艶めかしくエロティックも危険な香り。40代ヒロインが若い男の髭を剃る行為が物語ることとは?
近年、ドキュメンタリー映画を精力的に発表してきた中村真夕監督が、デビュー作以来に発表した劇映画「親密な他人」。
いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みをしている本作については、主演を務めた黒沢あすかのインタビュー(第一回・第二回・第三回・第四回・番外編第一回・第二回)をすでに届けた。
中村監督にもその制作過程の裏側などを訊いたインタビューを三回(第一回・第二回・第三回)にわたって連載。それに続き、中村監督に再びご登場いただき作品世界に迫るインタビュー(第一回・第二回・第三回)をお届けする。(全四回)
中年女性だって騙されてばかりじゃない、
反逆するときがあるということです(笑)
ここまで本作の主人公・石川恵を通して、描こうとしたことについていろいろ訊いてきた。
その中で、もうひとつ石川恵の描き方で興味深い点がある。
それは、石川恵はある意味、男性の求めるような良き妻、良き母親であろうとしているところがある。
だが、その一方で、そうあることは男性のためではない。自分が主導権をもって、選択してそうあろうとしているところがある。
そのあたりでなにか考えていたことはあったのだろうか?
「そうですね。彼女自身に決定権があるということは意識しました。
これも常々感じていたことなんですけど、女性は騙される対象というケースも多いなと。男性にコロッと騙されるように扱われることが多々ある。
だから、逆にしてみるというか。騙されたふりをしていて、実は騙している、というしたたかな女性に恵はしようと思ったところは確かにあって。
それでネタバレになるので詳細は明かせないですけど、オレオレ詐欺をああいうふうにしたのはその表れですね。恵は考えているよりもずっとしたたかですよと。
まあ、中年女性だって騙されてばかりじゃない、反逆するときがあるということです(笑)。
あと、この女性のしたたかさは、女性じゃないとおそらく描けないのではないかという思いもありました。
ここも男性目線だと難しいところで、もしかしたら一番難しいところかもしれない。
このしたたかさは女性であるわたしだからと意識して強調して描いたところもありますね。
たぶん、男性目線でも描けると思うんですけど、控えめになるというか。
おそらく、男の人は女性の一番みたくない部分だと思うんですよ。だから、そこまで突っ込んで描けない。
やはりそういう女性は怖いから、男性からすると、あんまり知りたくないし、見たくもないと思うんですよ。
ただ、女性からというかわたしはみたい。
たとえばイザベル・ユペールの『エル ELLE』とかみていると、もう女性のしたたかさ、その中にある怖さが全開に出ている。
あそこまでいくともう痛快で、わたしとしてはもう気分爽快ぐらいなんですけど、たぶん、男性として立つと、もう恐れ慄くのではないかなと思うんです。
だから、男性目線だと描き切れない。でも、わたしはなによりも自分がみたいので、遠慮せずに女性のしたたかさをきっちりと忖度なく描こうと思いました」
恵が若い男の髭を剃る設定にした理由
本作で大きな印象を残すのが、恵が若い男の髭を剃るシーンだ。
この艶めかしいシーンは、いろいろなことを想起される。エロティックにも映れば、ゾッとするような恐怖を感じる瞬間にもなる。
これはどういう発想から生まれたのだろうか?
「まずひとつ目に、『髪結いの亭主』という映画がありましたけど、あれが強く印象に残っていて、女性が男性の髭を剃るというのはちょっとエロティックで、一方でおっしゃる通りで、危うさを感じるというか。なにかすべて委ねていて抵抗できない、無防備の状態なので、一歩間違うと、といった危険な香りがする。
耳かきも一瞬、頭をよぎったんですけど、ちょっと心地良すぎるというか。危険度もエロティックさも足りない気がして。
恵の設定を考えると、やはり髭剃りがマッチしていいなと。艶めかしさと危うさがある役なので、フィットしていいのではないかと思いました」
恵の職業は最初は、看護師を考えていた
あと、こんな理由もあったという。
「まあ、実は、恵の職業はですね、ベビー服店の店員に最終的になりましたけど、最初は、看護師を考えていたんです。
病院で働いている看護師にしようと思っていた。その職業ならば、なにか剃刀を使って処置することもあると思うので、無理はないんじゃないかと思って。
恵には小さな子どもへも執着であり、トラウマがありますから、たとえば病院には新生児室とかもありますから、いろいろとつながってやはり看護師がいいんじゃないかと思っていたんです。
そこで、元看護師の方にもお話をうかがって、いろいろと調べもして、その設定で直前まで考えていた。
ただ、映画では、恵の本性や過去が徐々に徐々に明かされていく。その明かされる恵の本性や過去を考えると、看護師だとあまりにも条件が整いすぎているというか。なにか妙に納得してしまう。いい意味で、最後はみてくれた方を裏切りたかった。なので、ちょっと違うともどこかで思っていたんです。
それでも、看護師でと思っていたんですけど、コロナ禍の撮影で、病院での撮影自体が難しくなってしまった。
じゃあどうするとなり、赤ん坊と接する機会が多い職場はと考えたときにベビー服店の店員ということになったんです。
内容的に中々、協力してくれるお店を見つけるのは難しかったのですが、赤ちゃんを産んだばかりのアソシエイトプロデューサーの坂野さんに協力してもらって、お店を説得してもらい、そしてコロナ禍で集めるのが非常に難しい赤ちゃんのエキストラにも、彼女のつてで集めてもらいました。
けっこう危機だったんですけど、最終的に女性の力でなんとか乗り切ることができました。
看護師は看護師で良かったのかもしれないと、いまは思うんですけど、わたしとしては、おそらくいまの設定のほうが、想像がつかなくていいんじゃないかと。剃刀を手にして髭を剃るシーンにもいろいろな意味を汲み取ることができるとも思いますので」
このタイトルはいまの時代、いまの社会を言い表しているのではないか
では、「親密な他人」に込めた考えはどういうことなのだろうか?
「もともとで言うと、この作品で描かれていることにも通じる事件があるんですけど、その事件が報じられたときに、似たようなタイトルがつけられていた。ちょっと前のことで、はっきりとは覚えていないのですが…。
で、タイトルに関しては、途中で変わったりしたのですが、最終的に、『親密な他人』というのはいまのネット社会を表しているんじゃないかなと。
たとえば、ネット上でしか知らない人、ネット上でだけ親しい人とか、顔見知りだったりすることがある。
ネットで知り合って実際に会ったことはあるけど、実際の名前は知らない。
そういうことが当たり前にある時代になっていた。
ネット社会になってから、ほんとうにその人と親しいのか、どこまでその人のことを知っているかということがわからないというか。
親密にみえるけれど、実はまったくその人のことを知らない。
逆にたいして知らない人だからこそ、親密なことを話してしまう。
まったく縁もゆかりもない人になりすます。
ネット上で、自分がまったく知らないうちに別の人間にのっとられたりもする。
こういうことが当たり前のようにある社会になっている気がするんですよね。
いまの時代、いまの社会を言い表しているのではないかと思って、このタイトルにしました」
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第一回はこちら】
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第二回はこちら】
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第三回はこちら】
「親密な他人」
監督:中村真夕
出演:黒沢あすか、神尾楓珠
上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子
兵庫・元町映画館にて7月8日(金)まで、
鹿児島・ガーデンズシネマにて7月9日(土)まで公開
ポスタービジュアル及び場面写真は(C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures