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トランプ2.0の衝撃 ③トランプ勝利で勢いづくイスラエル急進派 現実味を増す「パレスチナ併合」

六辻彰二国際政治学者
【資料】ヨルダン川西岸の併合を求める入植者団体の広告(2020.6.10)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエル政府の主要閣僚は米大統領選挙におけるトランプ勝利に熱狂的な賛辞を惜しまない。
  • そのイスラエルでは国連決議でパレスチナ人のものと定められたヨルダン川西岸とガザの併合を求める声が高まっている。
  • パレスチナ全域が併合されれば、中東一帯の戦火と対立はかつてなく激化し、グローバルな地政学的バランスにも影響しかねない。

 トランプ2.0はウクライナ戦争を収束させるきっかけになるかもしれないが、中東での戦火と対立をむしろエスカレートさせかねない。

イスラエル政府の熱狂

 米大統領選挙におけるドナルド・トランプ勝利には各国から様々な反応があがっているが、とりわけ熱狂の目立つのがイスラエル政府だ。

 

 例えばベンヤミン・ネタニヤフ首相は「…アメリカの、そしてイスラエルとの同盟の新たな始まりだ。大勝利だ!」と歓喜のメッセージを寄せた。

 一般的に公職にある者は外国の選挙結果について、たとえ特定の候補を支持していたとしても、あからさまに喜怒哀楽を表明しないものだが、そんな外交儀礼などほぼ無縁の反応は、ネタニヤフ以外の主要閣僚もほぼ同様だ。

 なかでも際立ったのがイタマル・ベン=グヴィル国家安全保障で、Xに「Yesssss(“よっしゃー”といったところか)」と投稿した。

 こうした反応は不思議ではない。

 第1期政権(2017〜2020年)の頃から、トランプは歴代大統領のなかでもとりわけイスラエル支持が鮮明だったからだ。実際、2024大統領選挙でもトランプはウクライナ向け軍事協力に消極的な態度をみせたが、その一方で国内でも批判が高まっているイスラエル向け軍事協力については何も明言しなかった。

パレスチナ併合は加速するか

 トランプのイスラエル支持の象徴は2018年5月、在イスラエル米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転したことだ。

 エルサレムは国連決議で、東西に分割して西半分をイスラエルに、東半分をパレスチナに割り当てることになっている。そのため、パレスチナ自治政府は東パレスチナに拠点を置いている。

 しかし、1967年の第三次中東戦争以来、イスラエルは東エルサレムを含むヨルダン川西岸すべてを実効支配し、東西エルサレムを首都と位置づけてきた。国際司法裁判所(ICJ)はこの占領を違法と判断している。

 さすがにアメリカの歴代政権はエルサレムをイスラエルの首都に認定することまではしなかった。だからこそ、トランプがエルサレムに米国大使館を置いたのは、力による占領を認めたに等しい

 当然のようにエルサレムに大使館を置く国は、先進国ではアメリカだけだ。

 ところが、かつてなく右傾化・強硬化している現在のイスラエル政府は、実効支配さえ越えようとしている。

 例えば米大統領選挙直前の10月27日ベザレル・スモトリッチ財務相はヨルダン川西岸とガザの併合を提案した。それこそイスラエル国民の安全を確保する唯一の道、という論理だ。

パレスチナ併合のリスク

 もちろん併合は国連決議に明確に反する。しかし、米大統領選でトランプが勝利した後、むしろイスラエル政府閣僚によるパレスチナ併合の主張は加速している。

 ヨルダン川西岸の入植者団体は11月6日、相次いで併合を求め、(“よっしゃー”の)ベン=グヴィル国家安全保障相はこれを支持して「今こそ主権の時だ」と気勢をあげた。

 ベン=グヴィルは入植者でもあり、これまでヨルダン川西岸でのユダヤ人過激派によるパレスチナ人襲撃などを扇動してきただけでなく、ガザ侵攻やレバノン侵攻を主導したイデオローグでもある。

