女優は脱ぐことに価値が置かれ、令和なのにいまだ昭和の価値観で女性が描かれる日本映画への抗い
近年、ドキュメンタリー映画を精力的に発表してきた中村真夕監督が、デビュー作以来に発表した劇映画「親密な他人」。
いまの日本映画界においてかなり意欲的な試みをしている本作については、主演を務めた黒沢あすかのインタビュー(第一回・第二回・第三回・第四回・番外編第一回・第二回)をすでに届けた。
中村監督にもその制作過程の裏側などを訊いたインタビューを三回にわたって連載。それに続き、中村監督に再びご登場いただき作品世界に迫るインタビューをお届けする。(全四回)
『おばさんが主人公の映画なんて…』と、何度断られたことか(苦笑)
第三回となる今回は、ミドルエイジのごくごくふつうの女性という、昨今の日本映画では主人公になりづらい人物をあえて中心に据えた意欲的な試みについての話から。
主人公になりづらい人物を主人公に映画を作るということは、おそらくこちらが考えるよりもそうとう難儀といっていい。
そうとう高いハードルをこえてようやく実現すると考えていいかもしれない。それぐらい現状は企画が通りづらいといえる。
「そう簡単には実現しないだろうとは覚悟していましたけど、まあ企画を前向きに検討してくれる方はなかなかいなかったですね。
『おばさんが主人公の映画なんて…』と、何度断られたことか(苦笑)。
あと、さすがにいまはそういうこと言われませんけど、何年か前までは企画をもっていくと大抵の男性プロデューサーが『これ誰が脱ぐの?』とあからさまにきいてくる。
女優は脱ぐことに価値が置かれていること、それを女性であり、監督でもある私に聞いてくる無神経さに驚愕しました。もし男性が逆の立場に置かれたら、どんなに居心地悪い思いをするか想像して欲しいなと思いました」
『大人の女性がみたいと思える大人の女性が主人公の日本映画』を目指して
それでも粘り強く作品を実現させようとした理由はどこにあったのだろうか?
「以前話しましたけど、まずひとつは『邦画で大人の女性が楽しめる作品がない』ということ。
『大人の女性がみたいと思える大人の女性が主人公の日本映画が少ない』という現状を少しでも変えたい気持ちがまずありました。
それから、そもそも女性の登場人物の描かれ方にも違和感があったというか。
わたしからみると、女性の登場人物が男性の都合のよい人物像になっていることが多い。
男性目線でみての、理想的な女性であったりとか、女性に感じるエロスであったりとか、女らしさであったりとかがあてはめられている。
しかも、ちょっと言い過ぎかもしれないんですけど『刺身のつま』的な扱いが多いといいますか……。
つまり男性がメインの刺身でどんと前面にバンと構えていて、その下に隠れて見えないところから支えている引き立て役扱い。いや、男性がメインになることは別にいいんですけど、それにしてももう少し女性を、女性からみても違和感のないキャラクターとして成立している人物にできないものかと思うケースが多々ある。
意外と若い世代の監督でも、女性は家で子どもの面倒を見てとか、嫁として旦那と義理の父母に尽くすとか、そういうニュアンスを感じるシーンがあったりして、『女性の描かれ方が古くないですか?』と思うことがけっこうある。
もう時代は昭和じゃなくて、令和なのに、いまだに昭和の価値観で女性が描かれている現状がある気がするんです。
そういうことを変えられるかわからないけど、動かないとなにもはじまらない。それで成立にむけて動いた感じでしたね」
『コロナ禍』を物語に反映した理由
これまで主人公の恵の人物像について主に訊いてきたが、本作は物語にある背景も興味深い。
まず、「コロナ禍」という今も続く現代性が色濃く反映された理由をこう明かす。
「あえて触れない選択もあるにはあったと思うんです。でも、現代の物語ということを考えたときに、やはり現在も続く『コロナ禍』を無視できないと思いました。
で、そうなったとき、通常ですとどう反映するかで悩むと思うのですが、幸い、今回の『親密な他人』に関して言うと、むしろコロナ禍という設定の方がプラスに働くのではという、ひとつの狙いがありました。
というのも、この作品の物語の背景には、いまの日本社会が抱える『孤独』の問題がキーワードとしてもともとあった。
前回お話ししたように、恵は実際は独り身なのに、結婚していて子どももいるように周囲にはふるまっている。問題を起こしたとき、働き先の女性店長にあっさりと解雇通告をうけるように、職場でも孤立しているし、周囲にも親しくしているような人物の影がない。独りなんです。
そして恵のように多くの女性は、派遣社員やパート社員という不安定な雇用についていて、いつ切られても分からない立場に置かれてもいます。
それから、物語にも恵にも深くかかわってくることになるオレオレ詐欺グループですけど、彼らの犯罪は、ある意味、孤独につけこんでいるところがある。子どもや孫と離れて暮らす母親や祖母をターゲットにして、彼女たちの寂しさに付け込んでいくわけです。
このように本作については『孤独』が物語の背景にもともとキーワードとしてあった。
そして、コロナ禍というのは、それまであった人間関係をみんな一斉にたたれてしまった。人との距離や、人との関わりについて否応なく考える機会になった。おそらくコロナ禍で、孤独を感じなかった人はほぼいなかったと思うんです。もともとあった日本社会の孤独の問題を、みんなが考えることになった。
だから、コロナ禍を反映させることは、この物語自体を強化してくれると思ったんです。
実際、コロナ禍を反映させることで、オレオレ詐欺の背景や、恵という40代女性が置かれる立場の裏側にあることなど、いま私たちが生きている日本の社会にある問題をより色濃く映し出すことができたのではないか、『親密な他人』が意味することも、より際立って感じてもらえるものになったのではないかなと感じています」
(※第四回に続く)
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第一回はこちら】
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第二回はこちら】
【中村真夕監督「東京国際映画祭」インタビュー第三回はこちら】
「親密な他人」
監督:中村真夕
出演:黒沢あすか、神尾楓珠
上村侑 尚玄 佐野史郎 丘みつ子
兵庫・元町映画館にて7月2日(土)~8日(金)、
鹿児島・ガーデンズシネマにて7月3日(日)~9日(土)公開
ポスタービジュアル及び場面写真は(C) 2021 シグロ/Omphalos Pictures