ワグネルはアフリカからウクライナへ向かうか――プリゴジン亡き後の再編
- ロシア政府は6月に反乱を起こした民間軍事企業「ワグネル」に新しい司令官を据えて再編成しようとしている。
- プーチン政権はワグネルを含む傭兵あるいは非正規兵を統合した新たな組織を構想している。
- こうした背景のもと、中東やアフリカなどで活動してきたワグネル兵の一部はウクライナに移動し始めたとみられる。
6月の反乱後、ワグネルにはロシア軍に非協力的な態度が目立っていたが、プーチンはその再編を本格化させている。
「ワグネル新司令官」の登場
プーチン大統領は9月28日、アンドレイ・トロシェフ氏と会談し、「ウクライナを含む戦場で戦闘任務をこなせる‘義勇兵’の編成」について協議した。
この‘義勇兵’は、ロシアにいくつかある政府系の非正規部隊を統合するという意味で、そのなかにはワグネルも含まれるとみられる。
プーチンとこの協議を行なったトロシェフは実質的に、ワグネルを含む非正規部隊のヘッドに認知されているといえる。
それではトロシェフとは何者か。
1953年生まれのトロシェフは諜報機関出身で、1980年代にはアフガニスタン、1990年代からはチェチェンと、ソ連末期から現代のロシアに至る多くの戦争にかかわってきたといわれる。
2015年からはシリアで活動し、2016年にワグネルに「移籍」したとみられている。
その軍務によってロシア連邦英雄勲章などを授与された経歴をもつが、シリアでの民間人虐殺などに関与した疑惑により、その他のワグネル幹部とともにウクライナ侵攻以前からEUなどが資産凍結といった制裁の対象にしてきた。
しかし、トロシェフはワグネルが6月に起こした反乱に加わらなかった。そのため、8月にエフゲニー・プリゴジン司令官とその一派が飛行機「事故」で死亡した時も一緒にいなかった。
生き残ったワグネル幹部のなかで恐らく最高クラスのトロシェフと、プーチンはワグネル反乱の翌7月、早くも‘義勇兵’編成について協議していた。その後、トロシェフは国防省に所属している。
プリゴジン時代のワグネルは、プリゴジンとショイグ国防相の個人的確執から、ロシア軍と「冷戦」状態にあった。
これに対して、トロシェフが司令官になる新ワグネルは、政府直属となる公算が高い。9月28日のプーチンとトロシェフの会談にエフクロフ副国防相も出席していたことは、これを示唆する。
戦闘再開に向かうワグネル
ワグネル再編で一つの焦点になるのは、これまでウクライナの戦闘にかかわってこなかった部隊の動員だ。反乱に加わったワグネル部隊のほとんどはベラルーシなどに逃れ、ウクライナ侵攻と距離を置いてきたからだ。
これに対して、ロシア政府は資金を停止するなど、反乱後のワグネルに圧力を加えてきた。
こうした背景のもと、一部の部隊はロシア政府に恭順する意思を示している。
9月末、ウクライナ政府は500人のワグネル兵がウクライナ東部での戦闘を再開したと発表した。
この部隊がどこからウクライナに移動してきたかは定かでないが、少なくともその一部はアフリカから来た可能性がある。アル・ジャズィーラはワグネルに近い筋の情報として、その直前にアフリカからウクライナに3個分隊が移動したと報じている。
もちろん500人程度では戦局に大きなインパクトはないだろう。
しかし、今後アフリカからさらにワグネル兵がウクライナへ移動したとしても不思議ではない。アフリカ大陸全体でワグネルの兵力は約6000人と見積もられるからだ。
これは反乱後にベラルーシに逃れたとみられるワグネル兵とほぼ同程度の規模だ。
アフリカを引きはらうことはない
とはいえ、ワグネルがアフリカを引きはらい、全兵力をウクライナに向けることは想定できない。ワグネルがアフリカに駐留することはロシア政府にとっても利益があるからだ。
アフリカではイスラーム過激派が台頭し続けているが、欧米各国は対テロ戦争を縮小させ、関与に消極的になってきた。そのなかでロシアと安全保障協力を結ぶ国が増えているわけで、ワグネルはロシア軍とともにイスラーム過激派の掃討、鉱山など重要施設の警備、兵士の訓練などに従事してきた。
例えばワグネルの活動が最も目立つ国の一つであるマリの場合、その駐留兵員数をアメリカ政府は1645人とみている。
さらに最近では、安全保障協力以外にも、クライアント政府の影としての「業務」も増えている。米外交評議会はワグネルに近いロシア企業インターネット・リサーチ・エージェンシーがモザンビークやジンバブエの選挙で野党に関するフェイクニュース拡散にかかわったと指摘している。
つまり、ワグネルの駐留はアフリカにロシア支持の政権を築く大きな手段といえる。
さらにワグネルはアフリカで合法・非合法のビジネスを展開し、大きな利益を得ているとみられる。例えばスーダンでは金鉱山などの開発に関わり、違法輸出を行っていたと報告される。中央アフリカ共和国では現地政府との契約により18万ヘクタール以上の森林伐採権を確保するといった「ビジネス」に手を出していることが判明している。
だからこそ、アフリカ大陸におけるワグネルは、今年6月の反乱後も、多少の移動はあっても基本的に人員をほとんど減らさなかった。ワグネルがロシア政府直属になったとしても、プーチンがこうした利益を考えれば、大規模な兵員をアフリカから引き抜くリスクが大きいと判断しても不思議ではない。
「黒いロシア人」は増えるか
ウクライナに兵力を集めたい。しかし、アフリカの利益も捨てがたい。
ロシア政府やトロシェフ新司令官がこのジレンマを乗り越えようとする時、「アフリカ人のリクルート」を選択する可能性がある。
ワグネルはウクライナ侵攻後、ロシア国内でも受刑者や外国人をリクルートして戦線に投入しており、そのなかには留学生をはじめとするアフリカ人も多く含まれている。
一方、ワグネルはアフリカ大陸でも兵員を調達してきた。例えば中央アフリカでは現地民兵がリクルートされ、ワグネルの基地などで訓練されたうえで、反体制派の掃討などで戦線をともにしている。
こうした兵員は現地でしばしば「黒いロシア人」とも呼ばれる。
アフリカの貧困層が外国に傭兵としてリクルートされ、海外で活動することは珍しくない。
1990年代に深刻な内戦に陥った経験のある西アフリカのシエラレオネでは、内戦終結後に社会復帰が難しかった元兵士(元子ども兵を含む)約3000人がアメリカやイギリスの民間軍事企業に採用され、対テロ戦争の激化していたイラクで2009年から活動したことが判明している。
最近では、数千人のスーダン人傭兵がUAE(アラブ首長国連邦)に雇用されてリビアで戦闘に従事している事例も報告されている。
こうした事例に鑑みれば、プリゴジン時代よりロシア政府・軍と密接な関係になると想定される新体制のワグネルが、アフリカ人民兵をこれまでより積極的にリクルートすることで、アフリカにおける「ビジネス」を減らさないままウクライナに兵員を増派しようとしても不思議ではない。
その場合、ウクライナでの戦争はこれまで以上にグローバルなものになるといえるだろう。