 とすると、イスラエルに親和的で、国際ルールに縛られないトランプの当選はイスラエル急進派をこれまで以上にインスパイアしかねないといえる。

 併合の矛先は、やはり国連決議でパレスチナ人のものと定められているガザにも向かっている。

 これまでイスラエル政府閣僚はしばしばガザ住民に「自発的退去」を求めてきた。それは無人になったガザを実効支配するためのステップとみられている。

 仮にイスラエルがパレスチナ併合を正式に発表した場合、これまでの経緯に照らせば、トランプがこれを既成事実として認める公算は高い。

中東の戦火が広がる恐れ

 パレスチナ併合が実現すれば、パレスチナ人を絶望させ、国際ルールの空洞化をさらに印象づけるだけでなく、中東で戦火をさらに拡大させかねない。

 イスラエルとイランの対立が決定的になると見込まれるからだ。

 イランはこれまでイスラエルと対立するハマスやヒズボラなどを支援してきた。イスラエルによるレバノン地上侵攻の開始直後には200発のミサイルをイスラエルに撃ち込み、相互の報復はエスカレートしてきた。

 これに対してバイデン政権はイスラエルを支援しつつも、イランと正面衝突することには否定的な態度を崩さなかった。バイデンは戦線拡大と、これ以上イスラエルに引っ張り回されることを恐れたといえる。

 同様にトランプ政権も、仮にパレスチナ併合が正式の方針になり、イランとの正面衝突が激化した場合でも、米軍を動かしてまで支援するかは疑問だ。コスト意識の高さがトランプの真骨頂だからだ。

 実際、第1期政権時代にトランプは一度も海外で部隊を戦闘任務に就かせなかった。

 ただし、トランプにとってもイランは因縁の相手だ。第1期政権時代、トランプは根拠不明のまま「イランが合意に反して核開発を進めている」と主張し、各国を巻き込んだ経済封鎖に踏み切った経緯がある。

また、2020年にはイラン革命防衛隊司令官をドローン攻撃で暗殺するよう米軍に命じた。

 とすると、イスラエルにとってはバイデン政権よりトランプ政権の方がイランとの対決でのバックアップを期待しやすいだろう。

 

アラブ諸国のアメリカ離れは進むか

 とはいえ、パレスチナ併合が実現すればイラン以外のイスラーム各国もこれまでより反イスラエル、反アメリカの態度を鮮明にしても不思議ではない。

 例えばアラブ首長国連邦(UAE)はこれまでアメリカとの密接な関係を維持してきたが、国連で決議されたイスラエルとパレスチナの二国家建設が実現しない限り、ガザ再建はあり得ないと主張している。

 UAEは2020年、トランプ政権の仲介でイスラエルと和平合意(アブラハム合意)を結び、国交を正常化した。

 しかし、国内ではこれに対する反発も強いため、昨年ガザ侵攻が始まって以来、UAEはイスラーム圏におけるイスラエル批判の急先鋒になってきた。

 実際にはUAEはイスラエルと自由貿易協定に基づく取引を続けていて、ガザ侵攻批判は国内向けの「やってますアピール」に近いが、それでもパレスチナ併合が実現すれば国内の反発を抑えるのは難しいだろう。

 そのUAEは昨年、中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカをメンバーとするBRICSに新規加盟を果たした。

 また、やはりアメリカと深い関係を保ってきたサウジアラビアも、昨年「犬猿の仲」イランと国交を回復し、揃ってBRICSに加盟した。

 パレスチナ併合が実現した場合でもアラブ各国がイスラエルとの全面戦争に突っ込むことは想定しにくい。

 それでもアラブ各国がこれまで以上にアメリカ離れを起こせば、グローバルな地政学的バランスさえ揺るがしかねない。

 トランプ2.0がイスラエル急進派を勢いづかせることは、世界全体にとってのリスク要因にもなっているのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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