリゴジンは安全地帯にいるのだ。

 当初からこれが目的だったとすると、プーチン批判や戦争反対はアウトであるため、プリゴジンがそれらを慎重に避けたことは当然だ。こうしてみた時、反乱がプリゴジン逃亡の手段だった疑いは濃い。

(4)プーチン体制は揺らぐのか

 プリゴジンがどんな目的だったにせよ、反乱はプーチン体制の揺らぎを印象づけた。プーチンが権力を握って以来、政府に公然と反旗を翻すことはタブーで、しかもそれが軍事力をもって行われたのだからなおさらだ。

 アメリカのマケイン研究所のイブリン・ファルカス所長は、とりわけワグネル部隊への断固たる懲罰がなかったことに注目し、「プーチンは明らかに弱くなった」と指摘した。妥協で幕引きを図るようなことは、これまでなかったというのだ。

TV演説でワグネルの反乱を非難するプーチン(2023.6.24)。剛腕で知られてきたプーチンだが、その弱体化を指摘する見解もある。
TV演説でワグネルの反乱を非難するプーチン(2023.6.24)。剛腕で知られてきたプーチンだが、その弱体化を指摘する見解もある。写真:ロイター/アフロ

 さらに、プリゴジンやワグネル兵が占領した街で住民から応援されたり、握手したりする映像は、「プーチン体制の終わりが近い」と語られる素材になっている。

 しかし、そうした評価は時期尚早だろう。

 確かに、反乱の発生そのものが、体制の統治能力の低下を象徴する。ただし、プーチン体制はその締め付けにやっきになるはずで、二つのエネルギーのどちらが勝るかは予断を許さない。

 ロシア軍がワグネルと正面から衝突すれば、それこそ「ロシア崩壊」のイメージを強くしただろう。その意味で、プリゴジンを逃がしたことは、プーチンにしてみればダメージを最小限に抑える選択だったともいえる。

 さらに、国外に逃れても、プリゴジンに安寧の日々が待っているとは限らない。これまでプーチンに牙をむき、国外に逃れた者の多くは不可解な死を遂げてきた。

 そのうえ、ワグネル兵の多くは激しい戦闘の続くウクライナ東部に戻ったが、ロシア国防省は今後、プリゴジンが求めてきた補給を増やすとは確約していない。軍上層部はむしろ少しずつ補給を減らし、ワグネル部隊がウクライナ軍に掃討されるのを待ったとしても不思議ではない。

 今後のこうした展開を見なければ、この反乱がプーチン体制崩壊の序曲かは判定できないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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